とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する

春夏秋冬/光逆榮

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第540話 彼が彼女に向き合う理由

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 どういう作品にするか、どう彫刻していけばイメージ通りになるかは頭の中で描け、いざ取り掛かろうとした瞬間にふと私の手が止まったのだ。
 突然、今朝の夢での出来事を思い出したのだ。
 名も知らない人物と様々な会話をして、色んな物事を目にしたことを思い出す。
 綺麗な風景や美しい造形物から、感情を揺さぶられる出来事など何故だがそんなものをたくさん夢の中で見たことを思い出す。
 どうしてそんなことを見たのかまではよく分からないが、会話の流れでその人物と見たのだろうと納得する。
 所詮は夢での出来事であり、それが夢かも本当のところは分からないし、勝手にこれまでの体験などが混じり合って勝手に自分で創り出し、今朝の変な体験と結びついてしまったのかもしれない。
 しかしそれによって、私の中でなかった発想が新しく生まれたことには変わりがない。

 その発想がどうして出てこなかったのかと、今になると思えるがそうするのが当たり前であり、今までそんな物を創ろうとしなかったのだからそう思うのも当然だ。
 目の前の氷の塊から造形物を創り出せと言われたら、誰しも全体的に削り、イメージする物を創り出すはずである。
 私も今の今までそうしようとしていた。
 だが、何も削り出し氷の塊事態を新しい造形物にするが答えではない。
 今あるその物の外見を整えつつ、中に新しい造形をするのも一つの形ではないだろうか。
 やる事は違わないが、これまで以上の集中力と繊細さが必要になるだろう。
 だがやらないという選択肢はない、何故なら思い付いてしまったからだ。
 これならゲイネスにも勝てる、出来るイメージもある、何よりもやってみたいという気持ちが大きい。
 まだ出来てもいなし、取り掛かってもいないのに出来上がった物を想像してにやけてしまう。

 何事にも必ずはない。
 だから、今からやろうとしていることも失敗してしまうかもしれないし、イメージ通りに出来ないかもしれない。
 しかし私の中では、必ず上手くいくというという自信で満ち溢れていた。
 動きを止めていたアリスが再び動き始めた一方で、対戦相手のゲイネスは順調に作業を進めていた。
 慎重に作業を進めつつ、細かい調整や別方向からの見え方などを手を止めては行い、また作業を進めてを繰り返していた。

「(ふー……少し時間も気にしないとダメだな。慎重になり過ぎると終わらない)」

 ゲイネスは制限時間を気にしながら、作業スピードを上げた。
 額から汗が流れ始めると、目に入らないようにすぐに手で払う。
 繊細な作業を行う手が震えもし出すが、ゲイネスは冷静に一息ついて作業に戻る。
 これほどまでにゲイネスが真剣にこの勝負に向き合っている訳は、アリスとのこれまでの関わりからであった。
 同じ寮でもなく、それほど長い時間関わった訳ではないがゲイネスの中でアリスとの出会い、そして言葉がゲイネスに大きな影響を与えていたのである。

「(初めは魔力腕比べで最悪な出会い方し、謹慎を受け自分を見つめ直すきっかけになり、一時は退学まで考えた。だがあれほどのことをしてクリス、君はそれを責めるどころか逃げずに失敗と向き合えと言う。それには驚いたよ)」

 その一件いらいゲイネスの考え方は変わって行った。
 感情的になりやすかった一面を見直したり、失敗にいらだたず何が原因かどうしてなのかを考える様になり、寮の仲間とも積極的にコミュニケーションをとり始めた。
 それまで傲慢な一面があり避けられていた面もあったことから、寮の皆は少し動揺したが謹慎という大きな出来事で人柄が変わり出したのだと理解し、皆も新しいゲイネスを受け入れ出した。
 アリスはそんな事など知らないし、当然これまでのゲイネスも知っていた訳ではない。
 偶然の出会いが、あの時の事故が、あの日早朝に出歩いたこと全てがあったからゲイネスは変わった。
 アリスがクリスとして転入してきていなければ、今のゲイネスはいない。
 ゲイネス自身もクリスとの出会いがあったからここまで変われたし、次期副寮長にまでなれたのだと実感していたのだった。

「(クリス、俺は君に感謝している。もしもなんて考えたらきりがないし、誰でもそうかもしれないけど、俺は君が転入して来てくれてなければこうなってはいなかった)」

 ゲイネスはいつしかクリスとどんな形でもいいので再戦をしたいと思い続けていたのだった。
 あの日の自分から今の自分に変わり、改めて勝負を挑み自分の中でのあの日に決着をつけたいと考えていたのである。
 ぽっと出の転入者であり自分に勝てる者などいないと少し手を抜いて挑んだ結果、負けて更には感情的になり最悪な事態まで引き起こしてしまったあの日。
 忘れた日はなく、心の中では後悔が未だにまとわりついていた。
 もし手を抜かず全力で挑んでいたら、相手を外見や情報だけで判断していなければ。
 何度考えても、後悔しても、過去は決して変えられない。
 だからこそゲイネスはもう一度クリスと全力で向き合い対戦することで、あの日に決着をつけようとしていたのだ。
 しかし、その前にクリスがクリスではないことが発覚してしまったのであった。

「(さすがにあの事件は驚いた。これじゃもう過去の自分にも決着は付けられない、ずっとこんな気持ちを抱えていかなければいけないのかと絶望したよ。正直にいうと、少しだけ君のことも恨んでしまったよ)」

 誰にでも間違えや間違った道を選択することはある。だが、そこから学び成長することは出来るのだ。
 ゲイネスはアリスから言われた言葉と、今日までの自分の行動を振り返り、これで終わりじゃないとクリスなら終わりにしないはずと勝手に思っていたのだ。
 そして偶然にも今日の試合の話がゲイネスの元にやって来たのであった。

「(君はクリスではなかったけれど、俺に掛けてくれた言葉は嘘とは思わない。誰がどういおうと、俺の考えは君の正体が何であれ中身の本質は変わっていないと思っているよ。だから俺はこの勝負に全力で挑む。あの日の俺に決着をつけるため、君との最後の勝負に勝つために!)」

 その後ゲイネスは残り時間いっぱいまで、細かい部分の作業を続けクオリティを上げ続け、持てる力全て使い作品を仕上げる。
 アリスも最後の一秒まで作品に向き合い続け、全力を出し切った所で制限時間を迎える。

「両者作業そこまで! これより互いに作品を披露し、評価者へのアピール時間とする」

 担当試験官がそう言い終えると、評価者である各寮長三名が対戦場に入って来る。
 対戦場外の近くには副寮長らとタツミがやって来ていた。
 そして今まで互いの作品が見えない様に仕切られていた壁を担当試験官が取り払い、そこで互いの作品を初めて目にするのだった。

 ゲイネスが創り出した作品は、滝登りをする魚とそれを狙う鷹の構図の作品であった。
 滝の感じから魚の鱗、鷹の羽一枚まで細かく再現されており迫力のある作品となっており、その一瞬をまるで切り取ったかのように思える仕上がりとなっていた。
 近くで改めて見た評価者たちは出来上がりの高さに圧倒されていた。
 ゲイネスが先に作品の説明をし終え次にアリスの作品へと評価者たちは視線を向ける。
 アリスの作品はというと、今までに見た事のない作品の仕上がりに評価者たちは驚いていた。
 創り上げた作品は、氷の塊を長方形に整えた内側に作品を掘りだすという物であった。
 氷の中には複数のバラの花が彫刻されているのであった。
 まるで氷の中にその瞬間を閉じ込めた様な作りと、ゲイネスに負けない造形美に驚く。

「皆さん、まだこの作品は本当の意味で完成はしてません。時間差でこの作品は完成するのです」

 評価者やゲイネスまでもが首を傾げていると、アリスが作品に対して行った仕掛けが発動する。
 氷の中に彫刻しているバラたちに、徐々に様々な色が付き始めたのであった。
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