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第16話 蘇る梟
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楚王の出目は、良いとはいえなかった。二つ足して梟を動かしても、どの駒にも届かない。少し思案したあと、魚の駒を調整した。荀罃からの避難である。
荀罃はひとまず、天に感謝した。確かに一手で楚王の魚を狩ることはできなくなった。しかし、それは狙いではない。
息を詰め、願いをかけ、荀罃はサイコロを二度、振った。どちらか一つでも良い。もしくは合計でも良い。たった一つの数を祈る。
チロン、チロン、リリリリ、チロン。
碗の中を駆け巡り、回り、サイコロが止まった。一度目の数字は低かった。体が地の底に沈みそうな心地になったが、必死に天を思う。地は陰であり内に籠もっていく。今必要なのは天であり、ほとばしる力そのものの陽の気である。
また、碗に振ったサイコロがチロチロと回り、止まった。荀罃は、深いため息をついた。おもむろに、梟の駒をとり、マスを動かしていく。二つの数値を合わさったその先に、それはいる。
「お前――」
楚王が初めて驚愕で呻いた。想定外すぎたのであろう。
荀罃の梟は、成った次の手番で、楚王の梟へ突撃した。一つも魚を狩らず、荀罃の手に戻る。最も攻撃的な手を、何も為さずに捨てたに等しい。
「王よ。あなたの持つ私の駒をお返し下さい」
魚が捕った魚は、梟が死ねば自陣に戻る。
「守りに徹しすぎだ」
楚王は少々呆れた様子で駒を返してきた。荀罃が手持ちを増やしたかったと思ったらしい。確かにそれは間違っていないが、荀罃の賭けはもうひとつ、あった。
盤上には荀罃の魚が四つがある。手元には梟だった駒と戻ってきた駒の二つ。楚王の駒は盤上に五つ。梟が一つに魚が四つ。そして、荀罃は楚王の駒をひとつ、捕っている。それを脳内で何度も反芻し、荀罃は口を開いた。
「梟が死ねば、私の手元で魚となり、賽を一度振れる。ですね」
「何をいきなり。何度もやったろう、何を確かめる。酔いすぎたか」
さらに呆れた様子の楚王に、荀罃は笑いかけた。少し固い微笑であった。この、もう一度の賽の目が荀罃の生死をわけるのだ。これは奇襲である。奇襲というものは一度しか使えない。二度目は防がれる。
荀罃はサイコロを碗に落とそうと手を上げた。床の上の碗が、やけに遠く感じた。盤上を見る。欲しい目は二種である。どちらでも良い。十四面体のサイコロのうち、二つだけの面が必要である。それ以外は詰む。指が震えた。恐怖が襲う。
この賽の目で荀罃が生きるか死ぬか決まる。皮を剥がれ激痛の中で慰み者になるか、いつ解き放たれるかも分からぬ幽閉の身になるか。一瞬の汚辱か、永遠の恥辱か。荀罃は、死ぬなら故郷で死にたい。贄になるなら荀氏の廟に捧げられたい。
唾を飲み込むと、手を開いてサイコロを碗に落としていく。勢いよく落ちたそれは、チン、と碗の中で跳ねたあと、中でチロンチロンと転がった。
リン、リン、リンリンリン……。
音が鳴りやみ、出目が決まった。
荀罃は、己が引き上げた『元梟』の駒を無視して、盤上の駒を動かした.一歩二歩三歩。出目に合わせてマスを通っていく。楚王が、叫んだ。
「……! そうか、そうだな。この賽は、梟を動かすものではない、ゆえに」
「はい。手元に戻った駒を盤上に置かねばならぬ、という法はございませぬ。なぜか皆、手元の駒を使おうとするものですが」
駒は、『方』へとたどりつく。荀罃は息を吐くと、駒を立てた。梟が再び飛翔する。梟が生まれればサイコロを転がす。荀罃は出た目に合わせて梟を動かした。――己の魚を守るような場所へ。出目によっては、荀罃の梟に食われる。
楚王が、薄目で盤上を見た。荀罃の有利を覆すには、魚を狩らねばならぬ。梟の位置を見る。荀罃の魚を食うには、たった一つの数値が求められる。彼は、サイコロを振った。平凡な出目で、楚王はため息をついた。それは諦めではなく、飽きのものであった。
「お前の勝ちだが、まあ手番だ。賽を振れ」
言葉と同時に、楚王が放り投げるような仕草でサイコロを渡してくる。受け取った荀罃は素直に、気負い無くサイコロを振った。もう、賭けに勝っていた。天の声は荀罃を選んだ。
出た目に合わせて、手元にあった駒を盤上に置いた。序盤のマスに楚王の駒は無かったため、どんな数値でも良かった。
「梟が一、魚が五。私の勝ちです」
荀罃は、ゆっくりと言った。緊張の糸が切れぬように、必死に奮い立たせながら。
荀罃はひとまず、天に感謝した。確かに一手で楚王の魚を狩ることはできなくなった。しかし、それは狙いではない。
息を詰め、願いをかけ、荀罃はサイコロを二度、振った。どちらか一つでも良い。もしくは合計でも良い。たった一つの数を祈る。
チロン、チロン、リリリリ、チロン。
碗の中を駆け巡り、回り、サイコロが止まった。一度目の数字は低かった。体が地の底に沈みそうな心地になったが、必死に天を思う。地は陰であり内に籠もっていく。今必要なのは天であり、ほとばしる力そのものの陽の気である。
また、碗に振ったサイコロがチロチロと回り、止まった。荀罃は、深いため息をついた。おもむろに、梟の駒をとり、マスを動かしていく。二つの数値を合わさったその先に、それはいる。
「お前――」
楚王が初めて驚愕で呻いた。想定外すぎたのであろう。
荀罃の梟は、成った次の手番で、楚王の梟へ突撃した。一つも魚を狩らず、荀罃の手に戻る。最も攻撃的な手を、何も為さずに捨てたに等しい。
「王よ。あなたの持つ私の駒をお返し下さい」
魚が捕った魚は、梟が死ねば自陣に戻る。
「守りに徹しすぎだ」
楚王は少々呆れた様子で駒を返してきた。荀罃が手持ちを増やしたかったと思ったらしい。確かにそれは間違っていないが、荀罃の賭けはもうひとつ、あった。
盤上には荀罃の魚が四つがある。手元には梟だった駒と戻ってきた駒の二つ。楚王の駒は盤上に五つ。梟が一つに魚が四つ。そして、荀罃は楚王の駒をひとつ、捕っている。それを脳内で何度も反芻し、荀罃は口を開いた。
「梟が死ねば、私の手元で魚となり、賽を一度振れる。ですね」
「何をいきなり。何度もやったろう、何を確かめる。酔いすぎたか」
さらに呆れた様子の楚王に、荀罃は笑いかけた。少し固い微笑であった。この、もう一度の賽の目が荀罃の生死をわけるのだ。これは奇襲である。奇襲というものは一度しか使えない。二度目は防がれる。
荀罃はサイコロを碗に落とそうと手を上げた。床の上の碗が、やけに遠く感じた。盤上を見る。欲しい目は二種である。どちらでも良い。十四面体のサイコロのうち、二つだけの面が必要である。それ以外は詰む。指が震えた。恐怖が襲う。
この賽の目で荀罃が生きるか死ぬか決まる。皮を剥がれ激痛の中で慰み者になるか、いつ解き放たれるかも分からぬ幽閉の身になるか。一瞬の汚辱か、永遠の恥辱か。荀罃は、死ぬなら故郷で死にたい。贄になるなら荀氏の廟に捧げられたい。
唾を飲み込むと、手を開いてサイコロを碗に落としていく。勢いよく落ちたそれは、チン、と碗の中で跳ねたあと、中でチロンチロンと転がった。
リン、リン、リンリンリン……。
音が鳴りやみ、出目が決まった。
荀罃は、己が引き上げた『元梟』の駒を無視して、盤上の駒を動かした.一歩二歩三歩。出目に合わせてマスを通っていく。楚王が、叫んだ。
「……! そうか、そうだな。この賽は、梟を動かすものではない、ゆえに」
「はい。手元に戻った駒を盤上に置かねばならぬ、という法はございませぬ。なぜか皆、手元の駒を使おうとするものですが」
駒は、『方』へとたどりつく。荀罃は息を吐くと、駒を立てた。梟が再び飛翔する。梟が生まれればサイコロを転がす。荀罃は出た目に合わせて梟を動かした。――己の魚を守るような場所へ。出目によっては、荀罃の梟に食われる。
楚王が、薄目で盤上を見た。荀罃の有利を覆すには、魚を狩らねばならぬ。梟の位置を見る。荀罃の魚を食うには、たった一つの数値が求められる。彼は、サイコロを振った。平凡な出目で、楚王はため息をついた。それは諦めではなく、飽きのものであった。
「お前の勝ちだが、まあ手番だ。賽を振れ」
言葉と同時に、楚王が放り投げるような仕草でサイコロを渡してくる。受け取った荀罃は素直に、気負い無くサイコロを振った。もう、賭けに勝っていた。天の声は荀罃を選んだ。
出た目に合わせて、手元にあった駒を盤上に置いた。序盤のマスに楚王の駒は無かったため、どんな数値でも良かった。
「梟が一、魚が五。私の勝ちです」
荀罃は、ゆっくりと言った。緊張の糸が切れぬように、必死に奮い立たせながら。
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