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恋は秋菊の香り
蘀や蘀や、風其れ汝を吹かん。枯れ葉が風に舞ってふきつけるように、貴方が誘ってくれれば私はあなたの元へ
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さて。この韓無忌のネタは、宴席をおおいに盛り上げた。
しかし、第一義は女官のお披露目、否、自慢である。
「先代からの数の少ない女官、ぶっちゃけ年増ばかりが余の世話をする。しかし! 新たな女官は若い! 目の保養だぞ」
十代後半から二十才そこそこの女官たちに宴席を設けさせ、侍らせ、まずは州蒲が勢いよく酒を呑んだ。
この当時の酒は、香草や生薬と混ぜて呑んでいる。儀礼的な意味が大いにあったのであろうが、原始的で雑菌の多い酒であり、食中毒も防止していたようだ。
この時も香草をふんだんにいれた酒であった。宣言通り、菊も入れた。菊の花も、薬草のひとつであった。
さて。生薬独特のツンとした刺激臭と、酒精の甘さが入り交じったそれを士匄は一息に飲み干し、空の杯を見せた。州蒲が頷き、同じように飲み干して杯を見せる。
飲むときは一息に、主客同等に飲む。まあ、そういった価値観が形になり、このような習慣になっていると思えば良い。
儀礼というほどでもない。大学生のビール一気飲み大会と変わらない。
もちろん、下戸の欒黶は菊茶である。が、手拍子で囃したり、景気の良い合いの手を打つなど、ほとんど酔っ払いである。雰囲気酔いであろうが、かすかに漂う酒精にやられるほどの下戸なのかもしれない。
「東国は良き商人が多い。女官に相応しい奴隷を頼んだら、ほらこの通り」
州蒲は手を広げ、部屋内の女たちを自慢する。
統一性より、多様性を求めたらしい。背の高い女、低い女、色素の薄い女、濃い女。東西南北、と士匄は思った。
欒黶に侍り、茶や料理の世話をする女は、肉感的で顔も濃い。所作がまだ馴染んでいないらしく、どこかたどたどしかった。元々宮中などではなく、ちょっとした富裕層に売る予定だったのかもしれなかった。
「……牛かよ」
動くたびに欒黶の腕にあたる豊かな胸を見て、士匄は呟く。なにやらバカバカしくなっていた。
まず、宴席において酒を注ぐのは介添えか主人である。
女が酒を注ぐなど、私的で内輪な場を想像してしまう。つまり、州蒲の家庭にお邪魔しているようないたたまれなさがあった。
もしくは、品性の無い酒乱の行い。たとえば、はるか昔に殷の紂王が妲己と共に行ったハイテンションな酒池肉林フェスティバル。
士匄は傲岸不遜のゆとり世代で、少々型破りな価値観を持っている。年相応に下劣な話も楽しむ。が、趣味は豪勢かつ品の良いものを好んでいる。
教養人を自負している彼は、プライベートキャバクラ接待にさっさと飽きた。
「恐れ入り奉ります。御酒をお注ぎいたします」
傍らに侍る女官が美しい拝礼と共に言った。
こちらは、典雅さが板についている。この女は、士匄が微妙に興ざめしていることに気づいたらしい。
「晋公さまは良き大夫さまに恵まれ、素晴らしいことです。あなたさまの、お座りになる姿、お飲みになる時の仕草、どれをとっても威儀を感じます」
そっと小声で言祝ぎし、さらに、
孑孑たる干旄 浚の郊に在り
素糸之を紕う 良馬之を四にす
彼の姝たるの子 何を以て之に畀えん
と、士匄にだけ聞こえるような声で、静かに吟じた。
国君が賢臣を求め訪ねる古詩である。女官は、州蒲が士匄を賢臣として好んでいるのだと讃え、そして場を盛り上げようとしたらしい。
所作といい機転をきかせえた古詩といい、教養ある生まれのものが奴隷になったのであろう。
当時、貴族でさえ政変や戦争、困窮で身を売ることはある。かつて晋公の娘が他国の下女になりはてたこともある。この女官も、元はどこかの貴族であったのだろう。
士匄は女の顔を見た。意志の強そうな眉と、知的な瞳が印象に残る、整った顔であった。
しかし、第一義は女官のお披露目、否、自慢である。
「先代からの数の少ない女官、ぶっちゃけ年増ばかりが余の世話をする。しかし! 新たな女官は若い! 目の保養だぞ」
十代後半から二十才そこそこの女官たちに宴席を設けさせ、侍らせ、まずは州蒲が勢いよく酒を呑んだ。
この当時の酒は、香草や生薬と混ぜて呑んでいる。儀礼的な意味が大いにあったのであろうが、原始的で雑菌の多い酒であり、食中毒も防止していたようだ。
この時も香草をふんだんにいれた酒であった。宣言通り、菊も入れた。菊の花も、薬草のひとつであった。
さて。生薬独特のツンとした刺激臭と、酒精の甘さが入り交じったそれを士匄は一息に飲み干し、空の杯を見せた。州蒲が頷き、同じように飲み干して杯を見せる。
飲むときは一息に、主客同等に飲む。まあ、そういった価値観が形になり、このような習慣になっていると思えば良い。
儀礼というほどでもない。大学生のビール一気飲み大会と変わらない。
もちろん、下戸の欒黶は菊茶である。が、手拍子で囃したり、景気の良い合いの手を打つなど、ほとんど酔っ払いである。雰囲気酔いであろうが、かすかに漂う酒精にやられるほどの下戸なのかもしれない。
「東国は良き商人が多い。女官に相応しい奴隷を頼んだら、ほらこの通り」
州蒲は手を広げ、部屋内の女たちを自慢する。
統一性より、多様性を求めたらしい。背の高い女、低い女、色素の薄い女、濃い女。東西南北、と士匄は思った。
欒黶に侍り、茶や料理の世話をする女は、肉感的で顔も濃い。所作がまだ馴染んでいないらしく、どこかたどたどしかった。元々宮中などではなく、ちょっとした富裕層に売る予定だったのかもしれなかった。
「……牛かよ」
動くたびに欒黶の腕にあたる豊かな胸を見て、士匄は呟く。なにやらバカバカしくなっていた。
まず、宴席において酒を注ぐのは介添えか主人である。
女が酒を注ぐなど、私的で内輪な場を想像してしまう。つまり、州蒲の家庭にお邪魔しているようないたたまれなさがあった。
もしくは、品性の無い酒乱の行い。たとえば、はるか昔に殷の紂王が妲己と共に行ったハイテンションな酒池肉林フェスティバル。
士匄は傲岸不遜のゆとり世代で、少々型破りな価値観を持っている。年相応に下劣な話も楽しむ。が、趣味は豪勢かつ品の良いものを好んでいる。
教養人を自負している彼は、プライベートキャバクラ接待にさっさと飽きた。
「恐れ入り奉ります。御酒をお注ぎいたします」
傍らに侍る女官が美しい拝礼と共に言った。
こちらは、典雅さが板についている。この女は、士匄が微妙に興ざめしていることに気づいたらしい。
「晋公さまは良き大夫さまに恵まれ、素晴らしいことです。あなたさまの、お座りになる姿、お飲みになる時の仕草、どれをとっても威儀を感じます」
そっと小声で言祝ぎし、さらに、
孑孑たる干旄 浚の郊に在り
素糸之を紕う 良馬之を四にす
彼の姝たるの子 何を以て之に畀えん
と、士匄にだけ聞こえるような声で、静かに吟じた。
国君が賢臣を求め訪ねる古詩である。女官は、州蒲が士匄を賢臣として好んでいるのだと讃え、そして場を盛り上げようとしたらしい。
所作といい機転をきかせえた古詩といい、教養ある生まれのものが奴隷になったのであろう。
当時、貴族でさえ政変や戦争、困窮で身を売ることはある。かつて晋公の娘が他国の下女になりはてたこともある。この女官も、元はどこかの貴族であったのだろう。
士匄は女の顔を見た。意志の強そうな眉と、知的な瞳が印象に残る、整った顔であった。
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