青春怪異譚〜傲岸不遜な公族大夫の日常

はに丸

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恋は秋菊の香り

子、我を思わずんば豈他子なからんや。あなたが私を愛してくれなきゃあ、誰が私を愛してくれるの?

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 趙武ちょうぶのとまどいと恐怖に気づいた女官がすかさず、

「大夫さま。私たち下々の凶事、不祥など、さぞ不快なことだったでしょう。一度、庭にでて気分転換はいかがでしょう。このあたりの庭まで来る大夫さまは少ないのです、良い木々、花がございます、案内いたします」

 と口早に言った。

「いえ。私はここでお許しを待たねばなりませんので――」

 断ろうとする趙武の言葉に重ねるように、女官がさらに口を開いた。

「全くです、大夫さまをいつまで待たせるのかしら。ねえ、あなたたち。私は大夫さまの息抜きを介添えいたします。あなたたちは、お許しの寺人じじんを早く呼んできて」

 こういったことは、言ったもの勝ちである。

 女官が言い切ると他の二人を交互に見る。そのたびに、色素の薄い髪が、柔らかく舞った。

 地味な女は素直に頷き、肉感的な女は少し悔しそうに頷いて、去っていった。

 趙武は、女官たちになんらかの緊張が走ったことは分かったが、いきなりすぎて話についていけない。その上、何故か女官と庭を歩くことになったらしい。さらに意味がわからなかった。

 物心ついてから今にいたるまで、趙武は男世界で生きている。

 彼の中の女性は不貞の母しかおらず、それ以外は、かよわい生き物らしい、という印象だけである。女嫌いというわけではない。本当に未成熟なのである。性的な耳年増とこれは違うものであった。

「大夫さま。秋の庭は良いものです。そりゃあ夕暮れがきれいですけど、朝もおつなものです」

 趙武は、半ば混乱したまま頷き、女官に連れられて庭へと向かった。

 澄み切った秋の空は、魚の鱗のような雲が天高く流れている。川面が広がって青さを溜めているようだ、と趙武ちょうぶは思った。

「菊の匂いが凄いですよね。このあたりにたくさん植えられてます、きれいですね。あとは蘭」

 もはや、敬語を忘れた女官にょかんがはしゃいだように言う。

 趙武は主役面で咲き乱れる菊に見たあと、ひっそりと咲く花の群れに顔を向けた。この『蘭』は現代で言うランではなくフジバカマのことである。古代において菊や芍薬と合わせて愛された、花であり薬草である。当時、フジバカマは菊と並んで秋の代表格であったらしい。

 菊の色とりどりで重ねられた花弁によるあでやかさは、確かに美しい。しかし、フジバカマの小さな花々はいじらしいかわいさを感じる。また、菊より生薬として幅広く使われているところも良い、と趙武は思った。実務家の彼らしく、そして女にもてる思考回路ではない。

「きっと、お役目の方々がしっかり面倒をみているのでしょうね」

 とりあえず趙武は女官に言葉を返した。男の、なんとなくとりあえず生返事というものに女は聡い。

大夫たいふさま、お庭は気分転換になりませんでしたか?」

 女官が、しょんぼりした顔を隠さずに言った。かすかに手が震えている。

 彼女は、下心は多少あったが、趙武の緊張をほぐしたいという思いも真実であった。女性に慣れていないらしい青年、と気づき、一息つかせたかったのである。

 ただ、趙武が不満であったり不快であれば、己は余計であり不敬である。良かれと思ったことが裏目に出るのは申し訳なさが強い。そして、自分は断罪されるやもしれぬ。

 趙武はこの女官の下心以外は察した。未成熟であるが鈍いわけではない。

「いえ。良い庭です、空も気持ちいい。ただ……私は庭の木々や花々より、天然自然てんねんじねんにあるものが好きなのです。山の生い茂る木々の中を歩くのも好きです。今は錦秋きんしゅう、道も美しい落ち葉で彩られてきれいなのですよ」

 育ての親である程嬰ていえいと共に山を歩き木の実を採った日々を思い出しながら趙武は照れ笑いをした。

 貴族とあろうものが山歩きが好きだなどと、恥ずかしいことこの上なかった。未だ山は異界である。文明人は基本的に足を踏み入れない。

 趙武の言葉に、女官が笑みを浮かべた。少々幼い、親愛の笑顔であった。

「私も山が好きです、あの、いえ。……私は、山を見ながら点々と生きてました。山の向こう、遠くに日が落ちていくのはとてもきれいで、夕暮れの山を大夫さまに見せてあげたいです。ひとつところで生きなきゃいけないのはもう諦めましたが、山で死ねないのは残念です。埋葬なんていらないです、山で弔ってほしい」

 中原の人々は土に埋め、その上に盛り土をして木を植える。はくは地――いんに還り、木、すなわちやしろを作って天へこんを解き放つ。それが弔いというものである。しかし、彼女は土の中を厭い、山神さんしんの元で眠りたいという。

 山で獣を追い、時折平地に降りてはゆうを襲う、徳を知らぬものどもと言ったは誰か。しゅう王朝の『文明』に背を向ける蛮人。天を屋根に地を枕に、生きることを誇りとする旅する民。

 ――てき

 彼女がそうであるなら、この宮中はとても狭く苦しいに違いない
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