創世記―ある小さな世界の、亡国と興国と英雄

はに丸

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第九話 宴席

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 しんの分家ごとき、しゅうの軍事的看板であるかくの相手ではない。一気に軍勢を入れ、った。

 伐つというのは、ただ追い払うだけではなく、その領地にまで進行し鄙邑ひなゆうを攻撃する意味である。

 曲沃きょくよくとしては最後に手痛い反撃をくらうこととなった。しょうは腹立ちまぎれに虢軍へ唾を吐き捨てた。君主の行いというには品がなさすぎるが、父の晩年に虢に邪魔をされ、今回もである。よくよりも虢に対する憎悪が増した。

「翼を亡ぼしたら、次は虢だ!」

 なんとか追い返した虢軍を見ながら、称は吐き捨てた。周りの臣たちは肩をすくめるだけである。

 翼を亡ぼせるかどうか、実のところわからぬ。すぐに亡ぼせると桓叔かんしゅくは思っていたであろうが、もう孫の世代である。ずるずると膠着し、次代に引き継がれてもおかしくはない。

 そして、たとえ翼を亡ぼしても、虢は亡ぼせぬ。国力が違いすぎた。そんなことは、称もわかっているが、言わずにはおられなかった。

 この青年にとって残念なことであるが、彼は虢を亡ぼせなかった。彼の人生は翼との対峙で終始していく。

 冬が終わる前に曲沃を討ち払い、翼は一息つくこととなった。

 虢公かくこうに感謝の宴席を設け、こう晋公しんこうとしてもてなして、この戦争を終えることとなる。

 当時、儀礼に関して細かい取り決めがあり、またこれこそが王侯貴族にとって重要とされている。周室の決めた儀を正しく行うことこそ、礼の証となる。

 欒成らんせいは父や師に儀礼を叩き込まれており、それを光に全て教え込んだ。光はその質まではわからずとも、形だけはととのえることができた。

 東アジアに生まれたこの文明は食への拘りが強い。つまり、食事全てが儀礼である。

 ひとつひとつの料理に祀りがあり、それを行いながら決まった所作で食す。

 そのうち、仔羊の丸蒸しが運ばれた。虢公かくこうはそれを祀るそぶりをみせず、光をじっと見た。それは値踏みの視線であり哀れみと嘲りがまざっていた。父より年上の男の目は、突き刺すようでもあった。

 光は意味がわからず、困惑の顔で、周囲を眺め、欒成を見た。欒成も困惑し、虢公を見る。虢の人々は状況がわかっているようだが、口に出さぬ。つまり、饗応している晋の手落ちとしているらしい。光も、差配の中心であった欒成もわからぬ。

「ああ、失礼」

 乾いたものが床に落ちる音と共に、声がした。場違いなのんびりさであるが、品の良い声である。隰叔しゅうしゅくであった。

 彼は落とした胡桃くるみをそっと拾い、欒成の視線に合わせ、伺うように見て来る。こちらに投げろ、と言っているように思えた。

 欒成は頷き、隰氏しゅうしの非礼、許されよ、とまず皆に拝礼し

「この隰氏は杜伯とはくの末、かつて周室に仕えた大夫の血筋です。こたびの宴席でこのものが用意したものあるよし、我が君のひと声をお待ちしております。我が君といたしましては、儀と違うことを行うがため、なかなかお声かけできなかったことですが、私めせいが隰氏に命じ行ったこと。堂々と、お声かけなされませ」

 と、言葉を続けた。光は特別察しが悪い子供ではない。ここまで欒成がお膳立てすれば、とりあえず声をかければ良いであろう、と

「隰氏、許す」

 と言った。隰叔が拝礼し口を開く。

「貴き身でなけれども、我が君よりめいあり、謹んで申し上げまする。このたび、宴席に丸蒸しの羊をお出ししたは、伯父の虢、甥の晋のよしみを結ぶ宴席だけにあらず、天を祀り、周王さまの親戚としてちかいたいがため。我が君といたしましては、戦勝の儀にあらず、私めにご相談なされたよし、私は周室の儀礼に反しておらずと申し上げました。丸蒸しの羊を祀りましたなら、外に出て改めて盟いの儀式に案内つかまつります」

 隰叔の言葉を全て聞き、虢公が頷く。

「本来、我ら親戚同士の宴席はほぐした肉を出す。丸のままは天への生け贄であり、戦勝の儀にあらずと戸惑っていたが、そういったことであれば、こちらの器量が小さかった。我ら虢とそちら晋は今後も周に仕える衛士として、さらなる交誼を結ぼう」

 そこまで聞いて、欒成はため息をつきそうになるのをなんとか止めた。周のしちめんどくさい儀式をいかに正しく知っているか、が国としての体面である。

 後世の人間としてはどうでもいいだろう、となるのだが、彼らにとっては文明人としての軽重を問われると言って良い。

 欒成はそれを正しく知らず、晋公である光に教えられず。いつのまにか、翼は正しい知識が失われていたということである。

 それがいつからなのかわからぬが、少なくとも欒成は翼の衰退を感じた。

 それは光も同じである。彼は欒成以下、大人どもの言うとおりに物事を行っている。それが間違っていた、ということである。

 この先、何を指針にして良いのか。たかが食事の出し方ひとつであったが、彼の心は暗澹とした。

 ふと、視線を感じ、光は顔をあげる。虢公がじっと見てきていた。儀礼を曲げたのは晋である。虢はそれを受けると返した。光はさも予定調和であったというていで礼を言わねばならぬ。

「伯父と甥として共に絆があれど、天に盟い互いの繁栄としたい所存でございます。戦勝の儀から外れるゆえ、若年の身として申し出せなかった非礼をお詫びいたします」

 光の言葉に、虢公がゆったりと笑んだ。

 慶事に始まり、苦味に終わり。新たな翼の年は、前半の歓喜よりも後半の辛酸の記憶が強く残ることとなった。

 虢公はご親切にも、

「これからもお力になろう」

 と言い残して帰っていった。天に誓う同盟をしたのであるから、お言葉ごもっともであったが、晋に介入をするという宣言でもある。結局、内部の曲沃、外部の虢と、翼は二面体制で年を越すこととなった。
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