創世記―ある小さな世界の、亡国と興国と英雄

はに丸

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第十話 秋の埋み火

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「このままでは、かくの傘下になりかねぬ」

 庭に梅が香るその日、朝政ちょうせいが終わり、こうが退出した後、欒成らんせいはぽつりと呟いた。他の臣が、どうすべきか、と口々に述べるが、具体案は無い。政堂には、早春らしい薄寒さが残っている。

「……私が儀を戦勝ではなく天への祀りに持っていったことが、少々ややこしくなった」

 隰叔しゅうしゅくがため息をついた。闊達な彼らしくなく、憂いを帯びた顔であった。

 彼は、しんの失態を覆い隠すべく咄嗟の知恵を働かせた。

 隰叔が儀礼の差配に最初から関わっていれば、失態そのものが無かった、という仮定は意味をなさない。

 そもそも、彼は末席に連なる外様とざまであり、諮問機関に近い。似たような立場の氏族より口が多いのは、欒成との相性の良さであった。

 この件について隰叔を責めるものは、光を含めて誰もいない。

 あの宴席で下手すれば虢公かくこうの怒りに触れ、難癖をつけられさらなる進物を要求される可能性もあったであろうし、最悪、手慰みに兵を向けられる可能性もあった。

 しゅう室重席に対する無礼があった、とでも言えば、ことたりる。疲弊したよくなど一晩でかたづけられたであろう。

 実際、悔いが色濃い隰叔の言葉に、その場にいる臣も欒成もあれはあれで良かった、と言い合った。
 しかし、その会話自体、不毛と言える。みな丸く収まる良かった探しで落ち着くのは、現実逃避にすぎない。

「今年は、虢の助け無しに曲沃きょくよくと対峙せねばならぬ。君公くんこうもそれをお望みだ。各々、心してほしい。鄙邑ひなゆうのものどもの助けにもなっていただきたい」

 欒成は、朝政に出ている臣たちを見回し、言った。

「曲沃が先年のように打って出れば、我らで対処できるのか」

 指摘したのは、公族の一人であった。不安の吐露とも言える。その不安を小さく撫でるように欒成は穏やかな目を向けた。

「虢は曲沃の領地にまで入り、伐った。そうなれば、あちらも立て直すのに時間がかかる。曲沃は桓叔かんしゅくからわずか三代の家、身を寄せた氏族は数多いが日が浅い。不用意に立ち回れば集まった氏族たちは霧散する。そこに不利がある。我らはその点、本来結束は高い」

 この欒成の言葉を引き継ぐように隰叔が、よろしいか、と発言を請うた。

「曲沃は、我らが取り戻そうとしたゆうを引き止めるためにも、派手に荒らし回った。どのような国でも大きく攻勢に出れば、翌年も同じように動く事は難しい。問題の邑に圧力をくわえ、協力いただいている氏族や邑の負担を減らすのがまず肝要」

 するすると抜け出ていった氏族に手を伸ばすこともできなかった過去がある。

 が、ここに来て腰を据え、逃さぬとし、他の氏族にも見せつけろ、というのが隰叔の案であった。

「曲沃の状況をしかと確認せねば、隰叔の案も砂上の楼閣というもの。私の手勢にて、情報を探り、改めて議にあげよう。曲沃を封じ、鋭気を養い、虢と距離を空ける。そのためにも今年一年、各々励まなければならぬ。晋のため、君公のため務めよう」

 欒成の言葉に、一同頷いた。

 結局、この一年は波乱のないものとなった。期待どおり曲沃は動かず、翼は問題の邑への圧力を強めるとともに、荒らされた領土の回復をはかった。

 そして秋―― 

くだったか!」

 報告を受けた光が、喜びに満ちた声をあげたあと、飛び上がった。

 二年前の暮れに曲沃へ降った邑が、音を上げ戻ってきたのである。


 光は飛び跳ねて喜び、興奮しさらに跳ねた。

 君主としてだけではなく、当時の文明人としてもありえない行儀の悪さであったが、誰も咎めなかった。

 この少年の苦しさは誰も代わることはできない。気鬱のひとつが晴れたのである、おおやけの場でハメをはずし、飛び跳ねても仕方があるまい。

 しかし、その後はよろしくなかった。

「邑の大夫たいふどもを奴隷とし、各邑へ分配せよ。その長は処刑し贄とする」

 落ち着いた光は、威儀を正したあとに、強く言い放った。

 精神の荒廃であったのか、それとも少年の気負いか。政堂は緊張に包まれた。非道の行いを数え十三の君主が言い放ったのである。

 ――大人に従順な子供がここまでの発想になるとは。

 成人前にあった歯がゆさ、成人してからの苦しさは、怨毒となったらしい。光の顔は誇らしげで、己が毅然とした君主らしいことをしている、と思い込んでいるようであった。

 欒成は、

「我が君、その議はなりませぬ」

 と、即座に返した。

 前置きも無く、全否定してきた重鎮に、光が引きつった顔を向けた。崩れる瞬間の土塀のような顔にも見えた。
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