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第十一話 師と弟子
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欒成は、光の屈折した心がわかっていたが、それを押しつぶすように言葉を続ける。
それは容赦の無い、説教でもあった。
「おそれながらあえて諫言申し上げまする。彼の邑には、戻れば許す、罪は問わぬとおおやけに告げております。それを違えるは我が君の軽重問われ、ひいては我が晋の威光の失墜となりましょう。すぐさま人心離れ、民は逃げ、国の亡びに向かいます。我が君のお言葉は、約定を蔑ろにし、大夫、人民を粗末に扱うことを是となされる、おおよそ徳があるとは申せませぬ。夏書にございます。皇祖に訓あり、民は近づくべく、下すべからず。また、一人三矢、怨みは豈に明なるのみにあらんや。――かの禹王は人民は親しむべく、蔑み粗末に扱ってはならぬと訓示なされました。また、三つの過失あらば怨みを招くとも仰っております。今、我が君は、ご自分の命じられたお言葉を虚偽とされる過ち、約定を破り棄てる過ち、人民を粗末に扱い蔑ろにされる過ちを犯しておられる。三つの過失はいかに従順で貞節な民も怨みをいだくでしょう。その怨みは国全体に広がります。謹んで申し上げます。君公の言葉は絶対のものなれど、これを棄て改めることを願い申し奉ります」
あくまで、穏やかに、優しい声音で欒成は語りかけ、拝礼した。が、苦言を越えて言葉による折檻に近い。光は青ざめ唇を震わせた。
二人きりの時にこの言葉を投げかけられれば、光も素直に反省し頷くだけで終わったであろう。しかし、みなの前で完膚無きに叩きのめされたのである。
「ゆ、許すと言ったは、一年前だ。あの時、あやつらはこの翼を天と仰がぬ、曲沃を主にするとした。約定を、破ったのはあれらだ」
光が、へりくつを言った。欒成は、
「なりませぬ。そのような虚言で己をごまかすのは君主の行いとは申せませぬ」
とはっきり返した。
ここで光に恥をかかせていることはわかっていたが、みなのいる前で前言を撤回させないと意味がない。あやまちを認め諫言を受け入れることこそ、君主にとって大切なことなのだ。
押し問答にはならなかったが、双方黙った。
誰も、口を出せぬ。君主と臣下というだけではない。傅と教え子である。諫言であり、教育であった。
息の詰まるような沈黙のあと、光が、悪かった、約定のとおりにせよ、と呻くように呟いた。崩れかけた顔のまま、欒成を見てくる。
「その言葉は晋の栄えとなりましょう」
そう返して欒成は拝礼した。降った邑は丁重に迎えられた。
ここでこの邑を罰してしまうと、曲沃から改めて帰ってくる氏族がいなくなる。そう、利で諭すことは容易い。
しかし、怒りにまかせての命令を利益で撤回させても、同じ事をくり返す。君主は民を養わなければならぬ、忘れるな。それを欒成は強く言い、光は受け入れたのであった。
それは容赦の無い、説教でもあった。
「おそれながらあえて諫言申し上げまする。彼の邑には、戻れば許す、罪は問わぬとおおやけに告げております。それを違えるは我が君の軽重問われ、ひいては我が晋の威光の失墜となりましょう。すぐさま人心離れ、民は逃げ、国の亡びに向かいます。我が君のお言葉は、約定を蔑ろにし、大夫、人民を粗末に扱うことを是となされる、おおよそ徳があるとは申せませぬ。夏書にございます。皇祖に訓あり、民は近づくべく、下すべからず。また、一人三矢、怨みは豈に明なるのみにあらんや。――かの禹王は人民は親しむべく、蔑み粗末に扱ってはならぬと訓示なされました。また、三つの過失あらば怨みを招くとも仰っております。今、我が君は、ご自分の命じられたお言葉を虚偽とされる過ち、約定を破り棄てる過ち、人民を粗末に扱い蔑ろにされる過ちを犯しておられる。三つの過失はいかに従順で貞節な民も怨みをいだくでしょう。その怨みは国全体に広がります。謹んで申し上げます。君公の言葉は絶対のものなれど、これを棄て改めることを願い申し奉ります」
あくまで、穏やかに、優しい声音で欒成は語りかけ、拝礼した。が、苦言を越えて言葉による折檻に近い。光は青ざめ唇を震わせた。
二人きりの時にこの言葉を投げかけられれば、光も素直に反省し頷くだけで終わったであろう。しかし、みなの前で完膚無きに叩きのめされたのである。
「ゆ、許すと言ったは、一年前だ。あの時、あやつらはこの翼を天と仰がぬ、曲沃を主にするとした。約定を、破ったのはあれらだ」
光が、へりくつを言った。欒成は、
「なりませぬ。そのような虚言で己をごまかすのは君主の行いとは申せませぬ」
とはっきり返した。
ここで光に恥をかかせていることはわかっていたが、みなのいる前で前言を撤回させないと意味がない。あやまちを認め諫言を受け入れることこそ、君主にとって大切なことなのだ。
押し問答にはならなかったが、双方黙った。
誰も、口を出せぬ。君主と臣下というだけではない。傅と教え子である。諫言であり、教育であった。
息の詰まるような沈黙のあと、光が、悪かった、約定のとおりにせよ、と呻くように呟いた。崩れかけた顔のまま、欒成を見てくる。
「その言葉は晋の栄えとなりましょう」
そう返して欒成は拝礼した。降った邑は丁重に迎えられた。
ここでこの邑を罰してしまうと、曲沃から改めて帰ってくる氏族がいなくなる。そう、利で諭すことは容易い。
しかし、怒りにまかせての命令を利益で撤回させても、同じ事をくり返す。君主は民を養わなければならぬ、忘れるな。それを欒成は強く言い、光は受け入れたのであった。
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