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第十五話 開戦の雄叫び
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目標の陘庭は翼の南西、曲沃から見れば東北に位置する、小さな邑である。どちらから見ても田舎の集落でもあった。
近くに汾水という、黄河の支流が流れている。この邑は、翼と曲沃の軋轢が逆に功を奏して、自立していた。
昔は晋に随従していたこともあったやもしれぬが、今は本家と分家を見定めようと見ているのであろう。
そのような邑であるから、情報には敏感である。この田舎ものどもは、翼が兵を出し、こちらに向かっていることをいち早く知ると、すぐさま曲沃に走った。
「翼が我が邑を侵そうとしている、助けてほしい」
彼らは文化的に田舎ものであったろう。儀礼なども光の足元にも及ばぬ拙さであった。が、一点優れているところがある。
生き残るための方策を幾重にも考えており、何があっても即座に対応できる、すばしこさとたくましさである。
「隣人が盗賊に襲われ困っているのだ、助けるのが人の道だ」
称がおおらかさを見せながら快諾し、即断した。曲沃としては翼を叩きのめすのはもちろん、このフワフワした邑を手中に収める良い機会である。
しかし、称はそれをほのめかすことはしなかった。翼を叩きのめし、曲沃が威勢をはれば、陘庭など勝手にこうべを垂れてくる。わざわざ声をかけ、こちらを軽くする必要は無し。称の自信は実力と現実に裏付けされている。
曲沃の動きは速い。趙氏という機動性の高い武の一族を筆頭に、練度に優れている。翼が陘庭の耕作地へ進軍したときには、すでに陣を張っていた。
その様子を見た翼軍、光の判断も早かった。欒成に問うこともなく、
「曲沃は我ら翼の仇敵だ。陘庭を我が物にするためにも討ち払う!」
と叫んだ。
兵力の差は歴然であり、場も不利である。曲沃は翼を汾水へ追い込むようにかまえている。汾水は黄河の支流の中で二番目に大きな川であり、追い込められれば逃げ場は無い。
しかし、ここで退けば、翼は曲沃から延々と逃げるだけの国となる。戦いに負けずとも、国として亡びる。光の悲壮な決意に、みな、雄叫びをあげた。
「この成が君公の先触れとして、前へ出て曲沃めにまずご挨拶つかまつる。みなの先導をすること、お許しいただきたい」
欒成は立礼し、言った。先陣きってつっこみ道を作る、翼軍総出で曲沃に穴をあけ、陣を崩す策である。いわば、正面突破であった。
欒成が曲沃軍の中で手薄な場所を見きわめ、こじ開けたところを翼全軍で食い破りながらその陣を潰す。そうして、曲沃が崩れたところを見計らい、戦闘区域から出て陘庭を荒らし帰還する。
薄氷の上を歩くような策であった。が、他にあろうか。まともに曲沃全軍と組み合えば、すぐに削り潰される。一点だけを攻め、局地的勝利をおさめ、陘庭を牽制する。これ以外、翼の『勝ち』は無い。
「欒成の言葉良し。私は欒氏に続き、みなと共に曲沃をけちらそう」
光が頷く。その声音は力強い。欒氏の兵車が動くと共に、光が旗をあげ、みなを鼓舞しながら合図する。
冬の、肌が切れそうな乾いた寒風をものともせず、欒成を先頭に翼軍は縦陣形を作って、曲沃軍に突撃した。迎え撃つ曲沃軍は横陣形を敷いている。兵車戦の基本のような陣形である。そのまま翼軍を囲い込みながら、汾水へ追い立てる戦術であった。
曲沃主力はもちろん称率いる中央部である。ここが屋台骨であるから、当然固い。翼を囲むべく機動力が必要な位置には趙氏がおり、ここも強い。一瞬の判断で、生死が決まる場面であった。が、欒成は三十年、戦場に立ち曲沃と戦った。己の目を疑うことは無い。
曲沃の中に、異分子がいた。
これは称の油断であったのか、それとも政治的判断であったのか。
陘庭のものが、与力として参戦していた。強い曲沃と共にいる安堵からか、弛緩が見て取れた。
欒成は手勢に手で指図し、旗をあげて向かう方向を示す。翼軍は、曲沃が奇跡的に作ってしまった、薄い箇所へなだれ込んだ。横陣は全体が保たれているからこそ、成り立つ迎撃体制である。一点に圧力が生じ、なおかつそこが脆ければ、隊列が乱れ一気に軍の体裁をとれなくなる。
「翼のガキがそこまでできるのか!」
急をつげる伝令の言葉に称は吐き捨てた後、
「……いや欒成か!」
と、欒成への賞嘆の声をあげた。
すぐに太鼓や旗で知らせ、陣形を変えさせる。翼が荒らし回っている箇所はそのままに、軍を二つにわけた。
弱点を切り離し、包囲から挟撃に切り替えたのである。主力である称の曲沃古参と、遊撃としての趙氏ほか帰化氏族の二つに分かれたのは、元々の配置のせいであるが、妙に象徴的であった。
「いやはや、欒叔はあの年で、お若い」
今や曲沃の氏族として参戦していた隰叔は、陘庭の兵やそれに混ざった曲沃の一部を潰しながら進む欒成を見て、のんびりと言った。
この男は、新参の氏族のけじめとして参戦している。
曲沃には武に特化した氏族が多く、隰氏は埋もれてしまう。が、儀礼、そして法令に関して、隰叔の右に出る者はいなかった。彼は、法制の家として迎え入れられ、改めて『士』氏と呼ばれることとなった。
彼の息子を士蔿と言い、以降、士氏として名が残っていく。そういったことで、ここにいるのは、一度くらい戦場に出た方が良いであろう、という処世術からきている。
だからといって物見遊山ではない。一人、二人。翼の大夫を仕留めなければ、名折れというものであった。
近くに汾水という、黄河の支流が流れている。この邑は、翼と曲沃の軋轢が逆に功を奏して、自立していた。
昔は晋に随従していたこともあったやもしれぬが、今は本家と分家を見定めようと見ているのであろう。
そのような邑であるから、情報には敏感である。この田舎ものどもは、翼が兵を出し、こちらに向かっていることをいち早く知ると、すぐさま曲沃に走った。
「翼が我が邑を侵そうとしている、助けてほしい」
彼らは文化的に田舎ものであったろう。儀礼なども光の足元にも及ばぬ拙さであった。が、一点優れているところがある。
生き残るための方策を幾重にも考えており、何があっても即座に対応できる、すばしこさとたくましさである。
「隣人が盗賊に襲われ困っているのだ、助けるのが人の道だ」
称がおおらかさを見せながら快諾し、即断した。曲沃としては翼を叩きのめすのはもちろん、このフワフワした邑を手中に収める良い機会である。
しかし、称はそれをほのめかすことはしなかった。翼を叩きのめし、曲沃が威勢をはれば、陘庭など勝手にこうべを垂れてくる。わざわざ声をかけ、こちらを軽くする必要は無し。称の自信は実力と現実に裏付けされている。
曲沃の動きは速い。趙氏という機動性の高い武の一族を筆頭に、練度に優れている。翼が陘庭の耕作地へ進軍したときには、すでに陣を張っていた。
その様子を見た翼軍、光の判断も早かった。欒成に問うこともなく、
「曲沃は我ら翼の仇敵だ。陘庭を我が物にするためにも討ち払う!」
と叫んだ。
兵力の差は歴然であり、場も不利である。曲沃は翼を汾水へ追い込むようにかまえている。汾水は黄河の支流の中で二番目に大きな川であり、追い込められれば逃げ場は無い。
しかし、ここで退けば、翼は曲沃から延々と逃げるだけの国となる。戦いに負けずとも、国として亡びる。光の悲壮な決意に、みな、雄叫びをあげた。
「この成が君公の先触れとして、前へ出て曲沃めにまずご挨拶つかまつる。みなの先導をすること、お許しいただきたい」
欒成は立礼し、言った。先陣きってつっこみ道を作る、翼軍総出で曲沃に穴をあけ、陣を崩す策である。いわば、正面突破であった。
欒成が曲沃軍の中で手薄な場所を見きわめ、こじ開けたところを翼全軍で食い破りながらその陣を潰す。そうして、曲沃が崩れたところを見計らい、戦闘区域から出て陘庭を荒らし帰還する。
薄氷の上を歩くような策であった。が、他にあろうか。まともに曲沃全軍と組み合えば、すぐに削り潰される。一点だけを攻め、局地的勝利をおさめ、陘庭を牽制する。これ以外、翼の『勝ち』は無い。
「欒成の言葉良し。私は欒氏に続き、みなと共に曲沃をけちらそう」
光が頷く。その声音は力強い。欒氏の兵車が動くと共に、光が旗をあげ、みなを鼓舞しながら合図する。
冬の、肌が切れそうな乾いた寒風をものともせず、欒成を先頭に翼軍は縦陣形を作って、曲沃軍に突撃した。迎え撃つ曲沃軍は横陣形を敷いている。兵車戦の基本のような陣形である。そのまま翼軍を囲い込みながら、汾水へ追い立てる戦術であった。
曲沃主力はもちろん称率いる中央部である。ここが屋台骨であるから、当然固い。翼を囲むべく機動力が必要な位置には趙氏がおり、ここも強い。一瞬の判断で、生死が決まる場面であった。が、欒成は三十年、戦場に立ち曲沃と戦った。己の目を疑うことは無い。
曲沃の中に、異分子がいた。
これは称の油断であったのか、それとも政治的判断であったのか。
陘庭のものが、与力として参戦していた。強い曲沃と共にいる安堵からか、弛緩が見て取れた。
欒成は手勢に手で指図し、旗をあげて向かう方向を示す。翼軍は、曲沃が奇跡的に作ってしまった、薄い箇所へなだれ込んだ。横陣は全体が保たれているからこそ、成り立つ迎撃体制である。一点に圧力が生じ、なおかつそこが脆ければ、隊列が乱れ一気に軍の体裁をとれなくなる。
「翼のガキがそこまでできるのか!」
急をつげる伝令の言葉に称は吐き捨てた後、
「……いや欒成か!」
と、欒成への賞嘆の声をあげた。
すぐに太鼓や旗で知らせ、陣形を変えさせる。翼が荒らし回っている箇所はそのままに、軍を二つにわけた。
弱点を切り離し、包囲から挟撃に切り替えたのである。主力である称の曲沃古参と、遊撃としての趙氏ほか帰化氏族の二つに分かれたのは、元々の配置のせいであるが、妙に象徴的であった。
「いやはや、欒叔はあの年で、お若い」
今や曲沃の氏族として参戦していた隰叔は、陘庭の兵やそれに混ざった曲沃の一部を潰しながら進む欒成を見て、のんびりと言った。
この男は、新参の氏族のけじめとして参戦している。
曲沃には武に特化した氏族が多く、隰氏は埋もれてしまう。が、儀礼、そして法令に関して、隰叔の右に出る者はいなかった。彼は、法制の家として迎え入れられ、改めて『士』氏と呼ばれることとなった。
彼の息子を士蔿と言い、以降、士氏として名が残っていく。そういったことで、ここにいるのは、一度くらい戦場に出た方が良いであろう、という処世術からきている。
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