創世記―ある小さな世界の、亡国と興国と英雄

はに丸

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第十四話 吉事の門出

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 少年君主がどう嘆こうが、欒成らんせいがいかに務めようが、よくの力が大きく削がれたのは変わらない。

 曲沃きょくよくに耕作地を荒らされた上、氏族やゆうが無くなったのである。足元が極めて弱くなった。

 人も土地も、無ければ奪うしかない。曲沃が翼に行うことを、今度は翼がどこかにせねばならぬ。

陘庭けいていはいかがか」

 秋も深まったその日、臣の一人が言った。

 翼より南方にある、小さな集落である。田舎であり、翼の傘下でもなく曲沃の傘下でもない。どちらかといえば翼よりの場所であり、この場を領有できれば、悪くはない。

「いきなり邑を落とせるのか」

 成人してから二年。もう光はこう、戦の難しさを知っている。どのように小さな邑でも容易に落とせぬほど、翼は弱くなったのだ。

「田を侵しましょう」

 耕作地に入り、牽制する、ということを別の臣が言う。欒成も頷いた。圧をかけて、靡くようにするのも一つの戦略である。

「我が翼の威を見せる良い機会だ。陘庭を攻めよう。私も出る。これは外征と同じであろう、いかに小さな戦でも親征するが道理。準備を整え出るなら、年明けの春が良いと思うが、皆はどうか」

 光が、己で確かめるようにゆっくりと言った。この『春』は旧暦であるためいわば立春に近い。

 夏の痛手を癒やしている最中である。豊穣の今を終え、冬の間に備え、年が明けて兵を出すのは、間違っていない。いっそ、定石とも言えた。臣たちが、そのように、と拝礼しようとしたとき、光が、ひっくりかえりそうな声で言葉を続けはじめた。

「……あ。夏に諸々あり、言えなかったのだが……。斉姜が身ごもっている。えっと、春を過ぎたあたりで、そうではないか、と言われたのだが、いや、はっきりわかったのが夏で、えっと、戦で色々あり……。こ、今年の暮れか年明けに、子が生まれる、かも、しれぬ。子に、勝利を捧げたい。言おうとしていたのだが、言えず……」

 手をうろうろと動かし、全く君主らしくない仕草で説明を終えた光は首まで紅潮していた。

 大人たちの前で、思春期の少年は、恥ずかしさで死にそうな顔をしていた。もし、隰叔がおれば、気の利いた言葉で一息抜くことができたであろうが、この場にそのような器用な臣はおらぬ。

 もちろん、欒成もそのような器用さは無い。器用ではないが、無粋でもない。そして、本質的に素直である。

 素直に、喜びのままするっと祝った。もっと言えば、謡った。


 南に樛木きゅうぼくあり

 葛藟かつるいこれかか
 楽しいかな君子

 福履ふくり之をやすんず


 木にクズやカズラがまとわりついているさまを仲の良い夫婦に例えた古詩である。

 妻が夫に頼り、夫は頼られるに値する。その楽しさ、常に幸福で和気藹々、二人の間は安泰。

 深く甘く吟じられたそれに、光がぽかんとする。他の臣が手を打ち、声を合わせはじめた。


 南に樛木あり

 葛藟之におお

 楽しいかな君子

 福履之をたす

 南に樛木あり

 葛藟之にめぐ

 楽しいかな君子

 福履之を成す


 当時の詩は民謡に近い。

 これも、同じような文言が続く謡であった。

 幸福が二人を助けて安泰、幸福のおかげで二人は完全に安泰、と最後だけ微妙に違うところが、また泥臭い。

 が、この素直さはなまの感情とも言える。それにしても、木に絡みしだれかかるカズラで夫婦を表すところが直裁的である。

 本来、これを比喩として引用し会話するのがこの時代の貴族である。欒成も光にそう教えていた。しかし、これは、そのまま謡っている。欒成も他のものも、光と斉姜の幸福を素直に言祝ことほいだ。

 光は照れ笑いを浮かべた後、返礼の詩を吟じた。秋に咲くフジバカマを、菊を求めたい。得がたい臣を褒める言葉であった。

 年の暮れ、斉姜は一人の男子を産み落とした。

「私は吉祥を呼べたようです」

 母と言うにはあどけない斉姜が光にそっと囁いた。光は初めて交わした言葉のことを思い出し、斉姜の手をさすった。

「汝は元々、吉祥なのだ」

 少年の気負った言葉に、幼い妻が笑った。

 吉事に湧く中、翼は軍を出立させた。寡兵ながらも、堂々たる威風があった。
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