1 / 9
プロローグ
第一話
しおりを挟む
このところ強く思うことがある。
私が住んでいるこの世界は、このままだと闇に閉じ込められてしまうのではないか……、と。
年季が入ったボロアパートで、そんな夢想にふけっている。
鉄筋コンクリートで造られた、六畳一間のワンルームの部屋にずっと居続けていると、心が壊れてしまいそうだ。
目の焦点が定まらず、仕方なく壁を見つめ続けながら、私はこれからのことについて考えていた。太陽の日光を防ぐ為に、この部屋から唯一、外の景色を見ることができる窓には、黒いカーテンが覆われている。
外界との遮断。引きこもりにも近い生活を何年も送っているうちに、私という人間は自分以外のものを好きになることができなくなってしまったのかもしれない。
何もしたくない、何も見たくない、誰の声も聴きたくない。
私はこうなってしまった原因が、もしかしたら学生時代にあったのではないか……と、まるで昨日の出来事のことで、夢物語だったような、過去にある自分の歴史を紐解くようにして、必死に記憶を辿っていく。
確か、私の名前は友人から、霞とかいうような名前で呼ばれていた気がする。やがて私の視界に新しい空間が現れだして、それが形作られていく。そうして微睡みの中で、現実の意識が、夢の世界へと混濁していった。
誰もいない学校の屋上……。私は大空の下で、両手を広げていた。このままどこかに向かって飛んでいこうとしたのかもしれない。
大きな木から巣立つ成鳥になる前の鳥のように。しばらくそんなことをしていると予鈴がなり、わずかに残っていた理性が働く。我に返った私は、楽園のような世界に行こうとしていたのを諦めて、現実へと帰還する。
まだ飛ぶ時ではないよ……と、何者かに声を掛けられ、地上へと戻される感覚を味わった私は、空を飛ぼうとしたことを忘れ、自分の教室へと戻ることにした。
机の席に着席すると、遠くからクラスメイトの一人がやってきて、私に話しかけてきた。
「霞? 休み時間の間、どこにいたの?」
まだ理性が完全に戻っていなかった私は、惚けている頭をなんとか働かせて、先ほど両手を広げながら見ていた夢の続きを、そのクラスメイトに話していた。
「天使ってさ」
「えっ?」
その友人は天使というキーワードを聞くと、少し驚くようにして目を丸くさせていたが、やがて何かを思い出したかのように頷(うなず)いた。
「ああ、霞の家ってそういう漫画がたくさんあるもんね。また何か影響でもされたの?」
私は机にうつぶせになり、いつか落書きで描いた、天使の絵を指でなぞりながら話し始めた。
「人間のことをどう思っているんだろう?」
しばらく二人の間に静寂が訪れる。困った顔をしていたそのクラスメイトは、戸惑いながらその質問に答えてくれた。
「天使なんて、人間が考え出した妄想の産物だと思う。でも、もしもどこかの世界にそんな存在がいるとしたなら……きっとこう思ってるんじゃないかな」
「私たちが助けたい人間なんて、どこにもいやしない……ってさ」
その友人の言葉がきっかけとなって、私の理性は完全に戻ってくる。そこでやっと、この教室という空間を初めて認識した。
「やっぱり……そうだよね」
「あんまり変な妄想に取り憑かれない方がいいよ。こう言っちゃ悪いけど、今流行ってる頭の病気にでも霞がなったら本当にショックだしさ。統合失調症……だったっけ? えっと、よく分からないけど、変な声が聞こえたり、妙な幻が見えたりするんだって」
「そんな病気になる訳ないよ。理彩って、そんなこと言うタイプには見えなかったけど」
「違う、違う。あくまでも冷静になった方がいいよってこと。この世界……何においても理性がないと、とても生き残れやしないと思ってるから。でもさ……こんな時代に生まれて来た私たちって、本当に不幸だよね。もし神様なんているとしたなら、なんで私たちなんか産んだんだろうって、本気で思うことあるよ。あ、そろそろ授業が始まるよ」
クラスメイトの理彩は、持論を全て私にぶつけて、満足したのか自分の席へと戻っていった。
天使なんかいない。神様なんてものもいない。
全ては人間が考え出した妄想の産物。
窓から覗いて見える景色が、やけに虚しく感じられた。
私が住んでいるこの世界は、このままだと闇に閉じ込められてしまうのではないか……、と。
年季が入ったボロアパートで、そんな夢想にふけっている。
鉄筋コンクリートで造られた、六畳一間のワンルームの部屋にずっと居続けていると、心が壊れてしまいそうだ。
目の焦点が定まらず、仕方なく壁を見つめ続けながら、私はこれからのことについて考えていた。太陽の日光を防ぐ為に、この部屋から唯一、外の景色を見ることができる窓には、黒いカーテンが覆われている。
外界との遮断。引きこもりにも近い生活を何年も送っているうちに、私という人間は自分以外のものを好きになることができなくなってしまったのかもしれない。
何もしたくない、何も見たくない、誰の声も聴きたくない。
私はこうなってしまった原因が、もしかしたら学生時代にあったのではないか……と、まるで昨日の出来事のことで、夢物語だったような、過去にある自分の歴史を紐解くようにして、必死に記憶を辿っていく。
確か、私の名前は友人から、霞とかいうような名前で呼ばれていた気がする。やがて私の視界に新しい空間が現れだして、それが形作られていく。そうして微睡みの中で、現実の意識が、夢の世界へと混濁していった。
誰もいない学校の屋上……。私は大空の下で、両手を広げていた。このままどこかに向かって飛んでいこうとしたのかもしれない。
大きな木から巣立つ成鳥になる前の鳥のように。しばらくそんなことをしていると予鈴がなり、わずかに残っていた理性が働く。我に返った私は、楽園のような世界に行こうとしていたのを諦めて、現実へと帰還する。
まだ飛ぶ時ではないよ……と、何者かに声を掛けられ、地上へと戻される感覚を味わった私は、空を飛ぼうとしたことを忘れ、自分の教室へと戻ることにした。
机の席に着席すると、遠くからクラスメイトの一人がやってきて、私に話しかけてきた。
「霞? 休み時間の間、どこにいたの?」
まだ理性が完全に戻っていなかった私は、惚けている頭をなんとか働かせて、先ほど両手を広げながら見ていた夢の続きを、そのクラスメイトに話していた。
「天使ってさ」
「えっ?」
その友人は天使というキーワードを聞くと、少し驚くようにして目を丸くさせていたが、やがて何かを思い出したかのように頷(うなず)いた。
「ああ、霞の家ってそういう漫画がたくさんあるもんね。また何か影響でもされたの?」
私は机にうつぶせになり、いつか落書きで描いた、天使の絵を指でなぞりながら話し始めた。
「人間のことをどう思っているんだろう?」
しばらく二人の間に静寂が訪れる。困った顔をしていたそのクラスメイトは、戸惑いながらその質問に答えてくれた。
「天使なんて、人間が考え出した妄想の産物だと思う。でも、もしもどこかの世界にそんな存在がいるとしたなら……きっとこう思ってるんじゃないかな」
「私たちが助けたい人間なんて、どこにもいやしない……ってさ」
その友人の言葉がきっかけとなって、私の理性は完全に戻ってくる。そこでやっと、この教室という空間を初めて認識した。
「やっぱり……そうだよね」
「あんまり変な妄想に取り憑かれない方がいいよ。こう言っちゃ悪いけど、今流行ってる頭の病気にでも霞がなったら本当にショックだしさ。統合失調症……だったっけ? えっと、よく分からないけど、変な声が聞こえたり、妙な幻が見えたりするんだって」
「そんな病気になる訳ないよ。理彩って、そんなこと言うタイプには見えなかったけど」
「違う、違う。あくまでも冷静になった方がいいよってこと。この世界……何においても理性がないと、とても生き残れやしないと思ってるから。でもさ……こんな時代に生まれて来た私たちって、本当に不幸だよね。もし神様なんているとしたなら、なんで私たちなんか産んだんだろうって、本気で思うことあるよ。あ、そろそろ授業が始まるよ」
クラスメイトの理彩は、持論を全て私にぶつけて、満足したのか自分の席へと戻っていった。
天使なんかいない。神様なんてものもいない。
全ては人間が考え出した妄想の産物。
窓から覗いて見える景色が、やけに虚しく感じられた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる