ネグリと付与の魔剣

椎木唯

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鏡餅式、魔剣さん

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 喧嘩とは同レベルのものとしか起こらない。



 『盲目』の攻撃を受け流し、受けとめ、反撃を試みるが…まだ本気ではなかったようで、倍以上の速度で回避され、攻撃を繰り出される。目で追いつくのが精一杯で、反撃なんて到底できようもない。これが支配系統の強さか…。

「あれれー? こんな奴に『獣』がヤラレちゃったの? 何か期待外れなんだけどー」

 と、そう言いながら手を緩める事なく、華奢な体からは想像も付かないほどの重たい攻撃を放ってくる。既に全裸な事は僕の頭の中から抜けていた。全裸って言っても全身が目で覆われているので興奮もできたもんじゃない。
 何とか『付与』の効果でぐしゃぐしゃになった左腕は回復できたみたいだけど…動かすには支障が出る痛みだし、魔剣さんなんてヒビが入りまくりである。ジグソーパズルかのようになった魔剣さんを握り、破壊されないようにダメージを最小限にするように回避するのだが、まあ時間の問題だろう。

 相手の攻撃の速度が上がったと言っても殺されてはないない現状で、向こうがお喋りをしている中。殺すのではなく、痛ぶる方針に変えたのだろう、と直ぐに理解ができる。圧倒的な絶望感に全身を打たれているが、落ち込んでいる暇はない。今、可能性としてあるのは一撃でも多く相手に当てて、血肉を得て『付与』をより沢山得る事だ。それ以外に手段は無い。

 だがしかし…。

「(攻撃の間隔が短くなった事で…反撃もままならないっ!)」

 のである。
 こちらが回避し、攻撃を当てようと剣を振り上げると、既に拳を振り上げた『盲目』の姿があり、回避行動にうつらないと間に合わないのだ。しかも回避したとしても致命傷を避けた一撃を当てられる。着々と攻撃を与えられ、消耗を余儀なくされる。
 先程、僕が『獣』相手に戦った時のように木々を足場として立体的な攻撃を仕掛けてくるのだ。目玉が付いている正面だけで無く、背後や上をしっかりと注意しないと最も簡単に僕の命は散ってしまうだろう。

 精神をすり減らしながら争っている。そんな圧倒的な危機的状況なのだが、戦闘開始前までは焦った様子の魔剣さんだったが、開始してからは無言である。
 戦いの中で魔剣さんに出来る事って応援しかないから…僕が魔剣さんを握る、持ち主である以上僕が頑張らないといけないんだけど…。できれば、何か良い策はないかと聞いてみる。

「魔剣さん!! 何かあっと驚くような策は無いの!?」

『…あったら最初っから出すけどな』

 沈んだ声色で話す魔剣さんである。そう言えば魔剣さんにヒビが入っているんだけど、それは痛く無いのだろうか? 気になってしまう。脇腹を軽く抉られる。眠気のような朦朧とした感覚が僕に顔を見せるが…根性で踏ん張る。『付与』の効果がなかったら最初の攻撃で死んでいただろう。その点で考えれば感謝しかないが…。

 魔剣さんにヒビが入って、とそう考えていると魔剣さんが一つ、思いついたように声をあげる。

『そうか…所有者の死亡だけがトリガーじゃ無いのか…』

「え? 死亡!? トリガー!? ちょ、緊急回避!!!」

 只ならぬ言葉を聞き、意識が逸れる。待っていたと言わんばかりに『盲目』の突き立てるような手が飛んでくる。爪は毎日手入れしたほうが良いと思います。そんな長すぎても日常生活困るでしょ? 考えながら首に新しくできた傷痕の痛みを我慢する。爪が武器ってんなら感染症とか怖そうだね…狂犬病とか罹りそうで。

 まあ、それ以前に戦死だろうけどね、と死因について考える。出来れば簡単に、痛みなく殺して欲しい次第だけど…どうやら魔剣さんが活路を見出したらしく、考える時間を得る為に必死に抵抗する。今、この時だけは遊ぶように、イタズラのように攻撃を仕掛けてくる『盲目』に感謝である。
 嘘である。感謝はできない。痛いよぉ…滲むような痛みと軋むような痛み、動くだけで体の芯が凍えるような痛みがエンドレスなのだ。感謝する言われが無い。


 どうやら『盲目』の方も魔剣さんが何かを見出したのを分かったのか、一歩下がり攻撃の手を止める。

「『付与の魔剣』の真価って所有者の死をトリガーにするものって聞いた事あるけど…自爆特攻でも考えてるのー? 可哀想だね、キミー」

 見出すどころか、過去の『付与の魔剣』を知っていた為か核心付いた結論を出す。どうやら本当のようで魔剣さんから否定の言葉は出てこない。ああ、神よ。私はこんな、人里離れた場所で死ぬのでしょうか…。最後は圧倒的人気で、民衆に担がれながら死にたかった…。

 辞世の句でも読んでやろか、と自暴自棄になっていると魔剣さんの凛々しい声が脳内で響いた。

『死にたく無いだろ? なら突っ込んでアタシを壊す勢いで振れ。て言うか寧ろ壊せ! あぁ、ようやく分かった。ようやく辿り着いたんだアタシの適合者に…』

「へ? 適合者?」

『良いから進め!! 都合良く「盲目」の野郎も突っ立ってる所だしな!! これで攻撃を外したら…末代まで呪ってやるからな?』

 まあ、外した場合は僕が末代になるんですけどね。

 脳内で魔剣さんに鼓舞されながら剣を構え直す。壊す勢いで振れって言われても…まあ、思考停止安定である。取り敢えず僕の命運は魔剣さんに託し、託した魔剣さんで振ってみよう。考える前に行動である。
 真意を話さないのは僕が信用に足らないのか…

『早く行けッ! 向かってくるぞ!』

 話せる時間が無いのか。

 妙に切羽詰まった表情で向かってきた『盲目』。
 先程までの立体的な攻撃でなく、直線的で最短なルートを選んでの攻撃である。
 縦横無尽に駆ける『盲目」であったのなら攻撃を当てるのは至難の技だったが…攻撃が来るルートが分かっていればその場所に剣を持ってくるのは簡単である。バッティングセンターみたいな感じである。上級者コースを飛び抜けて、生死の境をかけたものになってるけど。

 向かってくる『盲目』に剣を合わせ、振り下ろすと…振りかぶった『盲目』の右腕とかち合う。一瞬の拮抗を見せた後。

 パリンッ。

 と、剣が発する音ではない、何かが砕ける音が聞こえ…辺りを黄金の光一色に塗り替える。





・・・・・・・・・・

 『付与の魔剣』通称魔剣さんがその事に気が付いたのは『盲目』との戦いの最中である。
 そもそも、魔剣さんが持つ真価とは『持ち主が死ぬ事によって、契約が解消された反動で魔剣に封じ込められた体が具現化する』ものであるのだ。だから基本的に魔剣さんは持ち主を転々と変えるように世を移り渡り、ワザと死地へ向かわせるように仕向ける『魔剣』そのものだった。

 その関係で、『付与の魔剣』の説明のページには所有者の情報が一歳書かれていないのだ。
 今回も同じように適当なあたりで区切りを付け、真価を発動し、効果が切れるまでにどこかへ行こうと考えていた訳であるが……戦闘中にある切っ掛けが起きた。
 剣にヒビが入っているのだ。

 これは魔剣さんが魔剣さんとしてやっていく中で一度として陥った事がない状況であった。能力発動以外で砕ける事のなかった刀身は、真価を発揮する時以上の輝きを溢れさせ、徐々に解除される、湧き出てくるような力の本流に魔剣さんは戸惑いを隠せなかったのだ。

「今ままでどんな強者でも、アタシをここまでにする者は居なかったのに…」

 と。
 そこで考える。ネグリの容姿である。些か魔剣さんの好みのタイプとは違うが好青年であるネグリは、一番の特徴と言っても良いエルフの耳を持っている。エルフとは魔剣さんが天使であった大昔に存命していた『人類種』の起源とも言える種族である。
 古代から身に溢れる“マナ“と呼ばれる神に連なる能力を身に宿し、神に使える神官の役目を担っていたのだ。

 その事は魔剣さんがネグリと契約する上で既に理解していた事である。過去に魔剣さんはエルフと契約した事があり、マナと魔剣の効果の相乗効果で世に名を馳せた剣士になったのを知っていたので打算的に、運命的に契約者に選んだのだが…結果は大外れ。エルフの耳はコスプレなのか? と、そう思ってしまう程エルフ特有のマナを感じられず、只耳の長いナヨナヨした人間。それが最初から今まで感じた魔剣さんのネグリに対する考えである。



 だが、今はどうだ。歴代の戦士も、強者も成し得なかった次のステップに上げようとしているのは誰だ。ネグリである。何の能力も持っていない、ナヨナヨした、頭の中は都合の良いようにお気楽に考えているエルフのコスプレの青年だと思っていた彼だ。
 魔剣さんは思った。能力の比重が変わっているのでは? と。

 以前のエルフは“マナ“の能力が凄く、扱いも長けていたのだが…神官らしい所は一歳なかった。まあ、魔剣さんにとっての神官らしさとは着ている服でしか判断できないのだが。
 だが、以前のエルフは神官の能力が無かったのだ。で、ネグリには神官の能力がある。
 大昔、魔剣さんは天使で、神では無かったものの、神の真髄を引き出し、現世に力を表す神官の力は知っていた。

 と言う事は、魔剣さんの全身を巡るような力の本流は。殻を破るられるようにして、力を再現しているのは!!

 その全てが“ネグリは神官“であると証明していた。

 魔剣さんは心の底からネグリに感謝を告げていた。
 ああ、今まで情けない男と思ってすまなかった。実は女なのでは? と疑ってすまなかった。実は寝ている時に見たことがあるすまなかった。
 と、今までのネグリに対する評価を改める。

 今度は二人で世界を塗り替えてやろうぜ! と、そう考えながら現世に姿を表す。魔剣さんの真の姿。真価である。

・・・・・・・・・・・・・・・・



 『盲目』にとってしてみれば目の前の青年は雑魚に等しかった。寧ろミジンコの方が見た目キモくて強さ的には上だよね、とも思っていた位である。
 最初の攻撃で死ぬかな? と思っていたが反撃を喰らった事で思わず強者カテゴリーに入れてしまい、本気を出させるべくイジメにイジメ、イジメ抜いたが…。青年自体にそこまでの力はないのだと理解した。最初の一撃は『付与の魔剣』の効果だと考え、少し拮抗した状態は『獣』で『付与』した結果だな、と考えたのだ。
 何度か攻撃を受け、無理矢理楽しめるラインまで押し上げようと考えたのだが…そもそもの地力が違いすぎたのだ。ある程度強化され、目が追いつくようになった青年であるが…ギリギリで、数秒遅れて反撃をする彼は期待外れであった。

 過去に何度か、“知識“として『付与の魔剣』と対峙した時は楽しいものであったのを思い出し、真価を発揮させるために所有者を殺そうと考えたのだが…。

「(何かがおかしい…)」

 のだ。

 一歩下がり、立ち止まった『盲目』の心の中は、何かが変わった彼と、謎に光を放ち始めている『付与の魔剣』をようやっと認識した。
 恐らく、多分、今までとは違う戦いが起こるのだろう、とそんな心湧く感覚と。だけども、その感情と反発するように湧き出てくる危機感。
 知識として危機を言ってくる自身を抑え込み、逡巡する。

 あれはなんだ、あの光は何だ。私は知らないぞ、何が起こってるんだ!?

 表面上は表情を返す、心の中で取り乱す。あの光は『付与の魔剣』が真価を果たす時に出るものだと知っている。知っているが、それは所有者が死んだ時に起こる契約破棄と、魔剣に封印される為の剣の形成で起こる現象である。
 その為、過去の『付与の魔剣』は契約破棄と、再契約待ちの数分の猶予の間で限られた本当の力を発揮するものだと思っていたが…。

 今は違う。所有者は存命である。そして、溢れるような光の質は……以前と格別に上質で、濃厚なものになっている!!
 『盲目』は抑え込んだ危機を解放した。このまま放っておいたらダメだと。何がダメかは分からないが絶対にダメなのは分かる、と。最短で、最速な直線を進み…自身が悪手を選んだのに気付かされる。

「(これは…攻撃を合わせられたっ!?)」

 自身の攻撃でヒビの入った魔剣を加速させ…拳が振り抜くと同時に辺り一面に黄金かのような眩い光が包んだ。
 衝撃波を感じ、飛ばされ木に激突した『盲目』は、収まった輝きに自身の数百もの目を向ける。そこにはーー



ーーーー天使が居た。
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