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第63話 従業員
しおりを挟むあれから1週間が経った。本来は今日開店という話だったが、とりあえず従業員との顔合わせと、細かい業務内容の連絡がある。というか1週間で開店までの用意を全部完璧にできるわけがないだろ。もうしんどいなんてレベルじゃないぞ。誰だそんな事言った奴は、マジで許さん。
なので、本日は従業員の人と顔合わせをするついでに、現状で何あたりないものがないかを聞くつもりだ。店の内装は一応すべてそろえたつもりだが、俺だけでは見落としがあるだろう。より良い運営を目指すためには、従業員と話して多少ものを追加する必要がある。
ちなみに今ここに揃っている内装の家具などは全て親方と一緒につくりあげたものだ。俺のスマホの中には材料がなかったが、新しく家具を買うよりかは材木を買ったほうが安くついた。というか材木はかなり安い。話によるとこのルシュール領では農産物の他にも材木などを多く生産している。
なんでもルシュール辺境伯がこの地に長く居座っているので、ルシュール辺境伯から溢れ出た魔力が周囲の植物や木々に影響を与え、成長がかなり早いらしい。なので、木こりの人数も他の街に比べて多い。
材木はこれでもかというほど毎日のように作られていくので、かなり安く売られているのだ。そのおかげで、この領地では自身の家を持つものも多いらしい。他の領地の半分の値段で家が建てられるとのことだ。
つまり俺が今回買った店舗も他の街なら金貨2400枚以上の価値があるらしい。まあ俺自身、初めてこの店舗の中に入った時はかなり安い買い物になったと思ったほどだ。細かい傷はあったが、最高の状態で保管されていた。
しかし家財の類は一切なかったので全て一から作ったのだが、これが本当にしんどかった。本来はある程度加工された材木を買うつもりだったのだが、手間賃が含まれる分値段も高かった。そんなもので全て揃えようとするとかなり予算をオーバーするので辞めておいた。
しかし予算を決めておいたはずなのに、色々と欲しいものが出て来てしまった。例えばショーウィンドウ。食品を並べるのには必要だろう。なくても良いかもしれないが、売り上げに大きく関わりそうだ。
まあ、あればいいかなくらいで探していると、保冷機能付きと保温機能付きの大型のショーウィンドウがあったのでつい買ってしまった。また借金が膨らんだのはいうまでもない。
そんな散財をしつつも、少しでも資金を増やそうと昼間は元の店で稼ぎ、夜は家具作りに励みと寝る暇もなかった。まあそれだけ頑張っても借金が金貨2000枚超えちゃったんだけどね。はー…しんど。
愚痴を思い浮かべたらいくらでも出てくるな。ため息も止まらないし。けど、もうすぐ新しい従業員が来るからいつまでもこんな調子じゃダメだ。早いとこ気持ち切り替えないと。あ、裏口から誰か来る。
「すみませ~ん、従業員として~雇われたものですが~」
「あ、こっちです。そのまま入ってください。」
「あ~よかった~。ほら~みんなも入りましょ~」
そのままぞろぞろと中へとはいってくる。どうやら外でどうしたら良いか分からずに待っていたようだ。これは失礼なことをしたな。疲れすぎて頭が回ってなかった。
そのまま今回雇うこととなった全員が入ってきた。その人数は8人。あれから1人は他の店にいってしまったらしいが、他は全員こちらに入ってくれることとなった。本当は6人雇うつもりだったとかは…言わないでおこう。
あの商業ギルドのエルフの人もまさか1人しか抜けないと思っていなかったようで、平謝りしていた。なんでも今回集まった人たちは本当にスペックが高く、他の大きな商会でも即戦力級の人材らしい。だから他の商会に引き抜かれて当たり前なのだが、今回はこうして俺のところにきてくれた。本当に運が良かった。
「大丈夫ですか~お疲れのようですが~」
「大丈夫です。ご心配をかけて申し訳ありません。それではみなさん集まってもらったので、自己紹介を。私は関谷道長と申します。今までは小さな商売でしたが、今回、このように立派な店を持って新しく商売を始めていきます。今は扱う品は少ないですが、今後その品数を増やしてさらに大きな商売をしていくつもりです。みなさんにはこれから忙しく働いてもらうことになりますのでよろしくおねがいします。」
なんとか噛まずに言えた。何を話すかちゃんと考えてきてよかった。さて、流れはできたので早速他の従業員の人たちにも自己紹介をしてもらう。まずは始めに入って来たおっとりとしたこの女性から。なんだろ、巨乳人妻って感じ。ええねぇ…
「では~私は~メリリド・ハックと申します~前の仕事を~結婚してやめたので~ここで働かせてもらうことになりました~子供がいるので~急な休みを取ることも~あるかもしれません~宜しくお願いします~」
超おっとりした喋り方だな。まあ流石に長年培われて来た俺の予想は当たって…あれ?なんでみんな固まっているんだ?それにビクビクしているし。
「あ、あの…メリリドって…あのメリリド…」
え?何有名人なの?全く知らない。従業員採用の時の書類は全く見てないからなんも知らない。ギルドの人には必ず見るようにとか言われたけど、時間ないし面倒だったからなんも知らない。
「メリリドさんは有名人なんですか?」
「いえ~前の仕事で~ちょっとだけ~」
「いやいやいや!ちょっとって!あのA級冒険者のメリリド・ギリングさんですよね!暴ぎゃ」
「…ダメよ?」
「ひゃ、ひゃい…」
はっや!今の動き全く見えなかったぞ。気がついたらメリリドさんの横の子の口が塞がれているし。あのおっとりとした喋り方が嘘みたい。いや、この感じは無理してやっているな。もしかして語尾を伸ばすのは何かまずいことを言わないように考えているからとか?
「メリリドさん。腕利きの冒険者だったということは店の用心棒的なこともお願いしても良いですか?」
「ええ~いいですよ~」
結構心強いな。何か面倒ごとになっても助けを求められるというのはありがたい。俺の戦力0だからなぁ。
「で、では次は私ですね。ローナと申します。私も一応元冒険者なのですが…D級止まりなのであまり期待はしないでください。しかし以前も他のところで働いていたので仕事に関しては自信があります!」
「なるほど、即戦力として期待します。しかし元冒険者というのは案外多いんですか?」
試しに聞いて見たところ8人中5人が元冒険者だという。村から出て来たような人は、一度は冒険者に憧れるらしい。しかし現実を知り、命をかけても上のランクに行かないと大してお金が稼げないので他の仕事に移るらしい。
しかし元冒険者の人材は結構人気がある。何か起きても一応下のランクでも戦うことはできるし、我慢強さがあるとのことだ。これはギルド職員のあのエルフの人から聞いた話だ。
その後も紹介が続くが、どれも本当に優秀そうな人材ばかりだ。これは今後の仕事が捗りそうだ。俺が下手に仕事を教える必要もないな。
そして最後、モジモジしていたが俺は初めからずっと気になっていた。だってあれは…犬耳やぁ。
「は、はじめまして…えっと……ティッチと言います。冒険者でしたけど…一番下で…えっと…お、お仕事は頑張ります!よろしくです!」
あ、最後無理やり言ったな。ずっとモジモジしているし。だけどなんだろ、どっかで見たような…あ、ピースに似ているな。なんだろ、そう思うと愛着湧いて来た。
「よろしくお願いしますティッチさん。ティッチさんは…獣人?犬人とかなの?」
「え、えっと…小犬人っていう人種です。普通の獣人の人よりも体が小さくて…」
は?何それ可愛いかよ。確かに身長は150はないな。140…だけどこの小犬人ってみんなこんな感じなのかな。さいっこうかよ。
「ちょっと前々から獣人の人を街で見かける時に気になっていたんだけど…尻尾はどうしているんですか?元々無いとか?」
「し、尻尾は普段服の中に隠しています。その…感情が尻尾に出るので…」
何それ超見たい。普段街でも見るけど誰も尻尾見えないんだよな。無いものかと思っていたけど、そういうことだったのか。うまく見ることできないかな…
「ティッチさん…尻尾を…出してみないかい?」
「え、いやです。」
直球勝負失敗!だけど諦めてたまるか!
「まあ聞いてくれ。尻尾は感情が出てしまうものだと言ったね。それは欠点であるように思えるかもしれない。しかし、それは商売にとっては強みにもなるんだ。」
「ど、どういうことですか?」
「商人同士の商売は騙し合いのようなものさ。如何に自分が美味しい思いをするかにかかっている。しかし一般のお客さんを相手にするときは如何に正直に商売をしているかが大事なんだ。嘘をついて商売をしたら一時の金は手に入るかもしれないが一時だけだ。商人としてはお終い。」
「な、なるほど…」
「しかし本当に正直に商売をしていても、それが本当か嘘かすぐにはわからない。どんなに言葉で示しても意味はないからね。しかし君の尻尾は君以上に正直で、それは他の人にも伝わる。つまり!君のその尻尾は商人として如何に誠実に商売をしているか他者に示してくれるんだ!こんなことは君にしか頼めないんだ!」
「な、なるほど……えっと…本音は?」
「可愛い尻尾が見たいです!」
「えぇ……」
なんかみんなちょっと引いているんだけど。やめてよ、その目。あれ?もしかして初日からこの店おしまいかもしれない。どないしよ。
「けど~あながち間違っても~いないと思うわ~。それに~注目は集まるかも~」
「確かに。話題性にもなりますし、うまくいけば…良い狙い所ができるかもしれませんね。」
「そ、そんな…メリリドさんにローナさんまで…うぅ…ギルドのエルフのお兄さんはいいとこだって言っていたのに…」
ん?何か今、おかしな発言があったような…気のせいだよな。もしくは他の人って可能性も…
「ティッチさん。今エルフのお兄さんと言いました?」
「はい…今担当している商人の人はいい人だって言っていました…」
「それは…薄めの金色の髪をした…緑色の瞳の…商業ギルドのエルフの人?」
「えっと…商業ギルドにはエルフの人は1人しかいないので…そうだと思います。」
「その…お兄さんが…言っていたのかい?」
「はい、とても優しいお兄さんです。」
お、お兄さんてことは…お、男だったのかぁ……
まじでかぁ…だってそこいらの女子より可愛かったぞ。他の従業員も別に驚いていないということはみんな知っているってことだよな。まじでかぁ…
今回6人雇うはずだったのが8人になったのを気にしているようだったから、慰めついでにデートでも誘おうと思っていたよ…。あっぶねぇ…異世界恐ろしいな。
「そっか、あのエルフのお兄さんが言っていたのか…じゃあ無理はさせられないな…ホント…ごめんなさい……ごめんなさい……さい…」
「な、なんでそんなに落ち込んでいるんですか?……わ、わかりました。明日1日だけですからね。明日1日だけ尻尾出してやりますけど…それだけですからね!」
なんだろ…目的は達したのにそこまで喜べない。嬉しいよ…嬉しいけど……なんだかなぁ…
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