86 / 572
第85話 一つの戦い
しおりを挟むここから先はプランBだ。その先にあるバックアッププランだけはやりたくない。これで成功させなくては。
「カイ国王陛下!ここは危険です!私の馬に付いて着てください!」
俺は近くの馬に乗り、カイへと近づく。カイは己の洗脳の力によほどの自信があったのだろう。それが効かなかったことに驚き、放心状態となっている。そんなカイを俺は揺すってなんとか正気を保たせる。
「あ、ああ…わかった。お前に付いていく。早く安全なところまで案内しろ。」
「こちらです!」
俺はカイを連れてその場から立ち去ろうとする。そんなカイのことを見た他の兵士もそれに続こうとするが、メリリドさんたちが急に猛攻撃を仕掛けてくる。ここを通したらまずいとすぐに察知した土岩の魔女ジャイリスはその行く手を阻むように巨大な土壁を築いた。
「陛下を連れて早く逃げて!」
ジャイリスの声が聞こえる。俺はそれに呼応するようにカイを連れて馬を走らせた。生い茂った森の中を俺はこっそりとスマホのマップを見ながら移動する。
森の中で乱戦が続く。魔王クラスのアクラとジャイリスに対するのはメリリドとガヴァド。他の兵士はメリリドの残りのパーティ2人が対応している。この2人もかなりの手練れだが、どちらかというと補助向きの能力が高い。
何せ戦力はメリリドとガヴァドという準魔王クラスの二人がいる。だからその二人では対応できないようなことができる人材ということでこの二人は活躍しているのだ。しかし魔王クラスがいないにしろ、その二人が相手しているのは国の精鋭たちだ。そんなのを10人近く2人で相手するというのはかなり酷だ。
しかしそれでも耐えなければならない。何せ二人は魔王クラスという別格を相手にしている。ちょっとした横槍が入るだけでも十分戦局は左右される。
「その金棒…陛下の前だから言わずにおいたが、お前だなメリリド。」
「あら~気がついていたの~てっきりそんな状況だから~気がついていないものだと思っていたわ~。」
メリリドはクスクスと面白そうに話している。その光景は金棒と顔を隠すマスクさえなければごくごく普通の談笑のように聞こえそうだ。そんなメリリドに対し、剣と盾を構えながらアクラは鼻で笑う。
「そんな金棒を振り回すのはお前しかいないだろう。相変わらずわけのわからない筋力だな。しかしお前が盗賊とはな。お前だからやりかねんとはつくづく思っていたがな。」
「ひどいわ~アクラ~。昔は~よく遊んだ仲じゃない~」
「遊んだ?いじめたの間違いだろう。お前には散々ふり投げられ、殴られ、ひどい目にあった。だが今の私はこの国の王を守る騎士だ!そして魔王クラスへと成長した!もうあの頃の私ではない。」
アクラのその身からほとばしる魔力は強大だ。しかしメリリドはその魔力の異様さにすぐに気がついた。マスクで隠れてしまっているが、その顔は悲痛を訴えている。
「話を聞いた時は~まさかと思ったわ~でも~本当のようね~今あなたを救うわ。」
「救う?ッハ!一体何から救うというんだ?それにお前は私よりも格下だ。私はお前を倒し、お前の仲間も倒して陛下を救いにいく!」
「その陛下は誰のこと?あなたの守るべきものは何?」
メリリドは淡々と問う。いつものおっとりとした雰囲気が薄れつつある。アクラもその空気が変わったことにすぐに気がつく。そして先ほどまでよりも集中力を高めた。
「カイ国王陛下のことに決まっているだろう。お前たちがなぜ襲うかは知らないがな。だがあの方の敵を私たちは許さない!」
「辛いのね。その言葉を言うたびに私にはあなたが苦しんでいるのがよくわかる。だけどそれももうお終い。今日で悪夢も終わるわ。だけどその悪夢は永遠にあなたを苦しめる。だけど決して挫けないで。壊れないで自分を保つのよ。」
「何を言っているか意味がわからないな。それにメリリドお前…その口調の時も随分優しく喋れるじゃないか。」
「あなたにわからなくても心の中のあなたはわかったようよ。だってあなた…泣いているもの。」
何を言っているかアクラはわかっていないようだが、確かにその瞳からはひとひらの雫が流れている。そんなことを意には解さないようにアクラは剣を構える。
「いい加減…おしゃべりするのも飽きた頃だ。そろそろ始めよう。お前ごときすぐに蹴散らしてやる。お前に魔王クラスの力を見せてやる。」
「魔王クラスね…結局そのクラスに至るのは力だけじゃないってわかっているはずよ。あなたは騎士団の団長になったから魔王クラスに届いただけ。実力は私とそう変わらない。まあ今のあなたはだいぶ弱っているけどね。それと口調が優しくなったのは子供ができたからよ。あなたもそのうち会いに来なさい。必ずよ。」
メリリドはその場で深呼吸する。アクラはその隙に斬りかかろうと思った。が、すぐに気がついた。メリリドの纏う空気が変わったことを。アクラはその先にあるものを知っている。嫌という程体感している。だからこそこちらも魔力を高め、その準備に入る。
メリリドはおもむろに宙に手を伸ばす。すると手首から先が消え、前腕も少しずつ消えていく。やがてそこから手を引き抜くと巨大な鎖のついた鉄球が現れた。
「さて…久しぶりに昔に戻るわ。両手に別々の武器を持ったのなんて何年ぶりかしらね。それじゃあ……いっちょ始めるかぁぁ!!!」
「暴虐のメリリド復活ね。右手モーニングスター、左手に金棒…相変わらず無茶苦茶なバカ力ね!」
片手に100キロ以上はあると思われる武器を軽々と持ち、突進してくる。その光景はまさに絶望という言葉を体現しているかのようだ。アクラは盾を構え攻撃を防ぐ。その盾で攻撃を守る音は異常だ。金属と金属がぶつかっているような音ではない。ぶつかるたびに衝撃波が辺りに散る。
その鬼気迫る戦いには誰も近づこうとすら思わなかった。あんなのに巻き込まれたくないと洗脳中の兵士たちも思ってしまう。洗脳すら関係ない本能の部分に直接訴えかけているようだ。
その戦いはごくごく単純でメリリドが攻撃し、アクラが防ぐ。アクラは攻撃の隙を見つけ細かく攻撃を仕掛けるがメリリドの圧倒的攻撃の前にそれは無意味に散る。その戦いは誰の目に見ても長引くものに見える。
「相変わらず馬鹿みたいに硬い防御だなぁ!とっとと終わらせたいのにねぇ!!」
「馬鹿なのはお前だ!この馬鹿力め!」
メリリドも早く仕留めに行きたいが、殺してはいけないし焦ったらこちらが逆にやられるので決定打を出せずにいる。ガヴァドの方を見てもジャイリスは超防御型の魔法使いであるため、なかなか勝負がつけられずにいる。
メリリドとガヴァドのどちらも超攻撃型の戦いだ。そしてアクラとジャイリスは超防御型。相性は悪く、短期決戦は難しい。ミチナガに行くとは言ったが、それは難しいかもしれない。
(悪いけど店長にはなんとか一人でやってもらわないといけないわね。あの店長が死ぬと今の職場がなくなって困るのよねぇ…結構気に入っているし。だけどどうしようもないのは本当だし…頑張ってね、店長。)
30
あなたにおすすめの小説
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します
華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」
国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。
ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。
その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。
だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。
城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。
この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。
異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜
九尾の猫
ファンタジー
サバイバルゲームとアウトドアが趣味の主人公が、異世界でサバゲを楽しみます!
って感じで始めたのですが、どうやら王道異世界ファンタジーになりそうです。
ある春の夜、季節外れの霧に包まれた和也は、自分の持ち家と一緒に異世界に転移した。
転移初日からゴブリンの群れが襲来する。
和也はどうやって生き残るのだろうか。
いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!
町島航太
ファンタジー
ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。
ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる