スマホ依存症な俺は異世界でもスマホを手放せないようです

寝転ぶ芝犬

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第91話 語り継がれる物語

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「わしは…この国を守ることができなかった。愚かな王だ。本当に…本当に愚かな王だ。」

 王の嘆きに全員涙ぐむ。ここまで頑張ったというのにその全てが遅かったという事実。もうこの国は元のままではいられないというその現実が重くのしかかる。たった一人を除いて。

「この量で1ヶ月持たないのか。そうなると……ああ、そんなもんか。これからやれば十分なんとかなるのかな?…じゃあそういうことで話つけておくわ。」

 使い魔に直接話しかければ自分で文字を打たずともメッセージで話すことができる。ただこれをやると怪しい男がブツブツ言っている光景になるのであまり人前ではやらないようにしている。今回は例外だが。

「では陛下、褒美の件の話は一旦おいておきましょう。ここからは私の商人としての話し合いをしましょう。商品は食料などの物資です。陛下はそれにお幾ら払えますか?」

「何を言っているかよくわからんが…もしも国民全員に行き渡るだけの食料ならばいくらでも払おう…と言いたいところだがその資金もない。商談は成立せんだろうな。」

「その幾らでも払うという言葉さえいただければ十分です。ここから先は重要な取引の話になりますので関係のない方は別室で待機させてもらえますか?この場に残るのは秘密を守ることができる信用できる人物だけでお願いします。」

 俺がそういうと俺以外の今回の報奨金を受け取るはずのミミアンを含む3名と待機していたメイドが退出した。残るのは国王とその護衛である魔王クラスの5名だけだ。完全に秘密を守ることができる信用できる人物ということなのだろう。早速本題に入ることにする。

「では回りくどい話は抜きにしましょう。私から提供するのはこの国にいる国民全員分の食料です。木材なども提供しましょう。他にも必要なものはございますか?」

「……医薬品が足りん。その材料だけで十分だが…そんなことができるのか?」

「医薬品の材料ですね。限定的にはなると思いますが提供します。できなければ取引なんてしませんよ。そしてお代ですがまずはこの国で拠点となる空き店舗をください。それとこの国で仕事をする際にかかる税金の全額免除、これをとりあえず20年間。その後は減税した額でお願いします。」

「その程度ならば十分に用意できる。空き店舗も取り潰した貴族の別荘を使えば良い。大通り沿いに1件あったはずだ。しかしそれでは足りんのだろう?本当の目的はなんだ。」

 王もさすがに怪しいと警戒している。まあここまでのはほとんど手付金がわりのようなものだ。なんせ俺がいましている取引はこの国の存亡に関わる。俺がこの取引を断った時点でこの国はなくなる。だから十分足元を見て取引ができるというものだ。

「目的は流通禁止金貨です。この国にある全ての流通禁止金貨をいただきましょう。」

「な…何?流通禁止金貨だと?そんなものをどうするというのだ。それに倉庫から取り出すことも不可能だ。」

 王はあまりにも予想外な取引内容に思わず声が裏返る。他の魔王クラスの兵士たちも唖然としている。おそらくこの国の宰相の地位を…とか次の王を俺にしろ…とか思っていたのだろう。だがあいにくそんなものに興味はない。俺は死ぬまでスマホをいじりながら商人として生きたいのだ。

「持ち出すのは問題ありません。問題はその取引に応じるかということです。流通禁止金貨を私に取られるということは陛下の命も握るということです。私の行動一つで陛下は金貨の呪いで死ぬことになりますから。それも覚悟できるかということです。」

 俺の発言に殺気が立ち込める。しかし俺は別にこの王を殺すつもりはない。ただ、結果としてそうなってしまうだけだ。なんせ流通禁止金貨を普通に持ち出した場合、その盗んだ人間と盗まれた人間に呪いが降りかかる。

 俺の場合スマホに入れておけば問題はないのだが、スマホから取り出した時点で呪いが降りかかる。だからそれだけの覚悟がないとこの取引は成立できない。しかし王は俺の問いに二つ返事で答えた。

「この老いぼれ一人の命でこの国が助かるのならば幾らでもくれてやろう。」

「陛下!おやめください!今あなたを失ったらこの国は誰が導くのですか!」

「中央で学んでおる孫たちがおる。そこまで心配することではないわ。それにな、わしが見るにこの男にはそれだけの度胸はない。こんなジジイと心中するような男には見えぬわ。ちょっと粋がって見たかったのだな。」

「うぐぅ…そう言われると…なんか恥ずかしいんですけど。じゃあそういうことで契約書を作りましょうか。」

 なんかすげぇ恥ずかしい。ちょっと俺もこの場に酔ってはいたけどさ。なんかそう言われちゃうと俺すごくバカなこと言っていたな。やばい、顔が熱くなってきた。顔真っ赤になってないよな?

「ああ、契約書を作るのは待ってくれ。それと流通禁止金貨全てと言ったがそれは難しい。数年に一度簡単な査察が入るのだ。それをごまかすために8割でどうだろうか。代わりにこれをおまけでつけよう。」

 そう言って取り出したのは質素な木箱だ。しかしその中身は質素なんてものじゃない。白金貨がぎっしりと詰まっている。とはいえ箱自体はそこまで大きくはない。数えて見ると10枚の白金貨が入っていた。

「この国の残り少ない財源だ。これでなんとかしてもらえないか?」

「もちろんです!いやぁ…こんなにいっぱいあるのは初めて見た。じゃあそれで契約書をまとめましょう。」

 契約書はその場でお互いに話し合いながら進めた。不備がないように細かく進められた。細かい内容を省くと契約内容はこうだ。

 俺は1年半の間、この国に足りない物資を提供する。ただし国内消費と領地内の村々のみ必要な分だけ。そしてこの国で最低でも20年は商売を続ける。

 国側としては俺への商売の拠点の提供、20年間の税金の全額免除及びその後の減税処置、さらにこの国が保有する流通禁止金貨の8割、及び白金貨10枚。なんと素晴らしい取引なんだろうか。

「さて、これで契約は完璧ですね。では契約内容に沿って行動しましょうか。食料なのですがいきなり運び込むと怪しむ人間が出るはずです。ここはどうです。実は大量の物資が金庫の内部に隠してあったとか。」

「ふむ、それも面白いかもしれんが、金貨がなくなった部屋に案内するのは危険だ。食料に至っては腐っていると思われるかもしれん。こっそりと食料庫に入れておくのが一番だろう。そして神の思し召しなどと言っておけば教会の人々が喜ぶはずだ。この国が神に見捨てられていなかったと知れば復興の手助けにもなる。夜間にこっそりやることは可能か?」

「夜間じゃなくてもいいですよ。倉庫の中を誰にも見られなければ。どうせならちょっと一芝居打って見ますか?ここをこうして……」



 翌日の昼間、国の食料庫の前で一つの騒動が起きた。それはこの国の魔王クラスの兵士による食料の持ち出しである。その内容は国民にも大きく知れ渡った。

「なんでも国の食料庫が空っぽらしいぞ。」

「ああ、今朝方兵士たちが物資の配給として持ってきたのが最後だったらしい。最近食い物の出周りが悪かったからな。だけど空なのは一つか二つだろ?」

「それが20個ある食料庫全部らしいぞ。あの騒動のせいで俺たちが全部食い散らかしちまったらしい。もう食料がないから自分たちでなんとかしろってことなのかな。」

 そのうわさ話はただのうわさ話として処理されるにはあまりにも証拠が揃いすぎていた。遠くから城の内部を覗いた男もいるらしく、食料庫が空なのが見えたらしい。さらに街中に配備されている食料庫がほぼ空になっているのが見られてしまい、再び絶望の淵に立たされた。

 その日の夜は国民全員がやけ酒にやけ食いをしようとした。しかし限りある食料のことを考えてしまい空腹のまま寝るものが多かった。兵士たちはこの騒動のために食料庫の周囲を厳重に固めた。誰にも食料を盗まれぬようにネズミ一匹通さないほどの厳戒態勢だ。

 翌朝、誰もが失意の中目を覚ました。仕事に行くのもやる気が出ない。何もする気が起きなくなっている。さながらゾンビ映画のワンシーンのようだ。そんな中城から国王が馬に乗り勢いよく飛び出してくる。兵士はそれを急いで追う形だ。

 国民も何事かと思い王の向かった先に集まる。その集まった先はほとんど空になったはずの食料庫だ。兵士たちも寝ずの番でそこを見張っていた。王はすぐに命令を出してその食料庫を開けさせる。まさか王が現在の食料問題を知らなかったとは国民も思っていなかったのだろう。国民はその光景をむしろ哀れんで見ている。

 しかし国民の予想は大きく覆された。食料庫を開けると中から食料が溢れかえってきたのだ。兵士たちもあまりのことに食料庫から溢れてきた食料に巻き込まれないよう急いで退避する。その場にいる誰もがその光景に声を失う。それもそのはずだ。なんせこの食料庫はほとんど空になっているというのを誰もが知っていた。

 そんな中、王はわざとらしく感涙に咽びながら祈りを始める。

「おお!神は我らを見捨ててなどいなかったのだ!その証拠にこの国の食料庫をこうして我々が飢えに困らぬよう溢れさせてくれた。偉大なる神よ!おお!あなた様のご加護に感謝します。」

 王のその言葉にこの国の全員が静かに平伏する。その顔には誰もが涙を流していた。神は決して我々を見捨てずにいてくれた。それだけで誰もがこの先も生きて行けるのだ。この騒動は国中に広まることとなり誰もがその感謝の念を抱いていた。


 それから数年後、完全に復興したこの国では一つの物語が紡がれることとなる。悪魔に国を乗っ取られ、その悪魔を倒すもその被害は甚大で、この国は滅亡すると思ったその時、神が現れ我々に溢れんばかりの恵みを与えてくれたのだと。

 この物語は酒場で吟遊詩人が語り、本になり、劇となった。それこそ世界中で語り継がれる物語の一つとなったのだ。そしてこれが彼らにとっての真実。いくら脚色されようがそれが真実で良いのだ。

 だからこうして食料庫の中で溢れかえった食料に押しつぶされそうになっている使い魔達のことは誰も知らなくて良い。

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