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第186話 砂漠の浄化

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 あれから数週間が経過した。随分と賢者の石が集まってきたが、それでもようやく100gになったくらいだ。まだまだ先は長い。

 それから村の家々の造りを変えていった。元々はモンスターの皮で覆われただけの家だったが、今は石造りの頑強な家に変わった。のびのびと動けるように体育館のようなものも建設した。なかなかの労力を費やしたが、良いものに変わったと思う。

 食生活も充実しているので皆エネルギーが有り余っている。今まで以上に戦闘訓練を積むようになったので、今後は魔王クラスの実力者が増えるかもしれない。

 そして俺はというと随分とゆっくり過ごさせてもらった。正直、この村にいる間は特にやることがない。建築なんかは、自分たちが住みたい家は自分たちが考えたいだろうという考えから白獣の人々と使い魔に任せてある。

 もう少しこんな暮らしを満喫したいところだが、なんとも気になる情報を入手してしまった。それは凍土である氷神の治める氷国が10年に一度の温暖化を迎えるということだ。

 温暖化というとなんとも温かいイメージに聞こえるが、実際はマイナス一桁にいくだけの話だ。それでも平均気温マイナス50度の氷国では温かいのだ。そしてこの時期だけ、氷国の幻の実が生るのだという。

 その実は10年に1度しか実らないため、貴族でも見たことのない人々が多いという。そしてその味はこの世のものとは思えぬほど絶品らしい。これは是非とも食したい。

 氷国はここから北の方角だ。ちょうど預言に従うのならば早いうちに北へ向かうべきだということなので、実に都合が良い。

 俺は1月後に出発することを決め、そのことを白獣の人々にも伝えてある。なんならもう今日出発することができるくらいの勢いだ。そして俺はそれに合わせて一つのことを計画している。

 だが、この俺の計画は正直実行するかどうか悩んでいる。俺のこの計画を実行すれば未来は大きく変わることになるだろう。しかしうまく行く可能性が低すぎる。俺はこの計画を実行するか悩んでいるため、いつまでもこの村を離れられずにいる。

「ミチナガ様、昼食の準備が整いました。」

「ああ、ありがとうございます。すぐに行きますね。」

 昼食を食べるために部屋を移動すると、そこでは二人の使い魔が子供達に植木鉢に植えられた植物を見せていた。子供達は植物を見て喜んでいる。

「すげぇ!こんな風になっているんだ。」

「初めてみたぁ!」

 子供達は植物を見て大喜びしている。そんなもので何が楽しいのかと思うかもしれないが、この土地では植物は生えない。砂とモンスターしかいないのだ。すると子供達が見ている前で植物は枯れていった。子供達からはわずかに漏れるような悲しい声が聞こえた。

 この砂漠の中では常に荒れた魔力が漂っている。ここで暮らして行くことができるのは俺のように魔力が無くて魔力の影響を受けにくい人間か、この地の荒れた魔力に適応できたモンスターと白獣の人々だけだ。植物を持ち込んでもその荒れ果てた魔力によってすぐに枯れてしまう。

 この村の人々はこんな景色しか知らない。この村で過ごしている限り砂漠しか知らないのだ。そしてこれからも、ずっとこんな景色しか知らないのだろう。それを改めて思ったその瞬間、俺の中で何か決心がついた。

「すみません、昼食は後にします。やりたいことができました。」

 俺は家の外に飛び出す。今日は砂嵐の日だ。1m先も見えない砂の世界。俺はそんな世界でスマホのマップを頼りに場所を移動して行く。そんな俺を心配に思ったのか数人の白獣の人々が付いてきた。

ミチナガ『“ドルイド、頼んでいたことを頼む。”』

ドルイド『“……いい?……可能性…30%…ない…”』

ミチナガ『“それだけあれば十分だ。きっとうまく行くさ。俺はそう信じたい。”』

ドルイド『“…理解した……頼む……”』

「ああ…始めよう…深山…あんたの預言…まずは…この運命を…変えるぞ……」

 俺はスマホを操作する。そしてある程度操作したところでスマホを大きく放り投げた。投げ放たれたスマホは砂嵐に舞って大きく流されて行く。一瞬だけスマホの光が見えた気がしたが、もう砂に覆われた世界しか見えない。

 そんな砂漠のど真ん中で佇んでいると1分もした頃に砂嵐の中に大きな影が見えた。日光が完全に遮られてしまったため、夜のようだ。宙に浮かぶその影に俺は祈りを捧げた。

 その影は巨大な木のシルエット、世界樹のシルエットだ。スマホから世界樹が解き放たれたのだ。そしてここから始まる。これから行う大魔法はおそらく、この世界で行使できるのはたったの二人。リカルドの娘リリーとドルイドだけだ。

「頼むぞ。この地を癒してくれ。」




「世界樹を用いた魔法は様々ありますが、その中でも最高峰の力は癒しの力です。リリーは分かるかな?」

「はい!世界樹の癒しの魔法は万物を癒します!人もモンスターも…世界も癒します!あってる?おじいちゃん?」

「さすがはリリーだ。本当に賢いなぁ。」

 毎日のようにリッカーは世界樹に関連することを調べ上げ、それを分かり易いようにリリーに教えている。そのおかげでリリーは世界樹魔法についてある程度精通してきている。そんな二人の勉強に使い魔のプリーストと眷属のドルイドが混ざっている。

『ドルイド#2・……世界…癒すとは?……』

「えっとね…魔力が滞った場所の魔力を安定させて、モンスターが発生しないようにするの。それからね、その場所を精霊が住みやすい場所にするの!」

『プリースト・さすがですリリー様。本当によく学ばれました。』

「えへへ…」

 その場にいる全員がちょっとしたことでリリーをべた褒めする。そしてそんな中、ドルイドがリッカーに質問を投げかける。

『ドルイド#2・…今の…世界樹…可能?……』

「ミチナガさんの持つ世界樹は確か…2つの国を持つのでしたね?正直それでは難しいかもしれません。そもそも世界樹の魔法は9つの世界を持つ完全体の世界樹で行う魔法ですから、比較というものは難しいでしょう。人やモンスターを癒すことはできても世界を癒すというのは…正直わかりません。」

 世界を癒すなど規模が大きすぎてどういうことなのか全くわからない。ただ簡単にできることではないのは確かだろう。しかしこの話を聞いたドルイドの眷属の情報を元に森の大精霊にも話を聞いてみた。

『ドルイド・…遠き砂漠……荒れた魔力…世界樹…癒せるか?……』

『ああ…あの地の魔力か……難しいだろう。あの地の魔力の荒れ方は異様だ。手を出さないことが得策だろう。…しかし、もしもやるのだとしたら私の力も使え。世界樹だけでは難しくとも私の力を使えば可能性は上がる。…3割、といったところだろうがな。』

 このことをミチナガに伝えるとひどく悩んでいた。3割というとかなりの可能性がある。しかし失敗すればどうなるかわからない。一体どんな酷いことになるか想像もつかないのだ。

 3割も成功するのだからやってみる価値があるのではない。7割の可能性で想像もできないほど酷い状況になる可能性があるのだ。失敗したからもう一度リトライしようなどということもできないかもしれない。

 預言でもミチナガがこの地に何かをしたということは残っていない。おそらく、預言の中のミチナガはリスクを恐れて手を出すことをやめたのだ。そしてそれが最も正しい判断なのだと思う。

 しかしミチナガは今、こうしてこの地に手を出すことを決定してしまった。このミチナガの後先考えない行動はあまりにも酷いものだ。せめて勇者神に頼んで砂漠周辺に兵を集めておくくらいのことはすべきだっただろう。

 あまりにも突発的な行動、感情に任せた行動。しかし使い魔達はそんなミチナガの行動を一切非難しなかった。使い魔達はわかっていたからだ。きっとここで何もせずにただ見過ごせばきっと後悔することになることを。

 きっと預言の中のミチナガはひどく後悔したであろう。何かできたかもしれないのに何もしなかったと言うその事実だけで、ミチナガという矮小な人間はその罪に悩まされ続けるほどのちっぽけな人間なのだから。

 そしてここで失敗すればきっともっと後悔することになるだろう。想像もできないほど後悔することになるだろう。だから、ドルイドはミチナガの願いを叶えるために全身全霊を込める。

『ドルイド・…我が名はドルイド……大精霊の弟子』

『ドルイド#1・…我が名はドルイド……世界樹の加護を受けし者…』

『ドルイド#2・…我が名はドルイド……スマホから生まれし使い魔…』

『ドルイド#3・…我が名はドルイド……植物と心通わせる者…』

『ドルイド#4・…我が名はドルイド……我ら…ミチナガの友…』

『ドルイド・…世界樹よ……我に宿りし大精霊の力よ……我らの願い…我が友の願いを叶えよ…』

 その瞬間、世界樹から七色に輝く魔力が放出される。世界樹の世界すら癒す魔法が放たれる。凄まじい世界樹の魔力にこの地もすぐに癒されるのかと思いきや、この地の荒れた魔力によって癒しの魔法が阻害されている。それどころか世界樹の魔力がこの地の魔力に掻き乱され、吸収されている。

 リッカーや森の大精霊に話を聞いたときは世界樹には2つの国しかなかった。しかし今は3つの国がある。だからあの時の3割という成功確率よりも少しは上がっていると思っていたのだが、見込みが甘かった。この地の魔力は異常だ。まるで世界樹の魔力を捕食するようにどんどん削り取っていく。

 しかし、ならば捕食される以上の魔力を多量に放出して一気にこの地の魔力を塗り替える。世界樹はスマホに常につながっている。そこでスマホのバッテリーを世界樹の魔力に変換させ、出力を上げた。

 これには流石のこの地の魔力も捕食しきれなくなり、どんどん押し返されていく。この調子でいけばいずれはこの地の魔力を癒せる、そう確信したドルイドだったが、ある程度世界樹の魔力が押していったところでその進行が止まってしまった。

 この地の魔力と広がった世界樹の魔力が拮抗してしまったのだ。こうなったら消耗戦であるが、この地の魔力は世界樹の魔力を喰らっている。つまり消耗戦になれば圧倒的にこちらが不利。

 しかしそれでもやるしかないのだ。ドルイドは感じていた。この地の魔力は世界樹の魔力を喰らってさらなる変貌を遂げようとしていることを。ここで諦めたらおそらくミチナガもこの地の白獣の人々も、この砂漠周辺の人々も無事では済まない。

 だが、それでもドルイドが頑張れば頑張る分だけ状況は悪化していく。この地の荒れた魔力は尋常ではないほど力を増している。半ば破れかぶれになってきた頃、その均衡は崩れ去った。

 大量の魔力の出力にドルイドの眷属が耐えきれなくなったのだ。一人、また一人とドルイドの眷属は消えていく。そしてドルイドの本体だけになった頃には世界樹の魔力はただ捕食されるだけの餌に成り下がってしまった。
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