スマホ依存症な俺は異世界でもスマホを手放せないようです

寝転ぶ芝犬

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第198話 とある軍人の日記1

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「…ぁ……」

「あ、起きましたか?ああ、そのまま安静にしていてください。凍傷と栄養失調でかなり体が弱っていたんで、今点滴うっていますから」

 氷帝による氷が消えた後には低体温症と全身凍傷で弱り切った男がいた。能力の、遺品の回収も氷が消える少し前に終わっていた。すでに男の狂人化による身体強化能力は完全に消えていたのだ。そのため氷帝の氷によるダメージが深刻化してしまったのだ。

 死にはしなかったが、生死の境をさまよう程度には危険な状態になったと氷帝に文句を言いたいところだ。まあそれはやめておこう。男を助けるために俺はミチナガ商会を通じて各地から情報を集め、点滴と凍傷に効く薬草などを集めた。

 おかげで3日ほど寝込んだ今日、ようやく意識が戻ったようだ。狂人化の能力が消えたことで純粋な魔力が男に宿り、ゆっくりではあるが肉体の再生も始まっている。あと2日もしたら普通に歩けるようになるだろう。

「もう狂人化の能力はあなたから失くなりました。身体強化ができなくなっていると思いますが、そのままゆっくり寝ていてください。」

 男はまだ返事することも頷くこともできないのか、ただベッドの上で横たわっている。俺は使い魔に男の容体を診察させて、部屋を後にする。部屋を出ていく俺の目に、男の瞳から一筋の涙が流れるのが映った。

 翌日、煎じた薬草が効いたらしく男の容体が良くなったらしい。使い魔からの報告を受けた俺はすぐに男の元に赴く。すると男は体を起こして使い魔からおかゆを食べさせてもらっていた。

「ああ、ミチナガさん。この度は…」

「そのままで大丈夫です。今はゆっくりおかゆでも食べて体をよくしてください。」

「ありがとうございます。しかしこんなに美味しいお米を食べたのは久しぶりです。こんなに心が安らぐ時が来るとは…」

 男は本当に安堵した表情で使い魔からおかゆを食べさせてもらっている。狂人化の能力のせいで心が休まるときはなかっただろう。本当に美味しそうに、嬉しそうにおかゆを食べている。

 しかし本当に運が良かった。あそこで氷帝が来なければ俺たちは死んでいた。なんとも考えなしの行動をしたものだ。最近突発的な行動が増えた気がするな。少し慎重にならないといけない。

 しかし最初の32時間を耐えられたのはこの男のおかげだ。年老いてはいるが元魔帝クラスを魔王クラス3人で止めておくことなどあまりにも無謀すぎた。それでも止めていられたのはヤクの作った睡眠薬と男の肩からなくなっている両腕のおかげだろう。

「その両腕はどうしたんですか?なんでもこの国に来た時からなくなっていたそうですが。」

「ああ、この腕ですか。もう…10年以上前になりますね。私は自分の能力が私の制御を離れつつあることに気がついたのです。そんな時に…私は同郷の人間を…日本人を殺してしまった。私は…私は自分が恐ろしくなり、これ以上誰も傷つけないために当時の剣神にこの両腕を切り落としてもらったんです。」

 この男が殺した日本人というのは当時自身が授かった能力にのぼせ上り、好き勝手していたらしい。そんな時にちょっとした小競り合いから暴走してしまった男の狂人化によりその日本人を殺してしまったとのことだ。

 そのことを悔やみ、当時の剣神に両腕を切り落として欲しいと懇願したらしい。絶対的な強者である魔神の一人に腕を切り落とされれば、魔力による再生で腕が復活することはない。現在も腕は再生することなく、こうして使い魔からおかゆを食べさせてもらっている。

 この氷国に来たのも人口が少ないのと、暴れても抑えてくれる氷帝などがいるからだ。寒くて人を訪ねることも少ないこの国だからこそ、今まで人を傷つけることなく暮らして来られた。

「随分と苦労をされたんですね…あ、そういえばまだ名前を伺っていませんでしたね。この国では名前をちゃんと名乗っていなかったそうで…バーサークという二つ名しか知りません。」

「これは失礼を。岡上鉄斎と申します。大正9年生まれ、戦時中にこちらの世界に来ました。」

「じゃあ戦争を経験された方なんですね。…その後の日本のことは聞いていますか?」

「ええ、かつて一人の日本人から聞きました。日本は戦争に負けたと。しかし復興して随分と良い暮らしになったそうですね。」

 その後も現在の日本の話で花が咲いた。近代の文明社会、特にIT産業などはとても興味を持ったようだ。しかし話を聞く限りだと、この世界に来る日本人はかなり時系列がめちゃくちゃらしい。それこそ戦時中に来たものとスマートフォンが生まれた時代に来た人間が同時にこの世界に来るなんてこともある。

 そして話の盛り上がりが一度落ち着いた時、俺は重要な話を切り出した。

「岡上さん、実はお願いがありまして…この文章を読むことは可能ですか?」

「これは…随分と古いものですね。この書体でしたら読むことは可能です。なんて言っても私は高等小学校も出ていますからね!」

 高等小学校、現在でいう中学校のようなものだ。だがそんなことを知らないミチナガは半笑いでなんとかやり過ごす。その文章を読みながら岡上はなんとも懐かしそうな表情をしていた。

「昔…母の手記を読んだことがあります。なんだかそれに似ていますね。ではかいつまんで内容をお話ししましょう。」

 ようやく読むことができる。かつて森の中で見つけたこの日本人の日記の内容を。男が後世まで残したかったその言葉を。




「なんだここは…」

 景色が違う。今までいたのは太平洋上空だ。男は頭が混乱している。しかし徐々に意識がはっきりとして来た。男の乗っていた零戦は敵機にエンジンを撃ち抜かれ、そのまま海へと落ちて行ったはずなのだ。

 しかし気がつくとそこは海ではなく森の中。木の枝に引っかかった零戦はなんとも力なく垂れ下がっている。男はそこからなんとかもがき、地面に降り立つことに成功した。周囲に敵兵が入る可能性も考え、九四式拳銃を片手に周囲を警戒しながら進んだ。

 男はゆっくり進むと急にひらけた土地に出た。そこは綺麗に整えられた花畑であった。奥には一軒の家も見える。完全に民家だと考えた男は拳銃をしまい、警戒させないようにゆっくりと近づいて行った。

 家にたどり着き、扉を叩くが返事がない。そこでドアノブに手をかけると鍵もかけてないのかそのまま扉が開いた。これは誰もいないのかと思い中を覗き込むと一人の女が椅子に座ったままこちらを向いていた。

「すまない、盗人ではない。少し話を聞きたいだけだ。警戒しないでほしい。」

「警戒するまでもありません。あなたほどの魔力量ならば取るに足りませんから。」

 これには男もムッとした。なんせこちらは軍人だ。しかも零戦に乗れるということはそれなりのエリート。それがなんともか弱い女に取るに足らないと言われて黙っていられるはずもない。

 しかしここで暴力を働くのは軍人でもなければ男でもない。自分の武士道にも反する。男は一度深呼吸をしたのちに落ち着いた口調で語りかけた。

「自分の名は山田勘蔵曹長。この地に不時着してしまった軍人であります。失礼ながらこの地はどこか教えていただきたい。言葉が通じるということならば大日本帝国であると察しますが…」

「なるほど…異世界人でしたか。この地は大日本帝国という場所ではありません。異なる世界に来てしまったのですね、ヤマダとやら。」



「随分と頑張っているようですが無理ですよ。帰る術はありません。」

「それでも自分は帰る。今我が国は勝つか負けるかの戦争をしている。自分は国のために戦って死ぬのだ。」

 ヤマダは毎日のように木に引っかかっていた零戦を直そうと必死になって働いている。しかし明らかに部品も足りなければ、知識も足りない。さすがのヤマダも完全に破壊されたエンジンを部品もないのに組み立てる技術も知識もない。

 そうこうしていると腹の虫がなった。これでは仕事にならないと思い食事にしようとすると女は一人で勝手に飯を食べている。これにはヤマダも指をさして怒鳴り上げた。

「お、お前!女が男よりも先に飯を食うなどと!」

「私とあなたは赤の他人です。文句があるならここから出て行ってもらっても構いませんよ。」

「ぐ…ぐぬ……」

 あまりにも正論を言われヤマダは言葉を失ってしまった。そして女に詫びを入れた後に食事をもらえないか、かなり下手に出てなんとか食事にありつけた。こんな毎日が続くうちにヤマダは女と少しずつ心を通わせて行った。

「では魔法という…妖術が扱えるのか。なんとも面妖な…」

「この世界では一般的なことです。異世界人も普通は扱えるのですが…あなたは使えないのですね。なんとも不憫な。」

「お前はいつも一言多いな。自分にはそんなものいらん。この身ひとつあれば十分だ。」

「しかし使えればそれもすぐに直すことができますよ。」

「な、何!し、しかし…そんなわけのわからないものに頼るのは…」

 そううろたえるヤマダを見て女は可笑しそうに笑う。ここ最近、この女はよく笑うようになった。初めて出会った頃は空っぽな人間だった。そう、戦争中に愛する人も子供も失った女性のようであった。

 そんな女を見てヤマダはふと自分の母を思い出した。父も自分も戦争でいなくなってしまった母は、きっとこの女のようになっているのだろうと思うとこの女のことを放って置けなくなっていた。

 一度そんなことを思えば1日に何度も女のことを考えるようになってしまい、やがてそれは恋心へと変わっていく。しかしヤマダは今だに女の名前を聞いたことはない。それどころか心を許してもらってもいない。

 しかし心のどこかで安堵している自分がいる。なぜならいつか地球に戻らないといけないと考えているからだ。地球に戻って再び大日本帝国のために戦わなければいけない。しかしここ最近は嫌なことばかり考えてしまう。

「我が国は…大日本帝国は…勝てるのだろうか……私のような下士官まで戦闘機に乗せて…もう……」

 それでも戻らなければ…戦友たちは皆戦っているのだ。自分一人がこんなところで悠々と暮らしていくわけにはいかない。罪悪感が心を蝕んでいく。その罪悪感を払拭するためにも早く帰らなければという気持ちが増していく。

 そんなある日、ふと真夜中に目が覚めた。眠気の吹っ飛んでいる嫌な目覚めだ。これではもう一度眠り直すのは難しい。仕方ないので少し散歩でもしてこようと思い外に出ると女がそこに立っていた。

 そして女を見て自分は驚愕した。泣いているのだ。ただ、ただただ泣いているのだ。声も出さず、わずかに体を震わせて泣いているのだ。これはまずいところを見てしまったと思い、扉を閉めようとすると扉の軋む音で女に気がつかれてしまった。

「す、すまない。たまたま目が覚めてしまって…」

「酷い人ですね…本当に酷い人……お詫びに少し…昔話を聞いてくださいますか?」

 自分は女の横に座りただ話を聞いた。女の両親の話、故郷の話、戦争の話…いくつも文明が滅び、国が滅んだ話。しかしそれを聞いているとおかしな点がある。まるで体験談のように話しているがこの話は数年や数十年の話ではない。数百年、数千年の話になる。

「ま、待ってほしい。それは…本当なら…一体何年の時を生きて…」

「私は不老不死なのです。歴史を記録するものとして悠久の時を生きることを定めにされました。どんなに辛くても私には死ぬことは許されない。この記録を残すためには生き続けなければならない。だから…ごめんなさい……」

 そういうと女は家の中に入って行った。自分は…この話を聞いてどうしたら良いかまるでわからなかった。まるで人魚の肉を食べた八百比丘尼のようなものだ。そんな女に何を言えば良いかわからなかった。

 そして、自分の淡い恋心も勘付かれていたのだろう。そして振られてしまった。自分では彼女を傷つけることしかできない。彼女は私が死んだ後も何年も…何年何年も生き続けなければならないのだから。

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