スマホ依存症な俺は異世界でもスマホを手放せないようです

寝転ぶ芝犬

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第354話 巨大のヨトゥンヘイム外縁部

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「で、でけぇ…この壁一体どれだけデカイの?」

「200mはある。そうでないとモンスターによっては簡単に乗り越えられるからな。」

 魔導列車から降りた目の前には巨大な壁がそびえ立っている。これがかつて9大ダンジョンの一つ巨大のヨトゥンヘイムから発生したモンスターを防ぐために魔神たちによって作られた巨壁だ。

 生半可な攻撃では破壊することはできず、破損しても自己修復機能があるためすぐに治ってしまう。これを現代技術で真似しようと幾人もの学者たちが研究したが、今だに解明されていない。未知の古代遺物の一つだ。

 そんなことをアレクリアルから教わったミチナガは感慨深くその壁を見つめている。使い魔たちは興味をそそられたのか大勢で壁を観察しに向かった。まあ流石の使い魔たちでも解明することはまず不可能だろう。

 そんな使い魔たちを放っておいてミチナガはアレクリアルについていく。しかし巨大な壁にも驚かされたが、壁周囲の街並みにも驚かされた。防衛施設だと聞いていたのでもっとお堅いイメージだったのだが、店なんかも立ち並んでいる。

 どうやら特別な許可を得た商店のみがここで店を構えることを許されているらしい。儲けは良いらしいが命の危険が高いため、あまりここで店を構えたいという人気はないのだという。それでも物好きはこうしてやって来て人を呼び込んでいる。

「さすがに売値が王都の5倍以上はしますね。それになんだか…店主がみんな屈強ですね。」

「商品の入荷は魔導列車が来た時だけだからな。仕入れ値も王都の数倍はする。屈強なのは元冒険者だからだ。元冒険者の商人というのはたまにいるが、商売が下手なものが多い。初めて1年で挫折するものが半数以上いる。だがここなら多少味が悪くても商売が下手でもなんとかなる。それにいざという時は逃げられるからな。」

 ミチナガは試しに出店の商品を一つ買ってみる。買ったのは簡単な麺料理だ。値段は王都ならおそらく6分の1だろう。一口啜ってみるとなんとも言えぬ味だ。まずいわけではないのだが、美味いわけでもない。言うなれば海の家の焼きそばみたいな感じだ。場所が場所だから美味く感じるかもしれないが、普通に家では食べたくない。

「俺ここで店開いたら行列できる自信あります。」

「それは困るな。兵士たちの仕事に差し障る。」

 アレクリアルはクスリと笑いながらそう答える。しかし正直これでは必死に戦っている兵士たちが可哀想だ。だがこんな味だからこそのメリットがある。

 それはいつまでもここで店を構えていてくれるということだ。こんな味なら兵士たちも時々しか食べに来ない。そうなれば儲けが少なくていつまでもここで店を構えていてくれる。下手に儲けてしまうと王都に帰ってしまうので大変なのだ。

 それに兵士たちの基本的な食事はちゃんと3食出されている。だからここの店で食べる必要はないのだ。あくまで兵士たちの娯楽にと用意されている店だ。兵士たちの変わらぬ日常に少しでも変化をとストレスケアの意味を込めて100年以上前からやられているのだが、なかなかに効果的らしい。

 しかしここで一つの問題が浮上する。それは今回の目的によるものだ。今回この9大ダンジョン巨大のヨルムンガンドを解放する。そして解放されたらこの巨大な壁に常駐する兵士たちは必要なくなる。そうなれば必然的にここの店々も必要なくなる。

 そうなった時、彼らはもう商人としてやっていけないだろう。こんな味で店を構えて商売を続けるのはまず不可能だ。この場所だけでも30人以上いる。他にもここと似たような場所がいくつも点在している。

 つまり半径1000キロのこの巨大な壁付近で商売をしている人はおそらく1000人を超えるだろう。それでいてどれもこれも似たような美味くない店ばかりだ。つまり1000人も路頭に迷わせることになる。そう思うと心苦しい。ミチナガはしばらく難しい顔をして考え、そしてため息をついた。

「仕方ないか…アレクリアル様。しばらく暇を貰ってもいいですか?ちょっと…彼らを放っておけないというか…」

「ん?そうだな…この後2人の12英雄と合流して今後の話し合いをと思ったのだが…いいだろう。それがミチナガ、お前の英雄としての行いなのならば全て許される。やってこい。」

「ありがとうございます。」

 ミチナガはアレクリアルたちの列から離れて先ほどの麺料理を買った店へと向かう。そこの店主は今も汗水流しながら一生懸命料理を作っている。見ただけでわかる。悪い男ではないのだ。ただ料理の仕方を知らないからいけないのだと。

「いらっしゃい。あれ?さっきの…」

「ちょっとそこを変わってくれ。そんなやり方じゃダメだ。いいか?麺を焼く時は最初に麺に焼き目をつけてやるんだ。よく見とけよ。」

 ミチナガは店主の前で料理を始める。ミチナガだって最初の頃はスマホのアプリどこでもクッキングで料理をつくっていた。それに普通の自炊経験もある。だから料理はちゃんとできるのだ。味付けはシェフに任せてしまえば問題ない。店主の味を全て変えるのではなく、店主のやりたかったことを残しながら味を変えていく。

「ほら、こんな感じだ。食ってみろ。」

「食ってみろって……う、うんまぁぁい!!これめちゃくちゃうめぇ!!」

「そんな大騒ぎするほどでもない。この程度が作れなくちゃ王都なんかでも通じないぞ。今度はこいつを自分で作ってみろ。俺の使い魔残しておくからこいつの指示に従って作れば問題なく作れる。次は対面の店主!そっちにもいくからな。」

 ミチナガはどんどん店を回って味を直していく。店主たちはミチナガがくることに嫌そうな顔をしていたが、美味しく作り直してやると嬉しそうに感謝の言葉を述べていた。そしてそんな騒ぎを聞きつけたのか兵士たちも集まってきた。

 そして今までと比べ物にならないほど美味しくなっている料理に驚き、皆列をなして買っていく。おかげで店主たちもレシピを忘れる前に何度も反復練習することができる。今までにない活気のある店々に、まだミチナガがやってきていない店の店主たちは1秒でも早くミチナガがくるのを待っている。

 それから5時間ほどで全ての店を回り終えたミチナガはくるりと振り向く。するとそこにはかつてない活気ある通りがあった。兵士たちも美味いものが食べられて幸せそうだ。そんな兵士たちが美味い美味いと言って飯を食べている姿を見た店主たちは、思わず笑みを溢しながら今も必死に料理を作っている。

 そしてそれから2時間もすると全店舗で材料切れを起こして、その日の営業は終わりを告げた。幾人かの兵士たちからは落胆の声が上がる。きっと彼らはようやく今日の仕事が終わったのだろう。仕事中にこの活気を見聞きして急いでやってきたが、全店舗営業終了でなんとも辛そうだ。

 そんな兵士たちの姿を見た店主たちはなんとも嬉しそうだ。日頃は自分たちのことなんてまるで無視していたのに、今日は営業が終わったと聞いて落胆しているのだ。それがなんとも滑稽で、なんとも嬉しい。

 そんな店主たちはミチナガの元へ集まり、ミチナガを胴上げし始めた。感謝の気持ちをこうして表しているのだろう。ただ男どもがさっきまで汗水流していたので男臭い。それに皆筋肉質なので正直怖い。それに胴上げの高さが異様に高い。正直気分としてはあまりよろしくない。

 そんな騒ぎを見つけた数人の兵士たちが、血相を変えてやってきた。そしてすぐに店主たちを止めてミチナガを地に下ろした。その表情は本当に慌てふためいている。顔色なんて血の気が引いて少し青っぽい。

「え、英雄ミチナガ様。申し訳ありません。」

「「「え、英雄!?!?」」」

 兵士の言葉を聞いた店主たちも血相を変えた。ミチナガが英雄になったことをこの店主たちは知らなかったのだ。なんせここは英雄の国から遠く離れた地。情報なんてそう簡単に入ってくるものじゃない。この兵士はミチナガと共に今日やってきたから知っていたのだろう。

「気にしないで良いよ。こういうの慣れているし。それより店主たちは全員集合!明日までに店の商品一つ増やすぞ。それから商人としてのいろはを叩き込んでやる。あ、別に興味ない奴はついてこないで良いぞ。興味ある奴だけついてこい。」

「「「「おぉ!」」」」

 もちろん是非もなく全員ついていく。ミチナガはこの短時間でここにいる店主全員に実力を示した。そして人間性についても英雄ということで納得させた。そして実績としてもミチナガ商会の商会長だということを明かしたら納得した。

 そしてミチナガは店主全員を集めて講義を行う。紙とペンを支給しての講義だ。正直この講義だけでも一人金貨10枚以上価値はある。それを無料でやるのだから皆真剣な表情でそれを聞く。

 講義を終えたら今度は一人一人要望を聞きながら新商品の開発だ。故郷の味、友との思い出の味、冒険者時代に旅した時の異国の味。それを話を聞きながら再現する。もちろんこんなことをミチナガ一人でできるわけがない。使い魔たちも動員しての作業だ。

 新商品開発は日を跨いで行われた。夜中になってようやく一仕事終えたミチナガはアレクリアルたちの元へ戻り、静かに眠りにつく。一方店主たちは眠ることすらせずにひたすらに料理の反復練習を行なった。

 そして眠ることなく早朝から食料の買い出しと料理の仕込みを始めるのであった。
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