スマホ依存症な俺は異世界でもスマホを手放せないようです

寝転ぶ芝犬

文字の大きさ
525 / 572

第506話 これで戦争は本当に終わった

しおりを挟む
 カリカリとペンが文字を産む音が聞こえる。そんなかすかな音だけがこだまする部屋にふわりと風が舞い込んだ。すると男はペンを動かす手を止め、一息つくためにグラスへ手を伸ばす。グラスは氷に冷やされたコーヒーの影響で表面に水滴をつけている。

 冷えたコーヒーは冷たさとカフェインにより男の思考をはっきりとさせた。これでもう一踏ん張りできると意気込む男の手からグラスに付いていた水滴がポツリと落ちた。その水滴は見事男が書き込んでいた紙面に染み渡った。

「あちゃぁ…文字が滲んじゃったよ。…まあこのくらいなら平気か。それよりも手が濡れたから拭かないと。タオルタオル…」

 濡れた手を乾かすためのタオルを探すが手頃なものが身近にない。仕方なく服で手とグラスを拭くと、そこでタイミング悪く扉が開かれた。

『ポチ・あ!また服で拭いてる。良い服なんだから大切に使ってよ。』

「ごめんごめん。拭くものなかったもんだからついね。あ、もうすぐこっちの書類書き終わるよ。」

『ポチ・それは良かった。それじゃあ新しい仕事ね。こっちも片付けちゃって。』

「げぇ…また随分ときたな。…ダンジョン関連の報告書もあるのか。」

 ポチから届けられた書類に目を通す。また随分と多くの書類が来たが、報告書が半分以上を占めている。これならすぐに片付きそうだ。それにチラッと目を通したが悪い報告書ではなさそうだ。

「9大ダンジョンの攻略は順調だな。」

『ポチ・むしろ予定よりも早く進んでいるよ。極寒のニヴルヘイムは最終階層到達。最低でも半月以内に踏破完了するよ。悪戯のアルヴヘイムと魍魎のヘルヘイムも二ヶ月以内には踏破できそう。龍巣のヨルムンガンドと深海のアトランティスは若干時間がかかっている。けど半年以内にはなんとかなるかな?煉獄のムスプルヘイムは他と比べてもだいぶ遅れているね。でも近々ナイトに龍巣のヨルムンガンドから一度こっちに移ってもらう予定。そこでだいぶ巻き返せるかな?』

「よしよし。なんとか後1年以内には9大ダンジョン全て完全開放できそうだな。しかし…もうあれから4年経ったのか……」

 ミチナガは遠くを見つめる。ミチナガの言う通り戦争集結から4年の歳月が経過した。あの戦争からわずか4年。たったの4年で世界は様変わりした。

 各国の復興はすでに終わり、今ではどこの国でも高層ビルの建設が始まっている。ちまたには数多くのダンジョンアイテムが並び、生活を豊かにしている。さらにそのダンジョンアイテムを研究し、世界の魔法学の平均水準は大きく引き上げられた。

 9大ダンジョンのどれか一つがもたらす経済効果は年間金貨数兆枚と言う研究結果も出ており、各国の魔神達はその恩恵にあやかるために自らダンジョン攻略に乗り出した。

 極寒のニヴルヘイムでは氷神。悪戯のアルヴヘイムでは妖精神。魍魎のヘルヘイムには神魔。深海のアトランティスには海神。龍巣のヨルムンガンドと煉獄のムスプルヘイムでは神剣。

 ただ龍巣のヨルムンガンドと煉獄のムスプルヘイムは神剣であるイッシンが気の向いた時しか出向かない。そのため基本的にはイッシンの妻が当主をしているロクショウ流の門下生が稽古のために出向くことが多い。

 さらに龍巣のヨルムンガンドには各国から猛者が集まり、少数精鋭で攻略に当たっている。煉獄のムスプルヘイムはセキヤ国とシェイクス国から共同でダンジョン攻略隊が出されているが、両国ともに火の国の領土を改革するためにも人材を必要としており、人員不足でなかなかダンジョンへ手が回らない。

 ただそれでもミチナガが多額の投資をしているおかげで後1年以内にはなんとか全てのダンジョンを解放できる算段が整った。だがその影響でミチナガはここ最近書類仕事ばかりでまともな休みが取れていない。

 しかしこんな仕事に忙殺される毎日とももうすぐおさらばかもしれない。今ポチが運んできた書類のほとんどは報告書ばかり。ミチナガの手が必要な書類は先月と比べればほんのわずかな量だ。

「もうだいぶ落ち着いてきたのかな。」

『ポチ・復興の日々は完全に終わりだよ。食糧問題も解決したし、流通問題もかなり良くなった。久々に部屋でゴロゴロして休む?』

「そうだな……それも良いけど…久しぶりに旅がしたいな。」

 ミチナガは目を閉じて思い出す。楽しかった旅の日々を。大量の金貨を消費するスマホの影響でせわしなかった。トラブルに巻き込まれ命の危険が度々あった。辛い思い出だってたくさんある。しかしそれでもそんな日々はとても楽しかったのだと感じている。

 そんな思い出に浸るミチナガの表情を見たポチも、旅の思い出を思い出すと無性に旅に出たくなって来た。

『ポチ・旅となるとまとまった休みが必要だね。でも今後半年間はダンジョン解放で色々と忙しくなりそうなんだよなぁ…小旅行くらいならなんとかなると思うけど?』

「いや、仕事を忘れておもいっきり羽を伸ばしたい。後半年間は頑張るとするよ。その間に俺が働かなくても平気な仕事のシステムを作り上げる。もうしばらくは社畜な日々を過ごすよ。」

『ポチ・了解。社畜といえば…例の研究うまくいってるみたい。今実証実験しててその次に動物実験と色々経ていけば完成するよ。半年か…最高でも1年以内には完成すると思う。』

「社畜のやつやるじゃんか。そうか…それは良かった。あいつには色々助けられたな。最初の頃は金食い虫だしわがままでひどかったが今では欠かせない優秀な人材だな。……いい加減あいつの名前ちゃんとしたのに変えてやるか?」

『ポチ・その必要はないと思うよ。社畜って名前も随分長くなっているから本人ももう嫌だなんて思ってないみたい。』

「そっか。そいつは良かった。」

 色々あったが使い魔たちも今ではミチナガには欠かせない頼りになるやつらだ。最初の頃はまともに仕事ができるようになるまで大変であったが、家族のように大切な存在であった。一人で心細くなるようなことがなかったのは彼らのおかげだ。

「さて、それじゃあもう一踏ん張りするかな。っと、いてて…身体が凝っちゃったよ。今日もマッサージ頼める?」

『ポチ・はいはい。けどもう歳なんだから無理しないでよ。明日くらいはゆっくり体休めたら?』

「う~~ん…仕事も落ち着いたしそうするかな。」

 ミチナガは一度席から立ち上がり体を伸ばす。ここ最近急激に年をとったと感じさせられる。この世界に来てから随分歳をとった。特に9大ダンジョン神域のヴァルハラでの時間の歪みによる数年間の日々は随分体にこたえた。

 すでにミチナガの肉体年齢は四十を超え、五十近くまで来ている。この世界換算で行くと後20年かよくて30年で寿命を迎えることになるだろう。日々周囲の人々との年齢の差を感じ始めた。

 しかしそんなものに気を取られていては余計に身体に悪い。だから周りを気にしないように仕事に打ち込む。まだヨボヨボになる程弱っていないのだからなんとでもなる。

 それから半年後、ミチナガは全ての仕事を片付け目標であった久しぶりの旅を始めることになる。

 そしてそれは関谷道長の最後の旅の始まりであった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫
ファンタジー
サバイバルゲームとアウトドアが趣味の主人公が、異世界でサバゲを楽しみます! って感じで始めたのですが、どうやら王道異世界ファンタジーになりそうです。 ある春の夜、季節外れの霧に包まれた和也は、自分の持ち家と一緒に異世界に転移した。 転移初日からゴブリンの群れが襲来する。 和也はどうやって生き残るのだろうか。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

処理中です...