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第5話 給食は戦場で、俺は聖人らしい
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給食の時間ほど、価値観のズレを突きつけられる瞬間はない。
チャイムが鳴り、机が動かされ、配膳が始まる。
クラス中に広がる、なんとも言えない匂い。
「今日カレーだ!」
「やったー!」
歓声が上がる中、俺――音無すみれは静かに絶望していた。
量が少ない。
いや、正確に言おう。
大人の基準で見れば、致命的に足りない。
皿に盛られたご飯。
カレー。
牛乳。
これで午後まで乗り切れと?
社会人時代の俺なら、昼休みにコンビニへ走っている。
「すみれちゃん、少なくない?」
女子グループの一人が気づいた。
「……うん……でも……大丈夫……」
大丈夫なわけがない。
だが、ここで「足りない」と言う勇気はない。
「じゃあさ、私の少しあげる!」
「え、いいよ!」
「いいのいいの!」
スプーンが伸びる。
カレーが足される。
やめてくれ。
それは俺のためじゃない。
勝手に美談になる流れだ。
「すみれちゃん、遠慮しすぎだよー」
「ほんと大人っぽい」
違う。
俺はただ、主張できないだけだ。
配膳が終わり、いただきます。
黙々と食べる俺。
すると、隣の女子がそっと牛乳を差し出してきた。
「私、牛乳ちょっと苦手だから」
それもらっていいやつか?
一瞬、大人の倫理が警告を鳴らす。
「……ありがとう……」
受け取った瞬間、周囲がざわつく。
「すみれちゃん、みんなに優しくされすぎじゃない?」
「それだけ信頼されてるってことだよ!」
違う。
俺はただの受け身の塊だ。
その時、担任が教室を見回しながら言った。
「音無さん、みんなのことちゃんと見てるのね」
やめてくれ。
「自分の分が少なくても、文句言わないし。立派よ」
違う。
言えないだけだ。
「周りに気を配れるのって、本当に素敵なことよ」
評価が、また一段階上がった音がした。
女子たちが一斉に頷く。
「すみれちゃん、ほんと優しい!」
「聖人じゃない?」
聖人は給食で空腹にならない。
俺は笑うしかなかった。
陰キャの防御反応だ。
その瞬間――
教室の反対側、男子のテーブルから視線を感じた。
ひそひそ声。
「なあ……音無さんってさ」
「女子に囲まれてない?」
「なんか……すごくね?」
聞こえてしまった。
耳がいいのが、こんなところで仇になる。
「優しいらしいぞ」
「大人っぽいって先生言ってた」
やめろ。
情報が歪んで伝播している。
「……もしかしてさ」
「女子の中心ってやつ?」
最悪の単語が出た。
俺はカレーを飲み込む。
喉に詰まりそうだ。
「近寄りがたいよな……」
「なんかオーラあるし」
ない。
これはただの陰キャオーラだ。
だが、もう遅い。
男子側の認識が固まりつつある。
――音無すみれ。
――女子に囲まれる。
――優しい。
――大人っぽい。
――近寄りがたい。
給食が終わる頃、俺は確信していた。
この学校では、
静かにしているだけで、勝手に伝説が生まれる。
そしてそれは、
俺の平穏を一切考慮しない方向に育っていくのだと。
俺は空になった皿を見つめながら、静かに思った。
――もう一杯、食べたかったな。
チャイムが鳴り、机が動かされ、配膳が始まる。
クラス中に広がる、なんとも言えない匂い。
「今日カレーだ!」
「やったー!」
歓声が上がる中、俺――音無すみれは静かに絶望していた。
量が少ない。
いや、正確に言おう。
大人の基準で見れば、致命的に足りない。
皿に盛られたご飯。
カレー。
牛乳。
これで午後まで乗り切れと?
社会人時代の俺なら、昼休みにコンビニへ走っている。
「すみれちゃん、少なくない?」
女子グループの一人が気づいた。
「……うん……でも……大丈夫……」
大丈夫なわけがない。
だが、ここで「足りない」と言う勇気はない。
「じゃあさ、私の少しあげる!」
「え、いいよ!」
「いいのいいの!」
スプーンが伸びる。
カレーが足される。
やめてくれ。
それは俺のためじゃない。
勝手に美談になる流れだ。
「すみれちゃん、遠慮しすぎだよー」
「ほんと大人っぽい」
違う。
俺はただ、主張できないだけだ。
配膳が終わり、いただきます。
黙々と食べる俺。
すると、隣の女子がそっと牛乳を差し出してきた。
「私、牛乳ちょっと苦手だから」
それもらっていいやつか?
一瞬、大人の倫理が警告を鳴らす。
「……ありがとう……」
受け取った瞬間、周囲がざわつく。
「すみれちゃん、みんなに優しくされすぎじゃない?」
「それだけ信頼されてるってことだよ!」
違う。
俺はただの受け身の塊だ。
その時、担任が教室を見回しながら言った。
「音無さん、みんなのことちゃんと見てるのね」
やめてくれ。
「自分の分が少なくても、文句言わないし。立派よ」
違う。
言えないだけだ。
「周りに気を配れるのって、本当に素敵なことよ」
評価が、また一段階上がった音がした。
女子たちが一斉に頷く。
「すみれちゃん、ほんと優しい!」
「聖人じゃない?」
聖人は給食で空腹にならない。
俺は笑うしかなかった。
陰キャの防御反応だ。
その瞬間――
教室の反対側、男子のテーブルから視線を感じた。
ひそひそ声。
「なあ……音無さんってさ」
「女子に囲まれてない?」
「なんか……すごくね?」
聞こえてしまった。
耳がいいのが、こんなところで仇になる。
「優しいらしいぞ」
「大人っぽいって先生言ってた」
やめろ。
情報が歪んで伝播している。
「……もしかしてさ」
「女子の中心ってやつ?」
最悪の単語が出た。
俺はカレーを飲み込む。
喉に詰まりそうだ。
「近寄りがたいよな……」
「なんかオーラあるし」
ない。
これはただの陰キャオーラだ。
だが、もう遅い。
男子側の認識が固まりつつある。
――音無すみれ。
――女子に囲まれる。
――優しい。
――大人っぽい。
――近寄りがたい。
給食が終わる頃、俺は確信していた。
この学校では、
静かにしているだけで、勝手に伝説が生まれる。
そしてそれは、
俺の平穏を一切考慮しない方向に育っていくのだと。
俺は空になった皿を見つめながら、静かに思った。
――もう一杯、食べたかったな。
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