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第一話 シロイオリ
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地元の旧家であった大槌家には、2人の息子がいた。
大槌家に仕えていたシノはそのうちの次男であった信政と恋に落ちた。しかし、次男と言えども使用人との仲など認められる筈もなく、当主夫妻から猛烈な反対に合い、シノはすぐに大槌家を追われてしまった。
しかし、信政は仕事も住む場所も失ったシノを密かに助け、その後も2人は隠れて逢瀬を繰り返していた。
そんな中、シノは信政の子を身籠った。
信政は家を出て2人で生きていく事をシノと誓うが、だがそれはすぐに、大槌家の知れる所となった。
駆け落ちの約束をしたその日、約束の場所へシノを迎えに来たのは信政ではなく、信政の兄と、大槌家から雇われた男たちだった。
そうして囚えられたシノは大槌家の座敷牢に幽閉される。仮にも大槌家の子を身籠っている事から、この場で産むようにと言い渡される。それと同時に、信政は旧華族の女性と結婚をしたと聞かされた。
縁談は信政にとっても良い話ではあったが、そんな折に慰みとして飼っていた使用人に子供ができてしまい、困っていたのだと。仮にもシノの腹にいるのは大槌家の血を引いた子。捨て置く訳にも行かないので、行く行くは大槌家の使用人として育てれば良い。万が一何かがあれば、予備として利用することもできる。
そう聞かされたシノは、常にいる見張りの中自害する事も許されず、数ヶ月の後、絶望の中で一人の男子を生んだ。
「ですが、シノは生んだ子をすぐに夫妻によって取り上げられています」
星の声にかぶるように、低く苦しげに唸る声が室内に満ちて行く。重く地を這うような声。空気が震え、ギシギシと梁が軋む音を立てる。
小さく、芳桐が呻く息を吐く。
「ですが、実際には信政も囚えられ、そのまま摂津に送られていたらしいんです」
星の言葉に、権堂が手の中の紙の束へ視線を落とす。
「その手紙は、摂津から信政が密かにシノ宛に送っていた物だそうです」
『戯言を言うなっ』
ドンッと、激しい音を立てて建物が一瞬、沈むようにして揺れる。
理久の身体を抑え込む、芳桐の奥歯がギリリと音を立てる。その額にうっすらと汗が浮く。
チラリとそれへ視線をやった権堂が、小さく息を吐くと、ふわりと紙の束が柔らかな光に包まれた。
「信政は、遠い地から信政の乳母だったキヨ宛にシノへ渡して欲しいと密かに手紙を送っていたそうです。キヨはシノが子を産む少し前までは大槌家に仕えていたようですが、信政からの手紙が見つかり、解雇されたそうです」
その後も、信政からキヨ宛の手紙は届いたが、シノへ渡す手段も無く。
「この手紙は、キヨさんの子孫に当たる方の家に保管されていた物です。大槌家の信政の子へ渡すようにとの添え書きがあったそうですが、公式に信政には子はおらず、大槌家からも受取を拒否され、近くお焚き上げをしようかと考えていたとのことで、こちらで処理するからと預かってきました」
「そうか」
権堂の掌の上。見つめる、紙の束を包み込む光が僅かに強くなり、そこから立ち上がる細い糸。それが撚り集まり、徐々に形作っていくのは一つのシルエット。
ピシリと小さく、軋む音がした。
『・・・ノ・・・シノ・・・』
聞こえた、柔らかな声。
呼びかけるような、探すような声。
それはやがてすすり泣く音へと変わり
『シノ・・・すまない。シノ、会いたい・・・会いたいなぁ・・・』
哀しく、切ない物へと変わる。
「うっ・・・」
理久を抑え込む背に爪先が食い込み、芳桐が呻く声を漏らし顔を歪ませた。
抉られる感触と、痛み。
それでも構わず抑え込む芳桐の下で、理久の呼吸は激しく荒くなって行く。
『やめろっ!!』
「ぐっ」
怒りに理久が叫ぶのと同時に、再び激しい物音と共に大きな揺れが襲う。立っていられず床に膝を付いた星が、時おり呻く声を漏らす芳桐を心配気に見た。
『良くもぬけぬけとそのような事を・・・』
嗄れた、割れたような声。空気が震え音を立て、室内にシノの怒りが満ちていく。
『信政様が居なくなり・・・私が、私があの家でどのような扱いを受けたか・・・。子を奪われた挙げ句に、子に害をなされたく無ければと・・・、どのような!!』
「芳桐! もう良い離れろ!!」
権堂が言うのと同時に、飛び退くようにして理久から離れた芳桐は、額に汗を浮かべ荒い息ながらも、四肢を床につけて様子を伺っていた星を、その背に庇うように立つ。
だが、開放した理久の体は床に臥したまま。何度か起き上がろうと、手を床につき、膝を立て上体が僅かに持ち上がるが、力が足らずに再び崩れ落ちる。
『・・・口惜しい・・・信政様・・・信政様・・・』
漏れた、すすり泣く声。
大槌家に仕えていたシノはそのうちの次男であった信政と恋に落ちた。しかし、次男と言えども使用人との仲など認められる筈もなく、当主夫妻から猛烈な反対に合い、シノはすぐに大槌家を追われてしまった。
しかし、信政は仕事も住む場所も失ったシノを密かに助け、その後も2人は隠れて逢瀬を繰り返していた。
そんな中、シノは信政の子を身籠った。
信政は家を出て2人で生きていく事をシノと誓うが、だがそれはすぐに、大槌家の知れる所となった。
駆け落ちの約束をしたその日、約束の場所へシノを迎えに来たのは信政ではなく、信政の兄と、大槌家から雇われた男たちだった。
そうして囚えられたシノは大槌家の座敷牢に幽閉される。仮にも大槌家の子を身籠っている事から、この場で産むようにと言い渡される。それと同時に、信政は旧華族の女性と結婚をしたと聞かされた。
縁談は信政にとっても良い話ではあったが、そんな折に慰みとして飼っていた使用人に子供ができてしまい、困っていたのだと。仮にもシノの腹にいるのは大槌家の血を引いた子。捨て置く訳にも行かないので、行く行くは大槌家の使用人として育てれば良い。万が一何かがあれば、予備として利用することもできる。
そう聞かされたシノは、常にいる見張りの中自害する事も許されず、数ヶ月の後、絶望の中で一人の男子を生んだ。
「ですが、シノは生んだ子をすぐに夫妻によって取り上げられています」
星の声にかぶるように、低く苦しげに唸る声が室内に満ちて行く。重く地を這うような声。空気が震え、ギシギシと梁が軋む音を立てる。
小さく、芳桐が呻く息を吐く。
「ですが、実際には信政も囚えられ、そのまま摂津に送られていたらしいんです」
星の言葉に、権堂が手の中の紙の束へ視線を落とす。
「その手紙は、摂津から信政が密かにシノ宛に送っていた物だそうです」
『戯言を言うなっ』
ドンッと、激しい音を立てて建物が一瞬、沈むようにして揺れる。
理久の身体を抑え込む、芳桐の奥歯がギリリと音を立てる。その額にうっすらと汗が浮く。
チラリとそれへ視線をやった権堂が、小さく息を吐くと、ふわりと紙の束が柔らかな光に包まれた。
「信政は、遠い地から信政の乳母だったキヨ宛にシノへ渡して欲しいと密かに手紙を送っていたそうです。キヨはシノが子を産む少し前までは大槌家に仕えていたようですが、信政からの手紙が見つかり、解雇されたそうです」
その後も、信政からキヨ宛の手紙は届いたが、シノへ渡す手段も無く。
「この手紙は、キヨさんの子孫に当たる方の家に保管されていた物です。大槌家の信政の子へ渡すようにとの添え書きがあったそうですが、公式に信政には子はおらず、大槌家からも受取を拒否され、近くお焚き上げをしようかと考えていたとのことで、こちらで処理するからと預かってきました」
「そうか」
権堂の掌の上。見つめる、紙の束を包み込む光が僅かに強くなり、そこから立ち上がる細い糸。それが撚り集まり、徐々に形作っていくのは一つのシルエット。
ピシリと小さく、軋む音がした。
『・・・ノ・・・シノ・・・』
聞こえた、柔らかな声。
呼びかけるような、探すような声。
それはやがてすすり泣く音へと変わり
『シノ・・・すまない。シノ、会いたい・・・会いたいなぁ・・・』
哀しく、切ない物へと変わる。
「うっ・・・」
理久を抑え込む背に爪先が食い込み、芳桐が呻く声を漏らし顔を歪ませた。
抉られる感触と、痛み。
それでも構わず抑え込む芳桐の下で、理久の呼吸は激しく荒くなって行く。
『やめろっ!!』
「ぐっ」
怒りに理久が叫ぶのと同時に、再び激しい物音と共に大きな揺れが襲う。立っていられず床に膝を付いた星が、時おり呻く声を漏らす芳桐を心配気に見た。
『良くもぬけぬけとそのような事を・・・』
嗄れた、割れたような声。空気が震え音を立て、室内にシノの怒りが満ちていく。
『信政様が居なくなり・・・私が、私があの家でどのような扱いを受けたか・・・。子を奪われた挙げ句に、子に害をなされたく無ければと・・・、どのような!!』
「芳桐! もう良い離れろ!!」
権堂が言うのと同時に、飛び退くようにして理久から離れた芳桐は、額に汗を浮かべ荒い息ながらも、四肢を床につけて様子を伺っていた星を、その背に庇うように立つ。
だが、開放した理久の体は床に臥したまま。何度か起き上がろうと、手を床につき、膝を立て上体が僅かに持ち上がるが、力が足らずに再び崩れ落ちる。
『・・・口惜しい・・・信政様・・・信政様・・・』
漏れた、すすり泣く声。
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