霊感専門相談所くじら特殊サービス

緒沢タラ

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第一話 シロイオリ

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 次の瞬間、室内の景色が変わった。
 元の部屋全体へ、映像を投写したかのように重なって見えるその部屋は、昨日理久が僅かの間見ていた景色。
 四方を囲う真白い漆喰の壁。寝室と主室の間には、二間を隔てるように頑丈な木材で組まれた檻が設置されていた。
 その向こう。今は寝室として整えられていた筈の部屋に見えるのは、小さな鏡台と櫛。
 そして、敷かれた布団の上に蠢く、2つの影。
「こ、これ・・・」
 震える星の声が、その影を凝視している。
「お前にも見えるのか」
「何だ? 何が見えるんだ?」
 権堂の問いかけに、頷いて畳の床へ視線をやる星と権堂の視線を追うように、寝室に置かれたキングサイズのローベッドの足元へと目をやった芳桐が、怪訝な顔で2人を見る。
 だが、黙り込んだままの2人が凝視する先、芳桐には視えないそこに蹲るのは、人だった。
「せ・・・先生・・・」
 脱力し仰向けに横たわる女性らしき影に覆いかぶさり蠢く影。
 畳を掻いていた指が、ゆらりと揺れて持ち上がる。覆いかぶさる背に、伸びた腕。
 立てた指先が、確かめるようにゆったりと、蠢く背を這った。
 上になった影の動きが、徐々に激しくなって行く。それに合わせ、権堂と星からは見えにくくなっていた、向こう側の腕がゆらりと持ち上がった。
 僅かして、蠢いていた身体はビクビクと震え硬直する。そうして、弛緩した瞬間。
 躊躇い無く振り下ろされた手。握っていた、結櫛のテールが背に埋まった。
 飛び退いだ男の、手が背後に伸び掴んだ物。
 キラリと煌めいた刃が振り下ろされ、仰向けていた女から血が吹き出した。
 星の喉が、ゴクリと音を立てる。
 権堂の足元から、ゴポッと、水が吹き出すような音がした。
 見下ろせば、黒く長い髪を乱した女が、爪を立て床を這い寄ってきていた。
『ゆ・・・るさ・・・な、い・・・』
 女が口を開く度に、ゴポゴポと音を立てて血が吹き出す。
 青白い肌を鮮血に染めた顔の中、黄色く濁った瞳がギロギロと、権堂と彼が手にする手紙の束を睨みあげる。
 持ち上がった手。
『ま・・・つだい・・・まで・・・』
 一語一語、血を吹き出しながら苦しげに唸る声。権堂の足へ爪を立てて縋り付くようにし、這い上がってくる身体。権堂は逃げる事も声を発することもなく、ただそれを静かな目で見つめ続ける。
『シノ・・・シノ・・・会いたい・・・』
 手の中、信政の手紙の上でキラキラと浮かぶシルエットが紡ぐ声。
 ピクリと、シノの指が震えた。
「せ・・・摂津に送られた信政は、流行り病によって数年の後に亡くなったそうです。結核だったようです」
 シノの姿に、僅かに声を震わせながら星が話す間も、シノを求める声は続く。壊れたレコードのように、ただただシノの名前を呼び続ける声。
「当主の政吉まさきちは、シノが刺した櫛が体内で折れており、それが元で数ヶ月後に亡くなってます」
 先ほど見えた映像を思い出し、星が僅かに眉を歪めた。
「手打ちにされたシノは・・・、子を、身籠っていたそうです・・・」
 苦々し気に、呟く声。
 権堂の足へ縋り、ゴポゴポと音を立てたシノは、力尽きたようにぐしゃりとその場へ頽れた。
 足元から、見上げてくる濁った瞳。
『・・・シノ』
 信政の声に、ゴプリと口から血が噴き出す。
 不意に、権堂をジロリと見上げてくる目の縁から、赤い雫が零れた。
これ・・は、信政の思念だ」
 静かな権堂の声が告げる。
「手紙に残された、お前への執念だ」
 強く強く、手紙へ残された想い。具現化されただけに過ぎないそれに、権堂は目をやる。
「シノ、信政の元へ送ってやる。それが信政の願いだからな」
 こんなにも濃く、思念を残す程。
 大きく、音を立ててシノの口からどす黒い血が吐き出され、床へ血溜まりを作りだした。
『ノ・・・ブ、マサ・・・サマ』
 ポロリポロリと、シノの眦から零れる赤い血が、徐々に色を薄くし透明に澄んでゆく。同時に、黄色く濁っていた瞳も。
「そうだ。信政の願いはシノ、お前に会うことだ。お前も、信政に会いたかったんだろう」
 権堂の手の中。手紙の束の上で輝いていたシルエットが、徐々に姿を曖昧な物にして、寄り集まった糸へと変わる。そこから一筋、シノへと伸びていく光。
 それがシノへ触れた瞬間、床へ広がって溜まっていた血が消えてゆく。同時に、床へ這いつくばっていたシノが消え、変わりに、黒い髪を結い上げ、絣の着物を着た色の白い女が、顔を覆って泣いていた。
『私は、穢れてしまった・・・。・・・信政様には会えない・・・』
 さめざめと、泣くシノにもう一筋伸びていく光。
「大丈夫だ」
 言った権堂は、顔を上げたシノへと片頬で笑って見せる。
「俺は信政がいつ死んだかは分からねぇが、信政が死んでから、どんなに短くても100年は経ってんだろ。それだけ経ってても、こんなに強く、お前への想いが残ってるんだ。そんな相手を、そうそう簡単に見限る訳ないだろ」
 穢れたなんて思わねぇよ。
 シノの瞳からハラハラと零れ落ちる涙の、一粒一粒が輝きを帯びた。
「変わらずお前を愛している筈だ」
 手のひらからシノへと伸びる糸は、その本数を増し、シノを囲んでゆく。
『本当は、信じたかった・・・。でも、裏切られたと、思わなければ、耐えられなかった・・・』
 愛されていると、貰った全ての想いが嘘ではなかったと、信じながら身を穢されるのは。
『信政様・・・』
 顔を覆い身を震わせるシノを、光の糸がくるくると回りながら、繭のように包み込む。
 そうしてすっかりシノを包んだ糸は、ポウッと柔らかい光を放つと、サラサラと空気に解けていく。
 光が消えた畳の上には、意識を無くした理久がぐったりと横たわっていた。

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