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花海の祝眠編 プロローグ
星に願いを…
しおりを挟むこれは、とある因果と宿命を背負った、一人の少年の原点となった話だ。
その日は数万年に一度、一面の闇を引き裂くと言われる流星群が、あと数時間で空に瞬く非常に稀有な夜だった。
その光景を一目見たいという者は少なくない。
──ある少女は興味本位から、豪邸のベランダから夜空を見上げた。
──ある少年は草臥れた借家から、奇跡の片鱗だけでもいいからと、そっと窓の外を覗き込んだ。
以前からニュースで取り上げられていたためか、街中は右も左も空を見上げる観測者であふれかえり、人々の期待は今やピークに達していた。
本来なら街が灯す光の前で、星の明かりは霞んでしまうのだが、この流星群は例外だった。
多少は褪せてしまうだろうが、その時が来れば人工の光など意に介さず、鮮烈な光明は雨の如く降り注ぐだろう。
それでも、宇宙の大自然が創り出す神秘の灯火を十全たる形で目に焼き付けたいのなら、文明の光が届かない大自然の下で見ることをオススメする。
緑が茂る広大な大地の上を、凛と吹く風がサァーッと撫でていく。空は冷たい闇が広がっているが、宇宙の彼方に灯った清廉な星明かりのお陰で視界はかなり良好。
しかし、緩やかに高みへと続く斜面は、小さな少年にとって最大の難所だった。
パンパンになった両足に踏ん張りをつけて、白い髪を揺らしながらドスン、ドスンと懸命に進んでいく。
「ぬんっ!ぬんっ!はぁ~…。お父さん、まだ~?僕もう帰りたいよ~」
「急かすなって、もう少しだよ」
「ほら、頑張って!」
歩き疲れ、嘆息し、不貞腐れる少年を鼓舞しながら、母親だと思しき女は子共の小さな手を引いて歩いた。
この三人もまた、流星群の物珍しさに釣られてきた仲良し家族だった。
息子は乗り気ではない様子だったが、それでも懸命に足を動かし続けた。
「うん、ここにしよう」
一家はしばらく進むと、人工の光が届かない見晴らしの良い高原で足を止め、そのまま浅い緑の絨毯の上にゆっくりと背中を預けて川の字を作った。
草の香りに鼻腔がくすぐられる。不思議と心地よい。
そして見渡す限りの、星明かりが煌めく鮮明な夜空。
ここに到着するまでの道中、星に一切の興味を示さなかった少年は、光の点が織りなす絶景を前にして、少しだけ表情が明るくなった。
「あっ!」
明るい闇夜の中に、瞬くような閃光が線を描いて、溶けるように消えていった。
初めて目にした流れ星に、少年は願い事をすることすら忘れ、消え去った一瞬の奇跡を前にひたすら目を輝かせた。
「お父さん!お母さん!今の見た!?流れ星だよ!」
息子の喜びように、両親は互いの顔を見つめ合いながら、ここに連れてきた甲斐があった小さくほくそ笑んだ。
心も身体も成長するにつれ、他者との違いに塞ぎ込んでいた少年のためにと、今回のイベントは両親が企画したものだ。
母はアルビノという稀な体質で、肌は陶器のように色白く、瞳は薄めた血のように赤い。髪も色素が抜けたようにまっさらで、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたような、美しい女性だった。
少年もまた、その因子を色濃く引き継いでいた。唯一違うところは、父親譲りの跳ねに跳ねた癖っ毛ということくらいだろう。
その体質のことを周囲の子どもたちから揶揄され、少年は幼いながらに苦悩を抱えていたのだ。
しかし、そんな心の影《かげ》りは、星の瞬きを前にして霞んでしまったらしい。
上機嫌になった少年は、叶えたい願い事を思い浮かべながら、次の流れ星を今か今かと待っていた。
「そう気を張る必要はないぞ、輝夜。さっきのは始まりに過ぎない。ここからが本番なんだから」
「ホント!」
「ああ、これからもっとたくさんの流れ星が見られるんだ。そうしたら輝夜の願い事、叶え放題だぞぅ!」
揚々とする父の言葉に、輝夜と呼ばれた少年は夜空から目が離せなくなった。
すべての願いを叶えられる。幼い少年にとって、それはこの上なく魅力的な話だっただろう。
そうして眉間に皺を寄せているうちに、また新たな閃光が夜空に煌めき、残像だけが瞳の奥に虚しく残った。
輝夜は、なにもできなかった悔しさと、早く願い事を考えなきゃという焦りで、涙目になりながらしばらく自分自身との葛藤を強いられた。
「焦らないで、輝夜」
そう…逸る気持ちを落ち着かせるように、母は優しい口調で言った。
「でもお母さん。早くしないと流れ星が終わっちゃうよ…」
「フフ…大丈夫よ、お父さんも言ってたでしょ。これからが本番だって。それまで時間はあるから、その時に備えて、今の内に願い事をいっぱい考えよっか」
「うん、わかった」
母に諭され、輝夜は願い事を考えることに専念した。
「そういえば輝夜、学校は楽しい?」
唐突に話題は切り替わり、近況を母に尋ねられ輝夜は、思い出したくないことを思い出して嫌そうに口を窄めた。
「楽しくない…。みんな意地悪するんだ。髪の毛を引っ張ったり、仲間はずれにしたり。僕もう学校に行きたくないよ…」
表情を曇らせた息子を見て、母もまた辛そうに眉をしかめた。
輝夜は今、小学一年生だ。普通でありながら普通とは違う、それだけの理由でのけ者扱いされる辛さは、彼女も痛いほど知っている。だからこそ、息子を自分と同じ体質に産んでしまったことを、同じ境遇に立たせてしまったことを、母は酷く悔いていた。
しかし、父の考えはまったく異なるものだった。
「きっとその子たちは、輝夜のことが羨ましいんだな」
「僕が?どうして?」
「輝夜が普通とは、少し違うからかな」
「僕、普通じゃないの?」
「そうだよ。でも、それは悪いことじゃないんだ。普通と違うってことは、見方によっては特別だったりもするからね。きっとその子たちは、輝夜が普通と違うから、特別に映って見えるんだろう。特別で羨ましいから、みんなは自分の方が特別なんだ!って、輝夜に意地悪をしてしまうのさ」
「う~ん、僕にはわかんないや」
幼い少年の理解力では、父の話は難しかっただろうに。輝夜は目を棒にして、頭に疑問符を乗せた。
そんな息子に父は嘆息しつつ、ふいに得意気な表情を作った。
「じゃあ、我が家に伝わる、友達をたくさん作る方法を輝夜に伝授してあげよう」
ピクリと、輝夜の耳に熱が籠った。
友達のいない輝夜にとって、それは願ってもない話だ。だが無論、父の話は息子の興味を誘い、勇気づけるための方便に過ぎない。
そんな都合のいい秘伝技など、最初から存在しないのだ。
そんなことなど知らない輝夜は、父がした作り話を鵜呑みにして、面白いくらいに鼻息を荒くした。
「そんな方法があるの!?教えて!」
その微笑ましさに、両親は小さく微笑んだ。
父は輝夜の頭を撫でて、空を見上げながら答えた。
「それはね、人とたくさんお話をするんだ」
「お話?それだけでいいの?」
「ああ。お話をして、相手に自分のことを知ってもらえばいい。話している内に、自分も相手のことも理解して、そうして気づいたときには、お互いに友達になっているさ」
「ホントに!僕、次に学校に行ったとき、さっそく試してみるよ!」
純真にして無垢。
少年は赤い瞳を期待に滾らせ、メラメラと燃えあがる闘志を胸に意気込んで見せた。
その微笑ましい姿に、両親は息子の素直さと、まだ見ぬ可能性に期待が膨らむのだった。
「さぁ、そろそろ時間よ」
スマホのアラームが鳴ると、母は二人にそう呼びかけた。
「輝夜。ここからは、瞬き厳禁だ!」
「うん!」
夜空という壮大なスクリーンに、一家の視線は釘付けになる。
風がほんのりと肌を撫で、静寂を連れて来た。
映画が始まる直前のような短い沈黙に、輝夜の胸は期待で高鳴っていく。
今度こそ願い事を叶えるんだと、懸命に目を凝らした。緊張からか、舌が異様に乾く。
五秒後、一筋の光が宙を引き裂いた。
瞬間、星に願いを託し損ねた輝夜は、「しまったぁ!」と情けない声を上げた。
ふるふると頬を震わせて、悔しそうに唇を噛む。
だが、今の閃きが、これから始まる壮絶な奇跡の予兆でしかなかったことを、輝夜はこれから身をもって思い知るだろう。
そこからさらに八秒後、『さんっ』『にっ』『いちっ』と、まるでカウントダウンを始めるかのように、夜空に三本の白い線が引かれた。
その直後、白い線の後を新たな軌跡が追従し、目にも止まらぬ速さで、何度も何度も、閃き、煌めき、瞬いた。
輝夜が息を呑んだ頃には、無限とも思えるような群星が折り重なり、やがて清冽な川の如く、端から端へと星の光は空の一端を埋め尽くした。
アルビノの少年は驚きと感動で目を丸くしながら、静かに胸の内を空に明かした。
(お星さま…どうか僕に、いっぱい友達ができますように…。そして──)
そうして大いなる星の流れに、その純粋な願いを託す。
(その仲間たちとたくさんの冒険をして、最高の人生を送りたいです…)
これが、竹取輝夜の原点のひとつ。彼の人格に多大なる影響を及ぼした、転換点とも言える出来事だった。
さもあれ、まだ見ぬ不透明な未来を語るよりも、今は確かに言えることがある。
祝福を授けるように…
運命を慈しむように…
希望を抱けるように…
絶望を払いのけるように…
そして、世界に愛されているかのように…
この瞬間は紛れもなく、少年を中心にこの世界は回っていたんだ。
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