君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

文字の大きさ
74 / 103

74話 運命の妄想

しおりを挟む
薄く湯気の立つマグカップを両手で包みながら、春菜はスマホの画面を見つめていた。

〈ごめん。予定より遅れることになった。実家のトラブルを手伝わないといけなくて、4日には戻れると思う〉

短く整った文面。絵文字も言い訳もない。

蒼真の家は古都の老舗旅館だと聞いたことがある。正月は跡取りの兄も忙しいらしい。

(たいへんなんだろうな……)

そう思うのに、胸の奥がじんわりと痛む。

「会いたい」――その一言が打てない。
言えばきっと困らせてしまう。

春菜はふっと、誰にも見えない小さな笑みを浮かべて指を走らせた。

〈わかりました。無理しないでくださいね〉

送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。

ピ――
着信。

「春菜さん」
低く落ち着いた声に、少し掠れが混じる。疲れが滲んでいるのが、一瞬でわかった。

「ごめん」

「大丈夫です。気にしないでください」

言いながら、涙腺がじわっと熱くなる。だめだ、泣くつもりなんてなかったのに。

「…でも、俺は気にするよ」

「……声を聞けただけでも十分です」

受話口の向こうで、小さく息を呑む気配がした。

「少し遅れたけど、戻ったら初詣に行かないか」

その一言で、胸の奥が一気に熱くなる。

「はい、行きたいです」

「楽しみだな」 

――寒いはずなのに、マグカップの冷たさも気にならなくなっていた。

---

翌日、母・高瀬美佐の友達が旅館に顔を出していた。

「蒼真くん、帰ってきてるんだって?旅館のトラブルで大変ねぇ。それに……婚約のこともあったじゃない」

「それがね、もう次がいそうなのよ」

「えぇ~!?また大企業の令嬢とか?」

「どうやら、肩書きのある子じゃないみたい。仕事関係の子かしら……」

母親は妙に楽しげだ。

---

母親の友達・娘、梨花

「あんた、あの高瀬くんってわかるでしょ?小さい頃、よく一緒に遊んだ子よ。実はね、婚約破棄したんだって、知ってた?」

「え!? まだ空いてるの!?」

「いや、好きな人がいるらしいわよ」

「……それって、私じゃない?」

「は?」

梨花は真剣な顔で続ける。

「だって、昔、お祭りで金魚すくい、私の分まで取ってくれたし、お年玉も『梨花だけ特別』って千円多くくれたもん」

「あれ、近所の子ども全員にやってたやつよ」

「違う! 絶対私に気があったんだ!」

梨花はすでに妄想の世界へ。

「これは運命なの!」

「まずは、家に来たときに備えて、和服でお茶を点てる練習しなきゃ!」

母は深くため息をつく。

「……だから、あんたっていつも彼氏と長続きしないのよね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。

【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。 兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。 異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。 最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。 やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。 そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。 想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。 すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。 辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。 ※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。 ※8万字前後になる予定です。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...