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23話 触れられない想い
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帰り道、夕焼けに照らされたビルの影が長く伸びる中、春菜は一人で歩いていた。
心には、さっき交わした言葉と沈黙が残っていた。
(……やっぱり、仕事の話だけだったのかな)
蒼真の赤字コメントは的確で、ありがたいフィードバックだった。
だけど、資料の内容だけなら、メールでも十分だったはずだ。
あのときの蒼真の表情――どこか迷うような、何かを堪えるような目。
ほんの数秒の沈黙の後に、時計を見て席を立った彼の後ろ姿が、なぜか胸に残った。
(あんなふうに、優しくされると……)
期待してしまいそうになる自分が、少し怖かった。
---
翌日、社内のカフェスペースで、春菜は同僚の理沙と一緒に休憩していた。
紙コップのコーヒーを両手で包みながら、ぼんやり窓の外を眺めていたところ、理沙が口を開いた。
「春菜、昨日ちょっと雰囲気違ってたよね。何かあった?」
「……ん、そうかな」
「うん。なんか、目がふわっとしてた。恋?」
「や、やめてよ」
慌てて否定しながらも、頬が自然に熱くなるのを感じた。
否定しきれない何かが、自分の中にあることは、自分が一番分かっていた。
---
その夜。
春菜が部屋でパソコンに向かっていると、スマートフォンが小さく振動した。
画面には「高瀬社長」の名前。メールだった。
---
**件名:昨日のお礼**
水沢さん
昨日はありがとうございました。
お忙しい中、時間を取っていただいて感謝しています。
提案資料、上層部とも改めて検討させていただきます。
進展があり次第、ご連絡します。
P.S.
昨日は……うまく言えませんでしたが、顔が見られて良かったです。
高瀬
---
春菜は、思わず息を止めた。
心の奥で、何かがそっと揺れる。
(……私も、顔を見られて良かった)
小さく微笑んで、スマホを胸元に抱えた。
だけどその一方で、彼の言葉の奥にある"何か"が掴みきれず、心にはまた小さなざわめきが残った。
---
翌朝、目覚めた瞬間に思い出したのは、蒼真が見せた、ほんの一瞬の迷いの表情だった。
ベッドの中でスマホを握りしめたまま、春菜は深く息を吐いた。
(あれは……何だったんだろう)
結婚する人がいると知っている。本人もそれを否定しなかった。
だから、もう気持ちを向ける理由は、どこにもないはずだった。
けれど。
「……顔を見られて良かったです」
そう、彼は言った。
たった一言。
それだけなのに、心の奥に静かに火を点けてしまった。
---
出社しても、春菜の心はどこか上の空だった。
メールをチェックし、会議に参加しても、頭の隅では蒼真のことを考えてしまっている。
(ちゃんと、仕事だけの話をしに来たんだ。
私が勝手に、気持ちを揺らしてるだけ)
そう自分に言い聞かせても、彼の言葉が脳裏から離れない。
「……顔を見られて、良かった?」
(どうして? 結婚する人がいるのに。そんな言葉、どういう意味で……?)
午後、共同プロジェクトの進捗会議が終わり、春菜が資料をまとめていたところだった。
KITE社から出席していた篠原が、帰り際にふと足を止め、控えめに声をかけてきた。
「水沢さん、大丈夫? 昨日から、ちょっと元気なさそうだったよ」
「え……そうですか?」
「うん。会議中も、なんだかいつもより静かだったし……悩んでる?」
春菜は一瞬迷った末、曖昧に笑って首を振る。
「大丈夫です。ただ……ちょっと考え事してて」
篠原はそれ以上は何も言わず、「そっか。無理しないでね」とだけ言って、出入口へと向かっていった。
(……言えないよ)
胸に渦巻くのは、「仕事相手を好きになりかけてる」なんて、誰にも簡単には言えない想い。
それに、その人には結婚相手がいる。
叶わないことが最初から分かっている恋だと、自分が一番分かっている。
---
帰り道。改札を抜けると、雨が降っていた。
傘を持っていなかった春菜は、駅の階段に座って、しばらくそのまま雨を見つめていた。
(あの人は、どうしてあんな言葉をくれたんだろう)
優しさ?それとも、ほんの少しだけ――心が揺れてくれていた?
わからない。
けれど、ひとつだけ確かなことがあった。
――忘れたふりなんて、できそうにない。
ポケットの中、スマホがかすかに震える。
画面を見ると、見慣れた名前があった。
《高瀬社長:今日はお疲れ様でした。修正案、無理のない範囲で見ていただければ助かります。》
業務連絡。それだけのはずなのに、胸が少しだけ締めつけられる。
春菜はしばらく打つ手を止めて、ぽつりと小さく呟いた。
「……私、どうすればいいんだろう」
傘のないまま、雨音の中でじっと立ち尽くしていた。
心には、さっき交わした言葉と沈黙が残っていた。
(……やっぱり、仕事の話だけだったのかな)
蒼真の赤字コメントは的確で、ありがたいフィードバックだった。
だけど、資料の内容だけなら、メールでも十分だったはずだ。
あのときの蒼真の表情――どこか迷うような、何かを堪えるような目。
ほんの数秒の沈黙の後に、時計を見て席を立った彼の後ろ姿が、なぜか胸に残った。
(あんなふうに、優しくされると……)
期待してしまいそうになる自分が、少し怖かった。
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翌日、社内のカフェスペースで、春菜は同僚の理沙と一緒に休憩していた。
紙コップのコーヒーを両手で包みながら、ぼんやり窓の外を眺めていたところ、理沙が口を開いた。
「春菜、昨日ちょっと雰囲気違ってたよね。何かあった?」
「……ん、そうかな」
「うん。なんか、目がふわっとしてた。恋?」
「や、やめてよ」
慌てて否定しながらも、頬が自然に熱くなるのを感じた。
否定しきれない何かが、自分の中にあることは、自分が一番分かっていた。
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その夜。
春菜が部屋でパソコンに向かっていると、スマートフォンが小さく振動した。
画面には「高瀬社長」の名前。メールだった。
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**件名:昨日のお礼**
水沢さん
昨日はありがとうございました。
お忙しい中、時間を取っていただいて感謝しています。
提案資料、上層部とも改めて検討させていただきます。
進展があり次第、ご連絡します。
P.S.
昨日は……うまく言えませんでしたが、顔が見られて良かったです。
高瀬
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春菜は、思わず息を止めた。
心の奥で、何かがそっと揺れる。
(……私も、顔を見られて良かった)
小さく微笑んで、スマホを胸元に抱えた。
だけどその一方で、彼の言葉の奥にある"何か"が掴みきれず、心にはまた小さなざわめきが残った。
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翌朝、目覚めた瞬間に思い出したのは、蒼真が見せた、ほんの一瞬の迷いの表情だった。
ベッドの中でスマホを握りしめたまま、春菜は深く息を吐いた。
(あれは……何だったんだろう)
結婚する人がいると知っている。本人もそれを否定しなかった。
だから、もう気持ちを向ける理由は、どこにもないはずだった。
けれど。
「……顔を見られて良かったです」
そう、彼は言った。
たった一言。
それだけなのに、心の奥に静かに火を点けてしまった。
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出社しても、春菜の心はどこか上の空だった。
メールをチェックし、会議に参加しても、頭の隅では蒼真のことを考えてしまっている。
(ちゃんと、仕事だけの話をしに来たんだ。
私が勝手に、気持ちを揺らしてるだけ)
そう自分に言い聞かせても、彼の言葉が脳裏から離れない。
「……顔を見られて、良かった?」
(どうして? 結婚する人がいるのに。そんな言葉、どういう意味で……?)
午後、共同プロジェクトの進捗会議が終わり、春菜が資料をまとめていたところだった。
KITE社から出席していた篠原が、帰り際にふと足を止め、控えめに声をかけてきた。
「水沢さん、大丈夫? 昨日から、ちょっと元気なさそうだったよ」
「え……そうですか?」
「うん。会議中も、なんだかいつもより静かだったし……悩んでる?」
春菜は一瞬迷った末、曖昧に笑って首を振る。
「大丈夫です。ただ……ちょっと考え事してて」
篠原はそれ以上は何も言わず、「そっか。無理しないでね」とだけ言って、出入口へと向かっていった。
(……言えないよ)
胸に渦巻くのは、「仕事相手を好きになりかけてる」なんて、誰にも簡単には言えない想い。
それに、その人には結婚相手がいる。
叶わないことが最初から分かっている恋だと、自分が一番分かっている。
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帰り道。改札を抜けると、雨が降っていた。
傘を持っていなかった春菜は、駅の階段に座って、しばらくそのまま雨を見つめていた。
(あの人は、どうしてあんな言葉をくれたんだろう)
優しさ?それとも、ほんの少しだけ――心が揺れてくれていた?
わからない。
けれど、ひとつだけ確かなことがあった。
――忘れたふりなんて、できそうにない。
ポケットの中、スマホがかすかに震える。
画面を見ると、見慣れた名前があった。
《高瀬社長:今日はお疲れ様でした。修正案、無理のない範囲で見ていただければ助かります。》
業務連絡。それだけのはずなのに、胸が少しだけ締めつけられる。
春菜はしばらく打つ手を止めて、ぽつりと小さく呟いた。
「……私、どうすればいいんだろう」
傘のないまま、雨音の中でじっと立ち尽くしていた。
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