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27話 揺れる余韻
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週が明けてすぐの朝。
自社オフィスには、いつも通りの空気が流れていた。パソコンのキーを叩く音、コーヒーマシンの抽出音、誰かの笑い声。
でも春菜の心は、どこかふわふわと宙に浮いたままだった。
金曜の夜――成瀬との打ち上げ。偶然、あの場所で蒼真と出くわしてしまったこと。
(あんなに……近かった)
廊下で握られた手、あの指先の熱がまだ胸に残っている。
触れたのは一瞬だったのに、脳裏に焼きついたのは、蒼真の顔。普段見せないような強引さと、ほんのわずかな苦しげな表情。
「春菜さん、おはようございます!」
成瀬の明るい声が、春菜の思考を現実に引き戻した。
「おはよう、成瀬くん。今日も元気だね」
「はい! 週の始まりですからね。あ、例の資料、午前中に一度確認お願いしてもいいですか?」
「もちろん。後で見せてね」
笑顔で応えながらも、心はどこか引っかかっていた。
(……高瀬社長。今日は、会うのかな)
ちょうどそのとき、ノートPCにメール通知が届いた。送信元は「KITE社 高瀬 蒼真」。
> 本日予定していた定例打ち合わせは、午後に変更となりました。詳細は共有資料をご確認ください。—KITE社 高瀬
たったそれだけの文面なのに、心臓が跳ねた。
午後――彼に会う。
たぶん何事もなかったかのように振る舞うのだろう。いつものように、冷静で丁寧で。
でも春菜は、自分がもう、何事もなかったふうには戻れないことを知っていた。
---
午後、KITE社の会議室。
春菜が受付を通って案内されると、すでに何人かの関係者が席についていた。蒼真の姿もあった。いつも通りのスーツ姿。表情は淡々としていて、視線は書類から動かない。
(……そう、だよね)
会議が始まり、蒼真は理路整然と議論を進めた。その進行ぶりに、思わず春菜も背筋を伸ばす。
しかし、ふとした瞬間――自分の手元の動きに彼の視線が一瞬だけ落ちたのを、春菜は見逃さなかった。
(……覚えているよね)
会議が終わり、他の担当者たちが次々と席を立つなか、春菜はゆっくりと資料をまとめていた。
気まずい沈黙が流れる中、春菜が口を開いた。
「…金曜、あんな形で会うとは思いませんでした」
蒼真は、その手を止めた。
「そうですね」
「その……あの時、何を言いかけたんですか」
春菜の声は小さく、どこかぎこちなかった。
蒼真は、ゆっくりと顔を上げた。しばしの沈黙ののち、低く答える。
「……気にしないでください」
その返事は冷静そのものだった。でもどこか、抑えた硬さが滲んでいた。
春菜は小さく瞬きをした。
胸の奥が、ふっと冷たくなる。
「……そうですか」
声は自分でも驚くほど小さくなっていた。
その表情に、蒼真の手が一瞬だけ止まる。
視線が、ほんのわずか柔らかく揺れた。
「……あの時のことは――」
言いかけて、蒼真は口を閉ざす。代わりに出てきたのは、いつもの業務的な声だった。
「今度の企画書の件ですが、来週までに修正版をいただけますか」
「……はい。承知いたしました」
それ以上は何も言わず、彼は静かに会議室を出て行った。
残された春菜は、しばらく動けなかった。胸に手を当て、指先の熱を確かめるようにする。
(あの時のことは……何だったんだろう)
蒼真の言いかけた言葉が、心の中で反響していた。
春菜はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
自分の心に芽生え始めたものの名前を、まだ言葉にできずにいた。
自社オフィスには、いつも通りの空気が流れていた。パソコンのキーを叩く音、コーヒーマシンの抽出音、誰かの笑い声。
でも春菜の心は、どこかふわふわと宙に浮いたままだった。
金曜の夜――成瀬との打ち上げ。偶然、あの場所で蒼真と出くわしてしまったこと。
(あんなに……近かった)
廊下で握られた手、あの指先の熱がまだ胸に残っている。
触れたのは一瞬だったのに、脳裏に焼きついたのは、蒼真の顔。普段見せないような強引さと、ほんのわずかな苦しげな表情。
「春菜さん、おはようございます!」
成瀬の明るい声が、春菜の思考を現実に引き戻した。
「おはよう、成瀬くん。今日も元気だね」
「はい! 週の始まりですからね。あ、例の資料、午前中に一度確認お願いしてもいいですか?」
「もちろん。後で見せてね」
笑顔で応えながらも、心はどこか引っかかっていた。
(……高瀬社長。今日は、会うのかな)
ちょうどそのとき、ノートPCにメール通知が届いた。送信元は「KITE社 高瀬 蒼真」。
> 本日予定していた定例打ち合わせは、午後に変更となりました。詳細は共有資料をご確認ください。—KITE社 高瀬
たったそれだけの文面なのに、心臓が跳ねた。
午後――彼に会う。
たぶん何事もなかったかのように振る舞うのだろう。いつものように、冷静で丁寧で。
でも春菜は、自分がもう、何事もなかったふうには戻れないことを知っていた。
---
午後、KITE社の会議室。
春菜が受付を通って案内されると、すでに何人かの関係者が席についていた。蒼真の姿もあった。いつも通りのスーツ姿。表情は淡々としていて、視線は書類から動かない。
(……そう、だよね)
会議が始まり、蒼真は理路整然と議論を進めた。その進行ぶりに、思わず春菜も背筋を伸ばす。
しかし、ふとした瞬間――自分の手元の動きに彼の視線が一瞬だけ落ちたのを、春菜は見逃さなかった。
(……覚えているよね)
会議が終わり、他の担当者たちが次々と席を立つなか、春菜はゆっくりと資料をまとめていた。
気まずい沈黙が流れる中、春菜が口を開いた。
「…金曜、あんな形で会うとは思いませんでした」
蒼真は、その手を止めた。
「そうですね」
「その……あの時、何を言いかけたんですか」
春菜の声は小さく、どこかぎこちなかった。
蒼真は、ゆっくりと顔を上げた。しばしの沈黙ののち、低く答える。
「……気にしないでください」
その返事は冷静そのものだった。でもどこか、抑えた硬さが滲んでいた。
春菜は小さく瞬きをした。
胸の奥が、ふっと冷たくなる。
「……そうですか」
声は自分でも驚くほど小さくなっていた。
その表情に、蒼真の手が一瞬だけ止まる。
視線が、ほんのわずか柔らかく揺れた。
「……あの時のことは――」
言いかけて、蒼真は口を閉ざす。代わりに出てきたのは、いつもの業務的な声だった。
「今度の企画書の件ですが、来週までに修正版をいただけますか」
「……はい。承知いたしました」
それ以上は何も言わず、彼は静かに会議室を出て行った。
残された春菜は、しばらく動けなかった。胸に手を当て、指先の熱を確かめるようにする。
(あの時のことは……何だったんだろう)
蒼真の言いかけた言葉が、心の中で反響していた。
春菜はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
自分の心に芽生え始めたものの名前を、まだ言葉にできずにいた。
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