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30話 静かな衝撃
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営業フロアの一角、春菜は資料の印刷を終えると、深呼吸してから上司の席に向かった。
「失礼します。高瀬社長とのレビュー、今日の夕方でも大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫そうだったよ。先方にも確認とったから」
手渡されたスケジュール表には、「17:30~ 個別レビュー(高瀬社長)」の文字。
春菜は胸の奥が、かすかにきゅっと締めつけられるのを感じた。
(……あの夜以来、仕事以外では会っていない)
あの公園での告白。お互いの想いを確認した夜。それから数日、二人は普段通りの業務連絡だけを交わしていた。でも、メールの行間に感じる温度が、以前とは違っていた。
午後の仕事を片付け、春菜は予定の時間に会議室へ向かう。ドアを開けると、すでに蒼真が一人、テーブルに資料を並べていた。
「お疲れさまです。お時間いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。急ぎではないので、落ち着いて進めましょう」
整ったスーツ姿。穏やかな声。けれど、その目が春菜を見つめる時間が、以前より少しだけ長い気がした。
レビューが始まる。資料の説明をしながら、春菜は複雑な気持ちだった。想いを知ってもらえた安心感と、でも何も変わらない現実への戸惑い。
(この距離感が、私たちの"今"なんだ)
「この部分は構成が分かりやすくなっていて、良いと思います」
「ありがとうございます。前回のご指摘を踏まえて、調整しました」
やり取りはスムーズだった。でも春菜には分かっていた。蒼真の視線が、時折自分の指先や表情に留まっていることを。
(もしかして、私の方を見てくれているのでは……)
そんな期待と、でも現実は変わらないという諦めが、胸の中で交互に浮かんでは消えた。
そのとき、蒼真のスマホに通知音が鳴った。彼がちらりと画面を見て、眉をわずかにひそめる。
(……あの女性かな)
春菜の胸が、きゅっと痛んだ。あの夜、蒼真は「決められた関係」だと言っていた。でも、現実には彼女が存在している。
それでも、ふたりは「仕事」の関係を守ろうとしていた。お互いの想いを知りながらも、一線を越えないように。
レビューが終盤に差しかかったとき――蒼真が、ごく小さな声で言った。
「……春菜さん。今日は、このあと、少し時間ありますか?」
「え……?」
春菜の心臓が跳ねた。あの夜以来、こんな風に誘われるのは初めてだった。
でも、答える前に――
「蒼真さん……来てしまいました。驚かせてしまいましたか?」
廊下の奥から、上品なワンピース姿の女性が現れた。迷いなく蒼真に歩み寄り、その腕にそっと手を添える。
春菜の笑顔が、ほんのわずかに揺らぐ。
「ごめんなさい、春菜さん。紹介がまだでしたね……こちらは香澄さん。僕の、婚約者です」
「以前にもお会いしましたね。あの時は挨拶せず、失礼しました」
香澄はにこやかに微笑んだ。
春菜は静かに会釈する。胸の奥で、何かがぎゅっと締めつけられた。
(やっぱり……現実は、こうなんだ)
「いえ。お邪魔してすみません、もう帰りますので……」
春菜は会釈し、足早にその場を離れようとした。
「春菜さん」
蒼真が呼び止めた。その声には、言いたいことがたくさん込められているように聞こえた。
でも、春菜は振り返らなかった。ただ、小さく手を挙げただけだった。
(時間があるかって聞いてくれたのに……)
香澄の横顔を見つめながら、蒼真は黙っていた。その指先を、ぎゅっと握りしめながら。
(……軽々しく言うべきじゃなかった)
その夜、帰り道。春菜は街灯の下で立ち止まり、小さなため息を吐いた。
(想いを伝え合ったって言っても、現実は変わらないんだ)
胸の奥が、静かに痛んだ。
でも――その痛みの奥には、まだわずかに、温かい希望のかけらが残っていた。
(それでも、時間があるかって聞いてくれた。それだけで……)
「失礼します。高瀬社長とのレビュー、今日の夕方でも大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫そうだったよ。先方にも確認とったから」
手渡されたスケジュール表には、「17:30~ 個別レビュー(高瀬社長)」の文字。
春菜は胸の奥が、かすかにきゅっと締めつけられるのを感じた。
(……あの夜以来、仕事以外では会っていない)
あの公園での告白。お互いの想いを確認した夜。それから数日、二人は普段通りの業務連絡だけを交わしていた。でも、メールの行間に感じる温度が、以前とは違っていた。
午後の仕事を片付け、春菜は予定の時間に会議室へ向かう。ドアを開けると、すでに蒼真が一人、テーブルに資料を並べていた。
「お疲れさまです。お時間いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。急ぎではないので、落ち着いて進めましょう」
整ったスーツ姿。穏やかな声。けれど、その目が春菜を見つめる時間が、以前より少しだけ長い気がした。
レビューが始まる。資料の説明をしながら、春菜は複雑な気持ちだった。想いを知ってもらえた安心感と、でも何も変わらない現実への戸惑い。
(この距離感が、私たちの"今"なんだ)
「この部分は構成が分かりやすくなっていて、良いと思います」
「ありがとうございます。前回のご指摘を踏まえて、調整しました」
やり取りはスムーズだった。でも春菜には分かっていた。蒼真の視線が、時折自分の指先や表情に留まっていることを。
(もしかして、私の方を見てくれているのでは……)
そんな期待と、でも現実は変わらないという諦めが、胸の中で交互に浮かんでは消えた。
そのとき、蒼真のスマホに通知音が鳴った。彼がちらりと画面を見て、眉をわずかにひそめる。
(……あの女性かな)
春菜の胸が、きゅっと痛んだ。あの夜、蒼真は「決められた関係」だと言っていた。でも、現実には彼女が存在している。
それでも、ふたりは「仕事」の関係を守ろうとしていた。お互いの想いを知りながらも、一線を越えないように。
レビューが終盤に差しかかったとき――蒼真が、ごく小さな声で言った。
「……春菜さん。今日は、このあと、少し時間ありますか?」
「え……?」
春菜の心臓が跳ねた。あの夜以来、こんな風に誘われるのは初めてだった。
でも、答える前に――
「蒼真さん……来てしまいました。驚かせてしまいましたか?」
廊下の奥から、上品なワンピース姿の女性が現れた。迷いなく蒼真に歩み寄り、その腕にそっと手を添える。
春菜の笑顔が、ほんのわずかに揺らぐ。
「ごめんなさい、春菜さん。紹介がまだでしたね……こちらは香澄さん。僕の、婚約者です」
「以前にもお会いしましたね。あの時は挨拶せず、失礼しました」
香澄はにこやかに微笑んだ。
春菜は静かに会釈する。胸の奥で、何かがぎゅっと締めつけられた。
(やっぱり……現実は、こうなんだ)
「いえ。お邪魔してすみません、もう帰りますので……」
春菜は会釈し、足早にその場を離れようとした。
「春菜さん」
蒼真が呼び止めた。その声には、言いたいことがたくさん込められているように聞こえた。
でも、春菜は振り返らなかった。ただ、小さく手を挙げただけだった。
(時間があるかって聞いてくれたのに……)
香澄の横顔を見つめながら、蒼真は黙っていた。その指先を、ぎゅっと握りしめながら。
(……軽々しく言うべきじゃなかった)
その夜、帰り道。春菜は街灯の下で立ち止まり、小さなため息を吐いた。
(想いを伝え合ったって言っても、現実は変わらないんだ)
胸の奥が、静かに痛んだ。
でも――その痛みの奥には、まだわずかに、温かい希望のかけらが残っていた。
(それでも、時間があるかって聞いてくれた。それだけで……)
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