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31話 揺れる心、動かない手
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春菜は朝から、どこか心ここにあらずだった。 デスクに並んだ資料に目を通しながらも、集中しきれない自分がいた。
(……香澄さんの笑顔、忘れられない)
あの日、廊下で見たふたりの姿。 彼女が蒼真の腕に添えた手。 彼の口から出た「婚約者です」という言葉。
「春菜さん、大丈夫ですか?」
成瀬の声に、春菜ははっと我に返った。
「あ、ごめん……ちょっと考え事してた」
「KITE社のローンチイベント、来週ですよね?最終確認とか、フォローしますよ。無理しないでくださいね」
「ありがとう。大丈夫、ちゃんとやるよ」
春菜は笑ってみせたが、その笑顔はどこか薄かった。
---
午後、イベント準備の最終確認会議。 会議室のスクリーンに投影されたタイムスケジュールの前に、蒼真が立っていた。
「当日の流れは、春菜さんの企画書通りに進めます。基調講演、パネルディスカッション、そして交流会。準備は順調です」
(目を合わせないで……)
春菜は資料に視線を落とし、ただ淡々と議事録を取り続けた。
蒼真もまた、春菜を意識しているのが伝わってきた。 言葉の端々に迷いが滲み、目線もどこか泳いでいる。
「春菜さん、当日は運営スタッフとしてご参加いただけますね?」
KITE社の担当者から確認され、春菜は顔を上げた。
「はい。責任を持って最後まで対応させていただきます」
その時、蒼真の視線が一瞬だけ春菜に向けられた。何かを言いたげな表情だったが、すぐに資料に戻してしまう。
会議終了後、ふたりは同じ廊下を歩くことになった。 数歩後ろを歩いていた蒼真が、ふと立ち止まり、声をかける。
「春菜さん……この前は、驚かせてしまって、すみませんでした」
その声には、迷いと後悔が滲んでいた。
春菜は一瞬、立ち止まる。だが、振り返らない。
「……大丈夫です。私のほうこそ、変に気にしてしまって」
「当日は……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
それだけ言うと、春菜はそのまま歩き出した。
背後に残った沈黙が、何よりも重たく感じられた。
---
その夜、春菜はひとりカフェに立ち寄っていた。 開いたノートに書かれていく手書きの文字。 それはイベント当日の最終チェックリストだった。
(どうして、こんなに胸がざわつくんだろう)
一人前の営業として完璧にやり遂げたい気持ちと、蒼真と香澄が一緒にいる姿を見ることへの不安が交錯していた。
(仕事に集中しよう)
小さく息を吐き、ペンを置いた。 でも、心の奥では――やっぱり、あの夜の温かさを忘れることができずにいた。
(……香澄さんの笑顔、忘れられない)
あの日、廊下で見たふたりの姿。 彼女が蒼真の腕に添えた手。 彼の口から出た「婚約者です」という言葉。
「春菜さん、大丈夫ですか?」
成瀬の声に、春菜ははっと我に返った。
「あ、ごめん……ちょっと考え事してた」
「KITE社のローンチイベント、来週ですよね?最終確認とか、フォローしますよ。無理しないでくださいね」
「ありがとう。大丈夫、ちゃんとやるよ」
春菜は笑ってみせたが、その笑顔はどこか薄かった。
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午後、イベント準備の最終確認会議。 会議室のスクリーンに投影されたタイムスケジュールの前に、蒼真が立っていた。
「当日の流れは、春菜さんの企画書通りに進めます。基調講演、パネルディスカッション、そして交流会。準備は順調です」
(目を合わせないで……)
春菜は資料に視線を落とし、ただ淡々と議事録を取り続けた。
蒼真もまた、春菜を意識しているのが伝わってきた。 言葉の端々に迷いが滲み、目線もどこか泳いでいる。
「春菜さん、当日は運営スタッフとしてご参加いただけますね?」
KITE社の担当者から確認され、春菜は顔を上げた。
「はい。責任を持って最後まで対応させていただきます」
その時、蒼真の視線が一瞬だけ春菜に向けられた。何かを言いたげな表情だったが、すぐに資料に戻してしまう。
会議終了後、ふたりは同じ廊下を歩くことになった。 数歩後ろを歩いていた蒼真が、ふと立ち止まり、声をかける。
「春菜さん……この前は、驚かせてしまって、すみませんでした」
その声には、迷いと後悔が滲んでいた。
春菜は一瞬、立ち止まる。だが、振り返らない。
「……大丈夫です。私のほうこそ、変に気にしてしまって」
「当日は……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
それだけ言うと、春菜はそのまま歩き出した。
背後に残った沈黙が、何よりも重たく感じられた。
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その夜、春菜はひとりカフェに立ち寄っていた。 開いたノートに書かれていく手書きの文字。 それはイベント当日の最終チェックリストだった。
(どうして、こんなに胸がざわつくんだろう)
一人前の営業として完璧にやり遂げたい気持ちと、蒼真と香澄が一緒にいる姿を見ることへの不安が交錯していた。
(仕事に集中しよう)
小さく息を吐き、ペンを置いた。 でも、心の奥では――やっぱり、あの夜の温かさを忘れることができずにいた。
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