ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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⑬ 声を運ぶカエル

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それから数日、雨は降り続いた。

放課後、傘もささずに歩いて帰るすずりの足元には、水たまりがいくつもできていた。制服の裾が濡れているのも気にせず、彼女はそのひとつをじっと覗き込む。

何の変哲もない、水の鏡。けれど、ふとした瞬間、水面に小さな生き物が揺らいだ。

——カエルかもしれない。

すずりは瞬きをする。だが、そこにはただ空が映っているだけだった。

「……気のせいかな」

それでも、胸に浮かんだのは、"あの放送"だった。

「水たまりの奥にあるのは、忘れられた想いかもしれない」

あの言葉が、どこかに引っかかって離れない。



翌日も雨の名残が残る中、すずりは誰にも言わずに廃校へ向かった。放送室のドアを開けると、いつものラジオは静かに動いていた。机の上には古びた小さなカセットテープが置かれている。手書きでこう書かれていた。

『放送:2015年6月10日 未送信』

すずりは手を伸ばし、機材にセットする。カチッという再生音と共に、テープが回り始めた。

『……こんばんは。誰かが、まだこれを聴いてくれるって信じて、録ってみます』

確かに、月島悠の声だった。

『……昨日、あの子が笑った。教室の水たまりを覗き込んで、「なんか、この中に私がいるみたい」って言ったんだ』

すずりの胸が、きゅっと痛む。

『あの子は……声が、届くって信じてた。たとえ誰にも気づかれなくても、言葉を残せば、いつか誰かが見つけてくれるって』

その沈黙のあと、悠はそっと呟いた。

『だから、ここに残しておく。もし、誰かがこの放送室を見つけてくれるなら……。そのときは、教えてあげてほしいんだ』

『雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所だって』

『そして、忘れられた想いは、いつか誰かの声に変わるんだって』

——その瞬間、すずりは、この言葉が誰か特別な人に向けられたものであることを理解した。

きっと、その人はもういないのかもしれない。もしかしたら、今のみどり先生のことなのかもしれない。

でも、その想いがここに残されて、今、自分が聞いている。 不思議な気持ちが胸に広がった。



その日、すずりはいつもより遅くまで放送室にいた。

テープを聞き終え、ぼんやりと机に頬をつける。カセットが回り終わったあとも、放送室には悠の声の余韻が残っているようだった。

——雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所。

胸の奥が少しだけ、ちくりと痛む。

あの放送に込められた想いがまっすぐで優しかったから。悠が話していた"あの子"は、笑ったり、水たまりを覗き込んだり、何気ない仕草までも覚えられていた。そして、その想いを、悠はこうしてカセットに残したのだ。

——私も、そんなふうに想われてみたかった。

ふいに、そんな感情がこぼれ落ちた。

その人の笑顔や言葉が、悠の中に強く残っていて。どうしようもなく羨ましくて、切なかった。

そして同時に、別の気持ちも芽生えていた。

——この言葉、すごくきれい。

「雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所」 「忘れられた想いは、いつか誰かの声に変わる」

胸に響く、まっすぐな言葉たち。こんな風に想いを表現できたら、きっと誰かの心に届くはず。

でも、これは月島さんの言葉。個人的な想いを込めて録音したもの。

(……使ったら、どう思うだろう)



翌日の部活。

「すずり、ナレーション部分、もう少し感情を込めて」

みどり先生の言葉に、すずりは何度も読み直す。しかし、どうしても「これだ」という感覚がつかめない。

「……私の言葉じゃ、届かないのかな」

つばさやさちの原稿は生き生きしているのに、自分のパートだけが薄っぺらく感じる。

「地区大会まであと3日。ナレーション、決まった?」

みどり先生の問いに、小さく首を振る。

「もう少し、時間をください」

夜、一人で原稿を書き直す。部活から帰宅し、部屋にこもる。だが、あの言葉が頭から離れない。

「雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所」

(……この言葉なら、絶対に届く) (でも、これは月島さんの言葉……)

葛藤しながらも、すずりはそっと原稿用紙に書き写した。

「……ごめんなさい、月島さん」

小さな声で呟く。勝手に使ってしまうことへの罪悪感はあったけれど、胸の奥にはもうひとつの気持ちが芽生えていた。

——この言葉、誰にも聞かれずに終わらせるのはもったいない。みんなに届けたい。

そう思った瞬間、少しだけ誇らしい気持ちも湧き上がった。言葉には、人の心に届く力がある。誰かに伝えられるかもしれない、その可能性を、すずりは心から信じた。
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