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⑬ 声を運ぶカエル
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それから数日、雨は降り続いた。
放課後、傘もささずに歩いて帰るすずりの足元には、水たまりがいくつもできていた。制服の裾が濡れているのも気にせず、彼女はそのひとつをじっと覗き込む。
何の変哲もない、水の鏡。けれど、ふとした瞬間、水面に小さな生き物が揺らいだ。
——カエルかもしれない。
すずりは瞬きをする。だが、そこにはただ空が映っているだけだった。
「……気のせいかな」
それでも、胸に浮かんだのは、"あの放送"だった。
「水たまりの奥にあるのは、忘れられた想いかもしれない」
あの言葉が、どこかに引っかかって離れない。
*
翌日も雨の名残が残る中、すずりは誰にも言わずに廃校へ向かった。放送室のドアを開けると、いつものラジオは静かに動いていた。机の上には古びた小さなカセットテープが置かれている。手書きでこう書かれていた。
『放送:2015年6月10日 未送信』
すずりは手を伸ばし、機材にセットする。カチッという再生音と共に、テープが回り始めた。
『……こんばんは。誰かが、まだこれを聴いてくれるって信じて、録ってみます』
確かに、月島悠の声だった。
『……昨日、あの子が笑った。教室の水たまりを覗き込んで、「なんか、この中に私がいるみたい」って言ったんだ』
すずりの胸が、きゅっと痛む。
『あの子は……声が、届くって信じてた。たとえ誰にも気づかれなくても、言葉を残せば、いつか誰かが見つけてくれるって』
その沈黙のあと、悠はそっと呟いた。
『だから、ここに残しておく。もし、誰かがこの放送室を見つけてくれるなら……。そのときは、教えてあげてほしいんだ』
『雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所だって』
『そして、忘れられた想いは、いつか誰かの声に変わるんだって』
——その瞬間、すずりは、この言葉が誰か特別な人に向けられたものであることを理解した。
きっと、その人はもういないのかもしれない。もしかしたら、今のみどり先生のことなのかもしれない。
でも、その想いがここに残されて、今、自分が聞いている。 不思議な気持ちが胸に広がった。
*
その日、すずりはいつもより遅くまで放送室にいた。
テープを聞き終え、ぼんやりと机に頬をつける。カセットが回り終わったあとも、放送室には悠の声の余韻が残っているようだった。
——雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所。
胸の奥が少しだけ、ちくりと痛む。
あの放送に込められた想いがまっすぐで優しかったから。悠が話していた"あの子"は、笑ったり、水たまりを覗き込んだり、何気ない仕草までも覚えられていた。そして、その想いを、悠はこうしてカセットに残したのだ。
——私も、そんなふうに想われてみたかった。
ふいに、そんな感情がこぼれ落ちた。
その人の笑顔や言葉が、悠の中に強く残っていて。どうしようもなく羨ましくて、切なかった。
そして同時に、別の気持ちも芽生えていた。
——この言葉、すごくきれい。
「雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所」 「忘れられた想いは、いつか誰かの声に変わる」
胸に響く、まっすぐな言葉たち。こんな風に想いを表現できたら、きっと誰かの心に届くはず。
でも、これは月島さんの言葉。個人的な想いを込めて録音したもの。
(……使ったら、どう思うだろう)
*
翌日の部活。
「すずり、ナレーション部分、もう少し感情を込めて」
みどり先生の言葉に、すずりは何度も読み直す。しかし、どうしても「これだ」という感覚がつかめない。
「……私の言葉じゃ、届かないのかな」
つばさやさちの原稿は生き生きしているのに、自分のパートだけが薄っぺらく感じる。
「地区大会まであと3日。ナレーション、決まった?」
みどり先生の問いに、小さく首を振る。
「もう少し、時間をください」
夜、一人で原稿を書き直す。部活から帰宅し、部屋にこもる。だが、あの言葉が頭から離れない。
「雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所」
(……この言葉なら、絶対に届く) (でも、これは月島さんの言葉……)
葛藤しながらも、すずりはそっと原稿用紙に書き写した。
「……ごめんなさい、月島さん」
小さな声で呟く。勝手に使ってしまうことへの罪悪感はあったけれど、胸の奥にはもうひとつの気持ちが芽生えていた。
——この言葉、誰にも聞かれずに終わらせるのはもったいない。みんなに届けたい。
そう思った瞬間、少しだけ誇らしい気持ちも湧き上がった。言葉には、人の心に届く力がある。誰かに伝えられるかもしれない、その可能性を、すずりは心から信じた。
放課後、傘もささずに歩いて帰るすずりの足元には、水たまりがいくつもできていた。制服の裾が濡れているのも気にせず、彼女はそのひとつをじっと覗き込む。
何の変哲もない、水の鏡。けれど、ふとした瞬間、水面に小さな生き物が揺らいだ。
——カエルかもしれない。
すずりは瞬きをする。だが、そこにはただ空が映っているだけだった。
「……気のせいかな」
それでも、胸に浮かんだのは、"あの放送"だった。
「水たまりの奥にあるのは、忘れられた想いかもしれない」
あの言葉が、どこかに引っかかって離れない。
*
翌日も雨の名残が残る中、すずりは誰にも言わずに廃校へ向かった。放送室のドアを開けると、いつものラジオは静かに動いていた。机の上には古びた小さなカセットテープが置かれている。手書きでこう書かれていた。
『放送:2015年6月10日 未送信』
すずりは手を伸ばし、機材にセットする。カチッという再生音と共に、テープが回り始めた。
『……こんばんは。誰かが、まだこれを聴いてくれるって信じて、録ってみます』
確かに、月島悠の声だった。
『……昨日、あの子が笑った。教室の水たまりを覗き込んで、「なんか、この中に私がいるみたい」って言ったんだ』
すずりの胸が、きゅっと痛む。
『あの子は……声が、届くって信じてた。たとえ誰にも気づかれなくても、言葉を残せば、いつか誰かが見つけてくれるって』
その沈黙のあと、悠はそっと呟いた。
『だから、ここに残しておく。もし、誰かがこの放送室を見つけてくれるなら……。そのときは、教えてあげてほしいんだ』
『雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所だって』
『そして、忘れられた想いは、いつか誰かの声に変わるんだって』
——その瞬間、すずりは、この言葉が誰か特別な人に向けられたものであることを理解した。
きっと、その人はもういないのかもしれない。もしかしたら、今のみどり先生のことなのかもしれない。
でも、その想いがここに残されて、今、自分が聞いている。 不思議な気持ちが胸に広がった。
*
その日、すずりはいつもより遅くまで放送室にいた。
テープを聞き終え、ぼんやりと机に頬をつける。カセットが回り終わったあとも、放送室には悠の声の余韻が残っているようだった。
——雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所。
胸の奥が少しだけ、ちくりと痛む。
あの放送に込められた想いがまっすぐで優しかったから。悠が話していた"あの子"は、笑ったり、水たまりを覗き込んだり、何気ない仕草までも覚えられていた。そして、その想いを、悠はこうしてカセットに残したのだ。
——私も、そんなふうに想われてみたかった。
ふいに、そんな感情がこぼれ落ちた。
その人の笑顔や言葉が、悠の中に強く残っていて。どうしようもなく羨ましくて、切なかった。
そして同時に、別の気持ちも芽生えていた。
——この言葉、すごくきれい。
「雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所」 「忘れられた想いは、いつか誰かの声に変わる」
胸に響く、まっすぐな言葉たち。こんな風に想いを表現できたら、きっと誰かの心に届くはず。
でも、これは月島さんの言葉。個人的な想いを込めて録音したもの。
(……使ったら、どう思うだろう)
*
翌日の部活。
「すずり、ナレーション部分、もう少し感情を込めて」
みどり先生の言葉に、すずりは何度も読み直す。しかし、どうしても「これだ」という感覚がつかめない。
「……私の言葉じゃ、届かないのかな」
つばさやさちの原稿は生き生きしているのに、自分のパートだけが薄っぺらく感じる。
「地区大会まであと3日。ナレーション、決まった?」
みどり先生の問いに、小さく首を振る。
「もう少し、時間をください」
夜、一人で原稿を書き直す。部活から帰宅し、部屋にこもる。だが、あの言葉が頭から離れない。
「雨の日の水たまりは、想いが落ちる場所」
(……この言葉なら、絶対に届く) (でも、これは月島さんの言葉……)
葛藤しながらも、すずりはそっと原稿用紙に書き写した。
「……ごめんなさい、月島さん」
小さな声で呟く。勝手に使ってしまうことへの罪悪感はあったけれど、胸の奥にはもうひとつの気持ちが芽生えていた。
——この言葉、誰にも聞かれずに終わらせるのはもったいない。みんなに届けたい。
そう思った瞬間、少しだけ誇らしい気持ちも湧き上がった。言葉には、人の心に届く力がある。誰かに伝えられるかもしれない、その可能性を、すずりは心から信じた。
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