ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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⑭ 声を届ける日

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ラジオ杯全国高校放送コンテスト地区予選。
薄曇りの空の下、県立文化会館の入り口には、各校の放送部員たちが緊張と期待を胸に集まっていた。

「うわー、すごい人!」つばさが目を輝かせながら会場を見回す。

「他の学校の子たち、みんなプロみたいに見える...」さちが少し不安そうに呟く。

すずりは制服の胸元を押さえ、深呼吸した。
「みんな……ごめんね。わがまま言って」

「大丈夫、大丈夫。急に言われた時は驚いたけど、間に合ったし、私たちもあの言葉、すごく気に入ったから!それに、みんなで頑張ってきたし」

春から放送部に加わった一年生の梨々花と陸も、今日は記録係と音響サポートとして同行していた。

「すずり先輩、緊張してますか?」梨々花が心配そうにのぞき込む。

「してないわけじゃないけど……でも、楽しみにしてたから」

すずりは笑って言う。陸が機材を確認しながら頷いた。

「先輩たちの声、ちゃんと録音して残しますから」

彼女たちの演目は、ラジオドラマ形式の朗読とナレーションで構成された短編作品。
タイトルは——『水たまりに映る空』。
すずりが台本の原案を考え、つばさとさちと一緒に練り上げた3人の物語だった。



講堂内、すずりたちの出番の少し前。
観客席の後方に、ひときわ目立たない黒いキャップをかぶった男が座っていた。

それは月島悠だった。

普段はブースの中で声を届ける側の自分が、今日は「聴く側」としてここにいる。

——この声が、どこまで届くか。



ステージ上。
照明が落ちて、マイクのランプが赤く点灯する。

つばさが明るい声で物語の導入を始める。

「ある雨の日のこと——」

続いて、さちの優しいナレーションが物語の世界を作り上げていく。

そして、すずりの声が、静かに講堂に流れはじめた。

「あの日、私はひとりだった。雨の日の水たまりに、ひとりぼっちの空を映していた」

言葉が、空気を震わせる。

3人の声が重なり合い、物語が進んでいく。
そして、クライマックス。すずりのナレーションが響く。

「もし、誰かがこの声を聴いてくれるなら——
私の心も、いつかあなたに届くと信じて」

「……水たまりの奥にあるのは、忘れられた想い——」

客席にいた月島は、その言葉にふと眉をひそめた。
(あれ……この言い回し、どこかで……?)

言葉の響きがどこか懐かしい。
心の中で少し戸惑いながら、悠は思い出そうとする——数年前、自分が残した未送信のカセットテープの言葉に似ていることを。

「……まさか」

自分以外、知らないはずの言葉。
唯一、それを知っている可能性があるとしたら——

講堂に沈黙が落ち、やがて大きな拍手が響いた。



舞台袖で、3人は息を切らしながらも笑顔を見せていた。

「やったね!」つばさが小声で言う。

「緊張したけど、うまくいった気がする」さちもほっとした表情だ。

すずりは、まだ心臓の鐘が鳴っているのを感じていた。だが、同時に大きな達成感もあった。

梨々花と陸が駆け寄ってくる。

「先輩たち、すごかったです!」

「お疲れさまでした!」



大会が終わり、結果発表が始まる中、悠はみどりのもとへ歩いていった。

「みどり……さっきの朗読、すごくよかった。でも、あの中のフレーズ……『水たまりの奥にあるのは、忘れられた想い』って、誰が書いたんだろう?」

「ああ、それはすずりちゃんが書いたのよ。彼女の感性って、本当に豊かなの」

みどりは微笑みながら言葉を継いだ。

「ずっと『自分の声が誰かに届いてほしい』って言ってたから、きっとその想いが表現になったのね」

悠は小さく息を飲み、ふと目を伏せた。

「……そうなんだ」

その声の揺れに、みどりが小さく眉を寄せる。

「どうかした?」

「……いや、大丈夫。ただ、ちょっと……懐かしい表現だったからさ」

「懐かしい?」

「うん、なんとなくね。昔、自分も似たような言葉を使った気がして……」

みどりは、少し不思議そうに彼を見つめたが、それ以上は何も聞かなかった。

悠は静かに、講堂の方へ視線を戻した。



その日の夕方。
表彰式の会場で、すずりたち放送部は「地区審査員特別賞」を受賞した。

控えめな拍手の中、それでも誇らしげに盾を受け取り、賞状を手にする3人。梨々花と陸も、先輩たちの成功を自分のことのように喜んでいる。

そこに、ふいに見慣れた姿が現れた。

「よくやったね」

その声に、すずりは目を丸くする。

「えっ……!? 月島さん、どうしてここに……」

「君たちの頑張りを聞いてたら、来ないわけにいかないでしょ」

少し照れたように笑いながら、月島は肩をすくめる。

つばさが興奮して声を上げる。

「月島さんが見に来てくれてたんですか!?」

「本物だ...」さちも感激している。

すずりは申し訳なさそうに口を開こうとした。

「……月島さん、あの……ごめ——」

悠はそっと人差し指を口元にあてて、優しく微笑む。

「今日は、君たちの『声』に拍手を送る日なんだよ」

それは、責めるでも許すでもない。
ただ純粋に、彼女たちが届けた声を讃えるための言葉だった。



地区大会のあと、放送部の5人は学校に戻り、達成感に満ちた空気で放送室に集まっていた。

すずりは静かに盾を机に置き、その金属の表面や木の縁が、放課後の光にわずかに反射しているのを眺めた。

「ほんとに、夢みたい」すずりが手のひらで盾を撫でながらつぶやく。

「でも夢じゃない!」つばさとさちが声をそろえる。

梨々花と陸も嬉しそうに頷いた。

「来年は私たちも、先輩たちみたいに舞台に立ちたいです」

「その時は、よろしくお願いします」

すずりは困ったように少し笑った。そして、胸の奥に小さな痛みを感じていた。



その夜、月島はラジオブースに座り、番組のオープニングを録っていた。

「……こんばんは。今夜は、ちょっと不思議なお話から始めようと思います。
ある日、何年も前に録った『声』が、思いがけず届いていたとしたら——あなたは、どう思いますか?」

彼の声は、いつになく柔らかく、そして少し震えていた。

それは『届くはずがない』と思っていた想いが、確かに誰かに届いていた証だった。



放送室の灯りはもう落とされていた。非常灯だけが、かすかに機材の輪郭を浮かび上がらせている。

すずりは一人、録音機の前に座っていた。

机の上には、まだ余熱の残る盾。

静かにマイクのスイッチを入れて、息を吸う。

「……月島さん、ごめんなさい」

声は、小さく、震えていた。

「ほんとは、あれ……あなたの言葉なのに。私、勝手に……」

マイクの向こうに誰かがいるわけじゃない。それでも彼女は、言葉を残したかった。

「でもね……あの言葉、すごく、心に残ってたんです。だから……どうしても、届けたかった」

マイクのランプが、淡く瞬く。

「勝手だったかもしれないけど……あなたの声、ちゃんと、誰かに届いたんです」

そう言って、すずりはスイッチを切った。

夜の静寂が、すべてを包み込んでいった。
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