15 / 33
⑮ 届いてしまった声
しおりを挟む
数日の午後。悠は校門の前に向かいながら、ふと心の中でつぶやいた。
(夜の住人、最近大人しくなったな……)
警察の対応もあったのだろうか。手紙や不穏なメッセージは途絶えていた。少し安堵の気持ちが湧く一方で、完全に安心できるわけではなかった。影は消えたわけではなく、まだどこかで息を潜めているのかもしれない――そう考えると、わずかに背筋が寒くなる。
悠はそんなことを思いながら、すずりの高校に足を運んだ。
校門の前に見慣れた背中があった。
「月島さん……!」
すずりが驚いて声を上げると、月島悠はふと振り返り、少し照れたように笑った。
「お疲れさま。ちょっと、伝えたいことがあってさ。」
近くの公園のベンチに腰掛けて、二人は並んで座る。風がやさしく、新緑の葉を揺らしていた。
「先週の朗読、すごくよかった。本当に……胸にきたよ。」
「……ありがとうございます。でも、あのナレーション……」
すずりは視線を落とし、ぎゅっと制服の裾を握る。
「私、あの言葉、自分のものみたいに使っちゃった。ごめんなさい。あれ……月島さんの未送信の録音から……勝手に……」
その言葉を聞いた月島は、少しだけ目を細めて、ゆっくりと首を振った。
「勝手になんて、思ってないよ。」
「え……?」
「むしろ、ありがとう。僕の“届かない”と思ってた声を、拾ってくれて。」
すずりは、ぽかんと彼を見つめた。
「忘れられてた言葉に、もう一度意味をくれた。誰にも聞かれなかった声が、君の声に変わって、あんなにも届いていた。……僕は、それがすごく、嬉しかったんだ。」
その言葉に、すずりの瞳が潤む。
「……でも、それって、ずるいことだったかもしれない。自分の言葉として、語ってしまったから。」
「君の声で語られた時点で、それはもう、君の言葉だよ。」
月島の声は、深くてあたたかかった。
「声って、不思議だよね。誰かが話したことが、別の誰かの中で育って、別の形でまた届けられる。……ラジオも、そういう力を信じてるんだ。」
沈黙が、ふたりの間に優しく流れる。
やがて、すずりは小さく息をつき、笑った。
「……じゃあ、私、これからも声を届けていいですか?」
「もちろん。」
月島は、静かにうなずいた。
「今度は君自身の言葉で。……でも、たまには僕の言葉も、混ぜてくれていいからね。」
すずりは、ふわっと笑った。
——誰にも届かないと思っていた“声”が、確かに届いていた。
そして、届いた声はまた誰かの声となり、どこまでも続いていくのだ。
*
……その様子を、ひとりの人物が遠くから見つめていた。
公園の向こうのベンチ。
木陰に潜むその影は、ふたりの姿が見えなくなってからも、しばらく動かなかった。
手には、小さな封筒が握られていた。
表には、丁寧な文字で書かれている――
「月島悠 様へ」
*
公園から駅へと向かう道。
ふたりは静かに並んで歩き、やがて駅前で立ち止まった。
軽く会釈を交わして別れ、月島はひとり、ゆっくりと歩き出す。
(夜の住人、最近大人しくなったな……)
警察の対応もあったのだろうか。手紙や不穏なメッセージは途絶えていた。少し安堵の気持ちが湧く一方で、完全に安心できるわけではなかった。影は消えたわけではなく、まだどこかで息を潜めているのかもしれない――そう考えると、わずかに背筋が寒くなる。
悠はそんなことを思いながら、すずりの高校に足を運んだ。
校門の前に見慣れた背中があった。
「月島さん……!」
すずりが驚いて声を上げると、月島悠はふと振り返り、少し照れたように笑った。
「お疲れさま。ちょっと、伝えたいことがあってさ。」
近くの公園のベンチに腰掛けて、二人は並んで座る。風がやさしく、新緑の葉を揺らしていた。
「先週の朗読、すごくよかった。本当に……胸にきたよ。」
「……ありがとうございます。でも、あのナレーション……」
すずりは視線を落とし、ぎゅっと制服の裾を握る。
「私、あの言葉、自分のものみたいに使っちゃった。ごめんなさい。あれ……月島さんの未送信の録音から……勝手に……」
その言葉を聞いた月島は、少しだけ目を細めて、ゆっくりと首を振った。
「勝手になんて、思ってないよ。」
「え……?」
「むしろ、ありがとう。僕の“届かない”と思ってた声を、拾ってくれて。」
すずりは、ぽかんと彼を見つめた。
「忘れられてた言葉に、もう一度意味をくれた。誰にも聞かれなかった声が、君の声に変わって、あんなにも届いていた。……僕は、それがすごく、嬉しかったんだ。」
その言葉に、すずりの瞳が潤む。
「……でも、それって、ずるいことだったかもしれない。自分の言葉として、語ってしまったから。」
「君の声で語られた時点で、それはもう、君の言葉だよ。」
月島の声は、深くてあたたかかった。
「声って、不思議だよね。誰かが話したことが、別の誰かの中で育って、別の形でまた届けられる。……ラジオも、そういう力を信じてるんだ。」
沈黙が、ふたりの間に優しく流れる。
やがて、すずりは小さく息をつき、笑った。
「……じゃあ、私、これからも声を届けていいですか?」
「もちろん。」
月島は、静かにうなずいた。
「今度は君自身の言葉で。……でも、たまには僕の言葉も、混ぜてくれていいからね。」
すずりは、ふわっと笑った。
——誰にも届かないと思っていた“声”が、確かに届いていた。
そして、届いた声はまた誰かの声となり、どこまでも続いていくのだ。
*
……その様子を、ひとりの人物が遠くから見つめていた。
公園の向こうのベンチ。
木陰に潜むその影は、ふたりの姿が見えなくなってからも、しばらく動かなかった。
手には、小さな封筒が握られていた。
表には、丁寧な文字で書かれている――
「月島悠 様へ」
*
公園から駅へと向かう道。
ふたりは静かに並んで歩き、やがて駅前で立ち止まった。
軽く会釈を交わして別れ、月島はひとり、ゆっくりと歩き出す。
0
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
離縁の雨が降りやめば
碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる