ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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㉕ ふたりの沈黙、ひとつの声

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その目には、後悔というよりも、深く沈んだ痛みの色が宿っていた。

彼は静かに微笑んだ。
けれどその笑みは、どこか脆くて、
“自分を守るため”の壁のように見えた。

すずりは喉の奥がきゅっと締まる。
でも、同時にその言葉の奥に、
誰にも届かない孤独のようなものを感じていた。

(……どうして、この人は、そんなふうに自分を閉じ込めてるんだろう)

わけもなく胸が痛くなって、
逃げ出すことも、ただ頷くこともできなかった。

沈黙が長く続いたあと、
大悟がふと顔を上げた。

「……ごめん、変な話をしたね。忘れていいよ。……ただ、誰かに話したかっただけだから」

「……いいえ」
思わず声が出た。
「……忘れません」

言ってから、自分でも驚いた。
彼は少しだけ目を見開き、
そのあと、静かに微笑んだ。

「……ありがとう」

夕陽の光だけが、まだ彼の肩を照らしている。
その背中を見つめながら、すずりは思った。

(怖い。……けど、それだけじゃない)

胸の奥のどこかで、
もう一度この人と話したい、
そんな思いが微かに灯っていた。



後日。

放送室の窓から差し込む午後の光が、床を斜めに切り取っていた。
埃の粒がふわふわと舞っている。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

すずりは椅子を引き、マイクの前に座った。

大悟は、部屋の隅のテーブルに腰かけ、なにげなくラジカセの横に手を伸ばしていた。
どこか慣れた手つきでカセットをセットし、録音ボタンを軽く押す。

「録ってみるといいよ。自分の声、あとで聴くと、違って聞こえるから」

「……ありがとうございます」

それだけ言って、すずりは深呼吸をひとつ。

読みかけの原稿を膝に乗せ、目を閉じた。
静かにマイクに向かって言葉を紡ぎ始める。柔らかい声が放送室に広がっていく。

窓の外では、風に揺れる木の葉の音。遠くで鳥の声。
それ以外は、ふたりの沈黙と、すずりの朗読だけだった。

「……はい、以上です」

数分後、すずりが読み終えると、静寂が戻った。

「……すごく、よかった」

ぽつりと、大悟が言った。

「え……?」

「声が、ちゃんと届いてた。耳じゃなくて、もうちょっと奥のほうに、って感じ」

すずりは少し頬を赤らめた。
けれど、心の奥で小さく、温かい何かが灯った気がした。

「ありがとうございます……でも、自分の声、録音して聴くと、やっぱり別人みたい」

「うん、わかる。僕もそうだった」

そう言って、大悟はカセットの巻き戻しボタンを押した。
機械の小さなモーター音が、部屋にこだまする。

その動作が、どこか手慣れている。すずりは、それに気づく。

「……大悟さんって、ラジカセとか、機械に詳しいんですね」

「ん? ああ……まあ、少しだけ。触るの、好きだから」

軽くそう答えたが、その横顔には、機械に触れるのが本当に好きな人だけが持つ、
どこか懐かしいような表情があった。

(「少しだけ」ってレベルじゃないような……)

すずりはそう思ったけれど、深くは聞かないことにした。
まだ、そこまで聞ける関係じゃない。



巻き戻しが終わり、再生ボタンを押すと、自分の声が静かに放送室に流れ始めた。

どこか他人の声のようで、どこかで聞いたような懐かしさがある。

「……ほんとだ。さっきより、ちゃんと聴こえる」

「うん。声ってさ、誰かが聴いてくれるってだけで、ちょっと変わるんだと思うよ」

「……誰かが、聴いてくれる」

すずりは、ふとマイクを見つめた。

(私は、誰のために声を出したいんだろう)

以前は、「大会で勝ちたい」とか「部活だから」とか、そんな理由だった気がする。
けれど今は——目の前のマイクが、少しだけ違って見えた。

(……この声で、誰かの心を救えるようになりたい)
(まだ何も分からないけど、いつか“声で伝える”仕事がしたい)

その思いが、胸の奥で小さく鳴った。

「また、練習に来ていいですか?」

「もちろん。静かにしてるから」

「……ほんとに静かにしててくださいね」

すずりがそう言って笑うと、大悟も、くしゃりと笑った。

放送室に満ちる夕陽が、ふたりの距離をほんの少し、近づけた気がした。
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