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㉕ ふたりの沈黙、ひとつの声
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その目には、後悔というよりも、深く沈んだ痛みの色が宿っていた。
彼は静かに微笑んだ。
けれどその笑みは、どこか脆くて、
“自分を守るため”の壁のように見えた。
すずりは喉の奥がきゅっと締まる。
でも、同時にその言葉の奥に、
誰にも届かない孤独のようなものを感じていた。
(……どうして、この人は、そんなふうに自分を閉じ込めてるんだろう)
わけもなく胸が痛くなって、
逃げ出すことも、ただ頷くこともできなかった。
沈黙が長く続いたあと、
大悟がふと顔を上げた。
「……ごめん、変な話をしたね。忘れていいよ。……ただ、誰かに話したかっただけだから」
「……いいえ」
思わず声が出た。
「……忘れません」
言ってから、自分でも驚いた。
彼は少しだけ目を見開き、
そのあと、静かに微笑んだ。
「……ありがとう」
夕陽の光だけが、まだ彼の肩を照らしている。
その背中を見つめながら、すずりは思った。
(怖い。……けど、それだけじゃない)
胸の奥のどこかで、
もう一度この人と話したい、
そんな思いが微かに灯っていた。
*
後日。
放送室の窓から差し込む午後の光が、床を斜めに切り取っていた。
埃の粒がふわふわと舞っている。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
すずりは椅子を引き、マイクの前に座った。
大悟は、部屋の隅のテーブルに腰かけ、なにげなくラジカセの横に手を伸ばしていた。
どこか慣れた手つきでカセットをセットし、録音ボタンを軽く押す。
「録ってみるといいよ。自分の声、あとで聴くと、違って聞こえるから」
「……ありがとうございます」
それだけ言って、すずりは深呼吸をひとつ。
読みかけの原稿を膝に乗せ、目を閉じた。
静かにマイクに向かって言葉を紡ぎ始める。柔らかい声が放送室に広がっていく。
窓の外では、風に揺れる木の葉の音。遠くで鳥の声。
それ以外は、ふたりの沈黙と、すずりの朗読だけだった。
「……はい、以上です」
数分後、すずりが読み終えると、静寂が戻った。
「……すごく、よかった」
ぽつりと、大悟が言った。
「え……?」
「声が、ちゃんと届いてた。耳じゃなくて、もうちょっと奥のほうに、って感じ」
すずりは少し頬を赤らめた。
けれど、心の奥で小さく、温かい何かが灯った気がした。
「ありがとうございます……でも、自分の声、録音して聴くと、やっぱり別人みたい」
「うん、わかる。僕もそうだった」
そう言って、大悟はカセットの巻き戻しボタンを押した。
機械の小さなモーター音が、部屋にこだまする。
その動作が、どこか手慣れている。すずりは、それに気づく。
「……大悟さんって、ラジカセとか、機械に詳しいんですね」
「ん? ああ……まあ、少しだけ。触るの、好きだから」
軽くそう答えたが、その横顔には、機械に触れるのが本当に好きな人だけが持つ、
どこか懐かしいような表情があった。
(「少しだけ」ってレベルじゃないような……)
すずりはそう思ったけれど、深くは聞かないことにした。
まだ、そこまで聞ける関係じゃない。
*
巻き戻しが終わり、再生ボタンを押すと、自分の声が静かに放送室に流れ始めた。
どこか他人の声のようで、どこかで聞いたような懐かしさがある。
「……ほんとだ。さっきより、ちゃんと聴こえる」
「うん。声ってさ、誰かが聴いてくれるってだけで、ちょっと変わるんだと思うよ」
「……誰かが、聴いてくれる」
すずりは、ふとマイクを見つめた。
(私は、誰のために声を出したいんだろう)
以前は、「大会で勝ちたい」とか「部活だから」とか、そんな理由だった気がする。
けれど今は——目の前のマイクが、少しだけ違って見えた。
(……この声で、誰かの心を救えるようになりたい)
(まだ何も分からないけど、いつか“声で伝える”仕事がしたい)
その思いが、胸の奥で小さく鳴った。
「また、練習に来ていいですか?」
「もちろん。静かにしてるから」
「……ほんとに静かにしててくださいね」
すずりがそう言って笑うと、大悟も、くしゃりと笑った。
放送室に満ちる夕陽が、ふたりの距離をほんの少し、近づけた気がした。
彼は静かに微笑んだ。
けれどその笑みは、どこか脆くて、
“自分を守るため”の壁のように見えた。
すずりは喉の奥がきゅっと締まる。
でも、同時にその言葉の奥に、
誰にも届かない孤独のようなものを感じていた。
(……どうして、この人は、そんなふうに自分を閉じ込めてるんだろう)
わけもなく胸が痛くなって、
逃げ出すことも、ただ頷くこともできなかった。
沈黙が長く続いたあと、
大悟がふと顔を上げた。
「……ごめん、変な話をしたね。忘れていいよ。……ただ、誰かに話したかっただけだから」
「……いいえ」
思わず声が出た。
「……忘れません」
言ってから、自分でも驚いた。
彼は少しだけ目を見開き、
そのあと、静かに微笑んだ。
「……ありがとう」
夕陽の光だけが、まだ彼の肩を照らしている。
その背中を見つめながら、すずりは思った。
(怖い。……けど、それだけじゃない)
胸の奥のどこかで、
もう一度この人と話したい、
そんな思いが微かに灯っていた。
*
後日。
放送室の窓から差し込む午後の光が、床を斜めに切り取っていた。
埃の粒がふわふわと舞っている。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
すずりは椅子を引き、マイクの前に座った。
大悟は、部屋の隅のテーブルに腰かけ、なにげなくラジカセの横に手を伸ばしていた。
どこか慣れた手つきでカセットをセットし、録音ボタンを軽く押す。
「録ってみるといいよ。自分の声、あとで聴くと、違って聞こえるから」
「……ありがとうございます」
それだけ言って、すずりは深呼吸をひとつ。
読みかけの原稿を膝に乗せ、目を閉じた。
静かにマイクに向かって言葉を紡ぎ始める。柔らかい声が放送室に広がっていく。
窓の外では、風に揺れる木の葉の音。遠くで鳥の声。
それ以外は、ふたりの沈黙と、すずりの朗読だけだった。
「……はい、以上です」
数分後、すずりが読み終えると、静寂が戻った。
「……すごく、よかった」
ぽつりと、大悟が言った。
「え……?」
「声が、ちゃんと届いてた。耳じゃなくて、もうちょっと奥のほうに、って感じ」
すずりは少し頬を赤らめた。
けれど、心の奥で小さく、温かい何かが灯った気がした。
「ありがとうございます……でも、自分の声、録音して聴くと、やっぱり別人みたい」
「うん、わかる。僕もそうだった」
そう言って、大悟はカセットの巻き戻しボタンを押した。
機械の小さなモーター音が、部屋にこだまする。
その動作が、どこか手慣れている。すずりは、それに気づく。
「……大悟さんって、ラジカセとか、機械に詳しいんですね」
「ん? ああ……まあ、少しだけ。触るの、好きだから」
軽くそう答えたが、その横顔には、機械に触れるのが本当に好きな人だけが持つ、
どこか懐かしいような表情があった。
(「少しだけ」ってレベルじゃないような……)
すずりはそう思ったけれど、深くは聞かないことにした。
まだ、そこまで聞ける関係じゃない。
*
巻き戻しが終わり、再生ボタンを押すと、自分の声が静かに放送室に流れ始めた。
どこか他人の声のようで、どこかで聞いたような懐かしさがある。
「……ほんとだ。さっきより、ちゃんと聴こえる」
「うん。声ってさ、誰かが聴いてくれるってだけで、ちょっと変わるんだと思うよ」
「……誰かが、聴いてくれる」
すずりは、ふとマイクを見つめた。
(私は、誰のために声を出したいんだろう)
以前は、「大会で勝ちたい」とか「部活だから」とか、そんな理由だった気がする。
けれど今は——目の前のマイクが、少しだけ違って見えた。
(……この声で、誰かの心を救えるようになりたい)
(まだ何も分からないけど、いつか“声で伝える”仕事がしたい)
その思いが、胸の奥で小さく鳴った。
「また、練習に来ていいですか?」
「もちろん。静かにしてるから」
「……ほんとに静かにしててくださいね」
すずりがそう言って笑うと、大悟も、くしゃりと笑った。
放送室に満ちる夕陽が、ふたりの距離をほんの少し、近づけた気がした。
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