ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

文字の大きさ
26 / 33

㉖ 届く声

しおりを挟む
廃校の放送室。
雨が降っているわけでもないのに、窓ガラスの向こうは、どこかにじんで見えた。

「じゃあ、今日も、お願いします」

すずりはマイクの前に立ち、深呼吸を一つ。目の前にいる大悟は、スピーカーの調整をしながら頷いた。

「緊張しなくていい。昨日より少し、声が前に出せればいいから」

「はい」

すずりはいつもより、ほんの少しだけ大きな声で語り始めた。

言葉を繋ぐ。息継ぎを意識する。
目の前の空気に、意味を流し込むように。

「……と、そこまで」

読了と同時に、すずりは息を吐いた。
大悟が静かに拍手を送る。

「音の輪郭が、はっきりしてきた。昨日よりずっと、届く声になってる」

「……ありがとうございます」

「うん」

彼は、マイクの電源を落とし、カセットデッキのレバーをゆっくりと巻き戻す。

「すごく手慣れてますね……。前にも、こういうことをしてたんですか?」

ふと、すずりが尋ねた。
大悟は少しだけ視線を逸らし、ゆっくりとテープを巻く手を止める。

「うん、まあ……そんな感じかな」

「そうなんですね」

大悟は机の上のカセットテープを指先で転がしながら、小さく息を吐いた。

「……あの夜、ラジオから流れてきたのは、あの人の声だった。ずっと憧れてた声で、でも、ただ“聴くこと”しかできなかった。でも、その声に救われた気がしたんだ」

すずりは静かに頷いた。その言葉が、まるで自分の過去をなぞるように胸に沁みる。

「……私も、です」
少し間を置き、彼女は続けた。
「月島さんの放送、最初はただの偶然で聴いたんです。
でも、あの声が夜のざわめきみたいに心に届いて……
気づいたら、“また聴きたい”って思ってました」

大悟は少し目を細め、窓の外を見やりながら呟く。
「……そうかもしれない」

すずりはそっと笑みを浮かべた。
「今は、もう“聴くだけ”じゃないですよね。きっと、伝えたいことを届けられるようになるんじゃないかな」

大悟は少し目を見開き、照れくさそうに笑った。
「……そうかな。そうだといいな」

風がカーテンを揺らし、テープが小さく光を跳ね返す。
“誰かの声に救われた人間”が、今度は“誰かに寄り添う存在”になる——
そんな瞬間が、確かにそこにあった。



放送室を出ると、風の匂いが変わっていた。
廃校の廊下を歩きながら、外の空を見上げると、細かい雨粒が降り始めていた。

雨に濡れた校庭を抜け、彼は傘もささずに家路を歩く。
心の奥で、あの声に支えられた感覚が、まだ温かく残っていた。

そして今。
自分の声で、誰かを救おうとする少女がいる。

彼は小さく呟いた。

「……僕も、変われるかな」

窓の外。雨は、少し強くなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...