ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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㉛ 冬の声と、ひとりじゃない夜

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冬の夜空に、ゆっくりと雪が舞っていた。 街のあちこちにきらめくイルミネーションが灯り、ラジオからは軽快なクリスマスソングが流れてくる。

すずりは、駅前のケーキ屋の袋を両手に提げて歩いていた。 向かう先は、みどり先生の家。 今夜は、さち、つばさ、梨々花、陸、そして月島悠を交えての小さなクリスマスパーティーがあるのだ。

先に到着していた悠は、玄関先で靴を脱ぐとき、ふと視線を落とした。
傘立ての中――そこに、赤い傘と四葉のストラップが見えた。

悠はその場に立ち尽くし、静かに息を吐く。
――ラジオで読んだ“あの便り”が、胸の奥で重なっていく。
そして、忘れていた記憶が、鮮やかによみがえった。

高校入学してすぐの春、突然の雨。
傘もなく濡れて帰ろうとしていた自分に、見知らぬ女子が声をかけた。
「一緒に入っていきませんか?」
その手にあったのは、赤い傘――そして、四葉のクローバーのストラップ。
お礼を言う前に別れてしまったあの日。

(……そうか。あれは、みどりだったんだ)

悠は傘立てにもう一度目をやり、胸の奥で深く息を吐いた。
――傘と「四葉のクローバー」のお便り。
記憶の二つが、ゆっくりとひとつに重なっていく。
まるで、あの少女が時を越えて、今の自分に声を届けてくれたように。

そのとき、奥からみどりが現れ、微笑んだ。

「……あのときも、四葉をつけてたね」

悠が言うと、みどりは少し目を瞬かせてから、穏やかに笑った。

「……思い出してくれたんだ。あの時は、まだ名前も知らないのに、どうしようもなく心が動いて……。でも、それって“今さら何かを望む”っていうんじゃなくて……ただ、好きだった時間が、ちゃんと私の中に生きてる、ってだけ。」

「……僕も、同じかもしれない。思い出すたびに、どこかあったかくなる。それで、十分なんだよね。」

ほんの短い会話。
けれどその瞬間、二人のあいだで共有された思い出が、静かに確かなものになる。



みどり先生の家のリビングには、手作りの飾りと温かい灯り。 テーブルの上には、料理やプレゼントが並び、笑い声が弾んでいる。

「すずりちゃん、寒かったでしょ」

「ケーキ買ってきたよ。人数分、ちゃんとあるから!」

陸が飲み物を用意し、さちとつばさはプレゼント交換の準備に盛り上がっている。

悠は静かにソファに座りながらも、みんなの話に時折頷いていた。 すずりが近づくと、ふっと微笑んで言った。

「こうして、皆が集まれるっていいね。……声を出す仕事って、こういう瞬間が力になるんだと思う」

すずりは頷いた。最近、自分の声の行方について何度も考えていた。 でも、こうして誰かと笑い合える時間があること。 それだけで、未来は少しだけ明るくなる気がしていた。

プレゼント交換が終わり、デザートの時間になったとき。

「ねえ、みんなで写真撮ろうよ!」と梨々花が言う。

部屋の中央で、皆が肩を寄せ合って並んだ。 シャッター音が鳴った瞬間。

すずりは、静かに目を閉じた。 この“いま”が、きっと未来の自分を支えてくれる――そんな確信が、胸に灯った夜だった。



それから数日、冬はさらに深くなり——気がつけば、新しい年が始まっていた。街の隅にはまだ雪が残っていた。

すずりはマフラーをきゅっと巻き直し、待ち合わせの神社の鳥居を見上げた。
大晦日の賑わいが嘘のように落ち着いた境内には、ちらほらと参拝客の姿だけ。

「すずり~!」

振り返ると、さちとつばさが赤い手袋を揃えて駆け寄ってきた。

「遅くなってごめん!」

「ううん、私も今来たとこ」

三人は並んで階段を上り、手を合わせた。
すずりは深く目を閉じ、心の中でつぶやく。

(――どうか、ちゃんと届きますように。
私の声も、夢も、未来も)

柏手の音が、澄んだ冬空に溶けていく。

「大吉っ! やった~!」
「ずるい~! 私は中吉。まあまあだね」
「……小吉。『焦らず、時を待て。思いは形になる』……だって」

「なんか、すずりっぽいね」
さちが笑い、柔らかな陽射しが三人の肩に落ちた。

屋台のあんこ餅を頬ばりながら、すずりがぽつりと言った。
「……卒業しても、こうして会えるのかな」

「会えるよ、絶対!」
「進む道は違っても、同じ空の下でがんばってるって思えば大丈夫」

「じゃあ、来年もまた一緒にお参りしよう」
「そのときは、おそろいのマフラーで!」

笑い声が、冬の境内に優しく響いた。
風鈴の音のように、その響きはしばらく空に溶けていった。



帰り道、すずりはポケットに手を入れた。
指先に触れたのは、小さなお守り。
そっと取り出すと、冬の冷えた空気の中でも、それはほんのりと温かかった。
その中には、みどり先生が“願い”をこめてくれた小さな紙片が入っている――そう聞いていた。
けれど今は、それを確かめる必要なんてない。
先生の声も、あの日の笑顔も、ちゃんと心の中にあるから。

そっと息を吐くと、白い息がかすかに揺れていた。

街には受験シーズンの空気が漂い、
冬の匂いが、少しずつ深くなっていく。



廃校への立ち入りが制限されてから、すずりは図書館や自室を拠点に、
毎日のように机に向かっていた。

そんなある晩。
夜の「よりみちラジオ」を、すずりはいつものように聴いていた。

「――続いてのお便りは、ペンネーム『四葉のクローバー』さんから。」

一瞬、手元のシャーペンが止まる。

「“夢って、ほんとうに素敵ですね。
どこかで誰かの声が、誰かの夢を叶えるきっかけになる。
……そんな奇跡を、私は見せてもらいました。”」

悠の声が、静かに夜の部屋を満たしていく。

「“いま、教室には夢に向かって歩きはじめた生徒がいます。
その背中を、私はただ静かに見守るだけです。
けれど、それでいいのだと思います。
願わくば、あの子の声が、きっと誰かに届きますように。
いつかその光が、誰かの夜道を照らしますように。”」

すずりははっとして、ラジオのボリュームを少しだけ上げた。

「――いいお便りですね。『四葉のクローバー』さん、ありがとうございます」

音の余韻が消えても、胸の奥の鼓動だけが静かに続いていた。
すずりはそっと、両手でお守りを包み込む。

(……先生の“願い”、かな)
はっきりとした確信はない。けれど、心があたたかくなる。
(わたし、ひとりじゃないんだ)

それだけで十分だった。

夜のよりみちラジオが終わると、すずりはそっと再生ボタンを押した。
聞こえてきたのは――廃校から持ち帰った、月島悠のカセットテープ。
何度も聴いた声を、今夜もまた確かめる。

その声を残しておきたくて、すずりは録音ボタンも押した。
テープは静かに回り、悠の声を丁寧に閉じ込めていく。

やがて録音が止まる。
すずりは小さく息をつき、マイクへと視線を向けた。

「……今度は、わたしの声を録ろう」

迷いのない指で、マイクのスイッチを入れる。
深く息を吸い、胸の奥からことばを解き放った。

「……いつか、あのひとの隣で、声を届けられるようになりたい」

冬の夜。
窓の外で雪は、音もなく降り続いていた。
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