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1章 神さまの嫌われもの
第1話 汝、神なし
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「おおザイナス、おまえは御柱を何処へ遣った」
頭越しのその託宣にザイナス・コレットは司祭を仰いだ。目許に掛かった前髪の向こうに、紙よりも白く血の気の引いたホーカソン司祭の顔が覘いている。
「何処へも何も」
靴下の片方くらいならザイナスも苦労はしなかった。自身の信心の在処なぞ、探し出そうにも当てがない。それを訊ねに街の教会まで足を運んだのだ。
「僕にもさっぱり」
司祭は両手で顔を覆って、ああとか、ううとか狼狽えている。普段は穏やかで気の良い司祭だ。ここまで狼狽するのも珍しい。気の毒にさえ思えるほどだ。
半面、当のザイナスは傍目に平然と映るだろう。冷静、あるいは呑気にも見えるが、掴み処がないとは良く言われる。ただ、これでも人並みには驚いていた。
あまりの司祭の慌てぶりに、驚く機会を削がれただけだ。
人は必ず神を奉じる。盗賊にさえ神はいる。例え現世の誰であれ、十二の柱のいずれかの信徒だ。ザイナス以外は皆そうなのだから、動揺しない訳がない。
ザイナス本人さえ、十七の今まで白神を奉じていると信じていた。何せ実家がその教会だ。祈りを欠かした事もなく、努めて真面目で勤勉だった。
むしろ、それしか取柄がなかった。
御柱は何処へ行ったのか。ザイナスにも、さっぱりわからない。
見立ての誤り――それもない。ホーカソン司祭は丁寧だ。むしろ、丁寧すぎるほどだ。成人の奉神は人生を決める。ことさら、適神の見立ては慎重だった。
在る筈だった白神を始め、司祭は十二柱すべての相性を確かめた。時間を掛けて、何度もだ。辛抱強いザイナスも、最後の方には途方に暮れた。流石に七巡目は止めようとしたが、幸い司祭も六巡目の途中で諦めた。
ここまでされたら確信もする。ザイナスに神はいないのだ。
動揺と落胆と諦めと――ザイナスは情動を俯瞰している。
横並びの思索はザイナスの得手だ。日の三食も同時に段取りができた。そのせいか、割り切りも人並み外れて早い。明日で世界が終わるなら、まず食材を使い切るだろう。ただ如何せん身体はひとつで、何より今は――膝が痛い。
ずっと跪いているせいだ。奉神不在は大ごとだが、そうと割り切ってしまえば別の問題。今は膝が気になって仕方がない。祭壇前の敷物は年季の通りに擦り切れていて、板敷きの固さが素通りする。冷えて痺れて感覚がない。
とはいえ、途中で立つのも司祭に悪い。ずっと、遠慮して言い出せずにいる。
いっそ、地霊術を誦じて気を紛らわせてみる。五九の印章を二巡して、また二巡して――面倒になって放り出した。痛いものは痛い。
そのぼんやりを不安と捉えたのか、不意に司祭がザイナスの顔を覗き込んだ。
「ルーカスは今まで気づかなんだのか」
司祭の額は頭との境界が曖昧だ。朝露のように浮かんだ脂汗が今にも滑り落ちそうで、これも面長と呼ぶのかな、などと惚けて考えてしまった。
「いいえ。ですが、不思議には思っていたかと」
慌てて首を振る。
モルンの里のザイナスの父、ルーカス・コレットは白神の司祭だ。自身の授けた洗礼だが、息子の厄憑きが目に余り、ついには相性を疑うに至った。
御柱の加護も疑わしいほど――ザイナスは、生まれついての厄憑きだった。
何もないところで蹴躓く。橋板を踏み抜いて川に落ちる。窯を爆ぜさせては髪を焼き、追うはずの羊に追われて一晩走る。それがザイナスの日常だ。
合祀聖堂のホーカソン司祭に奉神の見立てを勧められたのも、それが理由だ。竈掃除で教会を焼いた事に愛想を尽かしたのでなければ。
ザイナスも成人の見立てが近い。このまま祭神を推すよりも、正しい柱を見立てるべきだ。ルーカスはそう考えた。義務も責任も放棄した訳ではない。むしろ、丘の石碑に捨てられた赤子に洗礼を授け、こうして我が子として育ててくれるほどルーカスはお人好しだ。ザイナスの厄憑きが酷すぎたのだ。
ちなみに、当時のルーカスは独り身だったが、男手ひとつの子育てを口実に幼馴染に結婚を押し切られ、三年後にはめでたく妹のリズベットを儲けた。
「しかしザイナス、おまえは白神さまはおろか――」
案じて震える司祭の口許は、むしろ力なく笑っているように見えた。つられてザイナスも笑ってしまい、不敬に気づいて慌てて口許を隠した。
「適神はありませんか」
はあ、とザイナスは曖昧に応える。
「ない。ひと柱さえ、いらっしゃらない」
ザイナスも困って頭を掻いた。白神の加護は諦めていたが、ひと柱たりとも見当たらないとは。とはいえ頭の隅で、そんな予想もしてはいた。
「真面目に務めておったのに、どうしてこんな」
古釘に蹴躓いて祭壇を壊したり、火桶が爆ぜて拝堂を焦がしたりは何度かあったが、それはそれだ。今まで教会の掃除や御勤めを欠かした事はなかった。
「日課でした」
ザイナスは頷く。
「礼拝も欠かしておらんのだろう?」
逃げた山羊に踏まれたり、森で屍鬼に追い掛けられたり、間に合わないことは何度もあったが、それもそれだ。供え物で帳尻は合わせていた。
「不義理はありません」
そうでなければ、リズベットに叱られる。三つ下の妹は兄に厳しく容赦がない。
とはいえ、そうした日々の中、思えば御柱を身近に感じたことは一度もない。むしろ、その感覚が解らない。「そういうものだ」と諭されようと、正解そのものが掴めない。生まれついての盲いの者が色を教わっているようなものだ。
ホーカソン司祭は目の前でうんうんと唸る。何か変なものでも食べたのかしら。そう疑うほど唸っている。脂汗で光る額だか頭だかの曖昧な境界越しに、ザイナスはまた所在なく祭壇に眺めた。また、膝を解く機会を逸してしまった。
御柱は決して形にできず、抽象的な文様でしかない。だが飾られた十二体の聖像は、それぞれの御使いを模っている。いずれも美しい少女の造形だ。
勿論、想像の賜物だった。そも御使いの役割りは、祝福や断罪で魂を導く事だ。対面した折には大抵の人が死んでいる。生前記憶の稀な証言で、ぼんやり形が記されているだけだ。そんなものだろう、とザイナスは思う。
造形は職人の理想だろう。聖像の容姿も工房で異なる。ただ、それぞれ携えた剣やら槍やらは共通だ。それを白銀に塗る仕様も共通している。神器の形状は定められた規定で、それを満たさねば御使いとは認めて貰えない。
この教会の御使いたちは、建屋と同じく古びているものの、埃は被っていなかった。家族が聖務を補う田舎街なりに、小まめな掃除が行き届いていた。
モルンの里の教会も、掃除はザイナスの役回りだった。司祭の見立てが本当ならば、毎日欠かさず務めたそれに一体どんな意味があったのだろう。
まあ、掃除は悪いことではないが。
ホーカソン司祭は唸りながらザイナスの前を行ったり来たりし始めた。まるで餌を待つ猫のように、ぐるぐる、ぐるぐると回っている。無暗に焦る司祭とは裏腹に、ザイナスは「もう立っても良いでしょうか」の一言の機会を見計らっていた。
「どうにも、私では手に負えん」
司祭はようやく呟いてザイナスに向き直った。
「ラングステンに伺いを立てる。委細が定まるまでは此処にいなさい」
ラングステンは王都南部の第三都市だ。汽車で一日ほどの距離で、大司教直下の大聖堂がある。どうやら司祭の生真面目が高じて、大ごとになりそうだ。
「ええと、取り敢えず僕は立っても――」
「ともかく、無暗に出歩いてはならん」
司祭はふすり、と鼻息を吹いた。汗も一緒に飛び跳ねる。
「うっかり死ねば屍鬼に堕ちるぞ」
脚が痺れて死にそうなのだが。
「うっかり死ぬって、そんなことあります?」
ザイナスも流石に眉根を寄せる。口許を曲げた司祭は、かくかくと頷いた。
「おまえなら、やりかねん」
ザイナスの厄憑きは自他共に認めるところだが、思えば酷い言われようだ。心配されているのか、馬鹿にされているのかが良くわからない。
「帰るのも止めた方がよい。部屋を用意するから、それまで裏にいなさい」
不意に司祭がザイナスの手を引いた。咄嗟のことに足が縺れ、ザイナスは祭壇に突っ伏した。跪いて痺れた膝は、そんなに急には動かない。
「そらみたことか」
誰のせいですか。言葉を堪えてザイナスは這うように立ち上がる。司祭は気にした風もなく、腕を掴んで遠慮なく引いた。膝の痺れが頭まで抜け、足は高下駄でスキップしている。これは本当にうっかり死ぬかも知れない。
勿論、ホーカソン司祭の動揺も理解はできる。本当かどうかは不明だが、信心不足の疑い高きに、懲罰課すべしと騒動になった例もある。十年ほども前のことだが、今も御触れがあるという。教会の寄合いで、そんな話も耳にした。
何より、奉神不在の魂に導きはなく、導きがなければ魂の行き場もない。ホーカソン司祭の言う通り、ザイナスの行く末は屍鬼だ。生まれ変わることもなく、死んでもほとほと始末に困る討伐対象の人喰いになる。
司祭はザイナスの手を引いて、人に見られないよう早足で歩いた。本堂を裏から抜け、奥の離れまで連れて行く。痺れた足に悲鳴を上げそうになりながら、ザイナスは何とか付いて歩いた。急病人の如きだが、扱いはかなり乱暴だ。
足許を見つつ蹴躓くのを堪えていると、不意に辺りが暗く陰った。何事かと辺りを見回すうち、気づけば背中で開き戸が閉じた。どうやら納屋の中らしい。
「すまんが、暫く此処にいておくれ」
暗闇の向こうに閂の音がした。
頭越しのその託宣にザイナス・コレットは司祭を仰いだ。目許に掛かった前髪の向こうに、紙よりも白く血の気の引いたホーカソン司祭の顔が覘いている。
「何処へも何も」
靴下の片方くらいならザイナスも苦労はしなかった。自身の信心の在処なぞ、探し出そうにも当てがない。それを訊ねに街の教会まで足を運んだのだ。
「僕にもさっぱり」
司祭は両手で顔を覆って、ああとか、ううとか狼狽えている。普段は穏やかで気の良い司祭だ。ここまで狼狽するのも珍しい。気の毒にさえ思えるほどだ。
半面、当のザイナスは傍目に平然と映るだろう。冷静、あるいは呑気にも見えるが、掴み処がないとは良く言われる。ただ、これでも人並みには驚いていた。
あまりの司祭の慌てぶりに、驚く機会を削がれただけだ。
人は必ず神を奉じる。盗賊にさえ神はいる。例え現世の誰であれ、十二の柱のいずれかの信徒だ。ザイナス以外は皆そうなのだから、動揺しない訳がない。
ザイナス本人さえ、十七の今まで白神を奉じていると信じていた。何せ実家がその教会だ。祈りを欠かした事もなく、努めて真面目で勤勉だった。
むしろ、それしか取柄がなかった。
御柱は何処へ行ったのか。ザイナスにも、さっぱりわからない。
見立ての誤り――それもない。ホーカソン司祭は丁寧だ。むしろ、丁寧すぎるほどだ。成人の奉神は人生を決める。ことさら、適神の見立ては慎重だった。
在る筈だった白神を始め、司祭は十二柱すべての相性を確かめた。時間を掛けて、何度もだ。辛抱強いザイナスも、最後の方には途方に暮れた。流石に七巡目は止めようとしたが、幸い司祭も六巡目の途中で諦めた。
ここまでされたら確信もする。ザイナスに神はいないのだ。
動揺と落胆と諦めと――ザイナスは情動を俯瞰している。
横並びの思索はザイナスの得手だ。日の三食も同時に段取りができた。そのせいか、割り切りも人並み外れて早い。明日で世界が終わるなら、まず食材を使い切るだろう。ただ如何せん身体はひとつで、何より今は――膝が痛い。
ずっと跪いているせいだ。奉神不在は大ごとだが、そうと割り切ってしまえば別の問題。今は膝が気になって仕方がない。祭壇前の敷物は年季の通りに擦り切れていて、板敷きの固さが素通りする。冷えて痺れて感覚がない。
とはいえ、途中で立つのも司祭に悪い。ずっと、遠慮して言い出せずにいる。
いっそ、地霊術を誦じて気を紛らわせてみる。五九の印章を二巡して、また二巡して――面倒になって放り出した。痛いものは痛い。
そのぼんやりを不安と捉えたのか、不意に司祭がザイナスの顔を覗き込んだ。
「ルーカスは今まで気づかなんだのか」
司祭の額は頭との境界が曖昧だ。朝露のように浮かんだ脂汗が今にも滑り落ちそうで、これも面長と呼ぶのかな、などと惚けて考えてしまった。
「いいえ。ですが、不思議には思っていたかと」
慌てて首を振る。
モルンの里のザイナスの父、ルーカス・コレットは白神の司祭だ。自身の授けた洗礼だが、息子の厄憑きが目に余り、ついには相性を疑うに至った。
御柱の加護も疑わしいほど――ザイナスは、生まれついての厄憑きだった。
何もないところで蹴躓く。橋板を踏み抜いて川に落ちる。窯を爆ぜさせては髪を焼き、追うはずの羊に追われて一晩走る。それがザイナスの日常だ。
合祀聖堂のホーカソン司祭に奉神の見立てを勧められたのも、それが理由だ。竈掃除で教会を焼いた事に愛想を尽かしたのでなければ。
ザイナスも成人の見立てが近い。このまま祭神を推すよりも、正しい柱を見立てるべきだ。ルーカスはそう考えた。義務も責任も放棄した訳ではない。むしろ、丘の石碑に捨てられた赤子に洗礼を授け、こうして我が子として育ててくれるほどルーカスはお人好しだ。ザイナスの厄憑きが酷すぎたのだ。
ちなみに、当時のルーカスは独り身だったが、男手ひとつの子育てを口実に幼馴染に結婚を押し切られ、三年後にはめでたく妹のリズベットを儲けた。
「しかしザイナス、おまえは白神さまはおろか――」
案じて震える司祭の口許は、むしろ力なく笑っているように見えた。つられてザイナスも笑ってしまい、不敬に気づいて慌てて口許を隠した。
「適神はありませんか」
はあ、とザイナスは曖昧に応える。
「ない。ひと柱さえ、いらっしゃらない」
ザイナスも困って頭を掻いた。白神の加護は諦めていたが、ひと柱たりとも見当たらないとは。とはいえ頭の隅で、そんな予想もしてはいた。
「真面目に務めておったのに、どうしてこんな」
古釘に蹴躓いて祭壇を壊したり、火桶が爆ぜて拝堂を焦がしたりは何度かあったが、それはそれだ。今まで教会の掃除や御勤めを欠かした事はなかった。
「日課でした」
ザイナスは頷く。
「礼拝も欠かしておらんのだろう?」
逃げた山羊に踏まれたり、森で屍鬼に追い掛けられたり、間に合わないことは何度もあったが、それもそれだ。供え物で帳尻は合わせていた。
「不義理はありません」
そうでなければ、リズベットに叱られる。三つ下の妹は兄に厳しく容赦がない。
とはいえ、そうした日々の中、思えば御柱を身近に感じたことは一度もない。むしろ、その感覚が解らない。「そういうものだ」と諭されようと、正解そのものが掴めない。生まれついての盲いの者が色を教わっているようなものだ。
ホーカソン司祭は目の前でうんうんと唸る。何か変なものでも食べたのかしら。そう疑うほど唸っている。脂汗で光る額だか頭だかの曖昧な境界越しに、ザイナスはまた所在なく祭壇に眺めた。また、膝を解く機会を逸してしまった。
御柱は決して形にできず、抽象的な文様でしかない。だが飾られた十二体の聖像は、それぞれの御使いを模っている。いずれも美しい少女の造形だ。
勿論、想像の賜物だった。そも御使いの役割りは、祝福や断罪で魂を導く事だ。対面した折には大抵の人が死んでいる。生前記憶の稀な証言で、ぼんやり形が記されているだけだ。そんなものだろう、とザイナスは思う。
造形は職人の理想だろう。聖像の容姿も工房で異なる。ただ、それぞれ携えた剣やら槍やらは共通だ。それを白銀に塗る仕様も共通している。神器の形状は定められた規定で、それを満たさねば御使いとは認めて貰えない。
この教会の御使いたちは、建屋と同じく古びているものの、埃は被っていなかった。家族が聖務を補う田舎街なりに、小まめな掃除が行き届いていた。
モルンの里の教会も、掃除はザイナスの役回りだった。司祭の見立てが本当ならば、毎日欠かさず務めたそれに一体どんな意味があったのだろう。
まあ、掃除は悪いことではないが。
ホーカソン司祭は唸りながらザイナスの前を行ったり来たりし始めた。まるで餌を待つ猫のように、ぐるぐる、ぐるぐると回っている。無暗に焦る司祭とは裏腹に、ザイナスは「もう立っても良いでしょうか」の一言の機会を見計らっていた。
「どうにも、私では手に負えん」
司祭はようやく呟いてザイナスに向き直った。
「ラングステンに伺いを立てる。委細が定まるまでは此処にいなさい」
ラングステンは王都南部の第三都市だ。汽車で一日ほどの距離で、大司教直下の大聖堂がある。どうやら司祭の生真面目が高じて、大ごとになりそうだ。
「ええと、取り敢えず僕は立っても――」
「ともかく、無暗に出歩いてはならん」
司祭はふすり、と鼻息を吹いた。汗も一緒に飛び跳ねる。
「うっかり死ねば屍鬼に堕ちるぞ」
脚が痺れて死にそうなのだが。
「うっかり死ぬって、そんなことあります?」
ザイナスも流石に眉根を寄せる。口許を曲げた司祭は、かくかくと頷いた。
「おまえなら、やりかねん」
ザイナスの厄憑きは自他共に認めるところだが、思えば酷い言われようだ。心配されているのか、馬鹿にされているのかが良くわからない。
「帰るのも止めた方がよい。部屋を用意するから、それまで裏にいなさい」
不意に司祭がザイナスの手を引いた。咄嗟のことに足が縺れ、ザイナスは祭壇に突っ伏した。跪いて痺れた膝は、そんなに急には動かない。
「そらみたことか」
誰のせいですか。言葉を堪えてザイナスは這うように立ち上がる。司祭は気にした風もなく、腕を掴んで遠慮なく引いた。膝の痺れが頭まで抜け、足は高下駄でスキップしている。これは本当にうっかり死ぬかも知れない。
勿論、ホーカソン司祭の動揺も理解はできる。本当かどうかは不明だが、信心不足の疑い高きに、懲罰課すべしと騒動になった例もある。十年ほども前のことだが、今も御触れがあるという。教会の寄合いで、そんな話も耳にした。
何より、奉神不在の魂に導きはなく、導きがなければ魂の行き場もない。ホーカソン司祭の言う通り、ザイナスの行く末は屍鬼だ。生まれ変わることもなく、死んでもほとほと始末に困る討伐対象の人喰いになる。
司祭はザイナスの手を引いて、人に見られないよう早足で歩いた。本堂を裏から抜け、奥の離れまで連れて行く。痺れた足に悲鳴を上げそうになりながら、ザイナスは何とか付いて歩いた。急病人の如きだが、扱いはかなり乱暴だ。
足許を見つつ蹴躓くのを堪えていると、不意に辺りが暗く陰った。何事かと辺りを見回すうち、気づけば背中で開き戸が閉じた。どうやら納屋の中らしい。
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