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4章 夜天の休日
第13話 漂着
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陽射しに乾いた頬が張り、ぴりぴりとした痛みで目が覚めた。ざわざわと光が瞬いて見える。水辺に倒れているせいだ。脚の半ばは今も川面に揺れている。
陽を遮ろうと、ザイナスは腕を翳した。
袖の半分は濡れて重い。雫が頬に垂れてくる。寝ぼけた記憶を反芻し、どうにか自分が生きている事、身体が動く事、喉が渇いている事を確かめた。
呻きながら半身を起こし、ぼんやり辺りを見渡してみる。前も後ろも樹が鬱蒼として見通しが悪い。流れ着いた川筋の分だけ、細く頭上に空が開けている。
もう鉄橋は何処にも見えない。どころか、何も見通せない。恐らく入り組んだ支流のひとつだ。少なくとも、落ちた峡谷とは広さが違う。
暗闇の中、ただ息をすることに集中していた。辺りを確かめる余裕などない。何度か滝壺に落ちた気もする。濁流に揉まれながら、もしや自分の災厄とは、あっさり死ねない事ではないか、などと考えたりもした。こうして生きていることに、安堵が半分。少々、げんなりもしている。
暫く呼吸を整えて、苔生した大岩に縋りつつ川から這い出した。
岩場の岸は幅がなく、すぐ鼻先まで太い樹々が繁茂している。場所の当たりは勿論のこと、近くの人里など知りようもない。線路の場所さえわからなかった。
身震いが脚を駆け上がる。くしゃみをした。身体の半分はまだ濡れたままだ。陽はまだ高いが、甲羅干しでは乾くのに時間が掛かる。
まずは暖を取らねば。辺りを調べるのはその後だ。濡れた衣服と疲労で重い身体を引き摺って、ザイナスは手近にある枯れ枝と落ち葉を拾い集めた。
乾いた岩に火床を作り、慎重に懐を弄って小物を巻いた帯布を取り出した。思えばハルムの教会以来だ。ホーカソン司祭に閉じ込められた納屋の中でランタンに灯を入れようとして――帯布から、ぱらぱらと黒い欠片が落ちた。
ナイフと一緒に包んでいたせいで、火付け石が粉々になっていた。
厄憑きの面目躍如か。いや、これは単なる不注意だ。御使いの争いに巻き込まれたり、鉄橋から落ちて流されたりに比べれば、回避の余地は十分あった。
吐息をひとつ、ザイナスは集めた枯れ枝の前にしゃがみ込んだ。
せいぜい背中を陽に向けながら、火付け石の粉を岩に撒く。枯葉を揉んで砕きながら、案外の身軽さを思案した。切羽詰まった感がない。
思えば司祭の見立てから、こうして独りでぼんやりするのは久しぶりの事だ。
葉屑を集めつつ、積んだ枯れ枝を眺め遣る。確か教会の納屋の中では、火付け石を使おうとしてナイフで指を突いた。捨て鉢になって地霊術を試したのは――ランタンにではなく、納屋の閂だ。リズベットの迎えに間に合わないと、焦って納屋を出ようとした。もう随分と前のような気がする。
ナイフの尻で火付け石の粉を打つ。思いの他に陽射しが心地よい。
火を熾す手をぼんやり眺める。
あのときランタンに火を灯そうとして劫火を試し掛け、閂を動かそうとして動止を試みたのだったか。勿論、失敗した。いや、元より思い通りに行った試しなどない。地霊術は俗な卜占だ。納屋の閂を引き抜くどころか、小屋の下敷きになったのだから、虫喰いの方が強力だ。
不意に、陽射しが目の前を真っ白に焼いた。
思わず顔に手を翳したが、眩しさが瞼に抉入って来る。髪が焦げるほどの熱風が破裂し、ザイナスは押されて川に転がり落ちた。青黒い深みに身体が沈む。
流れは強くない筈だ。川面に向かって手を伸ばしたものの、ザイナスの身体は突き飛ばされるように深みに押し遣られた。川底の砂利ごと水流に巻かれる。
大聖堂でも降ったのか。そんな衝撃に翻弄された。水の中で藻掻くうち、今度は岸に引き戻された。あっという間に辺りが濁り、視界が泥に覆われる。身体が波で転がるたびに、水面に雷光のような瞬きが垣間見えた。
ザイナスは息の続く限り川底にしがみついた。
クリスタ、あるいはあの少年に見つかったのか。もしくは、別の御使いか。無信心者が選りにも選って、俗な卜占に感けた神罰かも知れない。
いずれ白昼の落雷か、御使いの奇跡の以外には、この状況は思い至らない。
堪え切れずに顔を出した。呼吸で胸が焼けそうになる。とにかく風が酷く熱い。
ザイナスは再び川底に張りつき、川岸の大岩に這い進んだ。頭を出し、熱気に喘ぎながら息を整える。焼けた大岩に触れないように、向こう側を覗き込んだ。
何もない。焚き木の準備の跡どころか、目の前の風景が一変していた。
陽を遮ろうと、ザイナスは腕を翳した。
袖の半分は濡れて重い。雫が頬に垂れてくる。寝ぼけた記憶を反芻し、どうにか自分が生きている事、身体が動く事、喉が渇いている事を確かめた。
呻きながら半身を起こし、ぼんやり辺りを見渡してみる。前も後ろも樹が鬱蒼として見通しが悪い。流れ着いた川筋の分だけ、細く頭上に空が開けている。
もう鉄橋は何処にも見えない。どころか、何も見通せない。恐らく入り組んだ支流のひとつだ。少なくとも、落ちた峡谷とは広さが違う。
暗闇の中、ただ息をすることに集中していた。辺りを確かめる余裕などない。何度か滝壺に落ちた気もする。濁流に揉まれながら、もしや自分の災厄とは、あっさり死ねない事ではないか、などと考えたりもした。こうして生きていることに、安堵が半分。少々、げんなりもしている。
暫く呼吸を整えて、苔生した大岩に縋りつつ川から這い出した。
岩場の岸は幅がなく、すぐ鼻先まで太い樹々が繁茂している。場所の当たりは勿論のこと、近くの人里など知りようもない。線路の場所さえわからなかった。
身震いが脚を駆け上がる。くしゃみをした。身体の半分はまだ濡れたままだ。陽はまだ高いが、甲羅干しでは乾くのに時間が掛かる。
まずは暖を取らねば。辺りを調べるのはその後だ。濡れた衣服と疲労で重い身体を引き摺って、ザイナスは手近にある枯れ枝と落ち葉を拾い集めた。
乾いた岩に火床を作り、慎重に懐を弄って小物を巻いた帯布を取り出した。思えばハルムの教会以来だ。ホーカソン司祭に閉じ込められた納屋の中でランタンに灯を入れようとして――帯布から、ぱらぱらと黒い欠片が落ちた。
ナイフと一緒に包んでいたせいで、火付け石が粉々になっていた。
厄憑きの面目躍如か。いや、これは単なる不注意だ。御使いの争いに巻き込まれたり、鉄橋から落ちて流されたりに比べれば、回避の余地は十分あった。
吐息をひとつ、ザイナスは集めた枯れ枝の前にしゃがみ込んだ。
せいぜい背中を陽に向けながら、火付け石の粉を岩に撒く。枯葉を揉んで砕きながら、案外の身軽さを思案した。切羽詰まった感がない。
思えば司祭の見立てから、こうして独りでぼんやりするのは久しぶりの事だ。
葉屑を集めつつ、積んだ枯れ枝を眺め遣る。確か教会の納屋の中では、火付け石を使おうとしてナイフで指を突いた。捨て鉢になって地霊術を試したのは――ランタンにではなく、納屋の閂だ。リズベットの迎えに間に合わないと、焦って納屋を出ようとした。もう随分と前のような気がする。
ナイフの尻で火付け石の粉を打つ。思いの他に陽射しが心地よい。
火を熾す手をぼんやり眺める。
あのときランタンに火を灯そうとして劫火を試し掛け、閂を動かそうとして動止を試みたのだったか。勿論、失敗した。いや、元より思い通りに行った試しなどない。地霊術は俗な卜占だ。納屋の閂を引き抜くどころか、小屋の下敷きになったのだから、虫喰いの方が強力だ。
不意に、陽射しが目の前を真っ白に焼いた。
思わず顔に手を翳したが、眩しさが瞼に抉入って来る。髪が焦げるほどの熱風が破裂し、ザイナスは押されて川に転がり落ちた。青黒い深みに身体が沈む。
流れは強くない筈だ。川面に向かって手を伸ばしたものの、ザイナスの身体は突き飛ばされるように深みに押し遣られた。川底の砂利ごと水流に巻かれる。
大聖堂でも降ったのか。そんな衝撃に翻弄された。水の中で藻掻くうち、今度は岸に引き戻された。あっという間に辺りが濁り、視界が泥に覆われる。身体が波で転がるたびに、水面に雷光のような瞬きが垣間見えた。
ザイナスは息の続く限り川底にしがみついた。
クリスタ、あるいはあの少年に見つかったのか。もしくは、別の御使いか。無信心者が選りにも選って、俗な卜占に感けた神罰かも知れない。
いずれ白昼の落雷か、御使いの奇跡の以外には、この状況は思い至らない。
堪え切れずに顔を出した。呼吸で胸が焼けそうになる。とにかく風が酷く熱い。
ザイナスは再び川底に張りつき、川岸の大岩に這い進んだ。頭を出し、熱気に喘ぎながら息を整える。焼けた大岩に触れないように、向こう側を覗き込んだ。
何もない。焚き木の準備の跡どころか、目の前の風景が一変していた。
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