神さまの嫌われもの

marvin

文字の大きさ
24 / 65
6章 妹大戦

第24話 堕天会議:同盟締結

しおりを挟む
「それじゃあ、第一回『ザイナスに奪われた天使同盟』の会議を始めよう」
 豪奢な部屋に宣言が響く。此処はアベルの隠れ家のひとつだ。表と裏ともうひとつ、アベルは顔を持っている。その全てに於いて彼は裕福だった。
 ザイナスの隣で大卓に脚を掛けたラーズが、面白がって指笛を鳴らした。膝の上のエステルは意味もわからず手を叩いている。リズベットといえば相変わらずだ。机の上に肘を突き、責めるような半目でザイナスを睨んでいる。
「何だよ、それ」
 ザイナスが小声で抗議する。
 掛けず傍らに立つアベルは、きょとんとした目をザイナスに向けた。
「教会育ちのくせに聖典に疎いんだな、キミ。天使は使いの古い呼び名だよ。使徒なんて堅苦しく呼ぶより、華やかでキミにお似合いじゃないか」
「そうじゃない、そういう事を言ってるんじゃない」
 滔々と語るアベルに向かって、ザイナスは口を尖らせた。
 誤解は解けた――解けたには解けたが、事実は変わらない。御使いに触れ得るのはザイナスだけで、リズベットには如何わしきを疑われている。
 勿論、エステルついては覚えがない。奉神不在を承知で言うが、神に誓って在り得ない。リズベットなら言わずもがなだ。何より、自身が一番よく知っている。
 ただ、ラーズとアベルに関しては、無理やり奪った。それが負い目で居心地が悪い。リズベットの目がじっとりとザイナスを責め立てている。
 とはいえ集う御使いの四人には、賞牌マユスを刈り取る意思も資格もなかった。むしろ、ザイナスが他の御使いに奪われるのを懸念している。
 そうして、今後についてを検討すべく集まったのがこの会議だ。
 この席にいる御使いは、一応の休戦を結んでいる。人はザイナスひとりきり。微妙で複雑な立場だが、何よりアベルの命名は不名誉この上なかった。

 王国第二都市ルクスルーナは今も混乱が続いている。
 教会通りを中心に、市街の一部は完全に壊滅した。霧のような塵埃は未だ完全に吹き流れず、更地と化した街並みが白日に晒されるのは少し先だろう。
 これは二人の御使いによる天の災だ――などとは、まだ誰も思っていない。御使いが聖堂を瓦礫に変える筈がなく、この街に神罰が落ちる謂れもない。
 例え人死にがあろうとだ。むしろ、御使いに踏まれて死んだのであれば、魂の選別場ニヴルヘイムでも優遇されるだろう。より善い来世に違いない。
 教会の判断は棚上げだ。近く大聖堂から特務司教が派遣され、正式な宣言が為されるだろう。それまでは、巷の噂が「何が起きたのか」を先導する。
 人の姿の災いを追って、御使いが降臨されたのだ。そんな流言も一部には既にある。それが厄憑きのザイナスのことなら、あながち間違いでもなかった。
 いずれ、人外の災厄であることは隠しようがない。降臨したのがシンモラとスクルドと知れたなら、正当化の為にも、何らかの理由が必要になるのだろう。
 何より、教会がそれを欲していた。
 ルクスルーナは国営に重要な工業都市であり、これ以上の混乱は国家の維持にも宜しくない。何より、王都では市政派と王党派の対立が激化しており、事がどうあれ余計な火種は早々に鎮火しようと動くには違いなかった。

「まさか、この二人も堕としたなんて、ボクはザイナスを見くびっていたよ」
 議長然は最初だけ、アベルは玩具を見つけた猫の目でザイナスを見遣る。
「訂正」
 ザイナスは律儀に手を挙げた。捨て鉢なのが半分だ。
「僕には全く、身に覚えがない」
 エステルをどうこうしようなどとは夢にも思わないし、妹に手を出す筈もない。勿論、アベルとラーズに対してはザイナスも弁解の余地はない。
 だが、自衛は正当な理由だ。
「あんなことを言ってる、酷いと思わない?」
 アベルは意地の悪い笑みを浮かべてエステルとリズベットに目を遣った。いつの間にかの断罪だ。しかも、ザイナスは一方的に責められている。
「んー」
 広いテーブルを囲んでいるのに、エステルはザイナスの膝に上がり込んでいる。深い深い谷の奥底からじっと見上げるリズベットの目は、ひたすら怖い。
「一緒にお風呂に入ったから?」
 エステルが顎を上げてザイナスを見上げる。
「兄さんッ」
 リズベットが叫んで机に身を乗り出した。
「いや、いや、いや、リズベットだってそうだろう。御湿だって――」
「それ以上いったら、魂を砕くわよ」
 リズベットが唸る。白狼のガンドの方が幾分に温和だ。輪転する魂を砕くなど、御使いの口にしてよい冗談ではない。信仰が根元から崩れてしまう。
「見立てだって言ったよね。どこまでが、その――そうなんだ」
 リズベットの目に首を竦めつつ、ザイナスも困惑してアベルを振り返る。少なくともアベル、ラーズとは別物だ。聞かされた条件に合っていない。
「うーん、こればっかりはボクらの認識の問題だからね」
 アベルは無責任に苦笑した。
「穏便に言うなら、責任を取らざるを得ない状況かな。お嫁さんにするとかね」
 エステルがきょとんとアベルを見遣る。
「ザイナスのお嫁さんだが?」
 どうやら既定らしい。
「おまえも妹で手を打て、シンモラ」
 ラーズが苦笑して混ぜっ返した。
 悪戯に燥ぐアベルに対して、彼女は面白がっている。ザイナスとの関係を被所有者と捉えている上、年齢、性別、立ち位置の全て於いて優位にある余裕だ。
「間に合っています」
 リズベットが噛みついた。
「まあ、認識の問題か――」
 アベルはもう一度そう言って、意味ありげな目でリズベットを見つめた。
「本人の知らないうちに何かあったり、とか」
 アベルの迂闊な一言にリズベットが殺意の籠った目を向ける。流石に首を縮めたアベルだが、リズベットはリズベットでだらだらと変な汗をかいていた。
「とりあえず、ここにいる皆は兄さんに危害を加えないってことでいいのね?」
 ひとしきり唸ってから、リズベットはどすん、と音を立てて椅子に座り直した。
「勿論だとも。むしろ、ボクの方がザイナスに襲われかねないくらいだ」
 笑えない冗談だ、とザイナスは小さく呻いた。
「なら、ここで解散ね。兄さんは今まで通り私が護るから」
「やっぱりおまえが隠してんだな。道理で誰も見つけられなかった筈だ」
 ラーズに責められ、リズベットは口を尖らせる。
「兄さんは酷い厄憑きなの。使いなんかよりよっぽど大変なんだから」
「なら、オレの方が適任だろう」
 平然とラーズは応えた。
「もう魂刈りの資格がないんだから、関係ないでしょ」
「そうもいかん、オレはザイナスのものだからな」
 リズベットが吸い切れないほどの息を吸い込んでザイナスを睨む。
「ヒルドに何したの、兄さん」
 こっちに飛び火した。合意もなく唇を奪ったのは確かだけれども。
「うるさいの殺す?」
 エステルがきょとんとザイナスを見上げ、物騒なことを言う。
「使い同士の争いも良いね。本来、それも賞牌マユス刈りの目的だ」
「アベル」
 ザイナスに叱咤され、アベルは肩を竦めた。
「だけどスクルド、いくらキミでもひとりは無理だ。だって、少なくともヘルフとスルーズにはザイナスのことがばれているからね」
 リズベットに向かってアベルが説く。
「キミは知らないかもだけど、スルーズは王都の執政官で、ヘルフは聖堂商会の顧問だ。ザイナスの身元が知られている以上、逃げ遂せるのはまず無理だ」
 初耳だったのか、二人の正体にリズベットの血の気が引いた。
「彼を護りたいなら、他の使いを一人残らず無力化するしかない」
 アベルもまた物騒な物言いだが、実際それしかザイナスにも選択肢がない。
「幸いこっちは武闘派揃いだ、上手く立ち回れば何とかなるだろう」
 ラーズが笑った。端から戦う算段をしていた様子だ。
「――もう」
 何拍もの間を置いて、リズベットは大きく息を吐いた。
「そうなると、いちばん厄介なのは黒神アノルのシグルーンよ?」
 皆に向かってそう言った。照れ隠しのつもりか、少し拗ねたような口振りだ。
「降りた先は知ってる?」
 アベルが訊ねる。
「いいえ、黒神アノルの修道院にいる神の娘ギレンレイヴなら妥当なところだけれど、それもシーグリッド・シベリウスが生きていればの話ね」
 英雄の神と称される黒神アノルに教会には独特の修道院があり、神の娘ギレンレイヴと呼ばれる比類なき技量を誇る特務司教を育成している。
「シーグリッドか。確か十年前に失踪した神の娘ギレンレイヴだ」
 ザイナスも名を聞いたことがある。その高名な神の娘ギレンレイヴは、十九歳で消息を絶った。当時で既に天位の剣匠だったという話だ。
 そんな相手の唇を奪うなど、想像したくもなかった。
「ヒルドは?」
「おまえとシンモラだけだ。こいつとは何度かやり合ったがな」
 ラーズがエステルに手を伸ばし、その髪を掻き回した。手の動きに応えて首を振りながら、エステルはにかっと笑っている。案外に、仲が良い。
「白いわんこは食べ損ねた。ザイナスがダメって言うから」
 ラーズが息を吐く。
「ザイナスはガンドの恩人だな。仔ができたらお前の従者にやるとしよう」
 ここ一番の申し出だ。追い回されたアベルだけは、少し複雑な顔をした。
「ボクは王都にもうひとり、当てがあるけれど――あそこにはスルーズもいるし、今は情勢がはっきりするまで持った方が良いかもだ」
 オルガも言っていた、血族神ブラッドのレイヴの事だろう。
「となると、まずはヘルフ?」
 知らずリズベットが積極的になっている。
「方法は気に入らないけど、ずっと逃げ回るよりまし。勿論、兄さんが出るまでもないから。降りた身体を潰してしまえば、使いは天に還るんだから」
 妹ながら物騒なことを口にした。
「よし。そうなれば、聖堂商会の本拠は北のシムリスだ。皆、異論はないかな」
 ぱん、とアベルが手を打った。
「おー」
 わかっているのかいないのか、エステルが楽し気な声を上げる。どうやら、この中で腰が引けているのは、ザイナスひとりきりのようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...