25 / 65
7章 ファラリスの奉納品
第25話 潜入
しおりを挟む
たん、とエステルが飛び降りる。車窓も客車も飽きが来た。静かな足許は一日ぶりだ。歩廊の上から昇降口を見上げ、後ろのザイナスを見上げて笑った。
シムリスの駅舎には人が溢れている。石造りの昇降場は人も多いが、それ以上に荷車が行き交っている。客車には商人、貨物車には商材が詰め込まれ、駅舎はそれらを一斉に吐き出している。見渡せば、いかにもな物流の拠点だ。
シムリスは王国の北端にある。物流を一手に握る並ぶもののない大交易都市だ。どの都市よりも小さいが、中央の昼間人口は王都に次いで多い。
イエルンシェルツの王都に対して、西のヴェスローテは第一都市、東のルクスルーナは第二都市、南のラングステンは第三都市と呼ばれているが、それは開拓の順でもある。北のシムリスは零番目。王都に次いで成り立ちが古い。
ただ、土着の集落を教化し尽くし、その上に築いた新しい都市だ。旧来のものは何もない。土地も文化も慣習も、売れるものは全て売り払ってしまった。
そうした商売が、聖堂商会の成り立ちでもある。
ちなみに、地霊術の多くもシムリスに由来する。降神歴以前の慣習の残滓だ。こうしたものの断片は、今も澱のように片隅に積もっている。日常の言葉や名称に、語感の異なるものが入り混じっているのも、そのせいだ。
国家イエルンシェルツに流通する東の木材や鉱物、工業品。西の穀物、衣料品、そのほとんどがシムリスを経由している。全てが物理的にではないにせよ、シムリスに本部を構える聖堂商会が取り引きを仲介していた。
いわば、聖堂商会は王国の物質的な基盤として教会と対を成している。その特別顧問の一人がクリスタ・リンデル、組織神の御使いだ。あの見掛けと性格からは想像もできないが、尋常ではないほどの要人でもある。
なので、ザイナスは気が重い。
御使いと人では社会の地位の感覚が違う。どれほど権力があろうとも、それは人の立ち位置に過ぎない。御使いにとっては地上の泡沫だ。ある意味、御使いの目は獣と大差がない。人は信仰を絞る血肉の袋だ。
だがザイナスは、そうもいかない。
生物の人と向き合う以前に、共同体のひとに接する。地位と権力は人の重みだ。聖堂商会の顧問ともなれば、ザイナスにとっては雲を突く巨人に等しい。むしろ、まだ御使いの方が――その身に宿した人格の方が、遥かに身近だ。
汽車の長旅で強張った身体を解しながら、ザイナスはやや身を伏せて歩いた。ラングステン以降のザイナスは、人里を遠く離れていた。ルクスルーナの滞在も短かい。なのに、皆に見つけれれた。リズベットのそれは偶然と執念だが。
人目を避ける聖霊術はアベルに施されているが、国軍、商会、そしておそらく教会もザイナスの行方を追っている。万一を思えば身も縮んだ。
勿論、御使いたちは気にしない。どれほどの人いきれも一掃すれば同じだ。
「シン――エステル、走っちゃ駄目」
エステルも気にしない。ザイナスの袖を引いて物珍し気に駅舎を走る。追い掛けるのはリズベットだ。彼女は妹としての正当な地位と、幼きものの護り手である白神の性分が鬩ぎ合った結果、エステルの世話を焼いている。
「あっち、大きいの」
エステルが柵の隙間から操車場を指して声を上げる。笠木はザイナスの腰の高さだ。幾重に並んだ車両の奥に、小山と見紛う異様な汽車がある。
「何だありゃ」
ザイナスの横から身を乗り出し、ラーズも操車場を眺め遣った。流石に彼女も街中とあって普段の武具や防具の類は頭陀袋の中だ。ただ、きつく締めた装いの反動か、呆れるほどに胸元が緩い。溢れそうになっている。
ふと、リズベットの視線に殺気を感じて、ザイナスは操車場に目を固定した。
確かにそれは、目を剥くほどだ。汽車を縦に三つ積んだほどの高さがある。鉄の建屋かと思ったほどだ。幾枚も幌を継ぎ足して、それでも覆い切れていない。
「あれもルクスルーナから来たみたいだね。胡散臭くて、キナ臭いな」
アベルが横目に見て呟く。ただ、幾分かは楽しそうだ。
王都の諍いが原因か、工業都市ルクスルーナは兵装の特需に与かっていた。こと王党派の貴族連は、見栄も交えて奇異で目を引く兵装を集めている。もしかしたら、あの非常識な代物もそのひとつなのかも知れない。
「あっちも鼻につくな」
ラーズが顎で指したのは、豪奢な飾りの特別車両だ。ただし、それ単体は美しいが、嵩高い警備の車両が前後を挟んでいる。せっかくの美観が台無しだ。
「あれは王都行きだね。頼めば乗せて貰えるかもだ」
アベルは悪戯な目を細めて見せた。
「やめてくれ」
ザイナスが釘を刺す。
聖堂商会だけでも気が重いのに、このうえ王族貴族が絡むなど御免だ。
「わかっているとも。どのみち、此処ではあまり派手には動けないしね」
本当かな。願わくばルクスルーナのような騒動だけは絶対に避けたい。そんなザイナスの表情を読み取ったのか、アベルは擽ったげに喉で笑った。
◇
「じゃあ、第二回『ザイナスに純潔を奪われた――』」
「それはもう勘弁して」
アベルを遮り、ザイナスは呻いた。名称の不名誉具合が更に酷くなっている。
皆は再び豪奢な広間で卓を囲んで座っていた。今回は座卓で距離も近い。
駅から飄々と先行くアベルが招いたのは、やはり彼の別宅のひとつだ。敵地潜入というよりも、何やら別荘巡りの様相を呈している。
「甲斐性だ、自慢していいぞ」
ザイナスの隣を陣取るラーズが、戯れに首を抱え込んだ。解放された胸元は思いの他に柔らかく、ザイナスは呼吸するのも躊躇った。
「馬鹿なこと言わないで」
リズベットが何気にラーズの腕を払う。ザイナスの襟首を引き戻した。そんな頭上の騒動には我関せず、エステルは膝の上で練り菓子を噛んでいる。
アベルの隠れ家は街の外れにある美術商の邸宅だ。弁えた従者が幾人とおり、クリスタの攻略に備えて既に情報が集められていた。至れり尽くせりだ。
情報によれば、クリスタは自宅に殆どいない。むしろ、立ち寄ることさえない。その地位も表向きは隠されていて、日中は有力商人のお付きを装っている。
どうやら、あちこちの取り引きに嘴を挟んでは、好みのものだけ摘まむといった、意地の悪い目利きをしているようだ。その点は、彼女の性格に合っている。
陽が落ちてから過ごしているのは、もっぱら広大な倉庫の一画に構えた執務室だ。どうやら、御使いは思いの外に働き者だ。思えば、オルガもそうだった。
「倉庫はそれなりに人の出入りがある。警備もいるけど、ヘルフ自身は馬鹿みたいに無防備だ。こっそり会うだけなら意外と簡単そうだね」
アベルはそう評した。
商会の顧問がそんな身軽で良いのかとも思うが、そもそも御使いに手を出せる者がどれほどいるのか。恐らく、衛兵隊の程度では相手にもならないだろう。
「面識があるのはボクだけだし、とりあえず会いに行くのはボクで決まりだね」
アベルがザイナスに目を遣って確かめる。
まずはクリスタと交渉しよう。そう提案したのはザイナスだ。
クリスタの望みは、人として飽きるまで生きる事。思い切り稼いで、思い切り贅沢をする。その為にザイナスを飼い殺したい。彼女の欲求は実に素直だ。
クリスタの妥協点は如何程か。ザイナスは、それを探りたい。こちらの提案次第では、投資の対象にもなり得るだろう。今後の御使いに対する指針にもなる。
「上手くいくと思う?」
当然、リズベットは懐疑的だ。
「上手くいかなければ、力尽くだ」
あっけらかん、とアベルは応えた。御使いの数ではこちらが上、と踏んでの事だ。ならば、交渉が楽しめるに越した事はない。彼もまた、欲求に忠実だ。
「なら、最初からそうすれば良い」
ラーズが呆れて鼻を鳴らした。彼女に言葉は胡乱だ。交渉手段の好みが違う。
「そうだねえ」
ザイナスに向けるアベルの目つきは、何処か曖昧な笑みを含んでいる。
ザイナスとしては、人知を超えたルクスルーナの二の舞は避けたい。加えて事を穏便に済ませたいのは、後にクリスタの協力を取り付けたいからだ。今後も御使いを相手にする以上、クリスタの資金と組織力は魅力的だ。
強引な方法だけでは、クリスタが味方にってくれる保証がない。
「キミって意外と慎重だよね」
生まれついての厄憑きにすれば、回避にあらゆる手立てを尽くすのは当然だ。
「無理やり資格を奪っても、協力してくれるとは限らないから。最初は穏便に」
ザイナスは皆にもそう説明した。
「オレは無理やりだったけどな」
「ボクもね」
ごめんなさい。リズベットが不機嫌になるから、そういう話は止めて欲しい。
「ザイナス、お風呂に入ろう」
口許を飴だらけにしてエステルが声を上げた。とことんエステルは自由だ。
「私が髪を洗ってあげる」
リズベットが言うと、エステルは口を尖らせた。
「ザイナスがいい」
二人がやり合うのを横目に、アベルは話を進めた。
「ザイナスは交渉の切り札だ。ボクと一緒に来て貰うよ」
段取りとしては、アベルとザイナスが先行して倉庫に潜入する。ザイナスは近くで身を潜めつつ、アベルがクリスタとの交渉に挑む。ザイナスの登場は状況に応じた交渉のひと押し、あるいは例の最終手段だ。
それらの経緯はスクルドの羽根で共有する。遠隔交信ができる御使いの権能だ。万一の場合は、クリスタの感知範囲外から三人が一気に突入する手筈だ。その時点で交渉は決裂している為、一切の遠慮は必要ない。
「兄さんを危険な目に合わせないでね」
リズベットが疑わし気にアベルを睨む。
その懸念は往々にして正しい。アベルにはそうした癖がある。いや、癖というより嗜好だろうか。彼は自由神の性質を確実に受け継いでいる。
「勿論、ヘルフだってザイナスが死んだら元も子もないのはわかってるさ。そもそも彼女、ザイナスをペットにして飼うつもりでいたし」
「天に返せよ、そんな奴」
ラーズが舌打ちに乗せて言い放った。目つきが少し物騒だ。
リズベットが同意しかけて口を噤んだ。アベルの意地の悪い笑顔が彼女に向かって、キミ人のことは言えないだろう、などと語っていたからだ。
「まあ、そうね」
リズベットは、すんと曖昧に頷いて見せた。
シムリスの駅舎には人が溢れている。石造りの昇降場は人も多いが、それ以上に荷車が行き交っている。客車には商人、貨物車には商材が詰め込まれ、駅舎はそれらを一斉に吐き出している。見渡せば、いかにもな物流の拠点だ。
シムリスは王国の北端にある。物流を一手に握る並ぶもののない大交易都市だ。どの都市よりも小さいが、中央の昼間人口は王都に次いで多い。
イエルンシェルツの王都に対して、西のヴェスローテは第一都市、東のルクスルーナは第二都市、南のラングステンは第三都市と呼ばれているが、それは開拓の順でもある。北のシムリスは零番目。王都に次いで成り立ちが古い。
ただ、土着の集落を教化し尽くし、その上に築いた新しい都市だ。旧来のものは何もない。土地も文化も慣習も、売れるものは全て売り払ってしまった。
そうした商売が、聖堂商会の成り立ちでもある。
ちなみに、地霊術の多くもシムリスに由来する。降神歴以前の慣習の残滓だ。こうしたものの断片は、今も澱のように片隅に積もっている。日常の言葉や名称に、語感の異なるものが入り混じっているのも、そのせいだ。
国家イエルンシェルツに流通する東の木材や鉱物、工業品。西の穀物、衣料品、そのほとんどがシムリスを経由している。全てが物理的にではないにせよ、シムリスに本部を構える聖堂商会が取り引きを仲介していた。
いわば、聖堂商会は王国の物質的な基盤として教会と対を成している。その特別顧問の一人がクリスタ・リンデル、組織神の御使いだ。あの見掛けと性格からは想像もできないが、尋常ではないほどの要人でもある。
なので、ザイナスは気が重い。
御使いと人では社会の地位の感覚が違う。どれほど権力があろうとも、それは人の立ち位置に過ぎない。御使いにとっては地上の泡沫だ。ある意味、御使いの目は獣と大差がない。人は信仰を絞る血肉の袋だ。
だがザイナスは、そうもいかない。
生物の人と向き合う以前に、共同体のひとに接する。地位と権力は人の重みだ。聖堂商会の顧問ともなれば、ザイナスにとっては雲を突く巨人に等しい。むしろ、まだ御使いの方が――その身に宿した人格の方が、遥かに身近だ。
汽車の長旅で強張った身体を解しながら、ザイナスはやや身を伏せて歩いた。ラングステン以降のザイナスは、人里を遠く離れていた。ルクスルーナの滞在も短かい。なのに、皆に見つけれれた。リズベットのそれは偶然と執念だが。
人目を避ける聖霊術はアベルに施されているが、国軍、商会、そしておそらく教会もザイナスの行方を追っている。万一を思えば身も縮んだ。
勿論、御使いたちは気にしない。どれほどの人いきれも一掃すれば同じだ。
「シン――エステル、走っちゃ駄目」
エステルも気にしない。ザイナスの袖を引いて物珍し気に駅舎を走る。追い掛けるのはリズベットだ。彼女は妹としての正当な地位と、幼きものの護り手である白神の性分が鬩ぎ合った結果、エステルの世話を焼いている。
「あっち、大きいの」
エステルが柵の隙間から操車場を指して声を上げる。笠木はザイナスの腰の高さだ。幾重に並んだ車両の奥に、小山と見紛う異様な汽車がある。
「何だありゃ」
ザイナスの横から身を乗り出し、ラーズも操車場を眺め遣った。流石に彼女も街中とあって普段の武具や防具の類は頭陀袋の中だ。ただ、きつく締めた装いの反動か、呆れるほどに胸元が緩い。溢れそうになっている。
ふと、リズベットの視線に殺気を感じて、ザイナスは操車場に目を固定した。
確かにそれは、目を剥くほどだ。汽車を縦に三つ積んだほどの高さがある。鉄の建屋かと思ったほどだ。幾枚も幌を継ぎ足して、それでも覆い切れていない。
「あれもルクスルーナから来たみたいだね。胡散臭くて、キナ臭いな」
アベルが横目に見て呟く。ただ、幾分かは楽しそうだ。
王都の諍いが原因か、工業都市ルクスルーナは兵装の特需に与かっていた。こと王党派の貴族連は、見栄も交えて奇異で目を引く兵装を集めている。もしかしたら、あの非常識な代物もそのひとつなのかも知れない。
「あっちも鼻につくな」
ラーズが顎で指したのは、豪奢な飾りの特別車両だ。ただし、それ単体は美しいが、嵩高い警備の車両が前後を挟んでいる。せっかくの美観が台無しだ。
「あれは王都行きだね。頼めば乗せて貰えるかもだ」
アベルは悪戯な目を細めて見せた。
「やめてくれ」
ザイナスが釘を刺す。
聖堂商会だけでも気が重いのに、このうえ王族貴族が絡むなど御免だ。
「わかっているとも。どのみち、此処ではあまり派手には動けないしね」
本当かな。願わくばルクスルーナのような騒動だけは絶対に避けたい。そんなザイナスの表情を読み取ったのか、アベルは擽ったげに喉で笑った。
◇
「じゃあ、第二回『ザイナスに純潔を奪われた――』」
「それはもう勘弁して」
アベルを遮り、ザイナスは呻いた。名称の不名誉具合が更に酷くなっている。
皆は再び豪奢な広間で卓を囲んで座っていた。今回は座卓で距離も近い。
駅から飄々と先行くアベルが招いたのは、やはり彼の別宅のひとつだ。敵地潜入というよりも、何やら別荘巡りの様相を呈している。
「甲斐性だ、自慢していいぞ」
ザイナスの隣を陣取るラーズが、戯れに首を抱え込んだ。解放された胸元は思いの他に柔らかく、ザイナスは呼吸するのも躊躇った。
「馬鹿なこと言わないで」
リズベットが何気にラーズの腕を払う。ザイナスの襟首を引き戻した。そんな頭上の騒動には我関せず、エステルは膝の上で練り菓子を噛んでいる。
アベルの隠れ家は街の外れにある美術商の邸宅だ。弁えた従者が幾人とおり、クリスタの攻略に備えて既に情報が集められていた。至れり尽くせりだ。
情報によれば、クリスタは自宅に殆どいない。むしろ、立ち寄ることさえない。その地位も表向きは隠されていて、日中は有力商人のお付きを装っている。
どうやら、あちこちの取り引きに嘴を挟んでは、好みのものだけ摘まむといった、意地の悪い目利きをしているようだ。その点は、彼女の性格に合っている。
陽が落ちてから過ごしているのは、もっぱら広大な倉庫の一画に構えた執務室だ。どうやら、御使いは思いの外に働き者だ。思えば、オルガもそうだった。
「倉庫はそれなりに人の出入りがある。警備もいるけど、ヘルフ自身は馬鹿みたいに無防備だ。こっそり会うだけなら意外と簡単そうだね」
アベルはそう評した。
商会の顧問がそんな身軽で良いのかとも思うが、そもそも御使いに手を出せる者がどれほどいるのか。恐らく、衛兵隊の程度では相手にもならないだろう。
「面識があるのはボクだけだし、とりあえず会いに行くのはボクで決まりだね」
アベルがザイナスに目を遣って確かめる。
まずはクリスタと交渉しよう。そう提案したのはザイナスだ。
クリスタの望みは、人として飽きるまで生きる事。思い切り稼いで、思い切り贅沢をする。その為にザイナスを飼い殺したい。彼女の欲求は実に素直だ。
クリスタの妥協点は如何程か。ザイナスは、それを探りたい。こちらの提案次第では、投資の対象にもなり得るだろう。今後の御使いに対する指針にもなる。
「上手くいくと思う?」
当然、リズベットは懐疑的だ。
「上手くいかなければ、力尽くだ」
あっけらかん、とアベルは応えた。御使いの数ではこちらが上、と踏んでの事だ。ならば、交渉が楽しめるに越した事はない。彼もまた、欲求に忠実だ。
「なら、最初からそうすれば良い」
ラーズが呆れて鼻を鳴らした。彼女に言葉は胡乱だ。交渉手段の好みが違う。
「そうだねえ」
ザイナスに向けるアベルの目つきは、何処か曖昧な笑みを含んでいる。
ザイナスとしては、人知を超えたルクスルーナの二の舞は避けたい。加えて事を穏便に済ませたいのは、後にクリスタの協力を取り付けたいからだ。今後も御使いを相手にする以上、クリスタの資金と組織力は魅力的だ。
強引な方法だけでは、クリスタが味方にってくれる保証がない。
「キミって意外と慎重だよね」
生まれついての厄憑きにすれば、回避にあらゆる手立てを尽くすのは当然だ。
「無理やり資格を奪っても、協力してくれるとは限らないから。最初は穏便に」
ザイナスは皆にもそう説明した。
「オレは無理やりだったけどな」
「ボクもね」
ごめんなさい。リズベットが不機嫌になるから、そういう話は止めて欲しい。
「ザイナス、お風呂に入ろう」
口許を飴だらけにしてエステルが声を上げた。とことんエステルは自由だ。
「私が髪を洗ってあげる」
リズベットが言うと、エステルは口を尖らせた。
「ザイナスがいい」
二人がやり合うのを横目に、アベルは話を進めた。
「ザイナスは交渉の切り札だ。ボクと一緒に来て貰うよ」
段取りとしては、アベルとザイナスが先行して倉庫に潜入する。ザイナスは近くで身を潜めつつ、アベルがクリスタとの交渉に挑む。ザイナスの登場は状況に応じた交渉のひと押し、あるいは例の最終手段だ。
それらの経緯はスクルドの羽根で共有する。遠隔交信ができる御使いの権能だ。万一の場合は、クリスタの感知範囲外から三人が一気に突入する手筈だ。その時点で交渉は決裂している為、一切の遠慮は必要ない。
「兄さんを危険な目に合わせないでね」
リズベットが疑わし気にアベルを睨む。
その懸念は往々にして正しい。アベルにはそうした癖がある。いや、癖というより嗜好だろうか。彼は自由神の性質を確実に受け継いでいる。
「勿論、ヘルフだってザイナスが死んだら元も子もないのはわかってるさ。そもそも彼女、ザイナスをペットにして飼うつもりでいたし」
「天に返せよ、そんな奴」
ラーズが舌打ちに乗せて言い放った。目つきが少し物騒だ。
リズベットが同意しかけて口を噤んだ。アベルの意地の悪い笑顔が彼女に向かって、キミ人のことは言えないだろう、などと語っていたからだ。
「まあ、そうね」
リズベットは、すんと曖昧に頷いて見せた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる