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14章 王墓血戦
第53話 墓所の街
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冥神《ビヨンド》は死と安寧、魂の還元を司る神だ。その一柱を祀る街、奉都スヴァールは今生と来世の境を祈る墓所でもある。
今から十二年前のことだ。
王都イエルンシェルツに属する第一奉都スヴァールで、ひとりの少女に神気が宿った。名は、カミラ・ヴォルゴード。彼女が十二の歳だった。
カミラの言葉は人々の魂を慰め、聖霊術の才は神官を凌いだ。
だが、その小さな身に余る恩寵は、やがて王墓の奥底に彷徨う声を聴くに至る。そうしてカミラが十四の歳の事、少女は白昼に失踪した。
不意に地中より湧き出した霧に呑まれ、少女は衆目の中で掻き消えた。霧に巻かれて舞う様は、まるで目に見えぬ獣に喰い齧られるかのようだったという。
以来、鼻先も霞むほどの街が霧に沈む日は、帷に少女の彷徨う姿が映る。霧に焼きついたカミラの影が、王墓を慰めるべく霧の中を渡るのだそうだ。
「――そして、これがその名産。カミラ饅頭」
抱えた包みをエステルに渡し、ザイナスは点々と墓碑の立つ丘陵を見渡した。
何しろ墓所は観光地だ。魂の巡るこの世界では、墓は記念碑に他ならない。記憶を持つ者こそ稀だが、墓碑に前世の思いを馳せるのは人の愉しみだ。
「幽霊で金が取れるなんて、組織神に宗旨替えすべきだわね」
クリスタが感心している。
「でも、手掛かりはそれくらいかな」
大聖堂の崩落より暫し、一行は王都の奉都スヴァールを訪れている。勿論、観光が目的ではない。嬉し気に饅頭を頬張る一部を除いては。
残る未明の御使いは二人。何より、スヴァールは魔女の可能性が高い。ソフィーアの記憶にある逸話を調べた結果、こうした情報に辿り着いた。
「王都に近いのは気に入らんが、それっぽくはあるな」
オルガがふん、と息を吐く。
「あからさま、ですけれど」
ソフィーアも複雑な表情で頷いた。
記憶を罠と疑いつつ、ソフィーアが魔女の手掛かりを求めた折、引っ掛かったのが、奉都スヴァールの怪談噺だ。魔女の布石とも考えられる。
奉都スヴァールは、彼女にとって砦にも等しい。ただ、余りにも安直だ。人の身に降りたとはいえ、スヴァールは魂の選別場の行き来ができる。地上の皆が容易に手を出せない場所に居を構える事もできた。
だが、そこに情報として加わったのが、ソフィーアも知らないペトロネラの聖王家の逸話だ。それによれば、王墓の地下には降神以前の都市がある。天上を拒んだ王家罪人たちが、今も魂の帰還を許されずに彷徨っているという。
真贋はどうあれ、それは御柱の目の届かない深淵を暗示していた。魂の選別場との境界を曖昧にする世界だ。
幽霊譚に沿うならば、カミラ・ヴォルゴードがスヴァールであり、魔女の憑代に違いない。だが、余りに符号が多すぎた。即ち、これは魔女の罠だ。それを知りつつ乗り込んだのは、この街が地上と地続きの決戦地と見たからだ。
「来いというなら、乗り込むまでよ」
そう言って、リズベットはひときわ小高い北側の丘を見上げた。稜線に石柱の上端が覗いている。巨石を積んだ王墓の境だ。白く固めた登坂路沿いには、王家を讃える墓碑の並びが斜面をずっと埋めている。
「貴女たちの意図は理解しました。わが君のためなら致し方ありません」
皆の否応なく加わったペトロネラは、ある意味この策の鍵でもある。王墓の石室は禁足だ。御使いも容易に開けない、聖王家の血を用いた封があるからだ。
「世継ぎはその魔女とやらを屠ってらですわ、我が君」
「それとこれとは話が別」
リズベットがペトロネラを蹴飛ばした。
「何が我が君だ、ザイナスくんを余計な面倒に巻き込んで」
「おまえは余りザイナスに近寄るな、鼻に痛い匂いが移る」
クリスタとラーズが一緒になって畳み掛ける。
「盲点だったな」
ザイナスの傍でアベルが呟いた。感心したような、面白がるような調子だ。
「ザイナスとなら世継ぎがつくれるなんて、そんなの思いもしなかった」
「そりゃあ、アンタはそうでしょうよ」
クリスタが混ぜ返した。皆は微妙に意識していたらしい。ペトロネラを後回しにしようとしたのは、そのせいだ。大聖堂の宣言以来、そわそわとした空気が漂っている。饅頭を分け合うエステルとビルギットだけが蚊帳の外だった。
「おかげで神敵で国賊だ」
ザイナスは大きく息を吐いた。
大聖堂の崩落以降、王都は壊滅的な混迷を極めている。
教会は有耶無耶のままティルダの聖騎士叙任を押し通し、大司教は王権割譲を以て聖堂議会を発足させた。勿論、宮廷議会と執政庁は死に体だ。それは、信仰のみを是とした武力支配に他ならない。
そも教会の算段は神敵を用いて人心を纏めることにあった。魂なきものも象徴に過ぎない。だが、大聖堂に現れたザイナスを王女は地上の王と呼び、聖女は御柱の敵と呼ぶ。それを目の当たりにした者は、新たな王の誕生を御使いが祝福したとも言う。結果、宮廷も教会も大きく割れた。
秩序回復を強行する一派に対し、ティルダは治安に目もくれず、聖堂騎士団、聖堂守護兵、国軍衛士を全権を握り、神敵討伐を押し通した。
下命と責任を避けた大司教メルケルは、気づけば姿を隠している。暗殺の噂もあるほどだ。ここに至り、人心は教会からも離反し始めていた。
本末転倒。ザイナスにとっては好い迷惑だ。
ペトロネラの意思に関係なく、宮廷周辺は姉姫を盾に王家簒奪を非難している。加えて神敵と宣告された以上、この国にザイナスの安寧はない。王女を攫った国賊、神敵――云わばザイナスは人も神も敵に回した魔の王だ。
「ともかく、真面目に考えよう」
これが罠なら、猶更だ。場を仕切り直そうとザイナスが声を掛ける。
「ふざけてなぞ、いませんわ」
「そうよ、兄さんは黙ってて」
ペトロネラとリズベットに噛みつかれ、ザイナスは再び大きな息を吐いた。
今から十二年前のことだ。
王都イエルンシェルツに属する第一奉都スヴァールで、ひとりの少女に神気が宿った。名は、カミラ・ヴォルゴード。彼女が十二の歳だった。
カミラの言葉は人々の魂を慰め、聖霊術の才は神官を凌いだ。
だが、その小さな身に余る恩寵は、やがて王墓の奥底に彷徨う声を聴くに至る。そうしてカミラが十四の歳の事、少女は白昼に失踪した。
不意に地中より湧き出した霧に呑まれ、少女は衆目の中で掻き消えた。霧に巻かれて舞う様は、まるで目に見えぬ獣に喰い齧られるかのようだったという。
以来、鼻先も霞むほどの街が霧に沈む日は、帷に少女の彷徨う姿が映る。霧に焼きついたカミラの影が、王墓を慰めるべく霧の中を渡るのだそうだ。
「――そして、これがその名産。カミラ饅頭」
抱えた包みをエステルに渡し、ザイナスは点々と墓碑の立つ丘陵を見渡した。
何しろ墓所は観光地だ。魂の巡るこの世界では、墓は記念碑に他ならない。記憶を持つ者こそ稀だが、墓碑に前世の思いを馳せるのは人の愉しみだ。
「幽霊で金が取れるなんて、組織神に宗旨替えすべきだわね」
クリスタが感心している。
「でも、手掛かりはそれくらいかな」
大聖堂の崩落より暫し、一行は王都の奉都スヴァールを訪れている。勿論、観光が目的ではない。嬉し気に饅頭を頬張る一部を除いては。
残る未明の御使いは二人。何より、スヴァールは魔女の可能性が高い。ソフィーアの記憶にある逸話を調べた結果、こうした情報に辿り着いた。
「王都に近いのは気に入らんが、それっぽくはあるな」
オルガがふん、と息を吐く。
「あからさま、ですけれど」
ソフィーアも複雑な表情で頷いた。
記憶を罠と疑いつつ、ソフィーアが魔女の手掛かりを求めた折、引っ掛かったのが、奉都スヴァールの怪談噺だ。魔女の布石とも考えられる。
奉都スヴァールは、彼女にとって砦にも等しい。ただ、余りにも安直だ。人の身に降りたとはいえ、スヴァールは魂の選別場の行き来ができる。地上の皆が容易に手を出せない場所に居を構える事もできた。
だが、そこに情報として加わったのが、ソフィーアも知らないペトロネラの聖王家の逸話だ。それによれば、王墓の地下には降神以前の都市がある。天上を拒んだ王家罪人たちが、今も魂の帰還を許されずに彷徨っているという。
真贋はどうあれ、それは御柱の目の届かない深淵を暗示していた。魂の選別場との境界を曖昧にする世界だ。
幽霊譚に沿うならば、カミラ・ヴォルゴードがスヴァールであり、魔女の憑代に違いない。だが、余りに符号が多すぎた。即ち、これは魔女の罠だ。それを知りつつ乗り込んだのは、この街が地上と地続きの決戦地と見たからだ。
「来いというなら、乗り込むまでよ」
そう言って、リズベットはひときわ小高い北側の丘を見上げた。稜線に石柱の上端が覗いている。巨石を積んだ王墓の境だ。白く固めた登坂路沿いには、王家を讃える墓碑の並びが斜面をずっと埋めている。
「貴女たちの意図は理解しました。わが君のためなら致し方ありません」
皆の否応なく加わったペトロネラは、ある意味この策の鍵でもある。王墓の石室は禁足だ。御使いも容易に開けない、聖王家の血を用いた封があるからだ。
「世継ぎはその魔女とやらを屠ってらですわ、我が君」
「それとこれとは話が別」
リズベットがペトロネラを蹴飛ばした。
「何が我が君だ、ザイナスくんを余計な面倒に巻き込んで」
「おまえは余りザイナスに近寄るな、鼻に痛い匂いが移る」
クリスタとラーズが一緒になって畳み掛ける。
「盲点だったな」
ザイナスの傍でアベルが呟いた。感心したような、面白がるような調子だ。
「ザイナスとなら世継ぎがつくれるなんて、そんなの思いもしなかった」
「そりゃあ、アンタはそうでしょうよ」
クリスタが混ぜ返した。皆は微妙に意識していたらしい。ペトロネラを後回しにしようとしたのは、そのせいだ。大聖堂の宣言以来、そわそわとした空気が漂っている。饅頭を分け合うエステルとビルギットだけが蚊帳の外だった。
「おかげで神敵で国賊だ」
ザイナスは大きく息を吐いた。
大聖堂の崩落以降、王都は壊滅的な混迷を極めている。
教会は有耶無耶のままティルダの聖騎士叙任を押し通し、大司教は王権割譲を以て聖堂議会を発足させた。勿論、宮廷議会と執政庁は死に体だ。それは、信仰のみを是とした武力支配に他ならない。
そも教会の算段は神敵を用いて人心を纏めることにあった。魂なきものも象徴に過ぎない。だが、大聖堂に現れたザイナスを王女は地上の王と呼び、聖女は御柱の敵と呼ぶ。それを目の当たりにした者は、新たな王の誕生を御使いが祝福したとも言う。結果、宮廷も教会も大きく割れた。
秩序回復を強行する一派に対し、ティルダは治安に目もくれず、聖堂騎士団、聖堂守護兵、国軍衛士を全権を握り、神敵討伐を押し通した。
下命と責任を避けた大司教メルケルは、気づけば姿を隠している。暗殺の噂もあるほどだ。ここに至り、人心は教会からも離反し始めていた。
本末転倒。ザイナスにとっては好い迷惑だ。
ペトロネラの意思に関係なく、宮廷周辺は姉姫を盾に王家簒奪を非難している。加えて神敵と宣告された以上、この国にザイナスの安寧はない。王女を攫った国賊、神敵――云わばザイナスは人も神も敵に回した魔の王だ。
「ともかく、真面目に考えよう」
これが罠なら、猶更だ。場を仕切り直そうとザイナスが声を掛ける。
「ふざけてなぞ、いませんわ」
「そうよ、兄さんは黙ってて」
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