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第九話
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各高校の補習や夏期講習が落ち着き始めると『SSC』での活動時間も朝からになり、夏休みということもあって制服姿が減る代わりに私服姿が増えてくる。普段制服でしか顔を合わせないのでほんの少し新鮮な気分だ。
貴影も司もあの日の夜のことには触れずにいつも通りに接してくれた。翌日に貴影が「パーティーの件は断ったから」と伝えてきただけだ。
あの時の自分の態度を彼はどう思っただろうか、と考えたのはほんの少しだけで、日が経つにつれて気にしなくなった。
いつもと変わらない姿を見ていれば、彼が特段気にしていないことがわかる。自分の存在などその程度のものだ。
司に気づかれたことは誤算だったけれど、彼はなにも言わず、なにもせずただ黙って見守ってくれた。
そういう気遣いはありがたいと思った。
三階の広い会議室には、イベント当日のみにサポートに入る社員が集まっていた。
社員の中には他のイベントとかけ持ちをしている人がいる。彼らには『青桜』のイベント当日の二日間だけ、自分たちのチームとともに動いてもらうのだ。もちろん、必要があればこちらからも手伝いに行く。現に陽司などはデジタル関連で時々他チームに呼ばれていた。
美綾は初めての経験で知らなかったけれど、イベントをこなしていくうちに司会進行や音楽や照明など各分野ごとに力を発揮する社員が出始めたらしい。中にはそういうのにひっぱりだこの人気の社員もいて、彼らを獲得できるかどうかでイベントの成否が変わってくると言われているのだと、真夏に教えてもらった。
そして今のところそういった交渉は個別で行われている。今回は貴影と司が今まで組んできたメンバーを確保してきたのだと聞いた。真夏はなぜか自信満々に『あの二人に頼まれて断れる人はいないでしょう』と言い放っていたけれど。
貴影が今回のイベントの進行状況と、二日間のイベント内容について説明する。どちらかといえば見知らぬ顔の方が多い気がする。私服姿の人もいるため余計にそう感じるのかもしれない。個性が際立ってむしろ美綾にはありがたかった。
各自が自己紹介する。司会進行の男の子、アシスタントの女の子、当日の進行は彼らにかかっていると言っても過言ではない。二人は名コンビとして有名ですでにいろんなイベントの司会を請け負っている。今日の顔合わせも厳しいかもしれないと言われていたのだ。
イベントまでのスケジュールを確認して質疑応答を終えた後、解散となった。
人が出ていく流れに逆らう形で貴影が美綾のところへ司会進行役の二人を連れてくる。
「九条、司会役の高宮陸斗と片山みなみ。二人への指示は任せていいか?」
「ええ、高宮くんよろしく。片山さんは初めまして」
「え? 九条、陸斗のこと知っているの?」
司がじゃれるようにして陸斗の肩に腕をまわす。陸斗はやや童顔で某アイドルグループのメンバーのような雰囲気をもつ。それでいて声がとてもいい。声優の誰それに似ているだの噂されている人物だ。
たわいもないきっかけで司会役が必要になり『おまえのその声でなんとかしろ』と言われて無理やりやらされたのが始まりだと聞いた。
結局彼はその魅力的な声だけでなく、臨機応変に対応できる機転もあり、なおかつどんなトラブルにも堂々とした態度で進行できるため、以降もたびたび司会役に抜擢されるようになった。
元々彼はマルチにいろいろできるタイプで、由功は陸斗をいろんな場面で起用している。陸斗本人に言わせれば『いいように使われている』とのことだ。
そしてみなみは陽司と同じ高校に通う女の子だ。真夏と同じぐらい小柄で、二人並んで親し気にしゃべる姿を見ているとまるで双子のようだ。髪を耳のところで二つに結んでいて見た目はおとなしそうで、とても進んで表に立つタイプには見えない。
「高宮くんとは……お姉さんのブランドの件で――」
「え? 美綾ちゃんもアレのモニターしたの!?」
真夏が驚いたように声をあげる。みなみも目をまんまるにしていた。
「もちろん、九条にもモニターになってもらったさ! だからうちには九条の詳細なデータがある!」
「ばかっ、高宮くん、大声で言わないで」
「そうだよ」
真夏とみなみが慌てて陸斗の口を塞いだ。幸い会議室に残っているのは自分たちだけだ。貴影と司が首をかしげているところを見ると、どうやら二人は知らないらしい。確かにあの話はあまりオープンにはなっていない。
知られて困りはしないけれど恥ずかしさはある。
高宮陸斗は大手の繊維メーカーの御曹司だ。彼の姉はその関係でランジェリーのブランドをたちあげていて、女子高校生向けのランジェリーブランドを展開したいからと陸斗経由で『SSC』に協力を求めてきたのだ。結局『モニターになってくれたら、高級レースを使ったオリジナルデザインのオーダーメイドランジェリーをプレゼントする』という餌に釣られた社員の大半の女の子たちが協力した。
美綾はなぜか里音とともに最初のモニターにさせられたのだ。自分のサイズをきちんとはかってもらえたのは良かったと思う。そういう機会でもなければ適当に選んでいただろうから。
美綾の部屋のクローゼットの引き出しには普段使いにはできそうにない、ランジェリーのセットがしまわれている。
「そうそう、最低でも半年に一回は測定に来てほしいって言っていたぞ」
陸斗の姉からはランジェリーの重要さも含め、高校生の間は体型の変化が激しいんだからサイズは定期的にきちんとはかりなさいと、確かに口を酸っぱくして言われた。
美綾は真夏とみなみと顔を合わせた。お互い忙しくて多分行けていない。
「今回のイベントが落ち着いたら里音と一緒に行くわ」
「よかったらその時は私とみなみも誘って! 美綾ちゃん」
真夏の言葉にみなみもうん、うんと頷く。美綾も「ええ」と答えた。
こういう関係はいいなと美綾は思う。『SSC』がなければ知り合うこともなかった他校の女の子たち。学校とは違う場所で、クラスメイトとは異なる関係を築くことができる。
いつか、貴影との関係もこんな風になればいい。ただの仲間として……これまでと同じように。
どうせそれも自分の気持ち次第だ。
揺らぐことなくこのプロジェクトを終えられればそれでいいと美綾は願った。
貴影も司もあの日の夜のことには触れずにいつも通りに接してくれた。翌日に貴影が「パーティーの件は断ったから」と伝えてきただけだ。
あの時の自分の態度を彼はどう思っただろうか、と考えたのはほんの少しだけで、日が経つにつれて気にしなくなった。
いつもと変わらない姿を見ていれば、彼が特段気にしていないことがわかる。自分の存在などその程度のものだ。
司に気づかれたことは誤算だったけれど、彼はなにも言わず、なにもせずただ黙って見守ってくれた。
そういう気遣いはありがたいと思った。
三階の広い会議室には、イベント当日のみにサポートに入る社員が集まっていた。
社員の中には他のイベントとかけ持ちをしている人がいる。彼らには『青桜』のイベント当日の二日間だけ、自分たちのチームとともに動いてもらうのだ。もちろん、必要があればこちらからも手伝いに行く。現に陽司などはデジタル関連で時々他チームに呼ばれていた。
美綾は初めての経験で知らなかったけれど、イベントをこなしていくうちに司会進行や音楽や照明など各分野ごとに力を発揮する社員が出始めたらしい。中にはそういうのにひっぱりだこの人気の社員もいて、彼らを獲得できるかどうかでイベントの成否が変わってくると言われているのだと、真夏に教えてもらった。
そして今のところそういった交渉は個別で行われている。今回は貴影と司が今まで組んできたメンバーを確保してきたのだと聞いた。真夏はなぜか自信満々に『あの二人に頼まれて断れる人はいないでしょう』と言い放っていたけれど。
貴影が今回のイベントの進行状況と、二日間のイベント内容について説明する。どちらかといえば見知らぬ顔の方が多い気がする。私服姿の人もいるため余計にそう感じるのかもしれない。個性が際立ってむしろ美綾にはありがたかった。
各自が自己紹介する。司会進行の男の子、アシスタントの女の子、当日の進行は彼らにかかっていると言っても過言ではない。二人は名コンビとして有名ですでにいろんなイベントの司会を請け負っている。今日の顔合わせも厳しいかもしれないと言われていたのだ。
イベントまでのスケジュールを確認して質疑応答を終えた後、解散となった。
人が出ていく流れに逆らう形で貴影が美綾のところへ司会進行役の二人を連れてくる。
「九条、司会役の高宮陸斗と片山みなみ。二人への指示は任せていいか?」
「ええ、高宮くんよろしく。片山さんは初めまして」
「え? 九条、陸斗のこと知っているの?」
司がじゃれるようにして陸斗の肩に腕をまわす。陸斗はやや童顔で某アイドルグループのメンバーのような雰囲気をもつ。それでいて声がとてもいい。声優の誰それに似ているだの噂されている人物だ。
たわいもないきっかけで司会役が必要になり『おまえのその声でなんとかしろ』と言われて無理やりやらされたのが始まりだと聞いた。
結局彼はその魅力的な声だけでなく、臨機応変に対応できる機転もあり、なおかつどんなトラブルにも堂々とした態度で進行できるため、以降もたびたび司会役に抜擢されるようになった。
元々彼はマルチにいろいろできるタイプで、由功は陸斗をいろんな場面で起用している。陸斗本人に言わせれば『いいように使われている』とのことだ。
そしてみなみは陽司と同じ高校に通う女の子だ。真夏と同じぐらい小柄で、二人並んで親し気にしゃべる姿を見ているとまるで双子のようだ。髪を耳のところで二つに結んでいて見た目はおとなしそうで、とても進んで表に立つタイプには見えない。
「高宮くんとは……お姉さんのブランドの件で――」
「え? 美綾ちゃんもアレのモニターしたの!?」
真夏が驚いたように声をあげる。みなみも目をまんまるにしていた。
「もちろん、九条にもモニターになってもらったさ! だからうちには九条の詳細なデータがある!」
「ばかっ、高宮くん、大声で言わないで」
「そうだよ」
真夏とみなみが慌てて陸斗の口を塞いだ。幸い会議室に残っているのは自分たちだけだ。貴影と司が首をかしげているところを見ると、どうやら二人は知らないらしい。確かにあの話はあまりオープンにはなっていない。
知られて困りはしないけれど恥ずかしさはある。
高宮陸斗は大手の繊維メーカーの御曹司だ。彼の姉はその関係でランジェリーのブランドをたちあげていて、女子高校生向けのランジェリーブランドを展開したいからと陸斗経由で『SSC』に協力を求めてきたのだ。結局『モニターになってくれたら、高級レースを使ったオリジナルデザインのオーダーメイドランジェリーをプレゼントする』という餌に釣られた社員の大半の女の子たちが協力した。
美綾はなぜか里音とともに最初のモニターにさせられたのだ。自分のサイズをきちんとはかってもらえたのは良かったと思う。そういう機会でもなければ適当に選んでいただろうから。
美綾の部屋のクローゼットの引き出しには普段使いにはできそうにない、ランジェリーのセットがしまわれている。
「そうそう、最低でも半年に一回は測定に来てほしいって言っていたぞ」
陸斗の姉からはランジェリーの重要さも含め、高校生の間は体型の変化が激しいんだからサイズは定期的にきちんとはかりなさいと、確かに口を酸っぱくして言われた。
美綾は真夏とみなみと顔を合わせた。お互い忙しくて多分行けていない。
「今回のイベントが落ち着いたら里音と一緒に行くわ」
「よかったらその時は私とみなみも誘って! 美綾ちゃん」
真夏の言葉にみなみもうん、うんと頷く。美綾も「ええ」と答えた。
こういう関係はいいなと美綾は思う。『SSC』がなければ知り合うこともなかった他校の女の子たち。学校とは違う場所で、クラスメイトとは異なる関係を築くことができる。
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