イケメンとテンネン

流月るる

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結婚アイサツ編

04

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 「お昼にたくさんいただいたから食欲ないよ」そう言って咲希はオレの実家からの帰り道の途中でよった店であまり食べなかった。
 彼氏の実家にいくプレッシャーが女にとってどれだけのものかはわからないが、今回は結婚の挨拶も兼ねている。疲れたらしい咲希は車の中でもずっと眠りについていた。

 ハーフアップされた毛先はゆるやかに巻かれ、この時間になるとほつれた毛がふわふわしている。控え目な化粧に上品な服装。今日の咲希は本当にどこかのお嬢さんのように可憐でかわいらしくて、弟たちに見せるのはもったいないなと思っていた。この間の色っぽい咲希を知っている陽人なんかはギャップを感じつつ、逆に胡散臭げな視線を寄越したので睨みつけてやったけれど。

 「疲れたから……今日は自分の部屋に帰ろうかな」とオレの部屋に泊まる予定を変更しようとした。それを無理やり連れてきたのはここで離れるわけにはいかないと思ったからだ。

 弟や母親のこと、そして優奈たちのこと。

 咲希が疑問に思うことや感じたことはたくさんあっただろうに、彼女は決してそれを口にしない。
 これまでも散々こいつには逃げられてきたので、さすがに思考パターンが読めてきた。
 気が強くて思ったことはすぐに口に出しているように見えるから、一人で抱え込んでいるなんて気づかなかった。オレに関してなのか彼女の恋愛のやりかたなのかわからないけれど、咲希は結構誤魔化すのが上手だ。皮肉にも透のそばで自分の気持ちをずっと隠してきた咲希だからこそなのかもしれないけれど。

 「先にお風呂もらってもいい?」という咲希を見送ってオレは携帯を耳にあてる。電話に出た母親に「部屋についたから」ととりあえず伝えるべきことを言う。
 母親のつくった料理はうまかった。オレや久しぶりに帰省した陽太の好物を準備して華やかに盛り付けてくれていた。父親もにこやかに迎え入れてくれたし、陽人はともかく陽太は咲希の緊張をほぐそうと心を砕いてくれていた。

「今日はいろいろありがとう。でも……ああいう対応をするならオレは今後一切咲希をそっちには連れて行かないから」

 一気に言い放ったオレの言葉に、母親が息をのむ音が聞こえる。

「朝陽?……」

「母さんが何を望んでいたか、陽人が何を言いたいかはわかる。でもそれをオレに押し付けられるのも、ましてや咲希にあてつけられるのも我慢ならない」

 電話の向こうで「咲希さんが何か言っていたの?」という言葉が出たとき、オレはキレた。

「咲希は一切そういうことは口にしない! あいつは、オレの家族の悪口を言うような女じゃない! あいつが我慢していたから、頑張って笑っていたからあえてオレも口には出さなかったけど、家に帰ってこんな最悪な思いをさせられたのは初めてだ!!」

 オレはあえて母親を傷つけるだろう言葉を選んで怒鳴った。本当はあの場で怒鳴りたくてたまらなかった。
 なんで咲希をお客様扱いする? なんであたりさわりのない態度しかとらない? 
 これからオレの家族として、そして今宮の家族の一員になる人として咲希を連れて行ったのに、よそよそしい対応しかしなかった。咲希が空気を悪くしないように、オレが家族と険悪にならないように気遣ってくれていたからオレも耐えたけれど。

「オレは付き合っている恋人を紹介しにいったんじゃない! 咲希を結婚相手として連れて行ったんだ! 母さんたちが咲希にああいう態度をとり続けるつもりなら、オレはそっちには帰らないし、結婚式にも出てくれなくていいから!」

 なにか喚いていた母親を無視してオレは携帯を切った。投げたいぐらい忌々しくてたまらなかったけれど、ものにあたっても仕方がない。再び実家から電話がかかってきてオレは電源をおとした。


 極めつけは優奈の存在だ……。


 姫奈は陽人に詳しい時間でも聞いていたのだろう。おそらくわざと優奈をつれてうちにきた。オレが結婚相手を連れてきていると知っていて、いつでもよかった用事をすませにきた。優奈の戸惑う様子から何も知らなかっただろうことには気づいたけれど。

 はっとして振り返ると、洋服を着たままの咲希がドアのそばで立ち尽くしていた。

「……着替え、持っていき忘れて……」

 そう言うと両手で顔を覆う。震える肩をオレはすぐに抱きしめた。強く強く彼女を傷つけるなにもかもから守るように。裏腹に現実はオレはいつもこいつを傷つけてばかりだけれど。

「……ごめ、んね」

 オレが家族と仲たがいすることを恐れていた咲希が謝ってくる。おまえが謝る必要はない。謝るべきはオレだ。こいつは本当に……どうして。

「あ、朝陽の家族に、気にいられない彼女で……ごめんね!」

 ふっと声をだして泣き出した咲希にオレは苦しいほど胸が痛む。どうして大事にしたい子をオレは傷つけるんだ。誰よりも欲しい子を……。

「おまえは悪くない……。悪くないんだ」






 朝陽の電話の言葉を聞いたとき正直びっくりした。そしてこんなこと思っちゃいけないんだろうけれど嬉しかった。
 だから一緒にお風呂に入っても涙はなかなかとまらなくて、あがってからパジャマを着ても私はずっと朝陽にべったりだ。ソファーに腰かけた朝陽の上に私は抱かれていて、お風呂でぬくもった体が互いの熱を交換している。ドライヤーで乾かしてくれた髪を、その指触りを繰り返すみたいに朝陽はすいて頭をなでる。

 朝陽は本当に甘い。
 ものすごく自分のテリトリーにはいってきた人を甘やかす。会社での同じ部署の人たちとのかかわりを見ても、弟さんたちを見ても、あの姉妹を見ても。

 朝陽の家族の私への対応を、そんなふうに気づいてみてくれていたなんて思わなくて、身内に甘い朝陽がおそらくお母様に告げた言葉はきつくて、あんなこと言わせたくなかったなと思う。かわいらしい感じの人だから余計に。


「優奈さんと付き合っていたんだよね?」


 姫奈ちゃんの言葉。アルバムで見た、朝陽の隣にいる彼女の穏やかな笑顔。なによりも彼女はテンネンちゃんに雰囲気が似ている。今日彼女と顔をあわせて初めて朝陽が子リスちゃんには惹かれなかったか理解できたぐらいだ。
 ま、逆なんだよね。テンネンちゃんが優奈さんに似ていたんだよ。

「ああ。大学一年から四年まで……付き合っていた。実際は三年で、あとは別れるまで時間がたっただけだけど」

 優奈さんは朝陽の二つ下だ。高校二年から大学二年生まで付き合っていたことになる。つまり会社に入社する直前まで朝陽の横には優奈さんがいたんだ。
 お母様が私に「いつから付き合い始めたか」聞いた意図がなんとなく見える。
 朝陽たち家族が日本に戻ってきてからずっとそばにいたご近所の三姉妹。年も近く仲のいい家族ぐるみのつきあいの中で、朝陽と優奈さんはずっと恋人同士だった。
 双方の家族が何を期待していたかわかる。


「結婚も……考えていたの?」


 私を抱く朝陽の腕をぎゅっとつかむ。長袖のTシャツごしでもそれは暖かくて口にした途端後悔した。幼馴染との家族ぐるみの長い付き合い、聞かなくても答えはわかっている。


「どうかな……オレも大学生だったしそこまで深く考えていたわけじゃない。関係が続いていればそうなった可能性は高いし、周囲の期待は感じていたけど」


 淡々と降ってくる声に、アルバムを盗み見たときの過去の朝陽と彼女と、玄関先で再会した二人の姿が重なって、朝陽の家族があの瞬間私のほうを異物だと感じたことが想像できる。

 四年付き合った幼馴染の彼女……私と朝陽もそれ以上の時間が出会ってから過ぎているけれど、それと比べると恋人同士になった時間は短い。
 朝陽の家族は、少なくともお母様と陽人くんは朝陽と元祖ちゃんの結婚を望んでいたのだろう。アルバムも今の彼らの態度もそれを物語っている。

「オレが就職活動で忙しかったころ、彼女も大学生活に慣れて世界が広がってきたところだった。オレたちが会わない間に、オレだけだった彼女の世界が広がって新たな出会いがあった。別れたいと言ってきたのは優奈でオレはそれを止めることはできなかった。それでももし彼女が戻ってきたら受け入れようとは思っていた」

 朝陽以外の男性との出会い、気持ちの揺らぎ、広がった世界で変化していく気持ちを非難することはできない。
 私だって透をずっと想っていたのに、大学時代はほかに好きな人ができてしまった。
 それでも彼女が望めばヨリを戻すつもりだったと言われ、緩みっぱなしの涙腺がふたたびふたをあける。そこまで聞いてないし、正直に言わなくていいのに。

 朝陽のバカバカバカ。

 まるでまだ彼女に未練があるみたいな言い方。

 なのにこの男は、私を傷つける言葉を発する唇で濡れた頬をぬぐう。包まれて抱きしめられて心地いい。

 この腕の中にずっといたいな。
 守られていたいな。
 でも、もう無理なのかな。

「でも、彼女は大学卒業と同時に結婚した。その時にオレの気持ちはふっきれた。もう待つ必要はない……終わったんだって」

 かすれたその声に朝陽の痛みを感じ取る。私を見下ろす朝陽の目に涙はないから私が代わりに流してあげる。終わったと告げる朝陽の本当の気持ちはわからない。でも私をじっと見つめるその目に偽りの気持ちは見えない。


「だからもし今度結婚したいと思えるぐらいの女と出会ったらもう絶対逃がさない、そう決めていたんだ」


 額にこめかみに頬に、朝陽のキスが落ちてくる。最後に唇に触れたとき涙の塩辛い味がした。
 付き合い始めてそう時間はたっていないのに、私の左手の薬指にすぐに指輪をはめてきた。結婚したいと思うぐらいの強い気持ちを私に抱いてくれたから。


「おまえは逃がさない。今宮の家が嫌ならオレは家族を捨ててもいい。だから……オレから逃げるなよ。どんなことがあってもオレを信じろ。でないとオレはたぶんおまえを閉じ込める」


 朝陽の胸の中にまだ彼女はいるだろうか。
 私の胸の中に透がいるみたいに……それでもその場所はずっと朝陽のほうが多くを占めてきちゃったけれど、こいつの中であの子はどれぐらいを占めているのだろう?

 隠してもごまかしてもよかったのに、朝陽は正直に話してくれた。
 過去欲しかった子を手に入れられなかったから、私は逃がしたくないって本気で思ってくれている。
 だって私は本当に……何度もこいつから逃げようとしたんだもん。


「逃げないよ……」


 ぎゅっと朝陽の首の後ろに腕をまわすと同じぐらいの強さで抱きしめられる。朝陽の首筋を鼻でつついて彼の匂いと皮膚の感触を味わう。
 その日、私たちはセックスをせずに眠りについた。
 私はずっと朝陽の腕にくるまったまま、守られるように大事に大事に抱きしめられた。


 私は朝陽と結婚する。


 幸せになるために。
 幸せにするために。
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