1 / 36
第1話
しおりを挟む
百合の髪飾りに薔薇のネックレス、向日葵の刺繡が入った可愛いバッグ。
大好きな花の商品に囲まれて私は幸せだ。幸せ、なのに――。
「ほのか! 今日仕事終わったら合コンに行かない⁉」
そう嬉々な声で話し掛けてきたのは同僚の藤野麻耶である。
「あのさ、麻耶。何度も言っているけど私、彼氏を作る気ないんだけど」
グイグイと私に詰め寄る麻耶にたじたじになりながらも、私は麻耶の誘いを断った。
「毎回そう言うけどさー、ほのかももう26歳よ? 彼氏の一人や二人作るべきよ」
「でも……私は恋をしないから」
私の頑なな態度に麻耶は唇を尖らせると「あぁ、私の同期で大事な親友が高校生以来誰とも付き合ったことがないなんて悲しすぎるわ!」右手を胸に当て仰々しく嘆くではないか。
「ちょっと、声が大きい!」
私は麻耶の口を塞ぐとオフィス内を見渡す。皆仕事に集中していて誰もこちらを見ていなかった。麻耶の言葉を誰にも聞かれてないことがわかると、私は安堵の溜息をついた。
「そんな反応をして。恋をしないって言っておきながら、彼氏がいないことを気にしてるじゃない」
麻耶はフン、と鼻を鳴らすと勝ち誇ったかのように言う。私は聞こえなかったふりをしてパソコンに向き合うと、仕事に戻る。次はどんなデザインの商品を作ろうかな……。なんて、考えているけれど麻耶の言葉が私の胸に引っかかっていた。
でも。私は恋をしないって決めたのだ。あんな思いするくらいなら恋なんてしない方がマシだ――。
翌日、出社してみると女性社員が、きゃあきゃあと色めき立っていた。
「あっ、ほのか!」
私に気付いた麻耶が手招きする。
「おはよう……。これ、一体何の騒ぎ?」
「それが今日、本社から赴任してくる人がかなりのイケメンみたいなの!」
「本社から? 何だか仕事がやりづらくなるわね。イケメンでもきっと鬼のように厳しい人よ」
「もう、せっかくイケメンが来るのにほのかったら。どんな人なんだろう。あぁ、早く見てみたいわ」
新たな出会いを期待する麻耶。
「その様子じゃ昨日の合コンで良い出会いはなかったようね」私が言うと、「いや? 気になる男の子と連絡先を交換したけど?」
けろっと答えるではないか。
麻耶は初対面の人ともコミュニケーションを取るのが得意な上に明るく気遣い上手で、男性からモテるのだ。社内でも人気があるらしいんだけど麻耶は相手にしていない。
易々と連絡先を交換する麻耶に感服していると、それまで騒がしかったオフィスが急に静まり返った。
本社から来たイケメンが入ってきたのである。「初めまして」イケメンが挨拶をする。だけれど、背の高い社員が私の前に立っているせいで顔を見ることが出来なかった。
声だけを聞いている私は次の瞬間、自分の耳を疑う。
「本社から参りました、高坂玲と申します」
え……高坂玲……? 忘れもしないその人の名前。断片的にあの頃の記憶が蘇る。
「ほのか、ここならイケメンくん――高坂さんの顔が見れるよ」
麻耶が小声で私を呼びながら、おいでおいでと手招きする。人と人の隙間から丁度、高坂玲の顔が見えるらしい。私は後退りしたが、麻耶が私の腕を引っ張った。前を向いたら高坂玲の顔が見える。でも私は俯いたまま、顔を上げることが出来ない。
大丈夫、きっと同姓同名よ……。自分に言い聞かせ、恐る恐る顔を上げた。
嘘――。どうして……。
その、高坂玲は私の知っている人だった。いや、知っているというのは他人行儀な言い方かもしれない。
高坂玲は高校時代の先輩で……私にできた初めての彼氏だった。
その刹那、高坂玲――先輩と目が合った。
「これからよろしくお願いいたします」
皆へ向けて放った言葉なのだろうけど、先輩に見つめられながら言われた私はそう思えなかった。
大好きな花の商品に囲まれて私は幸せだ。幸せ、なのに――。
「ほのか! 今日仕事終わったら合コンに行かない⁉」
そう嬉々な声で話し掛けてきたのは同僚の藤野麻耶である。
「あのさ、麻耶。何度も言っているけど私、彼氏を作る気ないんだけど」
グイグイと私に詰め寄る麻耶にたじたじになりながらも、私は麻耶の誘いを断った。
「毎回そう言うけどさー、ほのかももう26歳よ? 彼氏の一人や二人作るべきよ」
「でも……私は恋をしないから」
私の頑なな態度に麻耶は唇を尖らせると「あぁ、私の同期で大事な親友が高校生以来誰とも付き合ったことがないなんて悲しすぎるわ!」右手を胸に当て仰々しく嘆くではないか。
「ちょっと、声が大きい!」
私は麻耶の口を塞ぐとオフィス内を見渡す。皆仕事に集中していて誰もこちらを見ていなかった。麻耶の言葉を誰にも聞かれてないことがわかると、私は安堵の溜息をついた。
「そんな反応をして。恋をしないって言っておきながら、彼氏がいないことを気にしてるじゃない」
麻耶はフン、と鼻を鳴らすと勝ち誇ったかのように言う。私は聞こえなかったふりをしてパソコンに向き合うと、仕事に戻る。次はどんなデザインの商品を作ろうかな……。なんて、考えているけれど麻耶の言葉が私の胸に引っかかっていた。
でも。私は恋をしないって決めたのだ。あんな思いするくらいなら恋なんてしない方がマシだ――。
翌日、出社してみると女性社員が、きゃあきゃあと色めき立っていた。
「あっ、ほのか!」
私に気付いた麻耶が手招きする。
「おはよう……。これ、一体何の騒ぎ?」
「それが今日、本社から赴任してくる人がかなりのイケメンみたいなの!」
「本社から? 何だか仕事がやりづらくなるわね。イケメンでもきっと鬼のように厳しい人よ」
「もう、せっかくイケメンが来るのにほのかったら。どんな人なんだろう。あぁ、早く見てみたいわ」
新たな出会いを期待する麻耶。
「その様子じゃ昨日の合コンで良い出会いはなかったようね」私が言うと、「いや? 気になる男の子と連絡先を交換したけど?」
けろっと答えるではないか。
麻耶は初対面の人ともコミュニケーションを取るのが得意な上に明るく気遣い上手で、男性からモテるのだ。社内でも人気があるらしいんだけど麻耶は相手にしていない。
易々と連絡先を交換する麻耶に感服していると、それまで騒がしかったオフィスが急に静まり返った。
本社から来たイケメンが入ってきたのである。「初めまして」イケメンが挨拶をする。だけれど、背の高い社員が私の前に立っているせいで顔を見ることが出来なかった。
声だけを聞いている私は次の瞬間、自分の耳を疑う。
「本社から参りました、高坂玲と申します」
え……高坂玲……? 忘れもしないその人の名前。断片的にあの頃の記憶が蘇る。
「ほのか、ここならイケメンくん――高坂さんの顔が見れるよ」
麻耶が小声で私を呼びながら、おいでおいでと手招きする。人と人の隙間から丁度、高坂玲の顔が見えるらしい。私は後退りしたが、麻耶が私の腕を引っ張った。前を向いたら高坂玲の顔が見える。でも私は俯いたまま、顔を上げることが出来ない。
大丈夫、きっと同姓同名よ……。自分に言い聞かせ、恐る恐る顔を上げた。
嘘――。どうして……。
その、高坂玲は私の知っている人だった。いや、知っているというのは他人行儀な言い方かもしれない。
高坂玲は高校時代の先輩で……私にできた初めての彼氏だった。
その刹那、高坂玲――先輩と目が合った。
「これからよろしくお願いいたします」
皆へ向けて放った言葉なのだろうけど、先輩に見つめられながら言われた私はそう思えなかった。
1
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
記憶喪失のフリをしたら夫に溺愛されました
秋月朔夕
恋愛
フィオナは幼い頃から、自分に冷たく当たるエドモンドが苦手だった。
しかしある日、彼と結婚することになってしまう。それから一年。互いの仲は改善することなく、冷えた夫婦生活を送っていた。
そんなある日、フィオナはバルコニーから落ちた。彼女は眼を覚ました時に、「記憶がなくなった」と咄嗟にエドモンドに嘘をつく。そのことがキッカケとなり、彼は今までの態度は照れ隠しだったと白状するが、どんどん彼の不穏さが見えてくるようになり……。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
隠れ御曹司の恋愛事情
秋月朔夕
恋愛
ある不名誉な理由で営業部エースの爽やか王子こと桐山くんの営業補佐になった。
けれどそのせいで後輩女子社員からのやっかみが酷くなり、やけっぱちでお見合いを受けようとすれば彼の様子がおかしくなってきて……
初恋拗らせ男(26歳。年下営業御曹司)×恋愛経験低レベルお局事務員(28歳。鉄の女)の恋愛攻防戦。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる