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第30話
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先輩が、百合さんの友達――。
驚きのあまり、私は固まって動けないでいると百合さんが、ほのかちゃん? 私の名前を呼ぶ。
「あ、いや、その……」
どう反応したらいいのかわからなくて、しどろもどろになっていると「百合。葛城さんは同じ職場の人なんだ」先輩がフォローするかのように言ってくれた。
先輩は百合さんのこと名前で呼んでいるんだ……。ちくりと胸が痛んだ。
「そうなの⁉ すっごい偶然ね。あ、玲は何飲む?」
百合さんがメニューを開いて先輩に見せたのだけれど、心なしか二人の距離が近い気がする。私はストローでアイスティーを吸うと二人の顔を見る。それに、百合さんが先輩のことを〝玲〟と呼び捨てにしていることから、二人はそれなりの仲だということを思い知らされた。
「あの、お二人は友達なんですよね」
堪らず私は訊く。
「あぁ。俺と百合は友達で大学の同期生だ」
「……そうなの。大学を卒業してからは会ってなかったんだけど、この前友人の結婚式で再会して。連絡先を交換したのよ」
大学生時代の先輩……。私の知らない先輩を百合さんは知っているんだ。
「ところで百合と葛城さんはどこで知り合ったの?」
「初めて出会ったのはランチの時に――」
百合さんは楽しそうに先輩に話す。それを優しい眼差しをした先輩が頷きながら聞いているのを、私はぼんやりとしながら眺めていた。
「今日は突然誘っちゃってごめんね。……それじゃ私たちはこっちだから」
「いえ、誘ってくれてありがとうございました。それじゃ高坂さん、また明日職場で……」
私は先輩に会釈する。先輩は、あぁ。と言うだけだった。
私たちは喫茶店の前で解散すると、反対の方向へ歩き出す。気になって後ろを振り返ると、先輩と百合さんが楽しそうに喋っている姿があった。
ほのかちゃんと別れた後、私と玲は並んで歩いていた。
「ねぇ、玲。どうしてほのかちゃんに私たちのことを大学の同期生って言ったの?」
「大学の同期生だろ、俺たちは。何も間違ったこと言ってないはずだ。それに百合だって俺のことは友達だって葛城さんに紹介してたんだろう?」
「そうだけど、でも――」
私は続く言葉をのみこんだ。玲にとっては、もう昔のことであのことは無かったことになっていると思ったから。
大学時代、高坂玲は二つの意味でその名を轟かせていた。
一つは顔が良いイケメンという良い意味で。もう一つは、来るもの拒まずで女性を食いものにしているという悪い意味で。
玲には決まった友人がいなかったようだったけど、人を惹きつける魅力があって玲の周りには男女問わず多くの人が常にいた。
「そういえば高坂玲がまた彼女と別れたみたいだよー」
「えっ、あのミスコンの彼女と⁉」
玲の噂をしている同期生の話に耳を傾けると、どうやら玲は大学に入学してから何人もの女性と付き合ってきたらしい。しかし、どの彼女とも必ず一ヶ月で別れてるそうだ。
まぁ、私には関係ないことだけど。そんな、他人事のように私は思っていた。……あの日までは。
その日私は忘れ物を取りに講義室へ戻っていた。
「最低っ!」
まさに今入ろうとする講義室から、ばちん、という音と共に怒声が聞こえてきた。
え⁉ 何事……⁉
身を隠して覗いてみると、頬を打たれた玲と付き合ってるであろう彼女が向かい合っていた。彼女はご立腹のようで玲に罵声を浴びせている。言いたいことを言ってすっきりしたのか、それとも顔も見たくなくなったのか彼女が講義室から出て行った。一人残された玲は力なくその場に座り込む。
「そんなこと言われたって、気持ちがないんだからしょうがないだろ。……どうしても忘れられないんだよ」
そう言った玲の翳る横顔に、私は目を奪われていた。
それから私は玲のことが気になり始めた。何かと玲に声を掛けるようにして、ただの同期生という印象から、よく喋る同期生に、そして私と玲の仲は二人で帰るまで進展した。
「ねぇ玲。私と付き合ってよ」
ある日の大学帰り。私は玲に告白した。
「……日下は俺の噂知らねぇの?」
「噂って、来るもの拒まずで何人もの女性を食いものにしていることかしら? それとも付き合った彼女とは必ず一ヶ月で別れることかしら?」
「随分と知ってるじゃねぇか」玲は自虐的に笑う。「顔が良いヤツと付き合いたいのなら、他を探せばいっぱいいるぜ? 別に俺じゃなくても……」
「私は玲がいいの。忘れられない人がいる高坂玲が」
瞬間、玲の顔が真顔になった。
「どうしてそれを……」
「ごめんなさい、講義室でたまたま聞いたの」
「それなら尚更俺と付き合わない方がいい」
私は首を横に振る。
「私は玲のこと、最初は苦手だった。変な噂はあるし何考えてるかわからないし。でも……」
講義室の床に座った、玲の翳る横顔が頭を過ぎった。
「玲の弱いところを見て、私はあなたに惹かれたの。それと――」
「それと?」
「……いいえ、何でもないわ。それに玲は私と一緒にいて楽しいでしょ?」
「そうだな。俺の顔目当ての女より、お前と一緒にいたほうが楽しいわ」
玲はくしゃりと笑った。
私と玲は付き合うことになった。どうせ、一ヶ月で別れると知りながら――。
「おい。着いたぞ」
玲の声で、現実へと引き戻された。いつの間にか最寄りのバス停に着いていたらしい。
「それじゃ気を付けて帰れよ」
「うん……」
私は離れていく玲の背中を見つめる。
「――待って!」気付けば私は玲を呼び止めていた。「……バスが来るまで一緒にいてよ」
俯きながら言うと、玲は何も言わずに私の側に来てくれた。
そういう優しいところ変わってないわね……。私は口に出さず、胸の中に仕舞いこんだ。
五分ほど待ったところでバスが来た。目の前で停まり、乗客口の扉が開く。
「……バス来たな」
玲はベンチから立ち上がった。
「そうね……」
名残惜しさを感じながら、私はゆっくりとバスのステップを一段のぼった。
扉が閉まるとバスはクラクションを鳴らして発車する。
「どう、して……」
玲は目を丸くさせて私を見ていた。何が起こったのかわからない、といった顔をして。
それもそのはずだろう。
だって私は、バスのステップから降りたと同時に、玲の袖口を引っ張りキスをしたのだから。
驚きのあまり、私は固まって動けないでいると百合さんが、ほのかちゃん? 私の名前を呼ぶ。
「あ、いや、その……」
どう反応したらいいのかわからなくて、しどろもどろになっていると「百合。葛城さんは同じ職場の人なんだ」先輩がフォローするかのように言ってくれた。
先輩は百合さんのこと名前で呼んでいるんだ……。ちくりと胸が痛んだ。
「そうなの⁉ すっごい偶然ね。あ、玲は何飲む?」
百合さんがメニューを開いて先輩に見せたのだけれど、心なしか二人の距離が近い気がする。私はストローでアイスティーを吸うと二人の顔を見る。それに、百合さんが先輩のことを〝玲〟と呼び捨てにしていることから、二人はそれなりの仲だということを思い知らされた。
「あの、お二人は友達なんですよね」
堪らず私は訊く。
「あぁ。俺と百合は友達で大学の同期生だ」
「……そうなの。大学を卒業してからは会ってなかったんだけど、この前友人の結婚式で再会して。連絡先を交換したのよ」
大学生時代の先輩……。私の知らない先輩を百合さんは知っているんだ。
「ところで百合と葛城さんはどこで知り合ったの?」
「初めて出会ったのはランチの時に――」
百合さんは楽しそうに先輩に話す。それを優しい眼差しをした先輩が頷きながら聞いているのを、私はぼんやりとしながら眺めていた。
「今日は突然誘っちゃってごめんね。……それじゃ私たちはこっちだから」
「いえ、誘ってくれてありがとうございました。それじゃ高坂さん、また明日職場で……」
私は先輩に会釈する。先輩は、あぁ。と言うだけだった。
私たちは喫茶店の前で解散すると、反対の方向へ歩き出す。気になって後ろを振り返ると、先輩と百合さんが楽しそうに喋っている姿があった。
ほのかちゃんと別れた後、私と玲は並んで歩いていた。
「ねぇ、玲。どうしてほのかちゃんに私たちのことを大学の同期生って言ったの?」
「大学の同期生だろ、俺たちは。何も間違ったこと言ってないはずだ。それに百合だって俺のことは友達だって葛城さんに紹介してたんだろう?」
「そうだけど、でも――」
私は続く言葉をのみこんだ。玲にとっては、もう昔のことであのことは無かったことになっていると思ったから。
大学時代、高坂玲は二つの意味でその名を轟かせていた。
一つは顔が良いイケメンという良い意味で。もう一つは、来るもの拒まずで女性を食いものにしているという悪い意味で。
玲には決まった友人がいなかったようだったけど、人を惹きつける魅力があって玲の周りには男女問わず多くの人が常にいた。
「そういえば高坂玲がまた彼女と別れたみたいだよー」
「えっ、あのミスコンの彼女と⁉」
玲の噂をしている同期生の話に耳を傾けると、どうやら玲は大学に入学してから何人もの女性と付き合ってきたらしい。しかし、どの彼女とも必ず一ヶ月で別れてるそうだ。
まぁ、私には関係ないことだけど。そんな、他人事のように私は思っていた。……あの日までは。
その日私は忘れ物を取りに講義室へ戻っていた。
「最低っ!」
まさに今入ろうとする講義室から、ばちん、という音と共に怒声が聞こえてきた。
え⁉ 何事……⁉
身を隠して覗いてみると、頬を打たれた玲と付き合ってるであろう彼女が向かい合っていた。彼女はご立腹のようで玲に罵声を浴びせている。言いたいことを言ってすっきりしたのか、それとも顔も見たくなくなったのか彼女が講義室から出て行った。一人残された玲は力なくその場に座り込む。
「そんなこと言われたって、気持ちがないんだからしょうがないだろ。……どうしても忘れられないんだよ」
そう言った玲の翳る横顔に、私は目を奪われていた。
それから私は玲のことが気になり始めた。何かと玲に声を掛けるようにして、ただの同期生という印象から、よく喋る同期生に、そして私と玲の仲は二人で帰るまで進展した。
「ねぇ玲。私と付き合ってよ」
ある日の大学帰り。私は玲に告白した。
「……日下は俺の噂知らねぇの?」
「噂って、来るもの拒まずで何人もの女性を食いものにしていることかしら? それとも付き合った彼女とは必ず一ヶ月で別れることかしら?」
「随分と知ってるじゃねぇか」玲は自虐的に笑う。「顔が良いヤツと付き合いたいのなら、他を探せばいっぱいいるぜ? 別に俺じゃなくても……」
「私は玲がいいの。忘れられない人がいる高坂玲が」
瞬間、玲の顔が真顔になった。
「どうしてそれを……」
「ごめんなさい、講義室でたまたま聞いたの」
「それなら尚更俺と付き合わない方がいい」
私は首を横に振る。
「私は玲のこと、最初は苦手だった。変な噂はあるし何考えてるかわからないし。でも……」
講義室の床に座った、玲の翳る横顔が頭を過ぎった。
「玲の弱いところを見て、私はあなたに惹かれたの。それと――」
「それと?」
「……いいえ、何でもないわ。それに玲は私と一緒にいて楽しいでしょ?」
「そうだな。俺の顔目当ての女より、お前と一緒にいたほうが楽しいわ」
玲はくしゃりと笑った。
私と玲は付き合うことになった。どうせ、一ヶ月で別れると知りながら――。
「おい。着いたぞ」
玲の声で、現実へと引き戻された。いつの間にか最寄りのバス停に着いていたらしい。
「それじゃ気を付けて帰れよ」
「うん……」
私は離れていく玲の背中を見つめる。
「――待って!」気付けば私は玲を呼び止めていた。「……バスが来るまで一緒にいてよ」
俯きながら言うと、玲は何も言わずに私の側に来てくれた。
そういう優しいところ変わってないわね……。私は口に出さず、胸の中に仕舞いこんだ。
五分ほど待ったところでバスが来た。目の前で停まり、乗客口の扉が開く。
「……バス来たな」
玲はベンチから立ち上がった。
「そうね……」
名残惜しさを感じながら、私はゆっくりとバスのステップを一段のぼった。
扉が閉まるとバスはクラクションを鳴らして発車する。
「どう、して……」
玲は目を丸くさせて私を見ていた。何が起こったのかわからない、といった顔をして。
それもそのはずだろう。
だって私は、バスのステップから降りたと同時に、玲の袖口を引っ張りキスをしたのだから。
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