異世界おにぃたん漫遊記

雑魚ぴぃ

文字の大きさ
上 下
54 / 92
第六章―愛すべき人―

6−3・この手で……

しおりを挟む

―――キュウカ島―――

 ハリス公爵の企みで鬼の赤子を誘拐され激怒する鬼達。神の名を語り、人間に罪を着せる……ハリス公爵の描く筋書き通りに事は運んでいった。

「殺せぇぇぇ!!人間共めぇぇ!」
「鬼が出たぞ!!鬼を殺せぇぇぇ!!」

 キュウカ島の北西の小さな村で発生したその事件は、小さな火種に油を注ぐようにどんどん大きくなっていく。

その火種はいつしか神の耳にも入る――

「ジオナよ……何をしておるのじゃ……せっかくここまで共存の道を模索しておったのに……」
「ツクヨミ様!大変ですっち!ムルーブ街で戦争が始まりましたっち!」
「はぁ……面倒くさいのぉ……」

 桃之家は、キジカワ公爵、イヌカイ公爵、サルワタリ公爵と共にムルーブ街を経由しキュウカ島へと大軍を引き連れ向かっていた。

「おいっ!猿鬼!お主は我が猿渡家に泥を塗るつもりか!!破門じゃ!」
「はぁ?なんじゃとぉ!!わしらに落ち度はなかろうが!!」
「猿鬼のイウトオリ。ワルモのハオマエタチ」

 キシボイン、桃矢家、猿鬼達はムルーブ街で厳しい戦を強いられる。

「誰ぞ!誰ぞ!おらぬか!」
「はっ!三郎様!」
「おぉ!アズチか!そなたに任せよう!」
「何なりと!」
「戦の出来ぬ者は寺院の地下へかくまってくれ!それと、ここに書き記した住所におる赤子……矢太郎をツクヨミ様の元へ!」
「はっ!三郎様はいかがなされるおつもりですか!」
「……母を置いてはいけぬ」
「……わかりました。必ず生きてお戻りください!」
「頼んだぞ……」
「はっ!!」

 数日に渡る戦の末、キシボイン、三郎はここで生涯を閉じる事になる――

「ヒナタ……すまぬ……ガフッ!!はぁはぁ……チカゲ……ヤタロウ……どうか……元気で……」

―――キュウカ島―――

「急報です!ムルーブ街が落ち、キシボイン様、三郎様共に生存不明です!」

ギシ……

「うむ……わかった。捜索隊を直ちに派遣いたせ……」
「はっ!」

ギシ……

椅子に深く腰かけ、天井を見上げるジオナ。

「キシボよ……先に逝ってしまったのか?わしはお前の笑顔がもう一度見たかったのじゃがのぉ……許せ……」

人知れず、涙を流すジオナの姿があった。

「おい、ジオナ……よ」
「……その声はツクヨミ様?」
「ジオナよ……いや、鬼の長よ。なぜ止めれなんだ?この戦は悲しい結末しかもたらさぬぞ?」
「あぁ……わかっております……が、わしらは元々別世界の生き物。遅かれ早かれ、いずれこうなる事もわかっておりました……」
「……人間の肩を持つつもりはないが、一部の鬼が神の社をも破壊するという愚行は目に余る。すまぬがお主らを守ってやることは出来まいて」
「左様ですか……いや、言い訳はすまい。本来、血で血を洗う鬼の本能なのでしょう……」

ギシ……

「ツクヨミ様……鬼の血はいずれまたこの地で蘇ることでしょう。何年先か、何十年先か……その時にまたお会いするかもしれませぬな……」
「……ジオナよ。そなたと過ごした時間は有意義であったぞ。さらばじゃ……」

ギシ……

「太郎……次郎……三郎。お前達はこの世界で生まれ育った。しかし鬼の血のせいで苦しい生き方をさせてしまったのぉ……すまなかった……」

 それから数週間後。キュウカ島では、太郎率いる軍とジオナ率いる鬼との戦が始まった。

「太郎様、よろしいのですね?」
「あぁ……この手で父上の首を……獲る!!全軍!出撃!!!」
『オォォォォォォォォ!!』

後に『鬼退治』や『桃太郎』として世に知られるお話……

それは異世界から来た鬼の親子の悲しいお話……

後世には『鬼の唄』として引き継がれる昔々の物語……


『鬼の唄』

とぅ……とぅ……とぅ……

堕ちてくあなたの手の平を
忘れることが出来ずに 今思う
伸ばしたあなたの鬼の手は
わずかに届かず地獄へ 墜ちる

あの日から何かを忘れぬようにと
神に願い 
あの日からお前を忘れぬようにと
何を憎む

舞いあがれ 咲き乱れ
桜吹雪よ
散りゆく花よ もがき遊べ
命の灯よ

今夜限りは……

とぅとぅとぅ……とぅとぅとぅ……


―――帝国領マルク街―――

「太郎兄さんを止める……!!」
「次郎様!おやめください!」
「いや、親殺しなどあってはならぬ……!!」
「ですが、今、キュウカ島に行っては次郎様のお命も危のう御座います!」
「僕が兄さんを止めないと!」

次郎が席を立とうとすると、目の前にツクヨミが現れる。

「お主が次郎か?」
「あなた様は……?もしや……いや、父上からお話は聞いております。ツクヨミ様……ですね」
「そうじゃ。お主にジオナとキシボインからの伝言を伝える――」
「伝言……?」

伝言……それは神の山にて太郎を封印せよ。というものだった。後に次郎は太郎を神の山へと呼び出し、封印したのだった――

―――神の山―――

「これで良い……のじゃ」
「ツクヨミ様っち!誰かいますっち!」
「ん……?あれは……?」

神の山に人影がある。

「ん……アズチか?」
「ミズチではないか!どうしたんだ!」
「ジオナ様に頼まれてな……」
「実は……私も三郎様に頼まれて……」

アズチは一人の赤子を抱いていた。それは三郎の残した鬼と人間の子供……

「ツクヨミ様の元へ行くように言われたのだが、どうしても神が信用できず途方に暮れていた……」
「俺はジオナ様に言われてここでお前を待っていた。必ずここに赤子を連れた者が来ると。そして転移門を開けるようにと……」
「ではジオナ様は三郎様のお子の事をご存知だったのですね……」

こうして神の山の転移門から一人の赤子が異世界へと転移する。

それを見ていたツクヨミは、後日二人の子を神の山から異世界へと転移させた。

ツクヨミが送り出した二人は……「きっと鬼の子を殺すために送り込まれたのだ」と言われていた。

実際、他の神にもツクヨミはそう説明したのだ。

しかし……

「あの鬼の子を守っておやり……」

そこにはツクヨミの亡きジオナへの手向たむけと優しさがあった。

――それは遠い遠い昔のお話。

鬼と人間が争い、神と人間が共存した時代。

死んでいった者の魂はどこへ向かっていくのだろう――

しおりを挟む

処理中です...