ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第1章

第12話・夏の終わりに

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 ――9月4日。

 もうすぐミラーワールドに来て1ヶ月が経つ。アリスちゃん、麻里、メアリー……そして咲。
 僕を入れて5人の生活は少しずつだが改善され、現世界と変わらぬ物になってきた。
 難点はそれなりにある。ミラーワールドではすべてが反対向きだ。最初は左右の向きで戸惑いながらもようやく慣れてきた。水、果物、野菜、魚も調達は出来る。唯一無い物と言えば……

「肉……タベタイ」
「メアリー、こんな早くからどこに行くんだ?」
「肉……タベタイ」
「いや、そうだけど。僕らで肉の確保は難しいんじゃないのか?」
「肉……タベタイ」

 朝起きると部屋の入口でメアリーが待ち構えており、強制的に外へと連れて行かれる。もうすでに朝日も上り安全なはずではあるが……。
 この世界では夜になると亡者が現れる。それはアリスちゃんの張った結界が無い所では襲って来るらしい。結界は学校周囲のみ。暗くなると学校のフェンスの外は亡者が行ったり来たりし始める。
 僕は亡者がいなくなったのを確認しながら、メアリーにせかされ学校の裏山へと入って行く。ここは野生の果物が生っている場所だ。

「ココダ」
「ここ?」

 見ると、学校へと続く小川のほとりに罠らしき物が仕掛けられている。

「チクショー!今日もダメカ!」
「え?今日も?」
「数日前から罠を仕掛けて、エモノを取ろうとしてイル」
「そんな事してたのか。この山の獲物って何がいるんだ?」
「イノシシダ。全部で5箇所に罠はあるガ……マダ捕まらナイ」
「なるほど。それで罠を仕掛けるのを手伝えと」
「そうダ。罠は重くて大変ナンダ」

 メアリーに教えてもらい鉄製の罠を仕掛け直す。確かに罠は硬く、仕掛け直すのも一苦労だった。

「ヨシ、次ダ」
「あぁ、分かった」

 結局5箇所あった罠には何もかかってはいなかったが、2箇所だけ罠が外れていた。

「アカン……今日も肉が食べれナイ……」
「しょうがないさ、魚は昨夜釣ったのがあるし。それで良しとしよう」
「……ウン」

 しょんぼりしたメアリーの背中をさすりながら、すべての罠を仕掛け直し、学校へと戻る。

「ただいま。麻里、おはよう」
「あっ!春河君、おはよう。メアリーと一緒だったのね!これからちょうど朝食を食べようとしてたのょ」
「麻里、オハヨウ。今日も駄目ダッタ……」
「メアリーおはよう!しょうがないわょ、イノシシだって捕まりたくないもの!さっ、ご飯にしましょ!」
「ウン……」

 皆でいつもの様に朝食を取りながら、昨夜の魚釣りの話をした。

「それで、海の横にいけすみたいな物が作れないかな。と思って……どうかな、アリスちゃん」
「ふむ。そのくらいであれば造作も無いこと。いけすを繋ぎ、折り返して海へと排水も出来る様にするかの」
「それって……ねぇ!いけすは良くわからないけどプール半分くらいの大きさがあるなら海水浴も出来るわよね!」

麻里が急に立ち上がり大声を出した。

「麻里。それは出来るだろうけど、水着とか無いんじゃ……」
「いいえ!水泳部にあるはずよ!ご飯が済んだら用意しましょ!」

 麻里の提案でいけすが出来次第、皆で海水浴をしようと言う事になった。屋外は結界で温度調節がしてはあるが、じっとしていると汗が出るくらいの気温ではある。
 いつもの日課をこなして、水着を着用し釣り堀と名付けた釣り場に向かう。すでにアリスちゃんは浮き輪を腰にぶら下げて、いけすの前で待っていた。

「遅いではないか。いけすはとうに出来ておるぞ」
『おぉぉぉぉ!!』

 僕も麻里もメアリーも同じリアクションだった。海から引き込まれた釣り堀からさらに、プール半分程の広さのいけすが出来ている。深さは浅く1メートルくらいだろう。海の底は砂場になっていた。
 そのいけすからは海へと長い溝があり、海水が循環する様になっているみたいだ。これなら海水浴としても、いけすとしても使える。

「きゃぁ!冷たい!あははは!」
「チョ!マリ!マテ!ツメタイ!」
「わしも行くのじゃ!とお!」
「わっ!冷たい!けど気持ちいいな!」
「オイ、ハルカ。海の中で漏らすナヨ」
「漏らさないよ!そんな事するわけないだ――」
「おぉぉ……ブルッ」
「て!アリスちゃん!今、ブルッてしなかったか!」
「し、してないぞょ!身震いしただけじゃ!」
「嘘つけ!今、漏ら――」
「えい」
「麻里!ちょっ!ごぼぼぼ……」

 麻里に後ろから押され、不意をつかれた僕はそのまま海の中へと沈む。

「ぶはっ!!げほげほ……」

海水を飲みむせてしまう。

「あははは!春河君、面白い!」
「麻里!やったな!お返しだ!」
「きゃっ!」

むに。

「え?」
「あっ……」

 何か柔らかい物が手に触れ、動かしてはいけないと言う善脳と、今しかないという煩悩が交差する。

むにむに……

「柔らかい……」
「春河……君……、ちょっと!その手を離しなさ――!!」
「エイッ」
「え?メアリー?」

 急に下半身がすぅすぅする。そして目の前にいた麻里とアリスちゃんの目線が僕の下半身を見つめる。

ぽろん。

「きゃっ!」
「うむ……これは……素朴じゃな」
「え?」
「AHAHAHAHA!」
「見るなぁぁぁぁ!」

 僕の息子が皆さんにご挨拶をし、初のお披露目となった。恥ずかしい思い出の1ページが刻まれる。そして夏がそろそろ終わりを告げようとしていた。

 ――1時間程海で遊び、くたくたになって学校へと戻ると、シャワーを浴びそれぞれが部屋へと戻る。時計はお昼を差していた。
 お腹は空いて来ているが、皆、疲れで昼食の準備をせずそのまま昼寝をする。起きてから考えればいい……そんな風に思っていた。

………
……



『――ル君。ハル君。起きて』
「ん……咲?あぁ、やっぱり……夢でしか会えないんだな……」
『何を言ってるの?ハル君。寝ぼけてるの?私はここにいるヨ……』
「咲……ちょ……」

 夢の中で咲が抱きついてきた。現実なのか、夢なのかわからなくなる。今までは声が聞こえてくるだけだった。今日はなぜか咲のぬくもりを感じる。

『ハル君……』
「咲、どうしたんだ?」
『うぅん……何でもない……私、そろそろ行かなくちゃ……』
「え?行くってどこへ?目覚めたら僕等と元の世界へ帰ろう」
『……アリガト。でももう――』
「咲?」


……
………

「咲……」

 目が覚めると、部屋の天井を見上げたまま僕は泣いていた。まるで咲に最後の別れを告げられた……そんな気がした。
 僕はベッドから起き上がり保健室へと向かう。時計を見ると眠ってから1時間程経っていた。まだ皆は部屋から出た形跡は無い。疲れて眠っているのだろう。
 さっきまで楽しかったのに急に現実へと引き戻され、重い足を引きずり階段を降りていく。
 保健室の前で立ち止まり、ドアに手をかける。さっきの夢のせいだろう。嫌な予感しかしない。

ガラガラ――

「咲、大丈夫か?」

 寝たきりの咲からの返事があるわけもなく、そのままベッドへと近付く。

「咲?」

 咲に声をかけると、開けていた窓から風が抜けカーテンが揺れる。
 そこには……ベッドには、咲の姿は無かった。

「え……?咲……どこへ?」

 辺りを見渡すが、咲の姿は見えない。ベッドに横になってはいたのだろう。掛け布団がわずかだかめくれている。

「咲!!」

 声を出し、呼んでみるが返事はない。元々、話すら出来なかったのだ。返事があろうはずがない。
 カーテンを開け、外も見てみる。しかし暑い日差しが照らす校庭には誰もいなかった。

「1人で歩いて……どこかへ行った?いや、そんなわけは……」

 窓から顔を出しキョロキョロとしていると、2階の窓から麻里が顔を出し僕を呼ぶ。

「春河君!ちょっと来て!急いで!」
「すぐ行く!」

 麻里の慌てぶりと、咲の姿が見えなくなったタイミング。もしや2階に咲が!そんな思いを抱いて、階段を駆け上る。

「麻里!咲がいたの――!」
「春河君!これを見て!」
「え?」

 麻里が姿鏡を指差す。メアリーもアリスちゃんも起きて来て鏡を真剣に覗いている。

「鏡?どうしたんだいった――!?」

 そこには、姿鏡の向こうで泣きじゃくる……いつきがいた。

「いつき?あっ!鏡が繋がったのか!」
「春河君……。いっちゃん、もう1回詳しく話してくれる?」
「ひっく……ひっく……う、うん……」

 泣きじゃくるいつきが落ち着くのを待って、話を聞いた。

「……今朝、学校に来たら全校集会があって……。今朝……咲さんが……亡くなったって……ひっく……」
「え……」
「皆に早く知らせないとって思って、鏡に呼びかけたけどやっぱり反応無くって……。それで今日は鏡を物置まで出したの……そしたらようやく繋がった……」
「咲が……死んだ?」
「ハル?ねぇ……そっちに咲さんはまだいるんだよね?そっちの世界では生きているんだよね?」
「……」

 いつきの言葉に何も返せず、ただただ言葉にならなかった。僕もいつの間にか泣いていたのだろう。
 すぐにメアリーが保健室に確認しに行く。しかし帰ってきたメアリーは首を横に振った。
 それを察した麻里もまた手で顔を覆い……そして泣いた。
 アリスちゃんもメアリーも、僕達にかける言葉も見当たらず、ただ黙って見守っていた。
 アリスちゃんがいつきにまた連絡をする旨を伝え、姿鏡の通話を終える。
 夢で見た咲。あれが最後の会話だったのだろう。

「肉体を失った魂は例外があるにせよ、ほとんどの者が亡者となり彷徨う。じゃが今回の場合、東宮咲の魂は冥界へと直接向かう事になるじゃろう」
「冥界……」

アリスちゃんの言葉に皆、耳を傾ける。

「うむ。冥界へのバスは毎月8日。今頃、東宮咲は審判を受けておるはずじゃ。そして冥界への切符をもらうじゃろう」
「アリスちゃん、それは……8日のバスでもう1度、咲に会えると言う事か?」
「わしからはこれ以上は言えぬ。後はお主等次第じゃ」
「……わかった。ありがとう、アリスちゃん」
「うむ……」

 それから4日が経ち、9月8日になった。もし咲にもう1度会えるとしたら、最後に何て伝えよう……。
 あっと言う間に時間は過ぎ18時になる。僕らは正門近くのバス停でバスが来るのを待つ。
 今日の日の入りは18時30分。それを過ぎると正門の外には亡者が現れ始める。それまでに一目だけでも咲に会いたかった。
 18時を少し過ぎ、冥界行きのバスがゆっくりと走って来た。夕陽が反射し、バスの中は良く見えない。

「咲の姿は……?」
「見えないわ。夕日が眩しくて……」
「イナイ……カモシレナイ……」

 冥界行きのバスが停留所に停車する。そしてバスから1人の女の子が降りて来た。
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