ミラーワールド

ざこぴぃ。

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第2章

第13話・夜中の訪問者

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 ――9月8日18時。

「もし咲にもう1度会えるとしたら、最後に何て伝えよう……」

 あっと言う間に時間は過ぎ18時になる。僕らは正門近くのバス停でバスが来るのを待つ。
 18時を少し過ぎ、冥界行きのバスがゆっくりと走って来た。夕陽が反射し、バスの中は良く見えない。

「咲の姿は……?」
「見えないわ。夕日が眩しくて……」
「イナイ……カモシレナイ……」

 冥界行きのバスが停留所に停車する。そしてバスから1人の女の子が降りて来た。

「さむっ!バスはエアコン効きすぎですわ!まったく!あら?」
「クロコロ!」
「あなたは確か……千家春河……でしたわね?」
「あぁ、バスを待ってたんだ。中に咲って言う女の子は乗ってなかったか!」
「ぶしつけに何ですか。私はねぇさまが心配で戻って……!?」
「うむ。お務めご苦労じゃった、クロコロよ。はて?シロコロの姿が見えぬ様じゃが?」
「ね、ねぇさま!お会いしたかったですわ!」
「クロコロ!咲は――!」
「はぁ、咲咲うるさいですわね……。バスには人の形をした者は私以外にいませんでしたわ。ご覧なさい。車内に虹色の玉が見えるでしょう?あれらが冥界へと行ける魂達ですわ」
「魂……じゃあ咲は……」
「魂は見た目では判断が付きませんわ」
「咲……」
「春河君……」

 肩を落とす僕の背中に麻里が手を当てる。最後に一言『ありがとう』と言いたかった。それすら……それすら言えないなんて。

「咲……!!」
「オイ!バスが出発するゾ!」

 ――プシュゥゥ。フォン。

 バスのドアが閉まり、排気ガスとクラクションがお別れの合図の様に聞こえた。
 目の前を去りゆくバスを僕らは何も出来ず、ただただ見送る。

「あっ!春河君!バスの後ろょ!」

 麻里がバスを指差し、うつむいていた僕は顔を上げる。バスの室内はよほど温度が低いのだろう。窓が白く曇っている。
 そして、その曇ったリアウインドウに文字が浮かび上がった。

『あ・り・が・と・う』

と。

「咲!?」
「咲さん!!」

 あれはきっと咲が書いたものだと思う。魂の形になり、もう言葉を交わす事は出来なかった。だけど最後に一言だけお礼を言ったのだと思った。

「こっちこそ……今までありがとう……!」
「咲さん……!さようなら!」

 麻里はバスの背に手を振り、僕は地面に頭をつけ……泣いた。
 陽が傾き始め、アリスちゃんに促された僕達は夜が来る前に正門に鍵をかけ、昇降口まで戻る。

「ねぇさま!ゴロゴロ……」
「暑苦しいの……クロコロよ、先の質問の答えじゃが?」
「はいっ!シロコロですわね!」

 クロコロの話では冥界大運動会に参加した日に偶然にも知り合いに出会い、シロコロはしばらく冥界に滞在してから帰って来るそうだ。

「知り合い?はて……」
「ねぇさまもご存知の人ですわ!」
「……誰じゃ?」
「……婆やが、婆やがいたのです」
「!?」
「猿渡キヨ……正真正銘の婆やが……うぅ……」
「そうじゃったか。婆さんは冥界に送られておったのか」
「はい……。それでしばらくシロコロは冥界で……」
「良い良い。しばらく休ませるが良い。あやつも霧川の事もあり、しんどい思いをしたからの」
「はい!ねぇさま!」

 2人の会話が夕焼けに染まる校庭に響く。僕は遠くを見つめ、麻里とメアリーはその僕を心配そうに見守る。

「さて、飯にしようかの。お主ら準備をいたせ」
「はい!ねぇさま!」
「アリスちゃん……そうね、ご飯にしましょ。メアリー、春河君を部屋に連れて行ってくれる?」
「合点承知ノスケ」
「咲……」

 翌日、麻里がいつきにも咲の最後の話をし、いつきも鏡の向こうで……泣いた。でもこれで良かったんだ。ミラーワールドで最後に咲にまた会えたんだから……。

 ――それから数日が経ち、日常生活が徐々に戻ってきた。クロコロが来たおかげで冷蔵庫の移動が出来たり、メアリーが待ちに待った肉を調達して来てくれたのだ。

「ニクゥゥゥゥ!!ハァハァ……!」
「犬か!メアリー!落ち着け!こら!待て!麻里!メアリーをとめてくれ!」
「えぇ!春河君が止めれないなら、私では無理ょ」
「やれやれ……やはり人間は欲深いのぉ……」
「ねぇさま!おっしゃる通りですわ!貴様ら!ねぇさまを見習いな――」
「クロコロよ。わしが1番大きい肉な」
「見習いなさ……はい!ねぇさま!もちろんですわ!」
「親方!ズルイ!ワタシにも1番大きい肉ヲ!」
「無礼者め!ねぇさまが1番なのですわ!」
「ムスゥゥ!」

 その日は1ヶ月ぶりの肉に喜び、お腹いっぱいになるまで食べた。
 咲を失った悲しみで出来た心の穴は、簡単には塞がらないだろう。だけど、こうして皆で笑っている時間は幾分か気が紛れ、すごく助けられた気がした。
 もし僕が現世界で、咲の事切れる瞬間に遭遇していたらどうだっただろう。こんなに冷静でいれただろうか。そうやって自問自答を繰り返す……。
 皆と笑って食事を楽しんだが、咲の事が頭から離れる事は無かった。

 ――深夜。

 ふと、目が覚めトイレに行きそのまま1階へと降りていく。僕は保健室のドアを開け、いるはずもない咲の姿を探す。

「誰もいるわけないか……」

 淋しい様な、少し安心した様な複雑な気持ちになる。僕は保健室を後にし2階へと戻ろうとすると……

ギィィ――

昇降口のドアが……開いた気がした。

「誰だ……?」

 近付くとドアは半開きで開いている。鍵は掛けてあったはずだ。必ず夕方に見回りをし、毎日鍵を掛けている。
 昇降口のドアはガラス張りだ。ドアを開けなくても外の様子は伺える。

「誰も……いない?」

 しばらく息を殺し、ドアの隙間から様子を伺ってみたが人の気配はない。不用心なので一度ドアを閉め、鍵を掛け、しばらくそこから外を監視する。

「……」

 30分程そのまま様子を見ていたが、何も起きず、誰もいなかった。
 不審に思いながらも、重い腰を上げ2階へと戻る。

カタン――

 今度は2階で物音がした。誰か起きて来たのだろうか?急ぎ、部屋のある音楽室へと戻る。
 暗闇に目が慣れてはいるが、人影を発見する事は出来ない。もちろんアリスちゃん達が起きている気配は無く、と言うのはただの直感だ。本当に誰かがいるのかはわからない。
 時刻は深夜3時過ぎ。時計の秒針が右から左へと回っていく。
 音楽室の椅子に腰掛け、またしばらく様子を見る。30分、1時間と時間は過ぎ、結局朝まで何も起きず、僕はいつの間にか、テーブルに突っ伏しウトウトと眠っていた。

 ――翌朝、皆を集めて昨夜の出来事を順を追って説明する。

「――という事が昨夜あって、気のせいかもしれないんだが……」
「クロコロ、どう思う?」
「ねぇさま。1人心当たりが……」
「うむ……申してみよ」
「はい。数日前からあの者の姿が消えた、と報告が上がっており捜索中でした」
「あの者とは?」
「名は木下愛梨……ミラーレスに操られている可能性があるとして見張っておりました」
「うむ。鏡の欠片を東宮咲に届けた人物か」
「はい、その様に報告を受けております」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!木下って、麻里の後輩の子だったよな!その子が何でミラーワールドにいる事になるんだ!」
「そうょ!愛梨ちゃんは現世界でピンピン……!?まさか……嘘でしょ……」
「そのまさかじゃよ。ミラーレスが手をかけ、この世界に迷い込んだ可能性があるのじゃ」
「そんな!」
「愛梨ちゃんまで……!ねぇ!アリスちゃん!現世界の愛梨ちゃんは無事なんですか!」
「クロコロよ、どうなのじゃ?」
「はい、猿渡族の話ではちょうど東宮咲が息を引き取った日から姿が無いとの事……」
「うむ。早急に探させよ」
「はい!ねぇさま!」
「春河、麻里、メアリーよ。聞いての通りじゃ。わしらは今夜、見張りをしてそやつの正体をつきとめるぞ」
「あぁ、わかった」

 こうして、僕達は夜になるのを待ち、学校に出入りしてる者の姿を探す事にした。昇降口のドアが見える位置にある放送室に僕と麻里、体育館の出入り口が見える位置にある家庭科室にクロコロとメアリー。そしてアリスちゃんは音楽室で2階の監視だ。

 ――深夜2時。

「ねぇ、春河君。そろそろじゃないかしら?」
「あぁ、昨夜は3時前後だったと思う……」
「しかしここ狭いわね……」
「玄関が見える位置はこの角度だけだからな……」
「そうなんだけど……」

 椅子に座っている麻里が、校内が見渡せる内ガラスに顔をくっつけ、玄関の様子を伺う。

「おい、麻里。あんまりもたれかかると危ないぞ」
「だって良く見えない……ょ。んん……」

 麻里が椅子から身を乗り出し、隣に座っている僕の足の上に上半身を預ける。

「ちょ、麻里!その……」
「この体勢、楽かも!春河君重くてごめんね!」
「あ、いや……そうじゃないと言うか……大丈夫なんだけど……」
「ん?どうしたの?」

 麻里の柔らかい胸を太ももで感じ、僕の息子が寝返りを打ちそうになる。

「ま、麻里……我慢出来なく……な……」
「シッ!今、玄関に誰か――!」
「今は来るんじゃねぇ」
「え?春河君、何か言った?」
「い、いや、もう少し、体勢を低くした方がいい」
「うん……」

 麻里がさらに胸を太ももに深く押し当てる。僕の息子が元気に挨拶をするのも時間の問題だ。

「うぅ……」
「シッ!玄関が開くわ……」
(来るな!今は来るな!もう少し楽しんでか――)

――カチャ

 その音で急に僕の息子は部屋へと戻っていく。と同時に心臓の鼓動が早くなるのがわかる。

――キィィ……

 麻里の頭の上から僕も内ガラスに顔をくっつけ、玄関を見る。

「あれ、愛梨ちゃん……だと思う」
「あの子が木下愛梨……」
「あれ?体育館の方へ行くわょ……」
「クロコロ達に任せよう」
「えぇ……」

 僕と麻里はそのまま息を殺し、愛梨が廊下を通り過ぎるのを待つ。
 愛梨が体育館に向かうのなら監視しているクロコロ達が見つけるだろう。5分程時間を置いてからクロコロ達の所へ向かう事にした。

「愛梨ちゃんは外から入って来た……学校の鍵を持っている事になるわ」
「そうだな、どこで手に入れたんだ?鍵は職員室のキーボックスに入ってるはずだ」

 単純な話で、僕らは活動拠点が学校周辺のみだ。昇降口に鍵を掛けて出かける事はした事がない。そう、外から鍵を掛けた事がないのだ。

「明日、確認しよう。僕らが鍵を使わないからといって、誰でも使える状態なのは危険すぎる」
「そうね」
「そろそろ、クロコロ達の所へ行こうか」

 僕と麻里は放送室のドアを慎重に開け、昇降口前のホールへと出る。密室にいたせいか、ホールの冷たい空気が体にまとい身震いした。
 そしてこの後、クロコロ達の元へと行くと奇妙な事が起きていた。

「え?どういう……」
「ダカラ、誰も通ってナイとイッタンダ」
「そんな馬鹿な……だって愛梨はこっちへ歩いて……」
「春河、本当に来ていませんわ。メアリーも私もずっと廊下と体育館の出入り口を見ていたから間違いないわ」
「まさか消えた……?」

 玄関から廊下を左に曲がり、1階のトイレを右に曲がり、突き当りまでまっすぐ行くと体育館への渡り廊下に出る。
 突き当りの右手には家庭科室があり、クロコロとメアリーはそこにいた。渡り廊下に出るにも扉を開けないと出られない。

「いったいどこへ消えたんだ……」

その日は結局、愛梨の姿は見つからなかった……。
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