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第2章
第18話・山田ミミ
しおりを挟む――10月10日午前9時。
「そろそろクロコロ達は着いた頃かのぉ……」
パキッ!
ズズズ……。
猿渡の持っていたせんべいを食べながら、アリスちゃんはお茶をすする。
そして足下には、猿渡が狩ってきたネズミが横たわっている。
「これはアレか。のぉ、猿渡よ……」
「はっ!アリス様!ご命令により、ネズミ……いえ、少し大きめのヌートリアを捕らえて参りました!」
「うむ。結構なお手前で……ズズズ……。さて、猿渡よ」
「はっ!何で御座いましょう!アリス様!」
「ネズミと言うのは、例えであってな。本当に捕まえて――」
「何と!もう1匹ご所望で御座いましたか!申し訳御座いません!直ちに行って参ります!」
「あっいや、ちょっと待――」
猿渡は先程同様、窓から飛び降りる。
「っと待て――そうか。そうなるのか。ズズズ……」
アリスちゃんはまた窓の外を見つめ、お茶をすする。
「いい天気じゃのぉ……」
………
……
…
パキッ!
ズズズ……。
人骨を踏み、滑る足元に苦戦しながらも僕達はついにミラーレスの根城に到着した。
雑に立てかけてある姿鏡を抜けると、風景が一変する。
「ここが……ミラーレスの根城……か」
「聞いてたよりも遥かに大きいですわね……」
「ナツカシイ限リ」
メアリーに冗談で言っていたが本当に実家らしい。
僕達が足を踏み入れたのは中世ヨーロッパのまさに城だった。赤い絨毯が通路を横断し、2階へ上がる階段は螺旋状になっている。見たことない大きさのシャンデリアがあり、見渡せる限りの廊下には多数の絵画が飾ってあった。
「メアリーの実家って金持ちなんだな……」
「フッ、庶民の発想ダナ。お城の生活など窮屈な日々ダッタ……」
メアリーは誰に言われるわけでもなく、当たり前の様に廊下を歩き出す。
「誰かいますわ、春河。気を付けて」
2階へ上がる階段の前にメイド服を来た老婆と若い女性の2人が待っている。
「皆様、はじめまして。このお城のメイド長をしております、山田と申します」
「みなさま、はじめまして!めいどの山田ミミと申します!」
「ミミ!ヤマンバァ!カエッタ!」
「メアリー様、おかえりなさいませ。ヤマンバァではありません。山田でございます」
「メアリー様おかえりなさいませ!」
2人のメイドがメアリーにお辞儀をする。どうやらここが本当にミラーレスの城らしい。
「クロ、ハルカ。こっちが山田のバァサンと、ミミダ。小さい頃から一緒にアソンデル」
「山田のばぁさん……あっ。それでヤマンバァか……」
「お初にお目にかかります。クロコロ・チャンと申します。こちらが――」
「千家春河様で御座いますね。存じ上げて申します。さ、奥様がお待ちです。お二人は私がご案内致します。ミミ、メアリー様を――」
「はい!メアリー様はこちらへ!」
メアリーは別室に通され、僕とクロコロは山田さんが案内してくれる。
メアリーが一瞬、クロコロと目配せした。たぶん大丈夫なのだろう。そのまま何も言わず別行動を取る事にした。
「しかし、広いお城ですね。山田さんはお一人で管理されているのですか」
「いえいえ、他にも執事やメイドがいます。今日は他の世界へ……いえ、皆仕事で外出しています」
「そうですか……。ちなみに奥様と呼ばれているのが、ミラーレスさんで間違いないですか?」
コツンコツンコツン……
3人が歩く音が城内に響く。本当に他に人の気配を感じない。静かすぎて警戒してしまう。
「えぇ、間違いないです……ですが……」
「ですが?」
「……はい。奥様は最近……ここ数ヶ月前からでしょうか。ちょっとご様子がおかしいと言うか、以前と違うと言うか……。いえ、今のは老婆の戯言ですので忘れてください」
「とんでもないです!貴重なお話ありがとうございます。僕達も……そのつもりでお会いします」
コツンコツンコツン……
「こちらで御座います」
「山田さんありがとうございました」
「それではご無事をお祈り致しております」
山田のばぁさんが最後に意味深な言葉を残し、大きなドアを開けた。
目の前には大きく開けたホールがあり、真ん中には白い布が被せられたテーブルが配置してある。そしてテーブルの上には綺麗な食器が並べられていた。
初対面で、敵対する僕達と食事でもしようと言うのか。
「よくおいでまシタ。千家春河……サン……。さぁ、テーブルについてくださいマシ……」
「あなたがミラーレスさん……で間違いないですか」
「えェ……」
ミラーレスの正面に僕が座り、左隣りにクロコロが座る。ここに座りなさい、と言わんばかりに食器が配置してあったのだ。
ミラーレスまでは席が10席程度空いている。敵対する者なのだ、当たり前の距離ではある。
「そこの黒いお方、そんなに殺気を出さずとも良イ。まだ取って食ったりはせセヌ……まダ……」
「はい……」
震えている?いつも気丈なクロコロの手が震えている。ミラーレスの威圧は凄い。確かにあのするどい目を見ると引き込まれそうになる。
クロコロの表情はいつもに増して険しいものになっていた。
メアリーとミミの姿はまだない。食器も僕とクロコロ、それからミラーレスの物しか用意してない所を見ると別扱いらしい。
「僕達はあなたと食事をする為にここへ来たわけではない。愛梨が持ち帰った姿鏡を返してもらおうか」
「ふふふ……!これは失礼……返してモラウ?」
「あぁ……そうだ」
「あの姿鏡は元々、私等の持ち物デス。ずっと探して……ようやく見つけて持って帰らセタ……これのどこに問題あると言ウノ?」
「こっちは命懸けでここまで来たんだ。僕等が無事に現世界に戻れたら返す……」
「盗人の言う事を信用しろとデモ?」
「……盗人か。……元は僕の祖母がアリスちゃんに頼んで作ってもらった世界……。僕達が次の8月8日に現世界に戻れれば、もうあの世界は返しても構わない」
「アリスチャングリラがそれを黙って許すとデモ?」
「……僕が説得する」
「あっははは!千家……お主気に入ッタ。私の所へ来ヌカ?」
「断る。あなたは僕から大事な物を奪った。死んでも……許さない」
「ふん、下手に出てればいい気になりオッテ。面白くナイ……。オイ!山田!山田!」
「はいっ!奥様!」
どこからともなく山田の婆さんが現れる。
「山田、例のヤツを持って来テ」
「かしこまりました、奥様……」
婆さんが横目でチラッとこっちを見る。クロコロも気付いた様だ。そして、山田の婆さんに気を取られた次の瞬間!!
ガチャ――
「え?」
足元で鍵が開くような音が聞こえ、体が吸い込まれる感覚に襲われる。目の前からミラーレスと婆さんの消え、次の瞬間には目の前が真っ暗になる。
「春河!掴まりなさいっ!」
「これ落ちて――!?」
クロコロの伸ばす手に掴まった反動で体は無重力状態から解放され、急に重さを感じる。
クロコロの手を掴んだが、徐々に体は下へ下へと下がっていくのがわかる。
「くっ!!」
「クロコロっ!」
クロコロがとっさに小刀を壁に刺したのだ。その小刀で2人の体重を支えるのは到底無理に思えた。
「不覚っ!!春河!いいですか!よく聞きなさい――!」
「!?」
そう言うとクロコロは壁から小刀を抜いた……。
…
……
………
「奥様、よろしかったので?」
「あぁ、地下で亡者の餌になるがイイ……千家の魂だけ後で頂くとシヨウ」
「アリスチャングリラの方はいかが致しましょう。まだあの方からの連絡も途絶えたままです」
「ふむ……南宮カ。ミラーワールドで捕まったのカ……?猫はもう使えナイ。次はミミでも向かわせルカ」
「そ、それは!?」
「なんだ山田?私に逆らうノカ?」
「……い、いいえ」
「ならばミミに向かわセヨ。以上じゃ、下がるが良イ」
「……は、はい。奥様……」
………
……
…
「いてて……」
「春河……大丈夫かしら?」
「あぁ、クロコロがちょっと重い……」
「あら、失礼ね」
落下する際、壁に足の裏をつけ滑るように降りろと、クロネコに言われ言う通りにした。感覚的に10m程は落ちただろうか。大きな怪我も無く、クロコロのとっさの判断に救われた様だ。
「ここはどこだ……」
「暗くて見えませんが、目が慣れるまでじっとしていましょう」
「あぁ……」
数分すると目が暗闇に慣れ、足元を見てゾッとする。僕とクロコロは地下の底から1段高い通路に座っている。そして2m程下にある地面だと思われる所には無数の影がうごめいていた。
「ひっ!?」
「あれは亡者ですわね……まっすぐ落下していたらそのまま御臨終でしたわね」
「犬走りの通路に落ちて助かったのか……ありがとう、クロコロ」
「いいえ、こんな所で春河に死なれたらねぇさまに会わす顔がありませんわ。さっ、そろそろ行きますわよ」
「あぁ……」
クロコロに手を借り、立ち上がる。そのまま壁に手を付けゆっくりと通路を進む。足元では僕達に気付かない亡者達が何かを求めて彷徨っている様に見える。
「クロコロ‥…ミラーレスにかなり怯えた様に見えたけど、あいつを知っていたのか?」
「いいえ、ただの演技ですわ。隙を伺ってましたの」
「なるほど、そういう事か」
「えぇ、そして山田さんが目で合図を送ってくれた瞬間に小刀を抜きました。まさか落下するとは思いませんでしたけど……」
「本当に助かった。この亡者の中に落ちてたらと思うとゾッとする……。婆さんにも感謝しなくちゃな」
しばらく進むと通路の終わりに扉が見えてくる。先導するクロコロが扉を開けると、中には明かりが点いており広間になっていた。急な眩しさで目が慣れるまでまたしばらく広間の入口で立ち止まる。
「階段……?」
「えぇ、この広間から地上へと戻れそうですわね。しかし……」
広間に入り中を見渡すと、階段が見える。が、四方八方全部で10の階段がありどれが正解かわからない。上りもあれば下りの階段もある。
「参りましたわね。罠の匂いがぷんぷんしますわ」
「あぁ……これじゃ、どれが正解かわからな――」
「しっ!誰か来ますわ……」
「……」
2時の方向の階段から誰か下りてくる。静かな広間に不気味な足音が複数聞こえてくる。僕とクロコロは持っている武器に手をかけ、何者かが下りて来るのを待つ。
そして――
『壁にミミ有り……障子にメアリー!!』
広間に響く、2人の声に驚いた。
「メアリー?と……ミミ?」
「ホラ!言ったじゃナイカ!どん滑りしてイル!」
「そそそんな事ないですわ!メアリー!小さい頃にこれで奥様は笑っていましたわ!」
「そんな昔のコト、覚えてナイ」
「きぃぃ!メアリーは変わってしまったのですね!」
「そうダナ。胸が大きくナッタ」
「きぃぃ!そうやって胸を強調するのは不良ですわ!この不良!」
2人のやりとりにしばし呆然とし見入っていたが、クロコロが静かに口を開く。
「茶番はそこまでにしてもらえませんか。覚悟しなさい……」
クロコロは小刀ではなく、短剣を抜いた……。
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