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第2章
第19話・おハナ
しおりを挟むミラーレスの罠により地下室に落とされた僕とクロコロを待っていたのは、別行動をしていたメアリーとミミだった。
『壁にミミ有り……障子にメアリー!!』
広間に響く、2人の声に驚いた。
「メアリー?と……ミミ?」
「ホラ!言ったじゃナイカ!どん滑りしてイル!」
「そそそんな事ないですわ!メアリー!小さい頃にこれで奥様は笑っていましたわ!」
「そんな昔のコト、覚えてナイ」
「きぃぃ!メアリーは変わってしまったのですね!」
「そうダナ。胸が大きくナッタ」
「きぃぃ!そうやって胸を強調するのは不良ですわ!この不良!」
2人のやりとりにしばし呆然とし見入っていたが、クロコロが静かに口を開く。
「茶番はそこまでにしてもらえませんか。覚悟しなさい……」
クロコロは小刀ではなく、短剣を抜いた。
そして――
「クロコロ!待て!メアリーは――!?」
僕がクロコロを止めようと声を発した瞬間にはすでに遅かった。目の前でメアリーが膝から崩れ落ちる。
「メアリー!!」
床にはどす黒い血が広がっていく。クロコロはメアリーの背中から短剣を引き抜いた。
「カハッ!」
「キャァァ!!」
「メアリー!!おいっ!クロコロ!何て事を!」
ミミの叫び声と僕の声が広間に響く。
「2人共、少し静かにしなさい……」
クロコロが短剣の血を払い、静かに答える。
「静かにって!メアリーを刺す必要は無いだろ!」
「はぁ……。春河良く見なさい……」
「良く見ろって、メアリーが血を流して……え?」
目をこらすと、メアリーの後ろに……もう1人誰か倒れている。
「あれ……?メアリーを刺したんじゃ……?」
「ウウッ……ダレダ!後ろから膝カックンしたやつハ!デテコイ!」
「メ、メアリー?」
ミミに手を借り、メアリーが立ち上がる。クロコロが刺したのはメアリーの後ろにいた亡者だった。
「まだ12時の方向から降りて来ますわ。ここは早く抜け出ないと追い詰められます」
「あぁ、勘違いしてすまない」
「いえ」
ミミに道を確認し、8時の方向の階段を下りていく。
「ミミ達が来た階段を上るんじゃないのか?」
「いえ、あの階段は私の部屋に繋がってはいますが、奥様の部屋の近くに出るので危険です」
「それで、ここを下りるとどこに出るんだ?」
「一旦下がりますが、すぐに上りになります。この道は途中、隠し通路があり宝物庫の上に繋がっています。そこに姿鏡があると思われます」
「そうなのか!助かる!」
ミミ、クロコロ、僕、メアリーの順で、ミミの後を付いて走る。何度か上り下りがあり、道を知らなければ引き返してしまいそうな道だ。そしてミミの言っていた隠し通路に入り、しばらく走ると明かりが見えてくる。
「着きますわ、頭に気を付けて下さい」
「あぁ、わかった」
階段を上ると狭い空間が広がっていた。点検用の空間だろうか。四つん這いになりさらに奥へと進む。
「ここですわ。中には……誰もいないみたいです」
「私が先に行きますわ」
クロコロが点検窓を外し、先に室内へと降りる。間接照明しか点いていない薄暗い部屋だ。クロコロが辺りを見渡し『降りて来い』と合図をしてくる。
「よし、行こう」
僕達は宝物庫に潜入した。
………
……
…
「アリス様!こちらがヌートリア2になります!」
「うむ、猿渡よ。ご苦労じゃった。それではお主にさらなる試練を与えよう」
「はっ!アリス様!何なりと!」
「校内に人間の姿をした者がおるはずじゃ。そやつを――」
「先程、ちょうど人間を見かけましたので、挨拶はしておきました!」
「うおぉい……わしが探してるのはそやつじゃな。そやつと対話がしたい、拘束して来るのじゃ」
「はっ!アリス様!」
「良いか?くれぐれも傷付けぬ様――」
そうアリスちゃんが言おうとした時にはすでに猿渡の姿は無く、またその場に持っていたであろう武器の数々が並べて置いてあった。
「うむ。縄や煙幕まで置いていくなど、おっちょこちょいだのぉ……ふぅぅ……」
アリスちゃんが時計を見ると11時を回っていた。外は晴天。とても気持ちの良い日の事だった。
…
……
………
僕達は宝物庫でようやく姿鏡を見つけた。愛梨が持ち去ったと思われる物だ。
しかしここでもミラーレスの罠は仕掛けられていた。
「どれだよ……」
「これはまずいですわ……」
宝物庫の一角に立て掛けられた姿鏡は、100を軽く越えるほどの姿鏡だった。
「見た目……もほぼ同じか……。これが普通の鏡なのか、ミラーワールドへ繋がっているのかもわからない……クロコロ、どうする?」
「……1枚ずつ覗いて行くしか。しかしこの数を確認するとなると……」
「マイッタ。ミミ、おハナは今日はイナイのか?」
「あっ!その手がありますね!探してきま……」
ミミがおハナと言う人を探しに行こうとして扉の前で立ち止まる。
「どうしたんだ?ミミ」
「千家様……ここからどうやって出るんでしょう?」
「へ?その扉を押すなり引くなり……あっ」
扉には外にチェーンが掛けられており、内側からは外れない。
「点検口から行って参りますわ。メアリー、皆さんをお願いね」
「ワカッタ。気を付けテ、イケ。早くイケ」
「わかってますわ!べぇ!」
ミミは下りてきた点検口に再びよじ上り、天井の中へと消えていく。
僕達はミミを見送ると、また姿鏡とにらめっこを始める。
「そのおハナさんが来たとして、この中からアリスちゃんの姿鏡を見つける事は可能なのか?」
「オウ。おハナは誰より鼻が利く。オヤカタの匂いがわかるかもしれナイ」
「なるほどな、犬みたいな感じか。クロコロ、アリスちゃんの匂いが付いてる物を何か持ってないか?そもそもアリスちゃんの匂いが無いと判別出来ないだろ」
「それもそうですわね。でも、さすがに今日は持ってないかもしれないわ。何かあったかしら……」
クロコロは下げていたポシェットをあさり始める。
「これがねぇさまの替えの靴下と……歯ブラシ……あと……」
「……あるんだ」
アリスちゃんの靴下を用意し、ミミが帰って来るまで宝物庫を物色する。すると、メアリーが何かを発見した。
「これっテ……ニンゲン……?」
「え?」
メアリーが指差す先の鏡に人影らしき者が写っている。暗くて良く見えないのでクロコロに手伝ってもらい、間接照明の近くまで引っ張り出した。
「こ、これは木下愛梨……ですわ」
「ネコが何でこんなスガタ二……」
「なんで愛梨がこんな姿になっているんだ……」
鏡の中に苦しそうな顔のまま、固まった愛梨がいる。僕達の予想では愛梨はアリスちゃんの姿鏡を盗み、女子トイレの鏡からこのミラーレスまで逃げたと思っていた。しかし鏡を持ち帰った愛梨がなぜ鏡の中に閉じ込められ、悲痛な顔をしているのかがわからない。
「十中八九、ミラーレスの仕業なのだろうけど……自分の手下にまでこんな仕打ちをするのか……」
「そのまま鏡には触れないで下さいませんか。少し考えます」
「クロコロ……頼む。盗んだのがいくら愛梨のせいだとしてもこの姿のままで、ほおっておくわけにはいけない……」
「えぇ、そうですわね。春河にしては良い判断だと思いますわ」
「……」
メアリーはじっと鏡を見つめ、時々小声で何かを言っている様に見える。
「エェ……ソウネ……デモ、オマエガワルイ」
「メアリー?何をブツブツ言ってるんだ」
「ネコ、イキテル。声は小さいがキコエタ……鏡を割って、てイッテル」
「生きてるのか!クロコロ!」
「離れて下さい。鏡を割ります!」
クロコロが短剣を抜き、柄の部分で鏡を思いっきり叩く!
鏡にひびが入り、ひびは徐々に広がりそして割れた。
鏡が割れると中にいた愛梨が倒れ込むように出てきた。氷のように鏡で固めてあった様だ。
「愛梨!大丈夫か!」
「ハァハァ……」
呼吸は荒いが生きてはいる。しかし顔色は悪く、このままでは命に関わると思えた。
「春河、これを飲ませて」
クロコロが小さな瓶を渡してくれる。瓶には透明な液体が入っていた。
クロコロから瓶を受け取り、愛梨の口へと流し込む。一瞬、苦痛な表情を浮かべたがだんだんと落ち着き、次第には寝息を立て始める。
「クロコロ、この液体は?」
「秘薬ですわ。体中の細胞を一時的ですが強制的に回復させて、数時間かけて徐々に正常な状態へと戻します」
「そうなのか?助かったよ、ありがとう」
愛梨を宝物庫にある豪華なソファに寝かせ、様子を見る事にした。
時刻は13時を回り、もうあまり余裕が無い事を示している。日没は18時頃だ。辺りを暗闇が包むと、どこから亡者が現れるかわからない。
そうこうしていると、ようやくミミが誰かを連れて帰ってきた。ミミが宝物庫のチェーンを外してくれたおかげで内側から鍵を開け、外へと出られる。
「ミミ!おそかっタ。母上に見つかったのかと思ったゾ」
「メアリー!それは大丈夫!おハナがなかなか見つからなくて――」
「おい、メアリー!!久しぶりだな!」
「オォ、おハナ。オマエも相変わらず、おハナダナ!」
真っ黒に日焼けした短髪の女の子がメアリーとハイタッチをする。タンクトップの胸の膨らみに目のやり場に困った。
「おハナちゃん、はじめまし――」
「あぁ、あなた達が春河さんとクロコロさんか!よろしくな!俺はおハナ!」
「早速だけど――」
「おぅ!鏡だろ!ミミから聞いてる。そのアリスちゃんとか言う人の匂いは何かあるか?」
「えぇ、靴下はありますわ」
「よっしゃ!ちょっと貸してみ!……くんくん。ふぅん……なるほど……くんくん……」
靴下を片手に持ち、並べてある姿鏡の方へとおハナは向かう。
「ちょっとこの鏡をどかして、それとそっちも……そうそう、もうちょっと奥だな……くんくん……」
僕達はおハナに言われるまま、手分けして姿鏡を動かしていく。
――30分後。
「――これで最後だな。しかしこの3枚だけ同じ匂いがするんだよな。ここからは匂いだけじゃ絞れないぜ?」
「いや、おハナちゃんありがとう。ここまで絞れたら十分だよ」
「おハナ、役にタツ。私もウレシイ気がスル」
「そうですわ、100枚を3枚まで絞れただけでも十分です。おハナさんありがとうございます」
お礼を言われて少し嬉しそうなおハナは、愛梨の寝ている隣りのソファに座り休憩をする。ミミがどこからかお茶を用意し、美味しそうに飲んでいた。
「さて、クロコロ。残り3枚だ」
「えぇ……行ってみるしかないでしょうね」
「せーのでイクカ」
「そうだな。クロコロ、メアリー、気を付けてな」
「春河も」
「あぁ……行くぞ!せーの――!!」
3人は同時に姿鏡へと入って行った――。
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