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ふための少女
第4話・8月8日
しおりを挟む僕は夢の中でいつきに再会し、何者から逃げるいつきに手を引かれ、霧の湖にある祠の後ろへと来た。いつきは僕の静止を聞かず、岩壁にある小さな穴に入って行く。
そこへいつきを追って来た人物が霧の中から姿を現す。
「どこに行ったんだ……」
「!?」
僕はその男の姿にギョッとした!なぜなら、その男を知っていたのだ。幸か不幸か、僕は知ってるその男に思わず声をかけてしまった。
「あの!すいません!おじさん、ボート小屋の……」
「わっ!びっくりした!何だ、ボウズ。脅かすな!」
「すいません!おじさんはいつきさんを探しているんですか」
「あぁ、ボウズ。いつき様がどこに行ったか知ってるのか?」
いつき様?いつきを追ってるにしては、やけに敬う言葉を使う……。
「えぇ、知っています。ですが、追いかけている理由を教えてくれないと言えません」
「追いかけて……?はっはっは!ボウズ、それは勘違いだ。わしは領主様に頼まれて、いつき様を迎えに来ただけだ。この辺りは日が暮れると急激に気温が下がる。いつき様は生まれつきお体が……おっと、そんな話をしている場合じゃない。ボウズ、さあ、いつき様の居場所を教えてくれ」
「……」
この男が言っている事は本当なのだろうか。疑う余地もあるが……この男が言った様に、霧のせいか少し肌寒くなってきてはいる。
「えぇと……。あの穴の中に」
「穴?」
僕が指差した方向を男は見ると、ゆっくり近付いて行く。
「本当に……いつき様はこの穴に?」
「はい……止めようとしましたが、無理矢理入って行ってしまって……」
「……」
男は体をかがめ、穴を覗き込むと大声でいつきを呼んだ。
「いつき様っ!与一です!お迎えに上がりました!旦那様が心配されていますっ!いつき様!」
すると、穴の中からごそごそと音がする。
「与一!帰って!私は屋敷へは戻りたくないのよ!分かってるんでしょ!」
「いつき様!ですが!わしはいつき様の事が心配で――!」
「いいから!帰っ――」
2人のやり取りを後ろから見ていた僕もさすがに状況がわかり、与一に加勢する様に声をかける。
「いつきさん!春斗です!今日は帰りましょう!外はもう暗くなり始めています!いつきさん!」
「……」
返事はない。しかし、しばらくすると穴からいつきの手が見えた。ようやく帰る事に納得したらしい。
「いつき様!引っ張りますよ!」
そう、与一がいつきの手を持とうとした瞬間……。
――グラ。
僕は最初軽いめまいに襲われたのかと思った。
「何だ……ちょっとクラクラす――!?」
グラグラグラッ!!
突然、地面が波打つ様に揺れ始める!!
「地震だ!いつき様!早く!」
「キャァァァ!!」
いつきはびっくりし、穴の奥へと手を引っ込めた。僕は慌てて、地面に這いつくばると穴の中へと手を伸ばす。
――怖がらず、なぜもっと早くそうしなかったのか。たぶん、昨日のホテルでの恐怖がまだ僕の脳裏にあったのだ。狭い暗い空間に入る勇気がこの時の僕には……無かった。
「冷たっ……!?」
地面に這いつくばると、なぜか水溜まりがある。霧で良く見えなかったが、地面が濡れていたのか?いや、何かがおかしい。さっきまで小さいと感じていた穴まで、大きくなってる気がする……。
「こ、これは……地盤沈下か!ボウズ!立て!ここから逃げろ!」
「え?」
僕の体は与一に持ち上げられ、祠のある方向へと投げられる。上下左右の感覚を失い、そのまま地面へ転がった。
「いてっ!」
水がクッションとなりそこまでの衝撃は無かったが、かなりびっくりした。
既に水位が膝下位まで上がってきている。
僕が顔を上げると、与一が体を丸め、穴へと入って行く姿が見えた。
「与一さんっ!!」
グラグラ……グラグラグラッ!!
「ひゃぁっ!」
さっきより大きな揺れが起きる!足が震え、近くの木にしがみつく。
「収まった……?」
揺れが収まったが、何だかまだ揺れている感覚がする。
見ると、僕が木だと思ってしがみついたのはあの祠だった。屋根の下辺りまで水に浸かってしまっていた。
「神様……!いつきさんと与一さんを助けて下さい!お願いします!」
僕は祠に抱きつき祈った……。いや、祈る事しか出来なかった。
なぜなら……穴の入口はほとんど水の下に入ってしまっている。穴の中の状況はわからない。もし中の天井が高ければ水が引いた際に出れるかもしれない。もしかして別に逃げ道があるかもしれない。今はそう、信じる事しか出来なかった。
――そして3度目の揺れが来た時に僕は、祠にしがみついたまま、眩しい光に包まれ……気を失った。
…
……
………
「――ると!春斗!」
「……母さん……?あれ……ここは……」
「はぁ、良かった。あっ!看護婦さん!気が付きました!」
「はぁい!先生呼びますね!」
点滴を射ったまま眠った僕が急に苦しみだし、血圧脈拍が下がっていたそうだ。
ここは町の小さな医院、詳しく検査が出来ない事もあり、救急車で大きな病院に搬送前だったらしい。
「先生、血圧110―80……正常に戻ってます」
「うむ、春斗君、手を動かせるかな」
「はい……」
先生に言われ、手を上に上げ動かす。
「何だこれ……?」
手には藁の様な物が握られている。
「……これは藁?か。春斗君、これをどこで……?」
「さぁ……」
不思議そうな顔をする先生。
「服も濡れている。まるで溺れた様な……」
「先生!救急車入ります!」
「……あ、あぁ。分かった。お母さん着替えを持って、こちらの病院へ付き添えますか。MRIの用意をさせてますので――」
「はい、わかりました!」
皆が僕を救急車に乗せる準備をしている。僕の手に握られていたのは、たぶん祠の屋根部分だ……。3回目の地震で、もしかして僕は湖の中へ沈んだのか……?
僕はあり合わせの入院着を着せられ、車椅子に乗ると救急車で大きな病院へと運ばれる。
精密検査を受け、検査結果が出た時には既に夜だった。
「――そうですね、脳にも特に異常はありませんね。アレルギーも調べてみましたが問題ありません。……もしかしてですが一時的なショック状態に陥った可能性はありますね。以前来られた方が同じ様な……」
「はぁ……」
先生と母が色々話をしているが、僕にはほとんど聞こえなかった。疑問が多すぎて、現実を受け入れられていないといった感情だ。
「いつきさん……与一さん……」
………
……
…
あれは夢だったのだろうか。その日は母の実家に帰ったが、布団の中でもまだ考えはまとまらない。
明後日にはもう帰宅してしまうらしい。確認するなら明日しかない……。でもどうやって?
「ゆいかさんにまずこの事を伝えないと……」
僕はなかなか寝付けないまま、翌日を迎えた。
――8月9日。
たまたま母さん達は皆で買い物に出かけるそうだ。僕だけもちろん留守番。
「はる、今日は外出禁止!自転車も鍵をかけてるからね」
「うん……」
母にきつく注意された。自転車無しでも行けない事はない。徒歩で1時間半位か。すると妹の千草が近づいて来て耳打ちをする。
「鍵は仏壇の引き出し――」
「え?千草、お前……」
「千草!行くわよ!お婆ちゃん、ガスの元栓閉めた――?」
千草は舌をペロッと出し、母さん達と出かけて行った。何を察したのだろう。いつもなら、母さんと一緒になって『出かけたら駄目だからね!』とか言いそうなのに……。
「まぁ……家に帰ったら欲しがってたポケポケでもやろうかな……」
車のエンジン音が遠ざかるのを確認し、仏壇から自転車の鍵を取り出すと、家の裏に止めてある自転車にまたがる。
「10時……さて、行くか」
携帯をポケットにしまうと、僕は霧の湖に向かって自転車を漕ぐ。
途中、ホテルに立ち寄り外からロビーの様子を伺ってみるが誰もいない。今日は自動ドアも開かず、電気も点いていなかった。先日来た際に電気が点いた事、室内に入れた事を母に言った後に、鍵をかけたのだろう。
鍵が開いていた所で、まだ恐怖が勝っている僕は1人ではホテルには入れそうになかった。あの事務所にもしあの時誰かいたのなら……そう思うと未だに身震いがする。
11時少し前、僕は霧の湖に着いた。今日は霧は出ていない。風も無く、湖には空の雲が映っている。
真っ先にボート小屋へと向かったがやはり廃業しており、誰もいない。ふと、小屋の中にある写真が目に止まった。
「あれは……与一さんと……息子さん?」
写真は埃をかぶり日焼けはしているが、与一さんの顔は霧の中で見た顔と同じだった。
「息子さんがいたんだ……」
いつ頃の写真だろう。小学生位の男の子が笑顔で笑っている。もしあの後、与一さんの身に何かあったとしたら……この子は……。そんな事を考えながら僕はボート小屋を後にした。
ボート小屋から湖の西側沿いを、祠に向かって歩く。しばらく歩くと祠が見えてきた。
「やっぱり渡れない……」
いつきと来た時はこの道は祠まで行けたのだ。今は目の前まで湖が広がり、道は無い。
「満ち引きでもあるのか?いや、海ならともかく……」
周りを見渡していると、ボート小屋に人影が見えた気がした。
「まさか、ゆいかさん!?」
僕は慌てて今来た道を引き返した!
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