ふための少女

ざこぴぃ。

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ふための少女

第5話・もう1度……

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 いつきと与一の行方を追い、僕はまた霧の湖へとやって来た。
 しかし湖の西側をぐるっと周っても祠にはやはり辿り着けない。思案していると、ボート小屋に人影が見えた気がした。
「ゆいかさん!?」
 もしかして、と思い慌てて今来た道を引き返す。
「はぁはぁはぁ……!」
 湖は半径で500メートルはある。半分程走った所でボート小屋を再度見ると、今度は人影が見当たらない。
「……はぁはぁ。あれ……気のせいだったか?」
 ベンチには誰もいない。走るのをやめ、歩きながらボート小屋を見ていると1槽のボートが湖上に浮かぶ。
「え?え?ボート?ちょっ待てよ!」
 ボート小屋までもう少しの所でボートが祠の方へ向かって動き出した。
「嘘だろ……また祠へ戻るのか……!」
 僕はボート小屋手前から、また祠へ向かって走る。
 一瞬、自転車で追いかけようかとも思ったが、歩道は人が歩ける程度の物で、このデコボコ道は自転車で走るのは到底無理そうだ。柵も何もない湖で、誤って落ちる事も有り得る。仕方なく僕はまた走る。
 しかし1つだけ分かった。ボートを漕いでいるのはゆいかでは無い。あれは……。
「はぁはぁ……与一さん!与一さんっ!」
 ボートを追いかけながら名前を呼び、手を振り続ける。
「気付いたっ!」
 ボートがゆっくりと湖の西側へと近付いてくる。
「はぁはぁはぁ……!与一さん!ですよね!」
「え……君は……?」
「いつきさんと……一緒に祠にいた与一さんですよね……はぁはぁはぁ……」
「いつきさん……?」
 与一は不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込む。
「君、すまんけど何か勘違いをしてないか?」
「え?どういう……?」
「俺は与一やない。与一は俺の親父やけん」
「は?」
 頭の中が整理出来ない。しかし真顔で言うこの男の言葉が冗談にも聞こえなかった。
「君、ここでそもそも何しおるんや?」
「え……と。あの祠まで行きたくて……」
「ほうか……。乗りんさい、俺もちょうどあの祠まで行く所やけん……」
「は……はぁ……」
 男の手を借り、ボートに乗り込む。ボートはグラっと揺れると岸から離れ、湖上へと浮かぶ。
 ギシ……ギシ……。男はボートの先端を祠の方へと向けると黙って漕ぎ始めた。
 この人の父親が与一?じゃあ、あの写真に写っていた子供がこの人……?疑問が多すぎて、何から話して良いかわからない。
「君、名前は?」
「は、はい。春斗って言います」
「はると?」
「はい」
 この男も色々考えているのだろうか。それだけ聞くとまた黙ってしまった。
「さ、着いたで」
 ボートを祠の近くに止めると、男は側にある木にロープをくくり付ける。
 揺れるボートから降りると、ようやく祠に辿り着くことが出来た。僕は祠を後回しにし、木々の生える岩壁へと真っ直ぐ向かう。
「おい!君!どこへ行くんや!そっちは行き止まりで!おい!」
 木々を抜けると、一箇所だけ木々が無くなり広がっている場所があった。そこは正面が岩壁になっており、たくさんの岩が転がっている。
「たぶん……ここだ……」
 僕はおもむろに転がっている岩を動かそうとするが、足元はぬかるんでいて、上手くいかない。最近までは水があったかの様だった。
「おい!君!何しとるんだ!おいっ……て……」
「うぅぅ……」
「君、泣いているんか……?」
 あの日、僕が気を失った後……あの穴は崖崩れで塞がったのだと思った。目の前に転がる岩を見ると、あの日見た与一の後ろ姿がそこにある様で……涙が流れた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 僕の感情はそこで一気に爆発した。この穴の中でどれだけ怖い目に会い、そして……いつきと与一はどんな思いで死んだのか。
 それを考えると胸が張り裂ける思いがした。

 ――しばらくして、僕が泣き止むのを待ち男が話かけてくる。
「なぁ、もしかして君はここで何かあったんか知っとるんか……?」
「はい……」
 僕はぽつりぽつりと話始める。夢の中の様な場所でいつきに手を引かれここまで来た事、与一と言う人がいつきを助けようとここにあった穴に入った事……。
「信じてくれとは言いません……でもこの岩の向こうに穴があって……その穴の中に……うぅ!」
「そうやったんか……」
 男は僕の肩を掴む。
「俺は与次郎、与一の息子や。与一は50年前に霧の湖で行方不明になった親父の名前や。そして、その日領主様の娘、いつき様も行方不明になったんや……」
「え……50年前……?」
「あぁ、小さい頃は俺の親父がいつき様を誘拐したとか、湖に沈めたとか、散々言われたわ……やけど、親父はそんな事出来る人やない。寡黙やったけど、誰よりも優しかったけん……。俺は君の言う事を信じる、この岩の先に穴があるんやな?」
「はい」
「わかった。やけど俺達だけではどうする事も出来んけん、今日は一旦帰って領主様に相談してこぅわい」
「あの……!僕は明日もう家に帰らないと行けなくて……今は祖母の家に来てて、それで――!」
「分かった。全部終わったら連絡するけん、後で住所を教えてくれんか」
「はい、お願いします!」
 その後、与次郎と祠に手を合わせ帰路に着いた。
 翌日には祖母にお礼を言い、母の故郷を後に僕等はいつもの暮らしへと戻っていく。
 

……
………

 あれから4週間が経ち、9月の15日。
 夏休みも終わり、学校から帰ると僕宛の荷物が届いていた。差出人は船屋与次郎……。中を開けると高価な木箱に手紙が添えられていた。

『春斗君、連絡が遅くなりすまない。あれから――』
 手紙によると、あれから領主様と相談しあの岩を数日かけて掘削したそうだ。
 そして穴から2人の白骨が見つかった……とあった。
 手紙を読み、やるせない気持ちになる。あの日から数週間経った事も、離れている事も僕にとっては幸いだったのかもしれない。目の前にいたらその現状を受け止めれたか分からない、ただ泣きわめいた事は間違いないだろう。
 手紙の最後にはお礼の品を贈る、と締めくくられていた。そして写真を見て驚いた。
「ゆいかさん……うぅ……」
 涙で写真が濡れる。
 あの日見た少女の姿はそこにはない。写真には白髪になり、年老いた領主の姿があった。
『霧川家当主、霧川ゆいか』――ゆいかはいつきの事を姉だと言っていた。生きていればもしかしたら当主はいつきだったのかもしれない。
 しばらく窓の外を眺め、思い出にふける。
 僕に何か出来ただろうか。精一杯の事をやったのだろうか。もしもう1度あの場所へ行けたなら……。

「お兄ちゃん!何見てるの!あっ!その人!前にどこかで……」
「おい、千草。やめろって……え?千草、ゆいかさんを知ってるのか」
「うん……でも思い出せない」
「気のせいじゃないのか?」
「うぅん、気のせいじゃない。お母さん達には言わなかったけど……。確か、お兄ちゃんが困ってたら助けてやってくれ……て言ってたのよ」
「だからあの時、自転車の鍵を……?」
「うん」
「そうか……」
「ねぇ!この箱は何?食べ物?開けて良い?」
「いや、知らない。開けてみるか」
 与次郎が贈ってきた木箱を開けると、中には5センチ程の紫色の水晶とメモが入っていた。
「わぁ!綺麗……!」
「霧川家に伝わる家宝の一つ『ふための水晶』……?これを僕に?」
「吸い込まれそう!わぁ……綺麗……」
 水晶玉は光に当たると、虹色に光り、文字らしき物が書いてある。
「釈迦牟尼仏?そう言えば、ボート小屋の地図の祠にも同じ文字が……」
 すぐに千草が携帯で調べた。
「お釈迦様……の事みたいね」
「仏様?神様の祠かと思ってたけど、仏様が祀ってあったんだな」
「ふぅん……面白そう。ちょっと詳しく調べてみようかな」
 そんな事を言いながら千草は、携帯を見ながら自分の部屋へと帰って行った。
 手紙には付け加えてこう書いてあった。

 ――祠は水に浸かり、痛みが激しい事もあり撤去される事になった。それにこの一帯は近々ダムの建設が始まる、と。
 もしかして、ホテル百鶴ひづるもその関係で不動産屋が来ていたのだろうか。
 僕は水晶を手に取り、何気に太陽に透かして見た。綺麗な虹色に光が入り、更に眩しく輝く。その光は僕の目の中へと入っていく……。
「綺麗だな……ありがとう。ゆいかさ――」

 ――バタン。

「――ねぇ、お兄ちゃん。さっきの水晶もっかい見せて……何かふための水晶は……!ってお兄ちゃん!!お母さん!お母さんっ!!お兄ちゃ――!」

………
……


「……うぅ……ここはどこだ……?暗い……何も見えない……」
 気が付くとなぜか暗闇の中にいる。
 暗闇で誰かの気配がし、僕は慌てて立ち上がろうとすると、ガタンッ!と何かにつまずいた。
「誰っ!?」
 暗闇で誰かの声が聞こえ、びっくりしたのか、向こうへと走って行く音がする。
「……うぅ、頭痛がする。それにさっきのは誰だ……?」
「チュウチュウ!」
「わっ!びっくりした……ネズミか」
 ネズミは少しだけ明かりが指す方向へと走って行く。僕も後を追うように、その暗闇から抜け出す。

「ふぅ……スッキリしたわい。あれ?誰もおらんではないか……まあ良い。雨が上がれば霧が出よう。ぼちぼち向かうかの……おや?ネズ公。どこから来たのじゃ?」
「チュウ?」
「まったく、あやつはドアも開けっ放しで行きおって……ん?お主は……はるとか?そんな所におったのかえ」
「え……ゆいかさん?」
 暗闇から出ると、そこはホテルの中だった。見慣れたフロントが見える。
 それと同時に頭痛はさらに激しくなり、その場に座り込む。
「うぅ……!」
「どうしたのじゃ!」
「あ、頭が痛い……!」
「うぅむ、どうしたら……そうじゃ!電話……!」
 ゆいかはフロントにある公衆電話でどこかへと電話をかけた。
「わしじゃ!すぐに迎えをよこせ!場所は百鶴ひづるじゃ――」
 僕は激しい頭痛に、座っている事も困難になり、そのまま眠る様に倒れてしまった……。
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