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ふための少女
第7話・とっくりさん
しおりを挟む兄の部屋で『ふための水晶』を覗きこんだ私は、なぜかホテル百鶴にいた。
理由もわからず廊下に出ると、薄暗い中で何かを探す女性に出会う。怖い反面、何かを探すその女性に恐る恐る声をかける。
「あの……」
「見つからないわ……。あら?こんにちは。おかしいわね……」
「こんにちは。あの……何を探しておられるのですか」
「うん?このくらいの小さい玉でね……このホテルの……え?」
「え?」
女性の動きが止まり、私の顔を覗き込む……。
「ギャッチャミィィィィィィィィ!?」
「ひゃぁぁぁぁ!!」
女性は私を見て驚き、後ずさって行く。その声に驚いた私も尻もちをついた。
「ああああああああなただれ!!」
「わわわわたしは!千草!あなたこそ誰ですか!」
「あわわわわ!」
「うぅぅぅぅぅ!」
もうお互いに言葉にならない奇声を上げ、警戒をする。
「はぁはぁはぁ!おちおちちおち落ち着いて下さい!」
「はぁはぁはぁ……」
しばらく距離を置いたまま、お互いに手探り状態で話しかける。
「わ、私は……いつき。決して泥棒などではないわ、ある物を探してるのよ」
「ある物……ですか?」
「えぇ……このくらいの小さい水晶なのだけど、あなた知らない?」
「小さい……水晶?あっ!『ふための水晶』ですか!」
「そう!あなた知ってるのね!」
「はい。でもこのホテルじゃなくて、霧川さんに贈って頂いた物で――」
「霧川?え?贈った?」
「はい」
「どういう事なの……?」
女性の……いつきの態度が一変するのが雰囲気でわかった。
「と、とにかく!一回落ち着いて……そうだ、フロントでお話しませんか?」
「え……えぇ……」
明らかに「霧川」の名前を出して態度が変わった様だ。私達は黙ったままフロントへと降りる。
どうやら私達は4階にいた様だ。そう言えば聞いた事がある。404号室は部屋として使えないから物置になっていると。そんな事を思い出しながら、フロントにあるソファに腰掛ける。
電気は点かないがフロントは陽が入り明るかった。明るい場所で見るいつきは、美しい長い黒髪、白い肌、そして美人で整った容姿……。
「いつきさんは魔女ですか?」
「はい?」
「あっ、ごめんなさい。何でもないです」
「……」
私はまた余計な事を言ってしまったと反省する。
「それで……え、と、千草さん。ふための水晶をどこで見たの?」
「はい、兄がゆいかさんに贈ってもらった物だったと言ってました」
「兄!?ゆいか!?待って待っ……あなたもしかして!」
「千家春斗の妹ですけど……?」
「えっ!?」
いつきは口に手を当てたまま、急に涙を流し始めた。
「そう……そうだったの……」
「あ、あの!大丈夫ですか!」
「そうだったの……!」
涙を流し、いつきは私に抱きついてくる。
「ちょ!ちょっと!いつきさん!おも……い……」
「ごめんね……!」
なぜか謝るいつき。私には何の事かさっぱりわからない。
しばらく泣いていたいつきが、口を開くととんでもない事を言い始めた。
「……はるくん、いいえ。はるとさんは、私をかばって……それで……」
「え……?」
「ごめんなさい。生きているか、もう死んでいるかわからないのよ……本当にごめんなさい」
「いやいや!いつきさん!さっき、自転車でお兄ちゃんは湖の方へ……」
そう言いかけて、はっとした。前にも同じ事があったせいか、後ろ姿だけで兄と思い込んでいたのかもしれない。
「お兄ちゃん……死んじゃったの……?」
「わからない……。あの日、私と使用人の与一が湖のほとりで口論してた時に……彼は来たのよ」
「口論?」
「えぇ、私は霧川家の長女……でもね、小さい頃から体が弱くて、あの家では嫌われててね……」
いつきの話では霧川家の当主が病で床に伏せた後、跡目争いで3人の候補が上がったと言う。しかし長女のいつきは体が弱く、妹のゆいかに継がせたいと考えた。しかし妹のゆいかはそれを拒否。
小さな口論から喧嘩になり、家を飛び出したいつきを使用人の与一が追いかけて霧の湖まで説得しに来たのだ。
自分がいなくなれば、霧川家はうまく行く……そう考え、いつきは身を隠すつもりだったらしい。
「そこで……悪夢の様な出来事が起きてしまったの……」
「悪夢……?」
「えぇ……。私が会う約束をしてしまったばかりに、はるとさんが居合わせてしまったのよ」
「お兄ちゃんが?」
「そして……与一がはるとさんを掴み、湖へ放り投げて……うぅ……」
「そんな!!」
私は耳を疑った。何の関係もない兄が、お家騒動に巻き込まれて生死不明になるなんて……!
「そして駆けつけた妹のゆいかと使用人の猿渡が、与一を殺して……!」
「ちょ!ちょっと待って!殺した!?」
「本当よ……猿渡はゆいかの付き人なのだけど、私を助けに来たゆいかに与一が手を上げたの……それで猿渡が怒って……」
「いつきさん。ごめんなさい、話が飛躍しすぎてよくわからないわ……」
「そうね……」
兄は与一に湖に放り投げられ、そのまま上がって来なかったそうだ。そして、使用人同士のいざこざで1人が亡くなった……どこまでが夢でどこまで現実なのか……?
「いつきさん、1つ確認したいんだけど今日は何日ですか?」
「今日は……8月9日ね。どうしたの?」
「……私の兄は9月の時点で生きていました。もっとも今は病院にいますが」
「えっ!はるくんは無事なの!」
「はい。これが夢でなければ……いひゃいれす!なにしゅるんれすは!」
「夢じゃないよね……?」
「はひ……?」
いつきに両方のほっぺたを引っ張られ涙が出てくる。
「いつきさんっ!痛いです!」
「ごめんなさい、千草さん。でも夢じゃないわよね」
「はい……むすぅ」
漫画やドラマで見た事がある。これはたぶん……。
「私タイムリープしたのね……」
「タイムリープ?千草さん、あなた……英語が話せるのね」
「違います」
いつきは見た目とは裏腹に、ちょこちょことボケを織り交ぜてくる。使用人さんは苦労したんだろうな……そんな事を思ってしまう。
「いつきさん、少し時間を下さい。紙はあるかしら?紙に書いて――」
「千草さん、我慢してたのね。トイレはその奥よ?」
「違います」
フロントにある紙に今置かれてる現状を書き出してみた。
「私がこの場所に来たのは確か『ふための水晶』を覗いて……気が付いたら百鶴にいた。そしていつきさんが現れて……そうだ。いつきさんは何を探していたんでした?」
「え?あぁ……この位の水晶よ」
「ふための水晶って2個あると言う事ですね?」
「えぇ……1個は湖の祠にあって、もう1個が元々霧川家にあったのよ。それが見当たらないの」
「見当たらない?」
「そうなの……あの水晶には不思議な力があって……そうね、言うなれば災害が起きない様にと祀られているのよ」
「災害……そう言えば、お母さんの実家にいた時にこの辺りで地震があった様な……」
私は地震の履歴を調べようと思い、携帯を開く。
「8月……地震……えっと……霧之川……あれ?」
携帯が反応しない。よく見ると圏外になっている。
「あぁ!もう!圏外じゃない!」
「千草さん、千草さん。その電話は電話線を繋がないと聞こえないのでは……?」
「いつきさん……何十年前の話ですか……」
いつきに携帯の仕組みを簡単に説明してみるが、圏外で何も繋がらない為、画面が光って消える玩具くらいにしか見えてないらしい。
「いつきさん。とりあえず、ふための水晶を探しましょう。このホテルのどこかにあるんですよね?」
「ある……はずです。これを見て下さい」
いつきは古い地図をポケットから取り出すと、テーブルの上に広げる。地図はこの辺りの地図になっており、周囲には『いろはにほへと』と文字が書かれている。
「ここが今いるホテルです。地図が古いので旅館百鶴となっていますが、現在地がここです」
「あぁ……それでここが霧の湖ね……お婆ちゃんちは……山の向こうだから地図には書いてないわ」
良く見ると霧の湖の一角と旅館に赤い丸印がある。
「この赤い印の所に『ふための水晶』がありますので、1個は湖のほとり、もう1個はこのホテルになります」
「へぇ……て、いつきさん」
「はい?」
「この赤い丸の所って言われても……元々湖の祠と、もう1つは霧川家にあったのでしょ?なんで霧川家じゃなく、ホテルに赤丸があるのですか?」
「それは……」
それは返答に困るだろう。決していじわるをしているわけではない。納得出来ないのだ。
霧川家と湖の祠に赤い丸があるのならわかる。しかし水晶が移動した先がホテルとわかるのは、GPSでも付いてなければ無理なはずだ。この古い紙がハイテクな代物だったら話は別だが……。
「いつきさん。ごめんなさい、嘘を付いてるとは思わないわ。けれど、この赤い丸が勝手に動くとは思えな――」
「――とっくりさんとっくりさん……ブツブツ……」
「え?」
いつきが何かを唱え始めたその時だった。筆で書いた様な赤い丸がひとりでに動き出す……。
「は……?何これ……え……どういう……」
いつきが赤い丸を指で霧川家まで移動させ、指を離すと、赤い丸がすぅぅとホテルの場所まで移動する。
「千草さん、これで信じてもらえるかしら?」
「ギャァァァァァァ!!」
私は飛び上がり、ソファの後ろに隠れた。
噂では聞いた事がある。確かお酒の神様を呼び出し、色々な質問に答えてもらうとか言う……しかし、あれは子供騙しの昔の遊びだったはず……。
「な、いつきさん……今のは……何ですか……ガクブルガクブル」
「へ?とっくりさんよ。小さい頃から、物が無くなるとこうやって探すのが普通――」
「普通じゃないからっ!」
「あらあらまぁまぁ……」
いつきとの温度差に戸惑ってしまう。
「でもこれでわかって頂けたかしら?ふための水晶はこの場所にあるのよ!」
「は、はい……ガクブルガクブル」
なぜか地図を指差し嬉しそうないつきに恐怖を覚えた……。
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